ある日、僕は異常な男に攫われる。

短編 5471文字

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異常だということ

 そうだ、僕は殺人犯と話したことがある。

 それも二つ三つほど声を交わしただけと言うわけでも無く、殺人犯が子供だった頃にクラスメートだったとか言って卒業証書を引っ張り出してくるような自己顕示欲の強いインチキな奴の様なものでもない。僕は殺人犯がそれはもうバリバリの現役、昨日人を殺し、明日も人を殺そうかと言うときに話したのだ。

 創作内では二枚目に書かれがちな好男子の殺人犯だが、現実の世界ではパッとしない。この例に漏れず、僕が出会った殺人犯も別に好男子でもなんでもない、もし道端ですれ違おうともなんとも思わないような、いや、もしすれ違った場所が最新ファッションの発信地に近い場所であれば、何でこのような人間が、といぶかしんでしまう様なそんな男。

 低い身長と小太りな体型からだけでもそのように思ったが、僕はその男の顔形をはっきりとは思い出せない。殺人犯は薄暗い部屋で、西日を背にしながら僕と会話していたのだ、だから殺人犯が美男子では無い、と断定できる程度。今思えば、彼なりに考えていたのだろう。

「何故、殺した?」

 恥ずかしい話ではあるが、僕は彼を知っているつもりだった。新聞、ブラウン管、インターネット、乱雑に散らかっている情報を一つのボックスにまとめて、物思いにふける。僕はそう言う節があった。

 だから彼が自分が何者かを表明した時、僕はボックスを開いた。そのボックスの中にある幾つかの情報をパッチワークのようにつなぎ合わせ、僕は彼を知ったつもりになっていたのだ。

「例えば君の知り合いに、何でも良いからくだらない事を趣味にしている奴はいないだろうか。例えばそうだな、本でも、服でも、下着収集でも、マンガの人形集めでも良い。ああ、この場合のくだらないと言うのは、決してその趣味を否定している言葉ではない。他人には理解を得がたい、そういうものだ」

 彼はとても早口に、それでいて確かな滑舌で言った。僕の質問をある程度予測していて、時間をもてあました時に、その質問にどう答えようかと予めブツブツと呟いていたのかもしれない。この時点で、僕は自分のボックスの中身が非常に朧なものだと、少し感づいていた。

「そんな奴、幾らでもいる」

 僕の返答が予想どうりで満足のいくものだったのだろう、彼は頬を緩めて返す。 

「彼らにその趣味を辞めろといった所で、辞めるとは思わないだろう。彼らはもはや何らかの使命感に追われているようにも見える」

「人を殺すことが、貴方の使命だと?」

 フンと鼻を鳴らしながら僕は彼を嘲った。あの時、僕はその状況に内心興奮しきっていて、そのようなとんでもない行動をとってしまったのだろう。

「やめられない趣味のようなものだよ。酒、ドラッグに例える輩もいるかもしれないが。科学的な中毒性があるわけでは無いから。的外れだろうな」

 激昂するわけでもなく、誇示するわけでもない彼の返答にぞっとする。彼の落ち着きぶりも恐怖の対象ではあったが、それ以上に恐ろしかったのは、彼が殺人と言う行為に趣味以上の感情を持ち合わせていないように思えたことだ。

「どうして、若い男ばかり?」

 ボックスの中にある彼の情報は、若い男の遺体で多い尽くされていた。だから、自分が今こうやって彼と面と向かっているのも納得できる。

 ああ、と彼はつまらなさそうに呟いて。

「本当は、誰でも良いんだよ。そりゃまあ明日死ぬような奴よりも未来ある奴をやった方が実感はあるかも知れないが。基本的には誰でも構わない」

 その言葉を聴いて、僕は再び自分の置かれている立場を再認識した。ここで彼が目を光らせようものなら悲鳴を上げていたかも知れない。

 しかし彼は頭をガリガリと掻いて、恥ずかしそうに言う。

「俺は下手なんだ、なんだ、その、後片付けって奴がな」

 彼が恥じらいを見せたのは後にも先にもこの話題の時だけであった。

「人間って言うのは意外と隠し通すのが難しい。特に血液がいかん、人間一人に対して血液だけで何リットルとある、若くて健康な男なら更に増える。これが無色透明だったらまだやりやすかった。いかにも打ち水をしている風にアスファルトの上にばら撒けば良いんだからな。だがああも紅いと駄目だ。この国にトマトジュースをアスファルトにぶちまける文化があれば良かったんだが、生憎そんな文化は無い。アスファルトの上に赤い液体が大量にあればただ事では無くなる。地面に吸わせるってのも良い方法だが、もうこの国にはむき出しの地面なんて少ないだろう、そりゃ山とかに行けばある。あるが、山は遠い、何リットルもの液体を溢す事無く遠くまで運ぶなんて芸当は個人じゃとても無理だ」

