あと魔法理論ですが、Wikiで何度か確認したことはあるんですけど、やっぱり全ては理解できませんでした。
なので、かなり簡略しています。
作風もころころ変わります。すいません。
「些細な小事が決闘になるだなんて、何だか大変なことになったわね」
紫はいつもの癖で口元を扇子で隠す。
ここは校舎のある一室。
第三演習室。
魔法の使用目的に造られたこの部屋は、ある程度の規模の衝撃にも耐えられるよう耐久性に優れている。
「八雲紫。
何を他人事のように言っているんだ。
決闘の原因はお前だろう。
従者に励ましの一言でもかけてやれ」
「そうねぇ。
あの子、まだ然程魔法の鍛練を積んでいる訳じゃないから。
ちゃんと闘えるのか心配だわ」
「その割りには心配している声音じゃないな」
隣の彼、服部副会長はジト目で紫を睨んでいる。
表に出したつもりはないが、知らない内に感情が出ていたようだ。
しかし、紫が従者である藍を心配していたのは本当のことである。
彼には一体どんな声音に聞こえたのか、紫に知る術はなかった。
紫は辺りを見回した。
従者の藍は臨戦体勢のようで、いつでもやる気満々とも言いたげな空気がヒシヒシと感じる。
しかし。
「おい。
司波兄の姿がないぞ。やつは一体何をしているっ」
藍が苛立たしげに誰にでもなく尋ねる。
それは紫も気になっていた。
今更逃げたということはないだろう。
生徒会での一触即発の中、あれだけの啖呵を切って見せたのだ。
相応の自信と勝算がなければ、ああは振る舞えない。
「お兄様は唯今、CAD の準備をされている最中です。
もうしばらくお待ち下さい!」
「ふん。恥を掻くことを恐れて、及び腰になったか」
「心配は無用です。
お兄様は逃げません。
今の内に充分に余裕を堪能していてください」
「あら。
つい先程までは顔を真っ赤にされて激昂されてましたのに、随分落ち着いておられますわね。
その冷静さは何処から来るのかしら、是非ともお聞きしたいわ」
紫はおちょくり半分、真面目半分のつもりで尋ねた。
2科生と1科生の溝を本当に理解しているのだろうか。
紫自身、この外界にきて日が浅い。
しかしそれでも、魔法界の常識は頭に納めている。
「お兄様は世界で誰よりも強く、優れたお人です。
慌てる必要が何処にあるのでしょうか」
「本当にお兄様を信頼していらっしゃるのね」
「当然です。
お兄様が負ける姿など、想像できません」
「優れた天才が人の期待で凡人に成り下がる。
そんなお話があるのですけど、貴女はこれについてどう思います?」
「お兄様はお兄様です。
そんなお話、聞く耳持ちませんし、お兄様がどうあろうと、私はお兄様を支えます」
「その信頼が紛い物でないことを祈っていますわよ」
妄信に妄執か。
彼女の瞳には兄がどう映っているのか。
司波達也は2科生である。
魔法師として凡人に分けられる。
優れた者でさえ、人の期待に押し潰されるのだ。
凡人たる彼が、自身を慕う妹の理想にどこまで耐えられるのだろうか。
紫は深雪の横顔にチラリと視線を向けた。
彼女は静かに出入口の扉を見つめている。
凛とした佇まいだ。
だがしかし。
紫にはその冷静さがハリボテに見えた。
「紫様。
それ以上その者と口を利かれる必要はありません。
耳が汚れます。
愚者が辿る末路を、ただ静かにお見つめ下さい」
「そうですね。
八雲さんは静観していて下さい。
真の愚か者は一体どちらなのか。
お兄様が証明してくれます」
藍は未だに怒りが治まり切ってないのか、言葉には棘しか見当たらない。
対して司波妹は落ち着き払っている。
紫は自身の従者ながらも、藍の扱いに困った。
藍は頑固で一度機嫌を損ねると中々治らない質だ。
普段は紫に対してどこか間の抜けた態度であるが、その忠誠心は頑なだった。
何が彼女の琴線に触れるのかは、紫でさえ完全には理解していなかった。
紫は苦笑ぎみなため息をつく。
ふと、他の生徒会の者達を見やる。
やはり心配げな様子だ。
微かな焦燥が垣間見える。
当然だろう。
生徒同士の魔法決闘はそれほどまでに危険が伴う。
生徒の魔法使用による負傷事故は毎月出ているのだ。
戦闘であれば、尚負傷する確率が高い。
ましてや、1科生と2科生と魔法力に歴然な格差があるのだ。
学生故に、力の調整が難しいため、負傷率はさらに倍加するばかりである。
「お待たせしました」
「本当よぉ。
淑女を待たすだなんて、焦らしてるのかしら。
さぁさ、愛しの恋人が待っておいでですわよ」
紫自身特に待ったつもりはないが、つい好奇心で冷やかし気味に言った。
このピリピリした空気の緩衝材になればと、深い考えもなくふざけてみたのだ。
