「そこまでよ、悪党共!!」
一方通行はそう口にした少女に、何か言い知れぬ親近感を感じていた。
それは、その少女の髪の色が自身の物と同じように色素の薄いものだったからか、その少女の纏うオーラのようなものが一方通行のように他とは違う異質さを内包しているからか──。
スバルは体を起こして呆けた面で少女を見ている。
スバルを襲っていた男達も、その少女に顔を向けて「何だよ」 と反応をうかがっていた。
少しの間を開けて、その少女は再び声を発する。
「さっき盗んだ徽章を返して」
スバルを襲っていた男たちにそう告げたのだ。
だが男達は心当たりがないようで、口々に反論をした。
「い、いや!俺達じゃねぇ。逃げてるってんならさっきここの通りを通ったガキじゃねえのか!?」
「そ、そうだ、俺達は徽章何て奪ってねぇよ!」
「そ、そうそう」
その少女の異質さにか、一様に言葉を詰まらせた男達。
そんな男達の様子を見て、睨みをきかせていた顔を緩めて、
「──えっ、嘘。もしかして本当に知らない…? ど、どうしよう…」
おろおろと、先ほどまでの雰囲気が嘘のように溶けていき、少女は視線をさ迷わせた。
「それなら向こうにいったガキを追えよ! 俺らは何も知らねえからよ!」
と言ったのは最初にスバルにぶん殴られた男だった。
指を指して、懸命に口を開いている。
「…そう、分かったわ」
一言だけ言うと、少女は長い髪を揺らしながら一方通行達の横を通り抜けて行った。
男達は安堵のため息をついた後、邪魔が入ったとばかりにスバルに再び目を向けた。
その時だった。
「それとは別として、この状況は見過ごせないわ」
そういった少女は途中で止まり体を翻すと、男達に腕をつき出す。
一方通行とスバルは、同時に衝撃を受けた。
少女の周りに氷の塊が浮き上がり、男達に向けて打ち出されたのだ。
──魔法。
この世界には魔法があるのか、とスバルは喜びを覚え、一方通行はその力を見て学園都市を思い出していた。
(なンだァ? 空気中の水分を凝固させて射出したのか? 何で学園都市の技術をこいつが使えンだ…?)
さまざまな思いを受けた氷のつぶてが、3人の男の腹にそれぞれ浴びせられた。
「ぐぁっ! ……まさか、魔法使いだったのか…!」
氷の一撃が幾分か軽かった1人の男がそう呟いて銀髪の少女を見た。
そうして初めて男は目にした。
「残念。精霊術士でした」
少女の肩の辺りで漂う小さな猫。
その姿を見た男は血相を変えて立ち上がり、他2人を叩き起こすと、
「じ、冗談じゃねぇ! 精霊術士なんかとやりあえるかってんだ!」
そう言い残すと、路地の先へと尻尾を巻いて逃げて行った。
「ばいばーい」
その後ろ姿を、猫は手を振りながら見送っていた。
1つの争いが終わり、路地には静けさが訪れた。
一方通行は、今の一瞬で見聞きした、少女の氷や謎の猫、魔法使いや精霊術士と言う言葉。
それらの膨大な情報を自分の中でどう消化するか頭を巡らせている。
スバルは、自分を助けてくれた可憐な少女とその魔法に目を奪われていた。
そして、肝心の少女が若干の合間をおき、2人の方を見て口を開いた。
「あなた達、私の徽章を知らない?」
それに答えたのは、一方通行だった。
「…あァ? 突然現れてなンだオマエ」
スバルとは違って助けてもらったわけではない一方通行は、少女の突然の問いに親身になって考える理由はない。
「そうよね、ごめんなさい。…えっと、真ん中に宝石が埋め込まれた三角のバッチ見たいなものなの。知らない? それを探してるの」
こんな感じのよ、と指で三角を作った少女は一方通行たちに問い直してくる。
その姿に、一方通行は戦闘中とはまるで別人だなと先ほどの氷の能力を思い起こしていた。
「チッ、オレらは知ら──」
「──あなた、怪我してるの!?」
「──え」
一方通行の返答を聞く前に、少女は血に濡れたスバルの腕に気づき、その側に走っていった。
「…チッ、クソが」
言葉を遮られたことに若干の怒りを覚えて拳を握る一方通行に、中性的な声が掛けられた。
「ごめんねーキミ。あの子ってば少し慌てん坊でさ」
「……オマエは」
それは宙に漂う小さな猫だった。
その猫は一方通行に向けて笑いながら喋りかけた。
