犬吠埼樹は悪魔である   作:もちまん

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第二十話 山の手毬へ

LOCATION:商店街通り

 

 

 

友奈「あれ?風先輩?樹ちゃんも!」

 

樹「え?友奈さん?」

 

友奈「ヤッホー」

 

風「友奈?それに東郷、夏凜まで…」

 

東郷「偶然ですね」

 

夏凜「学校以外で5人が揃うのも…珍しいわね」

 

友奈「もしかして、買い物帰りですか?」

 

風「ええ。友奈たちは?」

 

友奈「私たちは、前に捨て猫を引き取ってくれたお家のお宅訪問へ行っていました!今はその帰りです」

 

東郷「お宅訪問と言っても、軽く様子を見に行っただけですが…」

 

風「前言っていたやつ、覚えといてくれたのね!ありがとう!で、猫の方はどうだった?」

 

友奈「病気もなく、すくすくと育っているみたいですよ!触らせてもらったら、ふわふわもふもふで温かくて…ちゃんと成長しているのがわかって、嬉しかったなぁ…!」

 

風「良いわねぇ、子猫ちゃん。この寒い時期は特に…」

 

東郷「ふふ、友奈ちゃん。私も温かいのよ」

 

夏凜「…そう言えば、明日の勝負の打ち合わせはどうなったの?」

 

風「あ、そうだったわ。明日はどうなりそう?」

 

樹「実は………」

 

 

樹は、園子との打ち合わせ…その全容を語る。

人知れず若葉から恨みを買っていたこと。そして何十億円という勝負に友奈たちも巻き込まれる可能性があるということ。状況は、風たちの予想以上にひっ迫していたのである…

 

 

樹「…それで、私はそのっちさんに宣言しました。明日は私とお姉ちゃんの合計…賭け金55億円で勝負するって…他のみなさんに迷惑を掛けるわけには…いきませんから」

 

東郷「55億円…まさに乃木家と犬吠埼家の一騎打ちね」

 

友奈「なんかすんごいことになっているね?」

 

風「ち、ちょっと待ってね樹…今頭の中整理するから…わ、私とお姉ちゃんの分って…なんでアタシの分まで…?」

 

樹「だって私とお姉ちゃんは家族だから。30億円も55億円でも破滅することに変わりないっショ」

 

風「…それはわかるわ。だけど、そもそもなんでそんな勝負を引き受けちゃったのよ!負けたら55億円なんて大金…一生かかっても絶対払えるわけないじゃない!それは、うどん券を蹴ってまですることだったの…!?」

 

樹「お姉ちゃん。私たちが生涯、普通に働いたとして…一生の内に手に入る金額は…幾らくらいだと思う?」

 

風「え…?何の話?」

 

樹「普通の人が普通に働いて得る金じゃ、一生かかっても億なんて金には到底届かない。それに、こんなレアチャンスも一生に一度あるかないか…なら、受けないと損だよ」

 

風「で、でも…!もし負けたら…!」

 

樹「負けたら負けたで、そのときの覚悟は…もうできているよ。心配しないで」

 

風「ウィツキィ!こんな、こんな賭けが正気の沙汰じゃないってこと…わからないの?やるなら、せめてあのときの1万円勝負にしてよ!なんでアタシまでこんな麻雀に…」

 

樹「…お姉ちゃん。今回の勝負…大赦に話が通じていることは話したよね。億って金が動くこの麻雀…となれば、大赦の上層部やお偉いさんたちも、少なからず関わらざるを得ない。だから今更何言っても、この勝負はもう降りられない。降りられない以上、額は減らさない方がいい。額にビビって数を減らせば、それこそ相手の思うツボ…自殺行為だぜ」

 

風「な、なんでよ」

 

樹「そのっちさんたちが恐怖しているのは、私の狂気。ブレーキを踏まない、揺れない心…2か月前、そのっちさんとの麻雀…あの死闘も、私がブレーキを踏まないから勝てた」

 

風「ブレーキ?」

 

樹「うん。初心者であるバリバリ最弱No.1の私がそのっちさんに勝つためには、ある前提を覆す必要があった。それは私の中にある…負けるのが怖いという意志…」

 

風「樹…」

 

夏凜「(負けるのが怖い…か。樹にも、そういう思いがあったのね…)」

 

樹「そのっちさんと闘っている間…私はもう、最初から全ツッパだったよ。振り込みなど気にしない…仮に振り込んで負けたのなら、それでもいい…そう思っていた」

 

風「樹…あんた、そんな心境だったの…」

 

樹「いや、実際にはそう思ってはいなかったよ。私がそう思っているとそのっちさんに思わせただけ…でも、実はこれがキーでね。案の定、そのっちさんは私のプレイングに気を取られ、攻めるタイミングを失い、自身の心…つまり自身のプレイングに、ブレーキを掛けた…典型的自滅」

 

東郷「…なるほど。必死に見えていても、実はすべて計算尽くだったのね…おそろしい子!」

 

友奈「樹ちゃん、さっすが!」

 

樹「ふふ…危ない橋は渡っているフリだけでいいんスよ…」

 

風「…そっ、そんな打ち方がいつまでも通用するはずがないわ!仮にそれが園子や若葉先輩?に有効だとしても…そんなブレーキが壊れたような真似…アタシにできるわけがない!」

 

樹「できるよ!…と言うより、実際…していたよ。あのときのお姉ちゃんは…誰よりも早く」

 

風「あのとき?」

 

樹「忘れたわけじゃないでしょ。初めて満開したあのときのことを。初満開の成功…そのトリガーは満開ゲージや、満開したいという意志だけじゃなかった。それは『この日常を守りたい』という意志…!そしてその中で、お姉ちゃんは思ったはずだよ。『そのためなら、何事をも厭わない』って…」

