一方通行が謎のジャージ少年を追いかけて数十分が経った。
何か目的が合って動いているのかと少年をつけているが、どうやら彼は情報収集を行っているようであった。
文明や人々の髪の色や人種?の違い。
あとは貨幣価値などを人に聞いたり聞かなかったりしながら町を見て歩いていた。
馬車をひくトカゲのような大きな生物に触ろうか思案している彼を後ろから見ている一方通行。
(大体得られる情報はあいつもこンなもんか。そろそろあいつがなにもンなのか聞くか)
大きな道路を挟んだ向こう側にいるジャージ少年と接触するべく、一方通行はその体を道路の方へと向けた。
その時、ふと視界に入った小さな子供。
道路のど真ん中でボールを捕まえていた。
するとその後ろから、大きなトカゲが馬車を引きながら猛スピードでぶつからんと迫っていた。
危ねェな、歩みを進めようとした一方通行の頭にふとlevel0の少年の顔がよぎった。
「……ちィっ」
誰もがその光景を目にしているが、咄嗟のことで動けるものはいない。
ジャージの少年は手を伸ばして何かしているが、あそこからでは間に合わないだろう。
一方通行はこの町に来て初めて能力を行使した。
それは、人助けのためだった。
一息で子供のそばまで行くと、子供とボールを担いで、そのままの速度で向こう側まで渡った。
その間約1秒と言ったところか。
一方通行は子供を下ろして、ちらりと横を見る。
ジャージ少年がほけーっとこちらを見ていた。
子供を助けた勢いのまま、少年の横にたどり着いたのだ。
目が合った2人は、しばらく無言で見つめあっていた。
おそらく少年も、一方通行の見た目の場違い感による異質さに戸惑っているのだろう。
先に口を開いたのは、一足先にその戸惑いを終えていた一方通行だった。
「オマエ、ちょっといいか」
言葉を受けてなお固まっている少年に、一方通行はため息をつきながら手に持っていた半透明な袋を目の高さまで持ち上げて、言わんとすることを伝えた。
「──ちょ、おまっ、それは!!」
自分のものと交互に見ると、はりつめていた表情を、ほっとしたかのように和らげ、一方通行の顔を確認した。
「どこか静かなとこでも行くぞ」
「お、おうっ」
一方通行はそういうと、手近なところにある細い路地に入っていき、少年も慌てて着いていく。
こうして2人は異世界で言葉を交えた。
◆◆◆
路地で、ようやくの会話になり、一方通行の欲しい情報が手に入る、そう思っていた。
しかし。
「いやー、まさか俺以外に異世界召喚されてるやつがいるとはなぁ!あ、俺の名前はナツキ・スバル!スバルって名前に、名前負けしないようにスター街道まっしぐらで超光かがやく人生を歩んでいる最中で、今はどこにお婿に出しても恥ずかしくない引きこもりしてます!」
ジャージの少年、ナツキ・スバルは、同じ召喚者と言うことで一方通行の見た目に臆することなくぐいぐいと迫り、マシンガントーク。
人とあまり話すことがなく、純粋な感情を向けられ慣れていない一方通行にはその事が新鮮で、どうしたらいいのか解らずにいた。
「…おォ。
「何そのイカした名前!? 本名? あだ名? そうか、今噂のキラキラネームってやつか。まぁ、俺の名前も超キラキラしてるから? おあいこ、みたいな? ちなみに漢字ではどう書くのん? ってここ漢字見ないよな。あんな暗号読めねぇよな。現代引きこもりっ子舐めんなよ!!」
「…………そォだな」
「あ、そんでそんで!? アクセラレータを召喚した美少女は? 俺の方はなんかの手違いでか、いないんだけどよー。休むんなら休むって連絡して代わりを用意しないと俺みたいな良心的なクライアントでも激おこってもんだよなぁ」
「………………あァ」
「てか、さっきの子供助けたときすっげー速かったけど何? 古くから伝わる武道的なので瞬歩とか習ってたりした系男子? 俺も引きこもりなりに鍛えてるけどあんな速度出ねぇわ。ジェラシー。 あ、ゲッツ知ってる?」
「───」
ここまでなかば呆然と耐えてきた一方通行だが、ついにこのマシンガントークの内容に意味を探す余裕が生まれ、ようやく自分の聞きたいことを聞けていないと気づいた。
そして。
「なんかもはや懐かしくね!? あのギャグが見れないとか俺達、人生の半分損してることにな──ぶべらっ!!」