「……………………………」
「……………………………」
約二名が般若のごとく変貌する。
言うまでもなく、藍と司波妹だが。
凄まじくも、恐いぐらいの無言。
背景には凍てついた怒気をたぎらせる。
──冗談が通じないのは嫌ねぇ。
達也は身近にある台にケースを置き、専用のCAD を手に取った。
紫はそれとなく彼のCADを観察した。
特化型CADか 。
魔法発動の遅い2科生が、CADによって処理速度を補うのは定石である。
「……でも、決定打にはなりえないかしらね」
「何かおっしゃいましたか?」
嘆息する紫に司波深雪が訝しむ。
「いいえ、お気になさらず」
特化型CAD は特別なものでもなく、1科生でも使用する普及したものだ。
手にするCAD は銃を模してるが、特段変わった様子はない。
──やはり杞憂だったようね。
服部副会長は苛立たしげに達也を見やる。
視線が合う。
しかし彼は服部の敵意を気にした様子もなく、ふいと反らし、CAD の軽い調整に入った。
「全く。身の程知らずな補欠め。
見苦しく醜態を晒す前に、さっさと退場すれば、まだ理性ある馬鹿として見てやるものを」
「服部刑部副会長。
まだ結果も出ていないというのに、口喧しく非難するのは如何と思うが?」
いつの間にか風紀委員長の渡辺摩利が彼の隣に並んでいる。
彼女は流し目で冷たい視線を送った。
「なッ!
渡辺先輩!?」
服部は驚きの表情を向ける。
生徒会の中でも、司波達也に悪感情を持っているのは彼だけであった。
他の生徒会の者達もいい表情はしない。
紫は慌てる彼を見て思う。
何故彼の顔はこんなにも驚く顔が様になっているのか。
紫自身、何故こんな感慨を抱いたのかがわからない。
自身でも不思議に思うくらい、彼は優位な立場から蹴落とされて、「なにッ」と叫ぶ感じが不自然でないほどにしっくりくるのだ。
根拠もなく、何かしらの宿命を感じる。
脳裏な『かませ犬』という単語が出てくるのは、何故なのだろうか。
「なら渡辺先輩っ。
貴女はやつに勝算があると言うのでしたら、その根拠はあるのですか。
ウィードがウィードと呼ばれる所以はその魔法力の低さにあるのです。
魔法実技で十分な力を発揮できないウィードに、勝利する道理はありません」
「彼を見くびらないことだ。
彼の真髄はそこでない。
それにな、実力というものにも色々ある。
私は魔法に限らず、実力のあるものはすべからく公平に評価する。
実力主義の校風にならってな」
「話を誤魔化さないでください。
今話しているのは決闘の話です。
魔法師の戦闘において、勝敗を分けるのは処理速度と魔力量。
これだけです。
ウィードの時点で既に勝敗は決まっています」
その通り。
勝敗は始めるまでもなく決まってる。
紫は内心静かに服部副会長に同意した。
彼の並べる理屈に間違いはない。
配布された教科書にも記されているほどだ。
処理速度が遅ければ魔法の発動が遅く、戦闘においては、その差が命運を分ける。
魔力量が少なければ、それだけ魔法の使用回数は限定される。
また司波深雪を例に挙げられるように、広範囲に魔法を展開する場合も、相応の魔力量を必要とするのだ。
とある授業でも見せてもらった広範囲に出現した極大な氷結地帯が脳裏に浮かぶ。
あれは自身の魔素(サイオン)を練り上げ、術式(魔法式)の発動により高密度の魔力を広範囲に拡散してこそ成り立つのだ。
まさに、大容量の魔力をもつものだけに許された技といえる。
いつだか、深雪は感情が高ぶった際、侵食といった感じで魔力を振り撒き、氷結を起こしている様子があった。
術式も挟まず氷結を作るなど、並みの処理速度ではない。
一重に彼女が規格外であることを示している。
比べて、兄は並みの並み。
学校の検査に偽りはない。
故に、彼に潜在的な力が宿っていることもないのだ。
服部の言うようにウィードでは勝てない。
処理速度も魔力量も先天的に決まるもの。
男と女のように。
人と妖怪のように。
生まれながらの不平等さがそこにある。
平たく言えば体質の問題である。
後天的に成長する見込みもない。
筋肉は鍛えられても、臓器は鍛えようがないように。
努力では越えられない壁なのだ。
「彼には特殊な力がある。
魔法使用時に出現する起動式を瞬時に読み取り、発動される魔法を予測する目と頭脳がな」
──そんな馬鹿な。
「そんな馬鹿な!?」
一瞬自身が声を出したのかと疑ってしまったが、よく聞けば服部副会長だ。
紫は安堵した。
──まさかハモるとは思いませんでしたわ。
「起動式は膨大な情報量で成績されているのですよ!?
