「あー…なんでこんなもの買っちゃったんだろう」
あたしの名前は高坂桐乃。陸上部のエースにして容姿端麗、才色兼備の女子中学生である。
そんな完璧な自分にも悩み事はある。それはあたしの手に握られたとある薬のことだった。
その日は部活も終わり、家で勉強の合間にネットをいじってたら目に止まったもの。
その名も「エッチなことしか考えられなくなる薬」…要は媚薬である。
へー!こんなもの現実世界にもあるんだ!
あたしは頭の中のファンタジーが一部現実になっていることにテンションが上がった。
じゃああの妹ちゃんもこれを使って…ぐひひ。
でも少し思った。コレって本当に効果あるの?
説明を読むと、男女問わず効果が得られ、効果は一時的で副作用も無いという。
ふむふむなるほど、ゲームと同じね。結構本物っぽいかも…。
でもまあ、興味はあるけど?あたし妹いないし、意味ないんだよねー。
人様の妹に使うのはなんかギリギリアウトっぽいし。コレを使ってなんて――
ドンッ!ドンッ!
「おーい桐乃、開けてくれー」
ドッキーン!
ハリネズミのように全身の毛を逆立たせ、とっさにあたしはブラウザを隠した。
返事をしないでドアに向かい、ノブを回して力任せに開けてやった。
「ぐほおっ!」
チッ。流石に何度もまともに食らわないか。
変な声を出しながらも片手でしっかりドアを受け止めている。
まあこいつの要件に察しがついたから手加減してあげたけど、あたしの宝物を壊したらどうなるか、しっかり教えてあるから別に平気だよね。
よし、次は思いっきり開けてやる。
「いい加減、このドアの開け方やめようぜ…おまえのこれ壊れたらどうすんだっつーの」
「あんたがちゃんと受け止めればいいでしょ?」
「おまえが何もやらなきゃいいじゃん!なんで!?お前の兄貴はそんな趣味ないよ!?」
はあ?何言ってんの。
この前普通にドア開けてあげたら、二言くらいで用事が終わって全然話ができなかったじゃん。
数少ないあたしとのコミュニケーションの時間をもっと大事にしようと思わないワケ?逆に感謝してほしい。
「もういいから。『好き好き兄貴~お兄ちゃんとするの!~』どんだけ待ったと思ってんの?はやくちょうだいよ!」
「タイトルを読むんじゃねえー!あと意識してないんだろうが、お前の話し方はいらぬ誤解を招いてんだよ!親父たちには黙ってもらってるけど、そういうのはまずいんだからな」
「今更お父さんに、妹モノ18禁ゲームが見つかったとしても、全部兄貴のだって言い張るから平気っしょ」
「一応そうなってるけど、俺へのダメージが半端じゃねえだろ…!」
あたしが注文したエロゲーを持って来たこの冴えない男は高坂京介。あたしの兄だ。
まあこいつについて説明することは全然ないんだけど、強いて言うなら、成績がちょっと良いくらいで特に語ることのない高校生。死んだ魚のような目と凡人オーラを併せ持って家をうろつき、視界に入るだけであたしをイラだたせる存在。それは今も変わらないんだけど。
いろいろあって、あたしの兄貴が妹のためなら頭がおかしくなる超シスコンということが分かった。
でも兄貴はかたくなにそれを認めようとしない。いまどきツンデレとか流行んないってーの。
大体他ならぬ兄貴がお父さんを説得してくれたんじゃん?ホント何ビビってんだか。
それにさーこの前告白したらマジにしてたし?こいつ絶対あたしのこと好きだわ―。あーキモいキモい。
ただまあ――今では少なくとも、一緒にいるだけで居心地が悪いなんてことは無い、と思う。
前みたいに無視しあって、月に一度も会話しないような関係には戻りたくない、と思う。
だってこいついなくなったら、エロゲーの感想とか聞けないし。
あと秋葉とか買い物とか行くときに、荷物持ちとかいるし?
あ、あと、ネットで買ったのとかばれないように受け取ってキープとか…。
とにかく、こいつはあたしがいないと色々とダメなバカ兄貴なのだ。
「…まあそれはいいとして、俺とお前が…ってなったらマズイだろ?」
「ど、どうしてそんなありえない妄想するわけ!?このバカ、シスコンアピールも大概にしてよ!」
「エロゲーやる妹に言われなきゃ、俺もそう思うんだがな…。そうか、俺が悪いのか…」
「アンタが全部悪いっ!家の中で変なこと言わないでよね」
今見ての通り、ちょっと話すだけであたしをそそのかしてくる。
兄貴とあたしが…兄貴があたしに…。うええぇ。
想像しただけでゾクゾクしてきちゃうのに、いちいち言葉に出すなんて!
