犬吠埼樹は悪魔である   作:もちまん

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第二十二話 曼陀羅とは裏腹に

LOCATION:大赦VIPルーム

 

 

若葉との麻雀…その勝負をするために大赦へ赴いた樹一同。

しかしそこには、参加を断ったはずの夏凜が卓に座っていた。

彼女がここにいる理由はただひとつ。兄である三好春信の借金返済のために勝負していた。

夏凜たちが行っているのは『乃木麻雀』…通常の賭け麻雀ではない。

それは、自分たちがツモるごとに大金を投げ入れる狂気の麻雀である………

 

 

夏凜「………」

 

 

夏凜の破滅は近い。

彼女がこの勝負の始めに持っていた金は25億円。すべて乃木家からの借金である。

そして、その内20億円はすでに溶けた。残りは5億円。

この麻雀…半荘1回で4~5億円は軽く"溶ける"。

つまり今この半荘でトップを取らない限り、夏凜の負けは確定する…!

 

 

風「(夏凜………)」

 

 

『乃木麻雀』は麻雀と言うよりポーカーに近い。言わば、麻雀のルールを利用したポーカー。

ツモるごとに金を払うというシステム。これはポーカーでいう勝負への場代や参加費と同じ。

この場代は親が倍々に上げる権利を持つ。最初は100万円で1回のツモが買えたが、それを200万円、400万円に上げることも親は可能。これはポーカーでいう金を積み上げることと同じ行為。

(この権利は親のツモ順が来る度に行える。よって、100→400へと一気に上げることはできない)

 

そして場代が800万円、1600万円と増加した場合、子は降りることが可能。場代を払わない代わりに、その局そのものを放棄することができる。その後はすべてツモ切りとなり、あがり放棄と見なされる(鳴きやカンも当然できない)。これはポーカーでいう降りと同じ行為であるが、ポーカーと違い降りた後は完全に安全というわけではない。ツモ切りは通常通り行われるため、相手へ振り込む可能性は格段に高まる。

 

 

以上の点から、麻雀の運や技術以前に『乃木麻雀』ではこの金の積み合いに乗ることができけなければ絶対に勝つことはできない。ポーカーでストレートやフラッシュなどの手を完成させても、金の圧力に負け降りていては勝てないことと同じだからである。

 

『乃木麻雀』における勝ち筋とは、基本的に通常の麻雀と同じ。自分の手の高さや相手の手の内を読み切り、攻めるときは攻め、退くときは退く…これが基本となる。しかし、その判断を決して誤ってはならない。なぜなら『乃木麻雀』は長期戦。勝負が長引くほど、所持金の優劣が顕著に浮き出る麻雀。故に資金のない者にとって無駄な投資は一切できない。麻雀における堅実な読みと判断…そしてプレイヤー同士の駆け引きが一層重要となる。このルールは後に、乃木園子の今後の人格形成に一役買うこととなる。

 

 

風「(夏凜はもう、残りが少ない…上里さんじゃないけど、夏凜がここからトップを取るのはかなり厳しい。いよいよとなれば、向こうは金の圧力で潰しに来るに決まってるし…)」

 

東郷「(資金面から見て若葉先輩側が有利。それは動かない。でも…)」

 

友奈「(でも最後の最後に手が入れば、もしかしたら…)」

 

樹「(にぼしさん…!)」

 

 

後ろで見守る風たちの心配をよそに、夏凜は善戦した。

局は進み、勝負は終盤を迎える。

場は南三局。親は園子。ドラ{②}

 

この時点で、一位若葉35000点、二位園子33000点、三位にやっと夏凜27000点。

三位ではあるが、トップの若葉との点差は8000点。

次に夏凜が満貫以上をツモれば逆転する。

 

 

夏凜「………」

十巡目、夏凜手牌。イーシャンテン。

{①②③③④④⑦⑧⑨⑨⑨白發} ツモ{⑥}

 

夏凜「(よし…この手、筒子だけで仕上げれば跳満は固い…あがれば子の跳満12000点で逆転トップ。トップでラス親を迎えられるわ!勝てばこの半荘で使ってきた金を一気に取り戻せる!あがりたい…!)」

 

若葉「(………とでも考えているのだろうな…ククク…)」

 

夏凜「{白}」

 

若葉「…ポン!」{白横白白}

 

夏凜「(役牌を鳴かれた!早逃げか?)」

 

若葉「…来たな。園子…」

 

園子「うん~」

 

夏凜「え?」

 

園子「{發}~」

 

若葉「ポン」{發發横發}

 

夏凜「あっ…」

 

若葉「ククク…」

{■■■■■■■} ポン{白横白白發發横發}

 

夏凜「(もしかして大三元っ…!?)」

 