わかっているだけでアルファベット文字数三万以上。
いくら苦し紛れの言い訳にしてもあんまりですよ!」
魔法界隈の常識からすれば、奇天烈な発言に服部は憤慨する。
流石の紫も渡辺摩利の言には訝しげな視線を送る。
紫ですら、彼女の言い分が聞き苦しく感じるのだ。
──引くに引けず、出任せで見栄でも張っているのかしら。
しかし、それはない。
紫は即座に否定する。
あれだけ肩入れするからには、相応の何かが彼にはあるのだ。
紫は渡辺摩利の己の主張の意図を探るが、結論はでないままだ。
現在の渡辺摩利の言葉はあまりにも支離滅裂で、戯言に値する。
紫には理解が及ばなかった。
渡辺摩利は紫の目に気付いたのか、腕を組んで鼻を鳴らす。
そして不敵に笑みを張り付ける。
「事実だ。
私はこの目で確認したからな。
元より私は、彼の力に目を着けていたんだ。
だから風紀委員に引き入れようと、会長に頼んで生徒会室へと呼びつけてもらったんだからな」
「や、やつを風紀委員に!?
正気ですか!?」
「彼の力があれば、魔法が使用される前に違反者を取り締まることができる。
彼は規則を乱す輩への抑止力へとなる」
「俺は反対です。
風紀委員であればなおさら魔法力が必要とされるではないですか。
魔法の違反使用者は1科生の者もいます。
やつには力不足ですっ」
「力比べなら私に任せればいいさ。
彼には彼の役目を与えるさ。
それに、ちょうどいい機会だと思っていたところだ。
彼の加入に対して、お前が反発するであろうことはある程度予想していた。
ここであいつの実力を知れば、お前も嫌とは言えんだろうさ」
もはや彼女は有無を言わせないといった態度だ。
「ちなみに彼が勝ったら、風紀委員への加入については、お前の意見は無視させてもらうぞ」
「なんですかそれ!? 横暴ですよ!?
いや、フッて。不敵に笑わないでください!
か、会長ぉおお!
会長からも言ってやって下さい!」
なんだろうか。
○○君。君もなんとか彼に言ってやってくれ。
……なんて言う、立場が低くもなければ高くもない、頼りないおじさん然とした文官を彷彿させた。
服部副会長。
いや、これからは彼は範蔵副会長と呼ぶことにしようか。
「うーん、そうねぇ。どうしましょうか」
生徒会長の七草真由美は苦笑いで返す。
見れば、チラチラと司波達也と視線をやっている。
今はどちらかというと、決闘をとめるべきかどうかに悩んでいる印象だ。
「…………」
紫は胸中に得体の知れない責任感のような、もやもやしたものを感じた。
罪悪感ではない。
こと、この決闘については紫自身の露骨な悪口が原因だが、それについて紫は特に何とも思っていない。
ただ悩める七草真由美に対し、シンパシーを感じとったのかもしれない。
紫の瞳には彼女の顔がうつる。
生徒会長としての顔と七草真由美個人の顔が入り交じっているようであった。
紫は閉じた扇子を頬に添えた。
そして流し目で渡辺摩利に見やる。
「ほとほと風紀委員長様には呆れて物も言えませんわねぇ」
紫の嘆息を含む声音に全員が振り向く。
「……何か言ったか?新入生総代、八雲紫」
「進言して差し上げます。
この度の決闘、取り止めませんか?
結果の見えた勝負にいかほどの価値がありましょう」
渡辺摩利は攻撃的な色を含む視線を向けている。
紫は挑発のこめた視線を投げ返す。
「渡辺先輩。
これ以上、不信を募らせるような世迷い言を並び立てるのは、お止めになったほうがよろしいですわ。
彼に特殊な力があるだなんて。
酷く、聞き苦しくあります」
「助言感謝する。
だが、私は意見を変えるつもりはない。
お前の助言に従うつもりもない」
「貴女が彼を気に入っていることは十分に伝わりましたわ。
でもこれ以上は、はっきり言って彼のためにもなりませんわ。
彼の異質な雰囲気と齢に見合わぬ立ち振舞いに、何を夢見ているのかは知りませんが。
過度な期待は彼の身を滅ぼしますわ」
「そんな曖昧なもので、私は彼を風紀委員に推したりなどしない。
私は確固たる根拠をもって、彼に期待している」
「校門での騒動のことですか?」
「そうだ。
あの場で彼はある1科生の発動しようとした魔法に、攻撃性がないことを言い当てている。
あれが何よりの証明だ」
「確かに何よりの証明ですわね。
主観的かつ説得力が皆無である見事な言い分でした。
彼が詐欺師であることがよくわかりましたわ」
紫も件の騒動には一部始終見ていた。
あの件での司波達也の行動は、確かに異質なものであった。
加えて、並みの者ではない雰囲気は、紫自身も肌で感じとったことだ。
彼はある種の独特な人間なのであろう。
しかし。
あくまでも彼は、頭の回転の速い口達者な人間止まりである。
魔法師としては普通だ。
紫にはそうとしか考えることができない。
起動式を読み取るなど、もはや深読みではなく妄想の類いである。
物的証拠と第三者の多数の証言があれば、また話は変わってくる。
だが、今の紫には正直まったく関心が湧かなかった。
取るに足りない言葉と切って捨てる。
紫は顔を不遜の色に歪めた。
「兄を嘘つき呼ばわりしないでください!