「いいからさっさと寄こしなさいっての!」
「ほら。確かに渡したからな」
「ん」
袋を受け取り中身を確認したあたしは、ゲームと、困ったような顔をしている兄貴を見て、ピンとひらめいた。
ふひひ。
「あのっ桐乃さん。やるなら静かにやってくださいね…?」
「べっつに~~?あたしの勝手でしょ。ホラ、もうさっさとどっか行って」
あたしの表情で何を勘違いしたんだか。
兄貴はため息をつきながら細くなって消える。
机に移動しながらドアが閉まった音を確認して、あたしはマウスで『注文』をクリックした。
はあ――。
俺が買ってきた18禁ゲームを受け取り、部屋に消えた可愛い中学生は高坂桐乃。俺の妹だ。
可愛いと言ったが見ての通り、可愛いのはみてくれだけ。性格はきついし俺とはすげー仲が悪い。
成績は県内一桁で読者モデルとかもやってる完璧超人。太陽のような性格と女王様オーラを併せ持って家をうろつき、視界に入るだけで俺をイラだたせる存在。それは昔からまったく変わっていない。
まあいろいろあって、俺は桐乃の人生相談に乗っていたが、桐乃にはもう頼れるオタク友達や、おっかない親友がいることも分かった。
桐乃の趣味を認めないまま認めて、守ってくれるツンデレ親父もな。
大体他に頼れねーから俺に相談してたわけだし、これでもう俺はお役御免ってなもんだ。
なのに俺の妹は相変わらず。何かにつけて俺を駆り出そうとしてきやがる。
そんで買い物頼んでありがとうの一言もないんだぜ。まあもう慣れたけどな。
でも凄くね?前々から今日の予定を空けさせといて、その時間で俺一人にエロゲーを買いに行かせるその度胸。俺もたまらず頭にきて、速攻で電車に飛び乗り用事を済ませて帰ってきたね。
こいつが相手の場合、だだをこねるだけ時間の無駄だからな。
さっさと終わらせて自分の時間を作る方がよほどいい。
そうとも。高坂京介は特に説明することのない高校生。
今日あった特別なことと言えば、店舗特典のエロゲーを買いに行ったことくらいだ。
そんな黒歴史は忘れて、妹のことなんざ忘れちまって、残る休日をゆっくり過ごせばいい。あーうざかった。
ただまあ――買ってきたモノをあんだけ大事そうに抱えられたら、そう悪い気分じゃない、と思う。
今日は桐乃の笑った顔も見れたし、そんなに悪い日じゃあない、と思う。
だってこの前はこんなやり取り、ありえなかったわけで。
最近桐乃と話すのも…っておっと。何考えてんだろうな俺は。
とにかく、俺と妹は仲が悪いって話だ。いままでも、これからもな。
いや、シスコンじゃないんだって。シスコンって言うやつがシスコンなんだぞ?
あいつを見れば分かるだろう?
――そして現在。
今となっては思いつきで注文してしまった例の媚薬があたしを悩ませていた。
いざとなるとなかなかどうして、躊躇してしまう。
ほんのイタズラのつもりで、あいつに飲ませてやろうと思ってたのに。
一体あたしは、これで何をしようとしていたんだろう…。
何を望んでいたんだろう…。
「これを飲めば、あたしもゲームの妹みたくなるのかな…」
はあ……。
思考はぐるぐる回り、えんえんと時を無為に過ごす。
もしこんな得体のしれないモノ飲んだら、兄貴怒るかな。
怒ってもぜんぜん怖くないけど。本当に怖いのは――
「おまえがどんな趣味をもってようが、俺は絶対バカにしたりしない…」
ふとつぶやいた言葉に、顔が赤くなっていくのを感じた。
これってさ、もはや愛の告白に近くない?
お前がどんな人間だろうと、俺は受け入れてやるぜ…みたいな。
もしかしてあたし、告白されたのに気付かない鈍感女だった…?
衝撃の事実に目からうろこが落ち、手で口をおさえた。
シスコンだとは分かってたけど、まさか兄貴がずっとあたしこと好きだったなんて…。
「そ、そっちがその気なら…やってやろうじゃん!」
ちょっと怖いけど、仮になんらかの事態が起きたとしても、そこには兄貴がいるわけで。
兄貴さえいれば、どんなことが起きても、最悪何とかなるんじゃないかと思った。
だからあたしは――
高坂桐乃は覚悟を決めた。
左手に飲みかけのペットボトルを持ち、薬を持った右手を口にポンと当てて咥内に含んだ。
「んむ…クチュクチュ…れろれろ…」
口の中で、唾液と熱で薬が溶けていくのがわかる。
甘くも苦くもない。でも自分が含んでいるものが媚薬だと思うと、気分だけちょっと興奮する。
つばがいっぱい出てきた。舌を使って薬が完全に液体になるまで溶かしつくす。それを
「うへえぇぇ…」
飲みかけのペットボトルに吐き出した。
ちょっとでも飲むのが怖いので、ペッペッと念入りに口を絞る。
「よし。あとは…」
蓋をしてペットボトルを軽く振る。麦茶が泡立てばもう見破れないだろう。兄貴は麦茶が好きだから、うってつけだ。
それにしても、妹のつばが好きだなんて…ほんっとキモい!変態すぎ!
