「こんなところか……」
俺は拳についたホコリを払いながら、隊列の元いた位置へと戻っていく。落ちてきた岩は全て片付けられたはずだ。あとは伏兵を始末すれば問題ないだろう。ふぃー、一仕事したって感じだわ。
覚えた魔法を使ってみたけど、なかなか便利だったなぁ。なんかこう、周りの人や物がスローモーションになるというか、俺だけ超速く動ける感じになる。まあ、俺の主観だといつも通りのスピードなんだけど。
それにしても……兵士達からの視線が超痛いんですけど……。
ローブ着てるよな、俺。フードもちゃんとかぶってるし。やっぱあれか、俺が一人でつっこんでいったから、なんだこいつって思われてるのかな……。なんだかザワザワしてるし、顔隠してて良かった。
元いた位置に戻ろうとしたところ、部隊長であるラヴィニスが話しかけてきた。なんだか深刻そうな顔をしている。真剣な表情もかわいい。
「ベルど……ベルゼビュート殿。その……まずは、大岩を対処して頂き感謝いたします」
「ああ、この程度ならお安いご用だ」
「っ! ……先ほどの、ベルゼビュート殿の動き……私の勘違いでなければ、あれは、暗黒魔法のパラダイムシフトによるものでは……?」
「そうだ」
大正解なので軽く頷いてみせると、ラヴィニスは言葉を失ったように目を見開いている。やっぱり、俺の見た目で魔法が使えるとは思わなかったんだろうなぁ。内心で浮かべたドヤ顔を押し隠す。
「……パラダイムシフトは、術者の命すら削ると言われている大魔法のはず。ベルゼビュート殿は、お身体の方は大丈夫なのでしょうか?」
「む? 特に問題はないが」
「う、嘘をつかないでくださいっ! そんな魔法を使って、問題がないわけないではありませんか! いくら私達を助けるためとはいえ、貴方が身を削って……そんな事……」
「…………」
えぇ……? 嘘なんかついてないんですけど……。それに、そんな物騒な魔法だなんて聞いてないんですけど……。ま、俺は死なないから全く問題ないことにかわりないけど。
ラヴィニスは声を荒げていたが、萎むように俯いてしまった。俺は彼女の華奢な肩にそっと手を置く。
「聞け、ラヴィニス。繰り返すが、俺に問題はない。それに、お前を助けるためにこの身を使えるのであれば、俺は喜んで盾になるだろう」
「……ベ、ベル……殿……」
死者の宮殿では、自分の身体を囮にして敵を倒したりしてたからなぁ。ラヴィニスさんのことなら、おいちゃん喜んで守っちゃうと思うわ。
なんだかラヴィニスは潤んだ目で俺を見上げてくる。やべっ、泣かしてしまった。周囲からの視線が物凄く痛い。きっとラヴィニスのファンが多いのだろう。かわいいし。
セクハラ寸前のボディタッチがまずかったのか? 俺はラヴィニスの肩から慌てて手を離す。そのまま「すまない」と謝って、俺は背中を向けてラヴィニスから離れていった。やべぇよ、やべぇよ。
元の位置に戻ると、ニバス氏がいつもの怪しい笑みを浮かべている。
「おやおや、貴方は女泣かせですねぇ」
「……悪いと思っている」
ちゃ、ちゃうねん! 泣かせるつもりはなかったんや! 反省してるから許して!
焦った俺は、慌てて話題を変えることにした。
「それにしても、ニバス殿。パラダイムシフトは、そのような物騒な魔法だったのか?」
「う〜ん、確かにあの魔法は魔力の少ない術者が使えば命の危険もありますが、貴方のような膨大な魔力の持ち主なら、まず危険はないでしょうねぇ。魔法は物理現象に過ぎませンから、きちんと法則を知れば問題はないンですよ」
「む、そうか」
さすがニバス先生、頼りになるぜ。魔力がたくさんあると便利だなぁ。でも、もっと派手な攻撃魔法とか使いたかったわ……。これじゃあ魔力の持ち腐れだよ!
落岩の計が失敗したことを悟った伏兵たちが、俺達の前に姿を現してくる。思った通り、バクラム軍の兵士達のようだ。俺の視力で崖の上に立っている兵士を見ると、奴らの所属を示す階級章が確認できた。
その中で、バンダナを巻いて無精髭を生やした男が周りに指示を出しているようだ。えぇ、あれがリーダーなの……? バクラム軍って実は結構な面白軍団だったりするのか?