お兄様のことを何も知らない癖に、好き勝手言わないでください」
突如横槍が入り、声の主へと視線を飛ばす。
司波深雪か。
「これは彼のためを思ってのことですわ。司波深雪さん」
「白々しい上辺だけの気遣いはいりません。
人を見くびるのもいい加減にして頂けませんか?
総代だからといって。
力があるからといって。
傲慢な態度をとっていい理由にも、人を貶していい理由にもならないのですよ」
「司波深雪の言う通りだ。
八雲。お前は些か傲岸不遜が過ぎる。
それにお前が本当にあいつのためを思うなら、静かに結果を見届けてやればいい。
これは2科生の立場を大きく躍進させる取っ掛かりにもなるかもしれんのだぞ」
「学生による魔法決闘の危険性は、数多の事故歴で知っての通りでしょう?
経験で勝る最上級生の貴女方の方がご存じのはずでしょうに。
……それに、ここまできて口にするのは憚れますが。
本来であれば教員の監視下でなければ、生徒間の決闘は認められないのが規則です。
仮にも貴女が彼の肩を持つというならば、彼の身のためにも、この決闘は止めさせるべきではないでしょうか」
これは生徒会の誰もが知っていることである。
現に、七草生徒会長の瞳には未だ迷いの色が見える。
彼女は葛藤しているのだ。
「私が許可すれば、問題はあるまい。
規則には則っているからな。
審判も私が責任をもって取り行おう。
それに、大怪我を負うような危険が見られれば、即刻私が力付くで止めに入る。
生命を脅かすような負傷など絶対させないさ。
風紀委員長の威信にかけてな。」
それを最後に、沈黙が場に降りた。
達也はCAD の調整が終わったのか、準備が完了したようだ。
七草真由美はこの息苦しい雰囲気を抜け出したくて彼の元に駆け寄った。
「達也君、いけそう?」
「何やら、自分のあずかり知らないところで話が進んでいるみたいですね。
基本的人権である、個人の意思尊重ぐらいはしてもらいたいのですが」
七草は彼の機嫌を伺うように、達也の顔を覗いた。
彼は静かに険を孕ませて生徒会役員らの方を見やっていた。
少し怒っているようだ。
それもそうだろう。
彼自身のことであるのに、本人抜きで話が進んでいるのだから。
七草は取り繕うようにフォローする。
「勿論、最後は達也君が自分自身の意思で決めてもらうことになります。
でも、私は貴方のような人なら是非入ってほしいと思ってるの」
「自分は、風紀委員に余り興味はないのですが……」
「そんなこと、今はどうだっていいであろう。
後にしろ。
即刻終わらせてやる。その後に好きなだけ話すといい」
八雲藍が心底興味無さげに吐き捨てる。
振り返れば、やや不快げに八雲藍が眉を寄せていた。
随分イライラしているのが、七草にもわかった。
──でも、少しくらいは待ってくれてもいいじゃないの。
「……わかった。始めよう」
達也はその場から離れ、決闘に臨むべく立ち位置へと向かった。
七草は嘆息する。
もっと早く止めていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。
あの時の優柔不断な自身を叱りつけたい気分になった。
しかし、脳裏に過るのは、つい先程の生徒会室での達也と八雲藍の無言の睨み合い。
「ここまできたら、仕方ないわね」
二人の前に出る。
目の前では、達也と八雲藍が静かに視線を交わし合っていた。
達也は無頓着な顔つきだ。
対して藍は射殺しそうなギラつきさだ。
それを見て、七草はやや苦笑いをこぼす。
──藍さん、ちょっと睨み過ぎじゃない?