 

風「………」

 

樹「お姉ちゃん…初めて満開したときのように…自分を捨てちゃいなよ。できるよ、きっと」

 

風「………樹…お姉ちゃん…わかんないよ…」

 

樹「お姉ちゃん…」

 

風「…アタシは!姉である犬吠埼風は…!樹と一緒に…世間一般な…温かい日常が過ごせれば、それでいいの!それでいいのに…樹はなんで、自分からそんな危ない橋を…!」

 

樹「お姉ちゃん…そこはもう、通り過ぎたんだよ」

 

風「通り…過ぎた?」

 

樹「…だって私たちは、『勇者』でしょ。バーテックスから国を守る…勇者でしょ。私たちが"当たりだった"時点で、もう普通の暮らしなんてできっこない。その『覚悟』…それ自体は、お姉ちゃん自身が…ここにいる誰よりも前から持っていたんじゃないの?」

 

風「…!」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

風「………」

 

東郷「風先輩」

 

風「東郷…」

 

東郷「樹ちゃんの言う通りかも知れません。なぜなら、私たちは『勇者』。たとえ供物が返った身体になったとしても…勇者としての経験をしてしまった以上…もう普通の人としての暮らしには、戻れないんです」

 

風「………なら東郷。あんたはどうなのよ。あんたは樹のように、こんな生きるか死ぬかの麻雀…やれるって言うの!?」

 

東郷「風先輩。私だって、伊達に勇者のお役目をこなしていたわけではありません。ですから私も、樹ちゃんのように…その『覚悟』を持ちます」

 

風「え?」

 

東郷「樹ちゃん…明日の勝負、私も外ウマに乗せてください。私も25億円賭けるわ」

 

樹「みもりんさん…!」

 

風「東郷…!本気なの?」

 

友奈「東郷さんだけじゃないよ」

 

風「友奈?」

 

友奈「私も、乗らせて欲しいな。その外ウマってやつに…25億円」

 

樹「友奈さん…!」

 

風「友奈…あんたまで…」

 

友奈「だって私も、勇者だから」

 

 

樹と風併せて55億円のサシウマ…それに東郷と友奈の賭け金が追加され、105億円となった。

※神世紀の105億円は西暦の貨幣価値に換算すると、1050億円以上である。

 

 

樹「みなさん…良いんですか?本当に…」

 

東郷「樹ちゃん、よく話してくれたわね。私と友奈ちゃんが外ウマに乗れば、もう安心よ」

 

友奈「東郷さんの言っている意味はよくわからないけど、私もできるだけ…勇者部の力になりたいからね。大丈夫!負けちゃった分は、私たちの賭け金から引いていいから!」

 

樹「友奈さん…みもりんさぁん…!」

 

風「(謎の感動)」

 

夏凜「………お取込み中のとこ悪いけど、私はパスよ。外ウマには、乗れない」

 

東郷「えっ」

 

樹「マジっスか」

 

友奈「夏凛ちゃん…」

 

風「(そこは空気を読まない夏凜…さすがだわ)」

 

 

ざわ…

 

 

夏凜「あんたらねぇ…ちょっとは冷静になりなさいよ!そりゃ、勝てばいいわよ?でも、負けた場合も視野に入れないでどうすんのよ。25億円の借金なんて…それはもう特別でもなんでもない!普通以下の人生になるのよ!?うおおおおおお!」

 

風「あー…み、三好さん?お、落ち着いて…?」

 

夏凜「借金まみれの人生なんて、私は御免だわ!そこら辺もよく考えることね!じゃあ!」

 

友奈「かっ、夏凛ちゃん!」

 

樹「にぼしさーん!?どこ行くんスかっー!?」

 

夏凜「にぼしのタイムセールよー!悪かったわねー、にぼしでぇー!(にぼしDAY)」

 

樹「別ににぼしのことは悪く言っていないのに…」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:帰り道

 

 

友奈「…今日の夏凜ちゃん、なんか変だったよね」

 

東郷「ええ。いつもと違って朝からそわそわ…落ち着かない…何か、思い詰めている感じもしたわ」

 

風「そうだったの…お金の話が、苦痛だったのかしら。樹はどう思う?」

 

樹「まぁ、にぼしさんの気持ちもわかるっスよ…普通に考えて25億円なんて外ウマ…保証なしで乗れるはずがない。しかもそれが自分の金ではないとなると、そのプレッシャーは強烈だったはず…」

 

風「そっ、そうよねー!普通ならそう考えるわ!普通は!」

 

樹「ふふ…その普通じゃないってのがいいんじゃない。いずれにしろ、明日の麻雀はこの4人で挑みましょう。参加したくない人を無理に参加させるのは、悪いっスから」

 

風「…うん。そうね」

 

樹「改めて…ありがとう。友奈さんに、みもりんさんも…ありがとうございます。こんな麻雀に協力してくれるなんて…正直、思ってもみなかったっスから…」

 

友奈「水臭いよ!樹ちゃんは、同じ勇者部の仲間なんだから!」

 

東郷「友奈ちゃんの言う通りよ。私たちは仲間…それだけで理由は十分だわ」

 

風「樹…アタシも、覚悟はできたわ」

 

樹「…明日は、生きるか死ぬかの勝負になるでしょう。つまり今回も、通常の神経で渡れる橋ではないことは確か…ですから、あとは私に…1日だけ…―――」

 

 

あと1日だけ、狂気に身を委ねておけばいい…!

 

 

 

第二十話、完

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