俺の名前はヴラド、ヴラド・フェルノーグだ。
俗にいう転生者というやつで、前世ではおそらく死亡しておりその直後にこの世界にやってきたと思われる。
説明があやふやなのは、前世の記憶が朧気な上転生から十数年が経過しているので、忘れてしまった。
前世のことが思い出せないのは残念だがいまの俺はこの世界の住人だ、過去は過去として今世を生きたいと思う。
俺のこの世界の両親は既に他界している。母親は俺を産んだ直後に産褥熱により死亡。父親はヴァンパイアハンターと呼ばれるもの達から家族を守り戦死している。
母親のことは流石に覚えていないが、邸に飾られている゛家族゛と題された絵にはかなりの美人として描かれているし邸にいる使用人や執事やメイド達からは特に慕われていたようで、慈愛溢れる優しい女性だったことが伺われる。
対して父親は数年前までは生きていたので、吸血鬼としての在り方や心構え、戦闘の指南や次期領主としての教育などをみっちりと仕込まれた。
父親は厳しかったが、親子仲は良好だったと思う。少なくとも俺は大好きだった。父子ふたりで領内の視察に出掛けては、お互いに意見交換をしながら酒場で朝まで語り合い、翌日ふたり揃って老執事の説教をきくはめになったりと楽しかった思い出ばかりだ。
そんな俺も今日で十五歳になり成人の儀も無事に済ませ、邸の食堂で父の妹にあたるマリー叔母上からお褒めの言葉を頂いた。
「あんなに小さかったヴラドが立派になって…、兄上も義姉上もきっと喜んでいるでしょう。」
「ありがとうございますマリー叔母上。」
「ああ、そうそう、お母様からも手紙を預かっていますよ。」
「お祖母様からですか…?」
マリー叔母上は我がフェルノーグ家の本家にあたる、ヴァーミリオン家の使者としても来ていたようだ。
吸血鬼の社会は四公爵、六侯爵、八伯爵、十男爵からなる議会制で、議会のトップは四公爵家の当主たちが務め、基本満員一致で吸血鬼の社会を纏めている。
ヴァーミリオン家は四公爵の一角で、当主のマチルダ・ヴァーミリオンはかれこれ六百年ほど生きており吸血鬼の中でもダントツの長寿として知られる化け物だ。
ちなみに俺の祖母である。
「お母様もヴラドの成人を心待ちにいらしていたし、やっと正式に爵位も領地も継承して、可愛い孫が一人前になるんだもの嬉しいはずよ。」
そう言って手紙を俺に差し出す。
「はは…、精一杯頑張らせてもらいます。」
叔母上の言葉になんと返してよいかわからず、照れ笑いをうかべながら手紙を開く。
「………、叔母上…は手紙の内容はご存知で?」
俺は手紙の内容を流し読みしたあと、手紙の内容について叔母上に訪ねる。
「いえ、内容までは…、何が書いてあったの?」
叔母上は手紙の内容を知らないようだ、ならば明かすわけにはいかない。叔母上の命のためにも。
「…いえ、お祖母様からは叱咤激励のお言葉を頂きました、まだまだ精進せねばならんようです。」
俺は苦笑いを浮かべながら叔母上にそう返すと、食事の途中ではあったが席を立つ。
「失礼します叔母上、急用を思い出したので食事の最中ですが少し席を外させてもらいます。」
「あらそう?私も本家に帰ろうかしら。」
「いえ、叔母上はこのままで。すぐに戻りますので。」
俺はそう言って部屋を後にした。
廊下に控えていた老執事に手紙渡し内容を読ませると、俺は老執事に問う。
「…どう思う…?ありえるかこんなことが?」
「とても信じられませんが…御屋形様がこんなことを書いて送ってくるならば真実なのでしょう。」
手紙の内容は尋常なものではなかった。
俺の父が治めていた領地は吸血鬼の総本山であるノルクシュバイン城と目と鼻の先にある肥沃で広大な土地だ。
貴族の中でも四公爵家に次ぐ領土で、父が存命のころから他の貴族達から不満が上がっていた。一伯爵の領地としては大きすぎるので、各家に分配するべきだと声高に主張する貴族達がいたのだ。
父は領主としても戦士としても一流だったので、不満を持つ貴族達も、父が存命の内は表立った行動はしなかったようだが、父が死に息子の俺が跡を継いだ途端に大胆な行動に出た。
不満を持つ貴族達が連合を作り、武力によってこの地を掠め取ろうとしている。
お祖母様からの手紙にはそう書かれていた。
吸血鬼の社会において、大義名分さえあれば同族の領地に攻め込んでもよいというふざけた法律がある。
いろいろな制約と規則があるが、比較的容易に行動に移れるので、昔から度々使用されてきた。
「これは…嘗められているな、俺が。」
「旦那様いかがいたしますか?」
「向こうがやる気なら是非もない…。」
吸血鬼や悪魔、妖魔族などのこの世界では魔族と呼ばれる種族には共通の不文律がある。
強者こそが正義。
いかに種族ごとに法律を定め、治安をはかろうとも変わらぬ掟。弱肉強食こそが魔族にとっての唯一絶対のルールなのである。
「攻められる前にこちらから攻めてやる。」
先手必勝を胸に老執事に指示をだし、俺は自室へと戻った。
服を着替え伝統的な吸血鬼の戦闘装束に身をつつんだ俺は、壁に掛けられた刀を手に取り玄関へと降りたった。
「俺を嘗めたことを後悔するがいい。」
俺は邸の外に集められた部下や眷族たちを一瞥し、愛馬に跨がり宣言する。
「我らを侮り、愚かにも攻めようなどと画策する者共を討つ!皆、我に続けぇぇぇえええ!!」
「「「おおおおぉぉぉ!!!」」」
全員残らず叩き潰してやる。
そんな俺の呟きは配下達の声にかき消されるように頭上に輝く満月が初陣を祝福していた。