「それでは。
私も生徒会長として、貴女たち二人の最低限の安全を確保できるよう、最善を尽くします。
責任をもって、勝負の行く末を見届けさせて頂きますね。
両者ともに、悔いのないように」
「わかりました」
「…………承知した」
硬質な声音で二人が了解の意を耳にして、七草はその場を離れた。
銃型のCAD を握る達也の姿に、胸の前で拳を握った。
生徒会長としての役職がある七草は、個人に肩入れするようなことはあまりできない。
それでも、心に立場は関係ない。
だから。
──達也君、頑張ってね。
風紀委員長が魔法決闘におけるルールを説明していた。
しかし。
藍は渡辺摩利の言葉に何一つ意を介さなかった。
内容が全く頭に入らない。
彼女の意識は眼前の雑草のことのみだ。
一体何なのだ、あの雑草は。
あの何もかもを見透かしたような瞳は。
藍は不快げな胸中を示すように、顔を鋭く歪めた。
「ルール違反者は私が力付くで取り押さえるからな?」
「わかりました」
胸中を黒色のもやが侵食しているかのようだ。
藍の脳内は、彼にいかに屈辱を与え、悔恨に這いつくばらせるか。
それだけしかなかった。
「……心得た」
藍は何を言われたのか理解していなかったが、取り敢えず返事を返した。
風紀委員長が片手を天に上げた。
戦闘開始前の合図である。
藍は達也を見定める。
彼は眼前8メートル先で棒立ちだ。
特化型CAD をその手に持ってはいるが、魔法発動は藍の方に分がある。
定石としては簡易に発動できる風系の魔法弾を射出すればそれで済む話であった。
後方の壁に吹き飛ばせばそれで試合終了なのだ。
だが藍は、それで済ますつもりは毛頭なかった。
それでは彼女自身の気が晴れない。
──我が主の気高き畏怖を汚す貴様には、地で悶える醜さこそ相応しい。
藍は思考を加速し、多数の戦術パターンを模索する。
そして決定した。
場外では全員が静かに見守っている。
生徒会側の幾人かは固唾を飲んで、不安げな表情だ。
しかし。
そんな中、七草は紫に話しかける。
「八雲さん。
摩利が言うには達也君に特殊な力があるみたいだけど、それでも藍さんが勝つと思われますか」
七草は柔らかい表情だ。
いつみても微笑んでいるのだ。
先ほどから、絶えず言い争いが起きている現状にも関わらず。
協調型の指導者か。
彼女は柔らかい印象を持ちながらも、大将の器を持っていた。
紫はこの世界に『十師族』と呼ばれるものがいることを知っている。
『七草』の名をもつ彼女もその一員だ。
内在する並外れた魔法量がその証。
そして、その名に恥じない度量が、紫には垣間見えた。
「あのような世迷い言に耳を貸す価値などありませんわ」
「仮の話です。
もし本当であれば、起動式を読み取り、発動される魔法を予測できるなんて凄いと思いませんか」
「会長さんは『学校でテロリストが乗り込んできたら』などと言う話題で真面目に同級生と話しますでしょうか?」
「それはとても面白そうですね。
一考の価値があると思いますよ」
紫はやれやれといった感じにため息をつく。
「確かに彼は凄いでしょう。
起動式を構成する莫大な情報を瞬時に読み取るなど、誰にでもできることではありませんから。
私にもできることではありませんわ」
「そもそも彼にしかできないと思いますよ?」
「ですが、特段関心は向きませんわ。
話を聞いた限り、応用が効くとは思えません。
起動式を読み取ろうと、発動されるまでに対処出来なければあまり意味はないように思いますわ」
「そうでしょうか。
事前に使われる魔法が分かってさえいれば、より効果的な対応がとれるかもしれませんよ。
とれる選択肢が増えるというのは、それだけ戦術の幅が広がり、可能性が広がることだと私は思います」
「起動式が出現する時間は長くても僅か2秒足らずです。
その間に術式の莫大な情報を読み取り、対処行動に移るなど、あまり現実的とは言えませんわ。
ましてや、処理速度が劣り、対応の遅い2科生なら尚更ですわ」
紫の言葉を最後に、七草と紫の会話は一度、途切れる形となった。
「始めッ」
渡辺摩利が勢いよく手を振り下げ、決闘開幕の合図を示す。
合図と同時に、藍の姿勢が下がる。
藍はタックルを仕掛けるかの如く前傾体勢となり、体を傾けたのだ。
藍の肉体は妖力そのものだ。
故に、この世界には適合しない。
藍は弱体化している身であり、その身体能力は人の域を出ないのが現状であった。
──だが、それが何だと言うのだ。
加速魔法を発動させる。
ここでは魔法力がものを言うことを、藍は重々理解していた。
明確化した処理速度の優劣。
一瞬の攻防が勝敗を左右する魔法師の戦闘において、スピード負けしている達也に成す術はない。
藍は勝利を確信し、獰猛な笑みを湛えた。
しかし。
気付けば、達也の姿が消失した。
「何ッ」
──どこに消えたッ!?