「僕はパック。あの子の精霊であり家族でもあるのさ。 精霊を見るのは…初めてかな?」
「あァ」
「──キミのマナは不思議な流れをしているね」
「マナ…?」
もちろん一方通行は、精霊を見たこともなければ、マナと言う言葉すら聞いたことがない。
物知顔のパックとを見て、この世界には知らないことが多すぎる、と自分が異世界にいることを改めて自覚し始めた。
そして、この世界に滞在するにはもう少しこの世界を知らなくてはいけない。
一方通行は、自身の内部より生まれる好奇心とも似た探求心に任せて、パックに疑問を投げ掛けた。
「マナってのは何なンだ? さっきの氷は能力だよな。この世界でも能力開発されているのか?」
「んー? なにかな?」
知的な2人の会話が始まった。
銀髪の少女はスバルの横に辿り着き、腰を下ろしているスバルの正面でしゃがみこんだ。
「…あの、さっきは──」
「じっとしてて、すぐ治すから」
「はいっ!」
少女は、スバルの言葉も遮って傷口に手をかざした。
すると手元が淡く輝き、スバルの傷口を優しく包む。
「おぉっ! これが治癒魔法か…」
「こら、じっとしてなきゃ駄目じゃない」
スバルが魔法に歓喜して身をよじらせるのを、少女は優しく嗜める。
その状態のまま、数分はたった。
BGMには、パックと一方通行の会話が流れている。
スバルは、少女が何かを探していたことを思いだし、誰かを追いかけていたことを思い出した。
「…ちょっといいかな、お嬢さん?」
「なに?」
「さっき徽章をなくした、みたいなこと言ってたじゃん? それってもしかしなくても盗られたってことでオーケー?」
「…ええ、そうよ。微精霊に聞いて追いかけていたんだけど、すごい逃げ足で」
微精霊、と言う初耳ワードが飛び出したが、今重要なのはそこではない。
「ならさ、こんなことしてていいのかよ。大事な物なんだろ? 結構時間経っちゃったから追いかけるのも大変になっちまう」
そう、この少女は徽章を盗んだ犯人を追いかけることを中断してまで、見知らぬスバルを悪漢から守るだけでなく、傷口までこうして治してくれているのだ。
幸い傷は少女のお陰で8割は治った。
言外に、もう十分、そう告げたのだ。
だが少女は。
「いいのよ、これは私のためにやっていることなんだから。あなたの傷を治すことであなたは私に徽章について知っている情報を言わなければならなくなる。貸し借りってやつよ」
「いや、そんなのしなくても知ってることは全部言うって!」
「その情報は、貸し借りをつけた上でようやく真実になるの。その為にはあなたの傷を治す必要がある。だから、これでいいのよ」
これはあくまで自分のために行っている行為だと、頑なに止めようとはしなかった。
今止めたところで、少し傷が残る程度なのに、それでも止めない。
スバルは思う。
そんなの損するばかりじゃないか、と。
その事に気づいているのかどうなのか、その表情から読み取ることは難しい。
治すことに必死なその表情からは。
スバルが何かを言おうと、何かをしてあげようと思っている間にも時間は過ぎて、傷は治っていく。
そして、
「ふう。さあ、治ったわ」
傷は治り、少女は宣言した通りに、スバルにこんな質問をした。
「あなた、徽章について何か知ってることはない?」
その言葉を聞いて、スバルは申し訳ない罪悪感と、少女に対する何か特別な気持ちが芽生えた。
──この子をここで無視して異世界満喫とか、笑わせんな。
「…なにも、知らない」
「そう、あなたは私に何も知らないと言う情報をくれたから、私は次の手がかりに進めるわ。 ありがとう」
ありがとう、その言葉を聞いてスバルは決意を固めた。
「追いかけるっても、もう姿も形も見えない。捜すのに骨が折れるってもんだよな」
「え? …まぁ、何とかするわ」
スバルの言葉を聞いて、少女は首を傾げてそう言った。
その言葉を聞いて、スバルは不敵な笑みを浮かべた。
「それなら、俺にもその犯人を捜すの手伝わせてくれないか?」
「え、でも、そんなの申し訳ないし…」
さっきまでのはりつめた表情が崩れてるぜ、とスバルはさらに一歩踏み出す。