 そこまで聞いて、僕は彼が恥らいながら言い訳をしているのだとようやく気が付いた。

「仮にそれをうまくやったとしても今度は肉と骨だ、肉はまだ良い、冷凍保存しておけばどうにでもなる、最も四十キロ近い肉をどこで冷凍保存するだって問題もあるが、その他に比べればまだ何とかなりそうだ。一番の問題は骨だ、骨ってーのは焼いても残る。恐ろしいことに残る。しかも焼く時には独特のにおいが出るからやりづらい。もし、後片付けが完璧に出来るとしたら、そいつはそれ相当なプロ、つまりは仕事にしているか、団体芸だろうな」

 西日でよく見えないが、恐らく今彼の顔は真っ赤になっているのだろう。

 しかし、彼が若い男ばかりを殺していることと、その言い訳は釣りあわない。

「男ばかり殺していることと、何の関係が?」

「後片付けが出来ないと言う事は、死体が残る、死体が残ると言う事はすぐに身元が割れる。昔に比べて、この国は情報が恐ろしく回りやすくなった。女なんてとても殺せない」

 彼の話が理解できず、首を傾げる。最も、初めから彼のはなしなんて理解できていないが。この場合、より理解できていないというべきだろう。

 彼は僕の様子に気付いたようで、少し息を整えてから言う。

「要はだ、痴情のもつれとか、強姦目的とか、そんなふうに思われたくないんだ。性欲や金銭目的で人を殺す奴は人間の屑だ。女と関係を持ちたいがためにサーフボードを買う男がサーファーを名乗って良いと思うか? ネットで高く売りつけるためにアイドルにサインを貰う奴をファンと呼んで良いと思うか? 奴らはな、殺人の価値を下げている」

「殺人に価値なんてあるものか」

「あるさ、君の中では存在しなくとも。俺の中にしっかりと存在している。だから俺は女を殺さないし、殺した奴から金も取らない、ああ、一度やった男の財布が空だったから、何枚か入れてやったこともある」

 それは彼のプライドなのだろうが、それが理解される日なんて永遠に来ないだろうと思える。

 もはやあまり意味を成さなくなっているボックス内の情報を探る、確かに金品強盗目的の犯行では無いと言う事が明記されていた。

 その時、僕はある情報に目を留めた、我ながらあの状況でそういう部分だけは冴えていたと言っても良い。

 その情報は何の信頼性もなければ、品性下劣で低俗なことで有名な雑誌の記事だった。

 見出しには大きく『美少年専門殺人鬼』とあった、全く、よくもまあここまで下品なものを考えられるものだと感心したものだ。

 被害者の内何人かがそれぞれジャンルは違えどモデルとして活動していたという共通点からその記事では殺人犯をゲイと仮定していた。そのほかの被害者の周辺も調査し――最も、本当に調査したのか否かは分からないが――被害者の殆どは美形であったと書いてある。

『次に狙われるのは貴方かもしれませんよ』などと言ったゴミのような煽り文でその記事は締めくくっているが、僕はそれがどうにも気になったのだ。

 彼は普通の目線で見れば異常だ、彼を異常と呼ばない人間はいないだろう。しかし、彼の話を聞けば聞くほど彼は彼の決まりやプライドで雁字搦めに思えて仕方がない。故に僕は彼に聞いてみたくて仕方なくなったのだ。

「本当に美少年ばかりを狙ったのか?」

 西日を背に揺れる彼の影がぴたりと動きを止めた、その瞬間、僕は彼に射抜かれる幻覚を見た。それまでは客人として扱っていた僕を、その一瞬だけ警戒したのかもしれない。その場から逃げ出そうとした僕を、足首を縛り付ける紐が阻んだ。

「よく、知っているね」

「ゴシップ誌の記事でね」

「なるほど、何も考えていない人間の発想は、時として一周するのかもしれないな」

「記事には、あなたが同性愛者だと」

 ちっ、彼の舌打ち。そうか、彼は自らの行動に性的な目的を絡ませられるのを嫌っていたのだ。

「もし今目の前に記者がいたら、引っ叩いている所だ」

「ならば、どこまでが本当?」

 彼は腕を組んで、頭を捻る。自分の行動を明確に説明できていた彼には珍しい光景だ。つまり彼はこの行動に対して、まだ明確な答えを持っていないのかもしれない。

「若くて、容姿のいい男を選んでいるのは間違いない。だが、勿論そこに性的な要求は無いよ、私はゲイでは無い、むしろ結婚している」

「なら、目的は?」

 そこでまた彼は考え込んで、顔を上げる。

「俺なりの謝罪の気持ちなのかもしれないな」

 謝罪。

 僕のボックスはもう完全に使い物にならなくなって、男についての情報をただただひたすらに詰め込むだけのものになっていた。パッチワークもすでに見れる物では無くなっていて。雑巾のようだ。