──いや、違う。
否である。
彼は消えてなどいない。
あまりにも刹那の出来事に、動揺が胸中を支配する。
だがしかし、藍は確かに達也の姿を目で捉えていた。
達也は開始の合図とともに、驚愕の速度をもって、背中へと回り込んだのだ。
あり得ないの一言が、藍の思考を埋め尽くす。
予想だにしない刹那の出来事に、目の前の光景を脳が理解しない。
あまりに埒外な脚力。
もはや達也は、人外の域に達しているといっても過言ではない。
藍が気づいた時にはもう遅かった。
達也が手にする銃型CAD の引き金を引いた。
「っが!?
……うっぷ!?………う"お"ぇぇぇぇぇ」
藍はとっさに口を押さえる。
込み上げる吐き気に耐えられず、何もかもをぶちまけるように吐き出した。
脳を保護する髄液を掻き乱されたかのようだ。
強烈なまでの不快感が脳を支配した。
突如襲った吐き気と目眩に足元が覚束ないが、藍は敵を見定めるべく、後方へと振り返る。
「驚いたな。
まさかこれに耐えるやつがいるとは、計算外だ。
この戦術にも、まだ改善が必要なようだ」
達也は素直に称賛の意を称えた。
しかし、観客席では動揺が広がる。
見ていた者には何が起きたのか理解出来なかった。
「い、一体、どうしたのでしょうか?
急に藍さんが苦しみだしましたけど」
中条あずさが不安げに心配する。
急に達也が藍の後方に姿を現したかと思えば、突如、藍が嘔吐を催したのだ。
予想外の展開。
どう対処すればよいのか判断できず、取るべき行動が浮かばない。
「あ、あのウィードの仕業だというのか?
ただサイオンの波動を出しただけのようにしか見えなかったぞ」
「CAD を構えて魔法を発動した以上、彼が何かをしたのは明確だと思いますが。
嘔吐を誘発するような魔法なんてあるのでしょうか?」
「うーん。
振動系で脳を揺らすなら、そういったことが可能かもしれないけど、それなら直接触れる必要があるしぃ」
「もしかしたら、あのCAD 自体に特殊な機能が備わっているかもしれませんわね」
「よく見ればあの機種、トーラス・シルバーのモデルですよね!!
いいなぁ、一体どんな構造してるのかなぁ。
あとで見せてもらえないかなぁ」
「いや、て言うよりだな。
審判の私はこの場合どうしたらいいんだ?
あの戻しぶりからして明らかに体調は悪そうだし、ここで止めるべきか」
「で、ですが渡辺先輩。
彼女はまだ倒れていません」
観客席の全員が口々に騒ぐ中、紫は瞳を細めて達也を捉えた。
先程、達也の銃口からは、複数の環状の波動が射出されていた。
無色で威力も皆無なことから判断しづらいが、あれは魔力弾に類いするものだ。
この時、紫は外界と幻想郷における理の相違を改めて確認した。
幻想郷では、魔力弾は最も簡素な攻撃手段であり、広く使われている。
色素もあれば、殺傷力も伴うものだ。
しかし、外界では違った。
無色透明で、サイオンは魔法師にしか観測できない。
威力もなければ、殺傷力もない。
ただの魔素(サイオン)の塊であり、それだけでは何の効果は生み出さなかった。
外界の法則に則れば、そこに術式を組み合わせて、初めて魔法が完成されるのだ。
魔力単体では何も生まないことが、外界の法則であり、理なのである。
今回の場合、振動魔法を使われたようだが、対象は魔素(サイオン)自体であり、本来なら何の効果もないばすなのだ。
しかし、藍には嘔吐の症状が現れた。
それ故に。
観測された達也の攻撃から、紫は新たな可能性を推察した。
魔力単体は効果はなくとも、波状にして形状を変えたり、複数の魔力弾をぶつけることで、未知の効果が生み出されるのだと言えるだろう。
しかし、紫はそれとは別に、もっと別のところに関心を持っていた。
「達也さんのさっきのアレは一体何なのでしょうか?
一瞬であの距離を詰めて、藍の後ろに回りこみましたが、人間技ではありませんわ」
「私もびっくりしました。
加速の魔法なんでしょうか」
「あ、あり得ませんよ会長!
ウィードにそんな処理速度があるはずがありません」
紫の目からしても、達也の身体能力は人外に位置している。
しかし、外界は魔法と文明に発達した世界。
この世代に、純粋な鍛練であの領域に行き着く筈がない。
魔法による身体強化であろうか。
七草の発言にあるような加速魔法の線が、今のところ一番濃厚だ。
しかし、魔法が発動した様子は全く見られなかったが。
「いいえ。あれは魔法ではありません」
凛とした深雪の声が紫達の議論を遮った。
「あれはお兄様の純粋な身体能力なのです。
お兄様は忍術使いの九重八雲先生の弟子なんです」
深雪が得意げな声音が響いた。
「は?」
紫の間の抜けた疑問符が響く。
「ええ!?