 

大三元…役満の中でも成功しやすい役の1つ。{白.發.中}を3枚ずつ揃えれば完成する。

 

 

夏凜「(いや…さすがに大三元なんて…)」

 

若葉「三好さん。今一度確認させてもらうが、役満に振り込んだ場合、通常の点棒とは別に役満祝儀というものも払ってもらうことになる。その祝儀は変動相場性…そう、今の状況であれば………園子、電卓貸してくれ」

 

園子「はいよ~」

 

若葉「………えー、今場代は400万円で、この半荘でここに積もった共卓金が9億円。つまり0,4×9で3億6000万円という計算になるな」

 

夏凜「(ううっ…!勝負は終盤………だから、もう残りはそんなに…)」

 

若葉「これだけの金を振り込んだと同時に払ってもらう。つまりこの局、私に大三元を振り込んだ時点でお前は終わる…まぁ、精々気を付けることだ。三好さんが楽しみにしているラス親が来る前に終わりたくはないだろう?」

 

夏凜「(バカな………くっ…脅しよ!あんなの脅しに決まってるわ!大三元なんて手がそう都合よく入るわけがない!)」

 

 

しかし次巡、夏凜のツモ…

 

 

夏凜「(うっ…!?)」

 

 

夏凜がツモったのは最悪…死神の{中}…!

 

 

夏凜「(なんて牌を持ってくるのよ…!)」

{①②③③④④⑥⑦⑧⑨⑨⑨發} ツモ{中}

 

 

夏凜は手中の{發}を捨て、イーシャンテン維持。

 

 

夏凜「(でもこの手、あがれなきゃもう…)」

 

風「(落ち込むことはないわ夏凜!そのツモは不運なんかじゃない…逆に相手のあがり目を消したと考えればいいのよ!それにこのホンイツ手なら、鳴いて{中}単騎に受けることも容易い!今は粘れ!夏凜…!)」

 

 

さらに次巡、夏凜に絶好の牌が舞い降りる。

 

 

夏凜「({⑤}…!やった…!一番欲しかったところ…!メンチン一通の{①.②.④.⑤}待ち、理想的テンパイ…!)」

{①②③③④④⑥⑦⑧⑨⑨⑨中} ツモ{⑤}

 

風「(おお…!)」

 

夏凜「(…あっ…!でも{中}が…)」

 

 

そう、このテンパイを目指すには{中}を切らなければならない。

大三元、そして小三元の可能性もある若葉に対しての超絶危険牌…この{中}を…!

 

 

夏凜「(あがるためには…切らなきゃ…!切るしかない!)」

 

 

夏凜は、{中}に手を伸ばす。

 

 

風「(は!?ば、バカなっ…!)」

 

夏凜「(これが通れば…!)」

 

風「よせっ…!夏凜…!」

 

夏凜「えっ………ふ、風…!?」

 

 

思わず風は、夏凜の肩に手を置く。

この勝負、終始自分のことで精一杯だった夏凜。

風の声掛けは、今再び夏凜に仲間の存在を認識させ、そのおかげか…その瞳に僅かな光が戻った。

 

 

風「夏凜のその気持ち、アタシには痛いほどわかる。でもね夏凜…下手に生き返ろうとするのは、麻雀では一番やっちゃいけない行為。戻り道は刺されるわ!今は引くときよ!それに、この牌を切ってもテンパイには受けられる!」

{①②③③④④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨中} この形から↓

 

{①②③③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨中} {④}切りで{中}単騎待ち

 

 

風「点数的にも決して低くはならないわ!だから今は…―――」

 

夏凜「でっ、でも…単騎待ちなんかじゃ…」

 

風「夏凜!ラス親にかけるんや!」

 

夏凜「………親でいい手が入るとは限らない…」

 

風「入る!夏凜!アタシを…自分を信じろっ…!相手の上がり目を消せば、次はあんたのターンよ!風は吹く!(風先輩のことではない)」

 

夏凜「………通す!」

 

風「通すって…」

 

夏凜「(この手、あがるんだ!)」

 

 

チンイツ一通ドラ1の4面張…!あがればトップ…!

{①②③③④④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨} ドラ{②} {①.②.④.⑤}待ち

 

 

風「よせっ…!」

 

夏凜「{中}」

 

若葉「………ふふ…」

 

風「(どっ、どっち…!?)」

 

若葉「みんな、待てないんだな…」

 

夏凜「は…?」

 

 

ざわっ…

 

 

若葉「ロン…!その{中}だ!」

{③④⑤三三中中} ポン{白横白白發發横發} ロン{中}

 

敗者は必ず死に急ぐ…!