「いいんだよ、俺がそれをしたいんだ。良いことをすればその分だけ天国に近づく的なあれだよ」
「え、ぇ…。でもでも……」
スバルの一押しに少女はおろおろと目を泳がせる。
そんな少女に、助け船の声がかかった。
「いいんじゃないかな? 素直に手伝って貰っても」
それは灰色の猫、パックだ。
「お、ナイスアシストだぜ精霊さんよ!」
「いやいやー、それほどでもないよ。キミの連れとは楽しく会話させてもらったしねぇ」
そこに、パックと共に近づいてきた一方通行が声を出す。
「オレがいつこの馬鹿の連れになったンだ?」
「なんだよー、いいじゃんかよー。俺と一緒に行こうぜー。情報を集めるには現地の知り合いだぜ、アクセラレータさんよぉ」
「……チッ、うぜェ」
スバルの主張も最もだと感じた一方通行は、特に反論もせずに悪態をつく。
そんな様子を見ていた少女は落ち着きを取り戻したのか、顎に手を当て考える仕草を取り、口を開いた。
「…パックがそう言うなら、お願いしちゃおうかな。あくまでパックに頼まれたから、だからね!」
「よっしゃぁぁ!! パックさんマジグッチョブ!!」
少女のその言葉に歓喜の雄叫びをあげるスバル。
それにパックは、素直だねぇと、目を瞑った。
「さーて、そうと決まれば自己紹介。 俺の名前はナツキ・スバル! 右も左も分からない無一文だが、やる気と根気だけは誰にも負けませんっ! どうぞよろしく」
「僕はパック。よろしくースバル」
スバルの自己紹介に、パックが飛び付きながら返答する。
「ふぉぉ…、至高の触り心地…」
「僕は精霊としての格以外にも、毛並みまで上位なのさ」
スバルとパックがもふもふ始めると、少女はやれやれと肩をすくめて一方通行の方を見た。
「あなたは、何て言うの? スバルのお友達何でしょ?」
「
「そうなの!? そのわりにはすごーく仲良しなのね」
「あァ!? んなわきゃねェだろォが! 誰があんな三下と…」
「そんな…、私とは遊びだったのね!?」
少女と一方通行の会話に、裏声を使って侵入してくるスバル。
一方通行によるチョップで鎮圧された。
「
「おぉ、そうだったそうだった! 危うくスタートダッシュミスるとこだったぜ全く」
頭を押さえながら、声をあげるスバル。
涙目な彼を見ると、一方通行のチョップのキレが伺える。
「でも、何処に捜しにいけばいいのかな。実際、結構時間も開いちゃってるし…」
「それは確実に俺のせいではっ!? くそっ、考えろ俺! 何かないのか何か! ナツキ・スバル、今が覚醒の時だぞ──ッ!!」
うおおお! と、頭を抱えて叫ぶスバルを視界のはしで見た一方通行は、1つのため息をついた。
それをスバルは何だよ、と頭を抱えながら睨む。
「その徽章を盗んだヤツっつーのは、あの通りを走ってったガキのことだろォが」
「あぁ、あの金髪のか。って、それだけわかっても何処に行ったかわかんねぇから困ってんだよ!」
スバルのその言葉に少女も前のめりで頷いている。
お前もそっち側か、一方通行はこめかみに手を当てて、口を開いた。
「さっきまでは微精霊とやらに聞いてたンなら、次はヤツの行った方にある店かなンかの人間に聞けばいいんじゃねェのか? 微精霊に頼らないところを見るに今は使えねェとかなンかあるンだろ」
一方通行のその至極当然な意見に、軽くパニック状態にあったスバルが賛成した。
「そ、そうだよ、やっぱそれが一番だよな! 俺ら犯人の顔見てるしな! ……でも、自分の足と口で人を捜すとか初の体験でドキがムネムネ…」
「そうね、人を捜すのにはやっぱりそれが一番よね」
少女がそれに続き、と言うことは行動の方針は決まった。
「…他に手段が出ないンならとりあえずそう言う感じで行くぞ。うだうだしてても始まンねェ」
その言葉に歓喜のスバルは頷き、右腕を天に掲げた。
「と、言うわけで。ナツキ・スバルのチュートリアル、盗人捜索開始ーッ!!」
高らかに上げた右腕に、一方通行以外は『おーっ!!』と真似して腕を空に向けて突きだした。
「…乗り悪いな、一方通行君」
「うぜェ」
異世界は未だ晴れ。
引き続き誤字とかの報告やら感想を待ってます。
ペテを早く見たい…。一方通行と絡ませたい…。
↑今から結構悩んでたりして。