達也君、あの有名な九重先生のお弟子さんなんですか!?」
「あ、あのウィードが忍術使いぃ!?」
他の生徒会達が盛り上がる中、紫は一人呆けていた。
時代錯誤にも程がある。
そもそも魔法が発達した現代文明において、何故そんな戦国時代の遺物が残っているのか。
また、彼の驚異の移動速度が純粋な身体能力というのも聞き捨てならない。
人間の限界を優に越えている。
あれを魔術などの補助も得ずに、純粋な鍛練のみで到達できるのだとしたら、既存の人間に対する知見を今一度改め直す必要があるくらいだ。
この空白の百年、一体何があったのか。
謎が深まるばかり出来事の連続に、紫は小さく嘆息した。
──名が八雲って、姓名が八雲の私はどう反応したらいいのかしら。
何だか複雑ね。
観客の喧騒が耳に届く。
しかし、それを努めて無視して、達也は静かに敵を見定めた。
眼前の八雲藍は苦し気に口元を隠している。
乱れた金髪のショートヘアから覗く彼女の瞳は、殺意に燃えていた。
「その状態で戦闘を続けるのはお勧めしない。
体調不良は不測の怪我の元になる」
「だまれッ!
いいか、そこを動くなよっ。
貴様はただでは済まさん」
藍の足はあまりにも頼りなかった。
酷く疲労しているのが、顔を見て確認できる。
通常であれば意識障害をきたすような、神経系に作用する攻撃を受けたのだ。
それを気合いで耐えているのだから当然である。
達也は再び銃型CAD を静かに構える。
「敵の言葉に素直に従う程、俺は親切な人間ではない。
悪いが、次は意識を刈り取らせてもらう」
藍は絶不調な中、その銃口から飛び出す魔法を避けるべく、瞳を鋭くする。
この不調があの銃に関係するならば、絶対に避けなければならない。
妖怪故の耐久力で皮一枚で首が繋がっているのが現状だ。
先の一撃を再び食らう。
それは、決闘の敗北を意味している。
回避に専念すべく、じりっと、藍は片足を後退させる。
後退と同時に達也の姿が消える。
また消えた。
──否ッ。
藍は瞬時に彼の姿を捕捉する。
彼は今まさに真横を駆け抜けようとしたいた。
「頭に乗るな、雑草風情がぁ!」
激昂し、あらかじめ発動させた加速魔法を拳に乗せる。
藍は力任せに拳を振り抜いた。
「甘いな」
達也は自身を捕捉されたことに静かに驚愕を示すも、即座に対応する。
全ての無駄を取り除いたフォームで藍の拳をいなし、背負い投げの要領で彼女を投げ飛ばす。
「何ぃ!?」
衝撃が背中に走り、藍は顔を歪めた。
一瞬、自身に反撃があったことがわからなかった。
自身が投げ飛ばされた事実を、痛みによって遅れながらも認識する。
「ば、馬鹿な……」
藍の瞳が大きく見開いた。
自分は誰もが恐れる強大な妖狐、九狐なのだ。
強大なる妖怪が人間に屈するなど、断じて認められない事実だ。
人の子に組み伏されるなど、藍にはこれまでに一度だってなかった。
現状、今の藍は全ての身体機能が人の身にまで落ちている。
満足に体を扱えない状態だ。
しかし、そんな事実はあってないようなものであった。
人間に這いつくばった。
この事実だけが藍の心中を蹂躙する。
藍は憤怒の形相でふらふらと立ち上がり、達也に強烈な視線を浴びせた。
「まだやるか。
立つこともままならない状態で、闘おうとするのは得策とは言えない」
達也は内心安堵の息をついた。
今の一連の体さばきで、藍には武術の心得がないことがハッキリとわかったからだ。
藍は、あの得体の知れない八雲紫の従者を名乗った。
彼女の護衛として、並ならない武術を修めていても不思議ではない。
魔法師に対してのアドバンテージでもある体術だ。
同じ土俵にでも立たれたら、とてもではないが苦戦を強いられることは必定であった。
師匠の名とは関係ないにしても、八雲という名には警戒せずにはいられない。
優れた魔法師である妹を越える八雲紫。
彼女に関わるものは、警戒しすぎるに越したことはないのだ。
それ故に、藍の闘いぶりには拍子抜けでもあった。
「今のでわかった。
もうお前は勝機はない。
これ以上、時間を無駄にする気はない。
俺としては降参してくれると有難いんだが」
「何がわかったというのか!