乃木若葉、役満大三元和了…

 

 

夏凜「ああああああ!」

 

若葉「子の役満32000点の直撃…資金が尽きる前に、これでお前はとびだ。4回戦終了」

 

夏凜「あ、あああ…(散華目)」

 

風「夏凜!くっ…なんで…」

 

若葉「『なんで』か…あなたにはわからないだろうな。あのとき、三好さんが{中}を打って出た気持ち…その心理が…」

 

風「え?」

 

若葉「人はギリギリの状況に追い込まれると、その無為に耐えられないものだ。ここまで築いた手を崩す…その行為に耐えられない。今までに費やした金と努力…それを無駄にしたくない。だから勇気を出す。今までに出したことのない勇気を…」

 

風「………」

 

若葉「…だが、勇気と蛮勇は違う。あの場面で{中}を打つこと…それは後者でしかない。結果取って喰われる。このように…な」

 

夏凜「ううっ…」

 

風「…夏凜…」

 

若葉「…ま、その気持ちもわからなくはない。仕方のないことだった…」

 

風「仕方のない…?」

 

若葉「…あの時点で、三好さんの通常な神経はとっくに壊れていた。自身の破滅を間近に感じている人間は、まさに一種の狂人だからな。恐怖からの解放を、自ら望む者。その者自ら下す決断が、限りなく死に近い決断であってもだ。そうだろう?犬吠埼…樹…」

 

風「(えっ…?)」

 

樹「………」

 

 

地獄を見つめて生きるより、希望を追って死にたい…!

それが人間。それが人間の末路…!

 

 

………

 

 

若葉「さて、精算に入るか。事前に話した通り、三好さんが負けた場面には2つの選択肢…支払い方から選んでもらうことになっている。だが春信さんの5億円と今回の25億円…計30億円を支払わなければならないこの状況になっては………どちらを選んだとしても今の三好さんに支払い能力はない。お兄さんに事情を説明して、新たに生まれた借金の肩代わりしてもらわなくてはな…」

 

夏凜「やっ、止めてください…!それだけは…!」

 

若葉「約束は、約束だからな」

 

夏凜「お、お願いしますっ…!私で負けた分は、私が責任を持って返しますから…!兄貴に…兄に迷惑を掛けるのだけは…!」

 

若葉「…そうだな。なら、こうしよう」

 

夏凜「?」

 

若葉「猫語で話せ」

 

夏凜「…は?」

 

若葉「借金全額返済までの間、此処にいる者たちとは今後猫語で話すんだ…それを守れるのなら、お兄さんには黙っておこう」

 

夏凜「はっ…!?」

 

 

ざわっ…

 

 

風「(猫語?猫語って…)」

 

園子「(うをおおおおおおお!!!)」

 

東郷「ありっちゃありですが…」

 

樹「マジっスか。ここ真面目なシーンっスよ」

 

夏凜「それは…」

 

若葉「できないのか?語尾に『にゃ~にゃ~』と付けるだけだぞ?ほら、にゃ~にゃ~☆」

 

夏凜「っ…」

 

風「乃木若葉ァ!お前は…!」

 

若葉「むっ…!?」

 

 

夏凜に勝つだけでは収まらず、さらにはプライドまでも傷付けようとする若葉。

後輩をバカにされたことに怒りを覚えた風は、我を忘れ若葉に殴り掛かる。

しかし…―――

 

 

友奈東郷「風先輩!」

 

風「なんで止める友奈!東郷!こいつは…!」

 

東郷「殴り合っても、何の解決にもなりません」

 

友奈「今は…堪えてくださいっ…!」

 

風「っ………わかったわよ。2人して私の胸揉まないで」

 

 

友奈と東郷、風の乳を揉むという必死のファインプレー。

その予想外すぎる行動に、風は落ち着きを取り戻すことに成功した。

 

 

若葉「………わかったのなら、私にも何か言うことがあるんじゃないか?」

 

風「………すみません」

 

若葉「たしかあなたは、噂に聞く勇者部部長の犬吠埼風…樹の姉だな」

 

風「今は部長じゃないけどね」

 

若葉「勇者部…そのような組織があるというのは前々から聞いていたが、危険極まりないな。今の大赦は、こんな危なっかしい人間を勇者の代表にしているのか…」

 

風「………」

 

若葉「何か言いたそうだな。お前も代打ちなら、勝負は卓の上でしたらどうだ」

 

風「!?それって…」

 

若葉「ふふ…私はいつでも、受けて立つぞ」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

樹「…若葉先輩」

 

若葉「なんだ」

 

樹「にぼしさんとお兄さんの借金…代わりに私が払います!」

 

風「へあっ!?」

 

夏凜「いっ、樹…」

 

若葉「………ほう」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

 

第二十二話、完

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