苛立ちの籠った手刀が、けらけらと話しているスバルの脳天に直撃した。
「何故にチョップ!?」
「すまン。なンか腹立ってやった。後悔はしてねェ」
「衝動的犯行かよ!? …つっても、まあ俺も同郷ってことで嬉しくなってはしゃいで修学旅行の夜みたいなテンションになったことは自覚してるし、甘んじて受け入れよう!」
手を眼前であわせてごめん! と頭を下げるスバルを見て、一方通行はようやく話を聞けるとため息をつく。
「…で? あー…オマエは、どこからどういう経緯でここまで来たんだ? つか何か目的があってうろちょろしてンのか?」
「…自己紹介からもっかいするな。──俺の名前はナツキ・スバル! 清い心を持った、地球生まれの純粋な地球人。夜食を買いにコンビニに行って、帰る途中、と言うか出た瞬間に気がついたらここに。目的何てもちろんないが召喚者の美少女を捜すことがもっぱらの目的! これでどーよ」
「まァ、だいたい同じようなもんか。その感じだとオマエも勝手に連れてこられて帰れるかすら分からねェってとこか」
この点に関して言えば予測はしていたので言動にショックはださない。
他に何かないか、と必要そうな情報を問おうと考えている一方通行の顔を、スバルが何か言いたげに覗き込んでいた。
「…ンだよ」
「いや…、アッくんのそういうのも教えてくんないのかなーって思ってよ」
先ほど似たような感じ、とそう言ったのにスバルは何故にこんなに興味深そうに聞くのだろうか。
そもそもこれは世間話などの類いではないのであり──。
「──めンどくせェなァ…」
「めんどくさいってなんだよ!? お前はあれか! 人との対話に乏しい最近の若者か!? そういうのは駄目だぞー。 コミュニケーション、大事!」
何故、と思ったが確かに自分も聞いたことだ。
スバルも同じ状況なのだから、同じ境遇の人間の経緯を聞いて、少しでも情報を取り入れようとする気持ちは分かる。
だがこの一方通行、スバルというアクの強い人間への対応が分からずに色々と面倒くさくなっていた。
「引きこもりがコミュニケーションの重要さを語ンなよ…。その目つきで対人関係が上手くいくわきゃねェだろォが」
「俺のコミュ障と目つきは関係ねぇだろ! あとあとっ! 目つきのことを他ならぬお前にとやかく言われたくねーよ謝れ!!」
しかし、スバルもスバルで引き下がらなかった。
一方通行はその目つきや異質な雰囲気によって、学園都市内で友好を持とうと思われたことなどなかった。
ナツキ・スバルは一方通行の外見で離れていこうなどとはしなかった。
むしろ、同郷と言うことで馴れ馴れしさすら感じる。
「はァ…。わりィ」
「む、謝れば俺は許す!」
「確かに親とコンビニの店員以外と交流育んでこなかったしなー。俺引きこもりだから」などと、うんうん唸っているスバルを見て、一方通行は気づかれない程度に脱力した。
騙しているとか、嘘をついているとか、無理矢理に色々と考えて、スバルの会話の真意を探ろうと振る舞っていた彼だったが、心根ではただ自身でも驚くほどにナツキ・スバルと言う人間と、何を話したらいいのかわからなかっただけだった。
だが、気づいたのだ。
ナツキ・スバルが馴れ馴れしいだけの単なる馬鹿だということに。
色々と気を遣ったりだのなんだりは、この男にはいらねェなと。
──学園都市最強が、なァにやってンだか。
学園都市にいた頃はこんなに人に気を遣ったりなどはしなかった。
どうやらこんな状況に少し取り乱していたようだ。
それに気づかせてくれた目の前の馬鹿に、無意識に口角を若干上げた一方通行は、未だ唸っているスバルに口を開いた。
「──オレは学園都市第一位のlevel5、
「おぉ…。知らない単語出てきたぞ…?」
スバルは知らない。
一方通行のその一言が、学園都市での彼を知る者からすれば相当あり得ないものだと言うことを。
一方通行は知らない。
ナツキ・スバルがその言葉を受けて、「お、ツンデレがデレたぞ!」と内心ふざけてしかいなかったことを。
だが、この言葉から本当のコミュニケーションが始まったのは事実だ。
異世界の空は未だ明るい。
◆◆◆
「さーて、そいじゃ質問。学園都市ってなんぞ、アッくん?」
「いま重要なことかァ? …てかその気持ちわりィ呼び方やめろ引き千切ンぞ」
「何処をっ!? 俺の体から引き千切って良い部分なんて1個もねぇよ!? …つーか、俺の質問にアンサーするのを忘れてません?」