「謝罪、だなんて」

 僕の動きに合わせて、椅子がギシギシと悲鳴を上げる。手首に巻かれた紐が食い込んで、カッとその部分が熱くなり、プチプチ、と服が鳴った。

「あんたが、人を殺すことに罪悪感を持っていたのか」

「君もそう思うか。俺もそう思う」

 うーんと唸る彼。

「ああ、そうか、謝罪じゃない。むしろ感謝に近い感情だなこれは」

「感謝?」

 そのときの僕の声は随分と上ずっていたことだろう。

「そうだね、感謝。殺された本人、そして、その周りの人への感謝の気持ち」

「無茶苦茶だ、何が感謝だ!」

「でもそうとしか考えられないんだ。俺がバラバラにやろうと思ったらそれは簡単だ、好きなときに好きな場所に行ってやれば、俺は捕まらないし、それぞれが線引きされることも無いだろう。しかしだ、そうすると、残された奴は腑に落ちないだろう。何故殺されたのか、考える。だが動機が見つからず、落胆する。まあ、見つからないよな、だって動機なんて無いんだから。だから俺はせめて動機らしいものを取り繕っていたんだ。『容姿が良いから殺された』たったそれだけが分かるだけできっと彼らは救われるのだろう。そうかそうか、俺はそう思っていたのか」

 手を叩いて彼は喜んでいた。僕はそんな彼を見つめて、異常者め、と呟いた。自分を縛っている紐を引きちぎって殴ってやろうかと思った、むしろ僕が彼に引導を渡してやろうと思った。だが、僕は非力すぎて、豚の肉を縛っている程度の紐も、引きちぎる事はできなかった。

「僕を殺すのか?」

 何もかもが虚しくなって、言った。

「何で僕と喋っている? 殺すならばとっとと殺せ」

 虚しくなればなるほど、生臭い匂いが鼻腔を突いた。僕もいずれああなるのかと思うと、恐怖よりも情けなかった。こんな、くだらない。くだらない奴に殺されなければならないのか。しかも彼はそれがくだらない事でもあると言うのを認めている。くだらない遊びのために弄ばれる僕の命が情けなかった。

「いいや、君は殺さない」

 驚くほど落ち着いて、彼はそう言った。確かにそう言った。

 自暴自棄になって、どうして、と叫ぶ。

「確かに俺は君を殺そうとしていた、それは認めよう。そして誇って良い、こう見えて俺は人を見る目がある、俺は君が美形の男だと認めた上で君を気絶させ、ここまで連れてきた。だがそこで気づいた」

 彼は心底残念そうにため息を吐く。

「君は女じゃないか」

 悲鳴を上げていたであろう僕の口を彼の手がふさいだ。堪えられ無くなって涙が溢れる。それでも叫び続けようとする僕に、彼は窄ませた手のひらを僕の口に突っ込んで、僕はその手に思い切り噛み付いた。だが、それでも彼は怯まなかった、やがて僕の口内に生臭い何かが広がる、それが彼の血液だと気がついた僕はあまりの気持ち悪さにそれを吐き出そうとしたが、彼の手がそれをさせてくれず、仕方なく叫ぶのをやめた。すると彼は手を僕の口から抜いた。僕は唾液ごと、血液を吐き出す。

「君を気絶させたまま消えてもよかったが、俺は君に興味があった。君から見れば僕が異常であったように、僕から見れば君は異常だった。最も、君はまだ自分が異常である事を認めきれていないようだがね。それとも、君は自分が男であると完全に思いきっていたのかい? そして現実を突きつけられ自分を保てなくなっていたのか」

 彼は机の上にあった注射器を手に取る。

「どちらにしても、面白かったよ。久しぶりに、俺より異常な奴が見れた」

 違う違う、僕は決して異常なんかでは無い。よりにもよってこんな奴よりも異常だなんてありえるわけが無い。

 僕の首元に注射器が刺さる、その部分が激痛を伴った熱を帯びると、意識が朦朧とし始めた。

「安心しほしい、ロープは解いておくし、これ以上君に危害は加えない、せめてもの礼だと思ってくれ。久々になんだか、仲間と言うか、古い友人にあったような気分になれたよ」

 違う、違う、僕は、僕は普通だ。異常なんかじゃない。

 頭の中にあるひときわ大きなボックスを開く、それは僕のボックス。どうしても落ち着いていられないとき、僕は媒体の無いそれらを見て気分を落ち着かせるのだ。

 そうだ、僕は優しい両親の間で育ったんだ。

 そうだ、僕は中学では友達に恵まれ、彼女もいたんだ。

 そうだ、僕は殺――。




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