「ちっ……まさか失敗するとはな。一体、何が起きたというのだ……!」
あれ? よく見れば、人間だけじゃなくてリザードマンが混ざってるな。懐かしい。死者の宮殿では俺の舎弟みたいになってたんだよ。あいつら手先が器用だから、家具を作ったり飯を作ったり、俺の生活レベル向上にずいぶんと貢献してくれたし。
「まあいい……この渓谷を渡らせなければいい事だ。……よし、貴様らッ! 高台から奴らを撃ち殺せ! 反乱軍のやつらを生きて帰すな! タコどもも、さっさと出てこいッ!」
タコ? 疑問に思う間もなく、渓谷の底を流れる川からザバリと水音が聞こえてくる。そこには、人の身の丈を遥かに超えるような赤い大ダコが三匹、水の中から姿を現していた。タコ特有の八本の足をぐねぐねと動かしている。
…………ジュルリ。
口の中に溢れるヨダレを抑えられない。タコといえば、タコ飯にタコワサ、刺身も捨てがたい。だがなんといってもタコヤキだろう。俺はソースたっぷりのタコヤキが大好物なのだ。あんなデカいタコでタコヤキを作れば、一体何人分になるのだろうか。
「かかれッ!」
バンダナ男が合図をすると、弓や弩を持った射手達が一斉に矢を射る。だが、すでに我を取り戻していたラヴィニスが、適切な指示でもって盾を構えさせている。俺が守る必要はなさそうだ。
その間に、一匹のタコが川辺から上陸して兵士達に襲いかかろうとしている。兵士達は応戦しようとしているようだ。待てっ、それは俺の獲物だ! 食料的な意味で!
俺はダッシュでタコへと飛びかかり、素手で殴りつける。殴られたタコは、巨体を浮かび上がらせて吹っ飛び、まるでボールのように地面に何度かバウンドして止まった。
「…………は?」
応戦しようとしていた兵士達から、素っ頓狂な声が聞こえてくる。悪いな、横取りみたいな形になっちまったぜ。あとでタコヤキを分けてやるから許してほしい。
まだ獲物は二体も残っているが、奴らは怖気づいたのか川から出てこようとしない。うーむ、着替えがないから、あんまり濡れたくないんだよなぁ。
俺が手をこまねいていると、その内の一匹が水面から顔を出し、ひょっとこのような『おちょぼ口』を向けてくる。ほえー、タコに口なんかあったんすねぇ。
ボーッとしながらその様子を眺めていると、タコの口から水の塊が吐き出された。人の頭ほどもある水の塊は、なかなかの速度で俺めがけて飛んでくる。濡れるのは嫌だったので手で弾くと、バシャリという音がして水の塊は割れてしまった。
「PGYYYY!!」
それを見たタコは怒ったように吠えている。見ろよあいつ、顔真っ赤だぜ。
さらにタコはそのまま岸へと上がり、こちらに突進してくる。もちろん、先ほどと同じ光景が繰り返されて、地面の上には二匹目のドジョウならぬ大ダコが転がることになった。やったぜ。
気がつけば、他の兵士達は遠巻きに俺とタコ達の戦いを眺めている。俺にタコを譲ってくれるなんて良い奴らだなぁ。あとでタコヤキパーティしようぜ! 俺、食べる係な!
最後に残されたタコは、なんだかプルプル震えながら下がろうとするが、そこにバンダナ男の怒号が浴びせられる。
「おいタコども! 何をやっている! さっさと奴らをすり潰せッ!」
どうやらラヴィニスの方は、盾で相手の攻撃を防ぎながら、魔法や矢で上手く応戦しているらしい。バンダナ男は焦っているようで、タコの数が少ない事にも気づいていない。
怒られたタコはビクリと身体を震わせ、逡巡したあとに、こちらに向けてまた口を向けてきた。また水鉄砲かと思ったが、どうやら違うらしい。照準は俺ではなく、やや上方に向けられている。
プシャァァッ、という音とともにシャワーのように水が吐き出された。ただの水ではなく黄色く色付けされた水で、俺は嫌な予感がして咄嗟にバックステップでそれを避ける。どうやら正解だったようで、水が掛けられた地面や転がっていた石ころが、煙をあげて溶け出していた。
ふぅ、あぶないあぶない。大事なローブが溶けるところだった。これ一着しかない一張羅なんだから、やめてくれよな〜。
「PGYY……」
タコはなんだかションボリしたような鳴き声を出して、あきらめたようにスゴスゴと陸上へとやってくる。妙に感情豊かな水棲生物だなぁ。でも悲しいけどこれ、戦争なのよね。生存競争っていう名前の。
こうして俺は、無事に三匹の新鮮なタコを手に入れる事ができた。
--------------------
ラヴィニスと協力して、あっさりとバンダナ男達を片付けた。追い詰められていたバンダナ男は、俺がタコ足を味見している場面を見て、心が折れたようだ。この吸盤の吸い付きが癖になるな。
タコヤキが食べたかったが、さすがに材料が揃わないので、ボイルしたり炒めたりして食べる事にした。さすがに俺一人では食べきれないし、横取りしてしまった罪悪感も多少あったので、他の兵士達にも振る舞ってみた。しかし、彼らは誰も口にしようとしない。
うーん、地球でもデビルフィッシュなんて呼ばれて敬遠される地域もあったらしいし、この辺の食文化だと食べないのかなぁ。もったいないなぁ。
どうするか考えていると、ニバス氏が笑みを浮かべて近づいてくる。
「オクトパスの身には人の知性をわずかに高める効果があるンですよ。まぁ、本当にわずかですがねぇ。なかなか手に入らない食材ですが、私も研究の時はよくかじっていましたよ」
「む、そうなのか。ニバス殿もいかがか」
「そうですねぇ、ご相伴に預かりましょうか」
ニバス氏がオクトパスことタコの足を口にするのを見て、他の兵士達も次第に口にしはじめた。なんで俺が食べてるのに、誰も食べようとしなかったんですかねぇ?