決着もつけずに勝者の余韻に酔うとは、ズブの素人が」
「一本とった時点で決着はついたと思うがな」
「勝利条件はどちらかが戦闘不能になるまでだ。
紫様でない貴様ごときが私を見下げるなよ、雑草風情がぁ!」
怒声とともに、藍は後方へと加速し、距離を離す。
──後ろに距離をとった?
達也は目を細めた。
予想外の行動であった。
興奮しているようで、内心は意外に冷静なのか。
理知的な判断が伺える。
激昂ぶりからして、感情に任せ突っ込んでくることを予期していたのだ。
藍が両腕を前方にかざす。
同時に起動式が展開し、二本のレーザーが達也を襲った。
達也は軌道を見極め、瞬時に回避へと行動に移す。
その際、バチバチと鳴る雷鳴と、肌がびりびりと総毛立つような空気感が襲った。
──この光線。電子操作系の類いか。
過ぎ去った軌道の先を見れば、魔法耐久に特化した壁面が焦げていた。
その威力は学生間の決闘においては明らかな違反だ。
瞬時に藍の魔法の危険性を悟ると、銃型CAD を構えて魔法波を射出する。
「ちっ、無色の波動か。
小賢しい小細工を」
紙一重に避ける藍。
達也はそのことに内心驚くが、すぐに感情を鎮め、前方へと走り出した。
藍の手から途切れることなく起動式が次々と現れ、近づけまいと数多のレーザーが連射された。
達也はレーザーの雨を驚異の身体能力でさばいていき、回避の合間に射撃を行って反撃する。
「何なんだ。何なんだお前はっ!
人にこんな芸当ができる筈がない。
貴様っ、一体何者なのだ!?」
達也はどんどん接近する。
縦横無尽に飛び回る彼に対し、藍の心中は焦燥が溢れだし、額からは嫌な汗が止まらない。
藍は合理主義者だ。
あらゆる物事には常に合理性を求める傾向にあった。
故に藍は理解に苦しんだ。
目の前の男がわからない。
彼の行動に合理性がないからだ。
現に、銃撃しながらも悠々と藍に接近してきている。
離れた距離からの殺傷を可能とする銃の特性が、まるで生かされていない。
命中精度をあげるためとは言え、正面からの特攻など
自殺行為に等しい。
既存にある銃撃戦とはかけ離れた光景だ。
藍はばくばくと動悸が激しくなるのを感じた。
「あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないっ。
あり得んぞ貴様っ!!」
藍は少しでも距離を稼ごうとジリジリと後退するが、壁に背が当たる。
はっと壁に視線をやるが、もはや退路はなかった。
これまでの彼の一連の行動が脳に過る。
しかし、結局は疑問しかたまらない。
何故銃を構えてフェイントをかけたのか。
何故その驚異の身体能力を持ちながらも銃を使用するのか。
何故平然と死地へと向かっていけるのか。
彼の行動は何から何まで合理的ではなく、破綻している。
どこかの暴力巫女を思わせる超人的な力押ししか感じられない。
個人的に苦手とする人物と彼が重なり、光線の雨は苛烈さを増した。
「くっ」
達也は余りの猛攻に撤退を余儀なくされた。
「……ふははは!
そうだ、それでいい!
強者においそれと近づくものではないのだ」
距離がとれたことに安堵したのも束の間。
藍は突如、呼吸できない程の息苦しさを感じた。
「かっ!?
息がっ!?
……一体……何が……!?」
それは渡辺摩利の魔法であった。
彼女は手をかざし、魔法を発動している。
得意とする気流操作の一環で、藍の顔面周囲の酸素濃度を極度に減らしたのだ。
しかし、あくまでも酸素分子を払っているだけであり、すぐに酸素濃度は元に戻ってしまう。
「すまない。
手助けが遅れてしまったな」
「いえ、十分過ぎます」
達也は渡辺の援護に素直に感謝した。
藍が手元が覚束ないながらも起動式を展開し続けていたため、光線の雨は降りやまなかったが、それでも勢いは十分過ぎるほどに弱まっていた。
その隙を逃さず接近し、両手を握って交える。
起動式の分解。
達也のもつ特殊な魔法の一つだ。
藍の両手から起動式が消失し、光線の雨が消えた。
「何!?
私は発動を切ってないぞ!?」
忽然と魔法が消失し、藍が喚きたてるが達也は意に介さない。
懐に潜り、鳩尾へと体重の乗せた拳打を一撃。
藍は糸が切れたように倒れた。
戦闘不能。
二人の決闘の幕は閉じたのであった。
藍さんは成長型です。悔しい思いをして変わっていくタイプですね。最強はあくまで紫ですので。
感想、指摘、評価待ってます。辛口で構いません。「気に入らない」なんていう個人的感想でも構いません。折角のネット小説ですから。読書がどんな気持ちなのか知ってみたいです。
今後の執筆のためにも生かしていこうと思いますので。