さて、これを冷蔵庫にいれて…っと?
あれ?万が一これをお父さんかお母さんが飲んじゃったら…うーん。
仕方なく、ペットボトルは懐に入れて持ち歩くことにした。
7時半前。俺は夕食を終えて席を立ち、台所へ向かった。
食器を片づけがてら麦茶でも飲もうと思い冷蔵庫を開けると、
桐乃が突然、両親に怒られないギリギリのスピードで食卓から俺の目の前に駆けよって来た。
「うおお…なんだよ」
「アンタ、麦茶、飲む?」
なんで片言なんだよ。
「ん?ああ。そうだけど…お前大丈夫か?」
桐乃はどこからかペットボトルをスッと取り出し、俺に渡した。
「これあげる」
「お、おう。サンキュ…」
おいおい、桐乃が俺にモノをくれるなんて、明日は雪でも降るんじゃねえの。
…まあ大方、まずい麦茶を飲ませようってイタズラだろうな。それにしても、
「えらい温かくね?どこにしまってたんだよ」
「いいから!全部飲みなさい。今ここで」
本当は冷たい麦茶が飲みたかったんだがな。
目の前で全部飲めと…ここまで堂々と嫌がらせされると、いっそ清々しいな。
「よし。まかせろ」
「え…」
俺は受け取った麦茶を、喉を鳴らして一気飲みしてやった。
「んっんっ、かっー!うまいうまい。ありがとな。桐乃」
「え、あ…うん」
一瞬のことに、桐乃はあっけにとられている。ふっ、残念だったな。
こいつは俺の反応を楽しむ予定だったんだろうが、一気に飲んでしまえば味なんか分からん。
その上うまいなんて言ってしまえば計画は完全に失敗だろう。
「ん?どうした」
「…別に」
桐乃は俯いてしまった。
ん?そこまで落ち込むことはねえだろ?
なんか俺が悪い事したみたいじゃねえか。
「…アンタ、くっさいからお風呂にでも入れば?バカじゃん」
空のボトルを奪い取った桐乃は俺の足を蹴ると、顔を合わせるのも嫌そうにして二階へ消えた。
不自然さの塊みてーな動きだったな。何かあったのかね。
…スンスン。べ、別に臭くはないんだからね?
俺は一応自分の匂いを確認してから、風呂場へと向かった。
ガチャ
「はぁはぁ、なにあれ。なになに何?妹と間接キスしといて「何か悪いことしましたか?」みたいな態度。恥ずかしすぎて兄貴の顔見れない。な、なんで薬飲む前から発情しちゃってるワケ?兄貴どんだけあたしのこと好きなの!?妹から貰ったものならなんでも飲んじゃうシスコン一気飲み!しかもそれあたしが温めた麦茶だよ?あたしが服とおなかに挟んでいた、あたしの体温が伝わって温かくなった妹茶だよ?それを飲んで「ありがとう」だなんて……え、選ばれたのは妹でした!そんなに妹のぬくもりが欲しいならさ、もう直接触ったら良くない?兄貴があたしを懐に収めればいいじゃん!二人羽折りで全身くまなく妹の体温を感じ取る気でしょ変態極めすぎい!ちょ、あたしの体温をあげるって言ってるのに、兄貴のが伝わってきてるし。バカ兄貴、あたしの体温を上げてどうすんの!…はっ!し、しかもあの中にはあたしのだえきが…ゴクリ…つまり今あたしの体液が兄貴の中に!兄貴、体の中に妹取り込んじゃった!?妹の唾液から妹ミネラル分補充して歯と歯茎の健康を維持するとか流石に引くよ!?このシスコン!まあ、あたしは優しいから、気に入ったらなら別にいくらでも作ってあげるケド?感謝しなさいよね。いいじゃん。天然ミネラル妹茶、発売開始しちゃっても。あたし読者モデルとかやってるし、可愛いから結構いい値段で売れるんじゃない?ああでもダメ!兄貴シスコンだから全部自分で飲んじゃう!誰にも渡さねえって飲み干しちゃうから一個も売れないよぉ!兄貴商売下手!妹独占禁止法違反で無期ちゅー役!執行猶予は認められない。許されるまで兄貴とちゅー。兄貴とちゅー。兄貴とキス!兄貴とキッス!あにき好きっす!!…ふう。でもあんまり調子に乗らないで。あんたが持ってるのは妹唾の専売特許だけだから。あたしはもっといろんな汁が出せるんだから、ちゃんと全部コンプして感想聞かせてよ?これ宿題だからね!」