釈然としない思いを抱えつつタコ足をもぐもぐと消化していると、銀髪を翻しながらラヴィニスが近づいてくるのが見えた。こちらを見ながら、何かつぶやいているようだ。
「オクトパスが三体も……まともに相手していたら、どれほどの被害が出たことか……」
ラヴィニスもタコを食べに来たのかと思ったけど、そうではないらしい。
俺の元までやってきたラヴィニスは、俺に礼を告げてくる。
「またベル殿に助けられてしまいましたね……」
「気にするな。俺は自分のために動いたに過ぎん」
なにせ、自分の食欲を満たすためだからね。ラヴィニスは俺の言葉を聞いて、瞳を揺らしている。
「貴方は…………いえ、何でもありません。……私もいつか貴方の……背中に追いつけるよう……貴方の横に立てるよう、精進いたします」
ラヴィニスは俺の目をまっすぐ見て告げてきた。やっとまともに目を合わせてもらって、飛び上がるほど嬉しくなった俺は、ついつい意地悪な事を言いたくなってしまう。男の子は好きな女の子に意地悪したくなるんですよ!
「……そうか。では、待っているとしよう。だが、そう簡単には追いつけんぞ?」
「はいっ!」
とびきりの笑顔を浮かべたラヴィニスは、やっぱり天使だった。
--------------------
俺達は無事にヨルオムザ渓谷を抜ける事ができた。もうしばらく進めば、谷の狭間に作られたウェアラムの町にたどり着く。そこを抜ければ王都ハイムは目前らしい。
ところで、デニム達が戦闘に出てこなかったのは理由がある。アイツは本隊を率いているが、ラヴィニスはその別働隊を率いているためだ。俺達のいる別働隊は、本隊から先行して王都ハイムを目指す事になっていた。
どうして別働隊を先行させるかと言えば、ひとつはバクラム軍を油断させるためだ。戦力比は逆転し、こちらが圧倒的に有利とはいえ、まともにぶつかれば双方の被害が大きくなってしまう。
最終的にヴァレリア全土の統一を目指す俺達は、大きい被害を受ける事も与える事も望まないのだ。なにせこの内戦が終われば、今度は外敵に備えなければならないのだから。
それを防ぐために、本隊よりも戦力の少ない別働隊が先行する事で、相手に戦力を見誤らせる。油断した奴らは戦力を温存しようとするだろうから、そこを後詰めである本隊と合流して効果的に叩く。
要するに俺達は、全力ではない敵を相手にすればよい。
そのはずだったのだが。
「来たぞッ! 反乱軍の奴らだ! 全力で迎え撃てェッ! 出し惜しみするなよッ!」
あれぇ? どうしてこうなった。
首を傾げる俺に、ニバス氏が呆れたように説明してくれる。
「それはこうなるでしょう。あちらの仕掛けた罠があっけなく無効化され、オクトパス三体をも含む戦力がほとんど被害をもたらせずに一蹴されたのですから」
「む、つまり俺のせいか」
「ふふ…… まあ、彼らは貴方一人の仕業だとは思っていないでしょうねぇ。恐らく、この別働隊が少数精鋭だとでも思われてるのでは?」
「ぬ…………」
困ったことになった。ラヴィニスも頭を抱えているようだ。俺のせいでラヴィニスを困らせてしまうなど、不本意で仕方ない。ちくしょう、要するに敵を片付ければいいんだろ!
俺は愛用の槍を構えて、自分の責任を誤魔化す作業に入る事にした。
「ならば……押し通るまでだ」
ちなみに別働隊のもうひとつの意味は、俺が暴れると周囲の被害が大きくなるかららしい。解せぬ。
第一のタコ「人間とか脆すぎワロタwww」→「ぶべらぁっ!」
第二のタコ「水鉄砲なら防ぎようがないやろ!」→「うわぁぁぁ!」
第三のタコ「なにこいつ……もうやだぁ……」→チーン
【バンダナ男】
ビーストテイマーの男。ちなみに名前は魔獣士スタノスカ。
SFC版のビーストテイマーといえば頭頂部の寂しい白髭のオッサンだったのに、PSP版では野性味溢れる渋いイケメンになっている。ズルい、ズルくない?
【タコヤキ】
海鮮料理の珍味として巷では大人気。
食べると、わずかではあるが恒久的に INT (魔法攻撃力) と MND (精神力) がアップする。