「オマエがキモい呼び方すっからだろォが。……学園都市を知らねェってことは、オレの知ってる日本人じゃあねェな」
「ゲッツ知らない方が日本人やめてね?まあ俺も、そんな物騒な学園なんて聞いたこともねぇな。何?私立高校かなんか?」
「あー…学生の能力を開発する都市だな。少なくとも日本では知られてるはずなンだがそれを知らねェとなると、同郷ってのも怪しくなンぞ。ゲッツ知らねェし」
「能力を開発ですとぉ!? アッくん能力者なのか? どんなの?火でも出すのか? 水を吹くのか? 風を起こすのか!? ちなみにゲッツはこういうやつだ!!」
びしっと指を一方通行に向けて洗練された動きをとるスバルに一方通行は狼狽する。
「ンだその無駄な完成度は…」
「日本国民なら大体はマスターしてるはずなんだがな! …別の世界線の日本から来たってのが最有力か? パラレルワールド的な」
ふざけてばかりかと思うと、急に考え始めたり。
忙がしいやつだと思う一方通行だが、スバルの意見に頷き、その可能性が高いだろうと結論付けた。
「そォだろォな。それが一番可能性たけェ。別の日本から同時にこの世界に…か」
「そう! これはいわゆるお決まり展開、テンプレってやつさ。俺達はこれから俺達を召喚した美少女を探しにいかなけりゃなんない運命なのさ──っとぉ?」
何で近くにいねぇんだかわかんないけど、と言うスバルが顔を路地の奥に目を向けた。
それは一方通行も同じだった。
足音が聞こえたのだ。
その足音の主は、美少女ではなく。
「おう、お前ら大人しく荷物を俺らに寄越しな」
「これもまたテンプレってかっ!」
3人組の男たちだった。
「何処にでもいるもンだな。こンなやつら」
一方通行は警戒を解き、逆にスバルは拳を握って声を荒らげた。
「な、何だよその反応は…! 痛ぇめにあいたいのか!?」
「今のうちに寄越せよ、そうすればなにもしねぇからよ」
口々にそんなことを言う彼らに、一方通行はスバルの方を面倒くさそうに見て、ため息をついた。
「ンで? どうすンだよ」
何なら俺が蹴散らすか、そう言おうとした瞬間、違う足音が奥から聞こえてきた。
その足音は、小柄な少女のものだった。
金髪を揺らしながら走るその少女は、目の前の光景に歩調を緩めた。
「はっ!まさか君が俺達を召喚した──」
「悪いな兄ちゃん達!アタシ急いでっから行くな!2対3なら何とかなんだろ。強く生きろよ!」
少女はスバルの声に被せるようにして早口でそういうと、路地の壁を蹴って器用にスバル達の頭上を越えて路地の向こう側へ駆けていった。
「なンだァ、あのガキ…」
「いまので毒気を抜かれてやる気もなくなったり…?」
「…邪魔が入ってさらに苛立った位だぜ」
思い思いの言葉を口にし、やっぱりこうなるのかと一方通行はポケットに手を突っ込んで蹴散らそうと足を伸ばした瞬間。
「──わりぃな。異世界召喚ものってのは主人公最強なのが定石なんだよ!!!」
スバルがそんなことを口にし、身構えていなかった1人を思いっきりぶん殴っていた。
「──ってめぇ!」
「何しやがるっ!」
「まだまだぁぁっ!」
スバルはそう言って2人に突っ込んでいった。
一方通行はその背中を見て、何かを感じていた。
それは、数日間頭から離れなかったあのlevel0の少年の面影で。
──啖呵きるほどの何を持ってるってンだ。
そんなことを思いながら目の前の光景に目を奪われていた一方通行の耳に、スバルの声が響いたのは割りとすぐのことだった。
「いってぇぇっ!! 刃物とか卑怯じゃねェの!?」
「卑怯じゃねぇよ!!」
スバルは腕を斬りつけられているようで、出血が見えた。
その痛みで膝をついたスバルをやせ型の男が蹴りつけ、馬乗りになって刃物で追撃しようと振りかぶった。
「──って、なにやってンだあいつ…!」
それを食い止めるべく、遅れをとった一方通行が石ころを拾って弾こうとした。
彼がそれをすると、石ころは亜音速で飛ぶ弾丸と化す。
実質それをすれば倒せたはずだ。
だがその時またしても足音が聞こえ、次にその音の主の鈴の音のような声が路地に響き渡った。
「そこまでよ、悪党共!!」
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