ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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014 - Duel of Honor

 連続した金属音が、広大なハイム城の中庭に響き渡る。

 それはまさしく古の神話、人間とオウガの死闘、その再現であった。

 

 一人は、黒いローブを羽織った長身の男性。その表情を窺い知ることはできないが、緑碧の大槍を己が手足のように操り、見事な武技を振るっている。見るものの心胆を寒からしめる威圧感は、神話における悪鬼、オウガの存在を思わせた。

 一人は、白銀のフルプレートメイルを身にまとった騎士。身体を覆い隠すような盾によって、オウガの恐るべき武技をことごとくいなし続けている。決死の覚悟をもって、悪鬼に真っ向から立ち向かう勇壮なその姿は、叙情詩で描かれる人間の英雄を思わせた。

 

 すでに他の兵士達は力尽き、地に伏している。戦いは一騎打ちの様相を呈していた。

 オウガの猛攻が途切れた瞬間、騎士が盾を構えて叫ぶ。

 

「ファランクスッ!」

 

 それを聞いたオウガは、軽い舌打ちをする。先ほどから何度も同じ展開が繰り返されていた。

 騎士の使う奥義『ファランクス』は、防御に集中する代わりに受ける力のほとんどをいなす事ができる守りの技だ。全てを護ろうとする彼にとって、もっとも得意とする技だった。

 

「……見事なものだ」

「ふっ、とうとう諦めたか、オウガよ。私はまだ倒れてはおらんぞ」

 

 だが言葉とは裏腹に、騎士の限界は近い。吐く息は荒く、すでに全身を包む鎧は傷だらけであり、大きな傷がないとはいえ体力の減りは誤魔化せそうにない。しかし彼は、見事な精神力と忠義心によってそこに立ち続けていた。

 

「……なぜ、そこまで戦う? 貴公のような高潔な人間が、ブランタのような人間に忠誠を誓うことはあるまい。貴公とて、ブランタが王家に対して裏切りを働いていた事、とうに知り得ているのだろう」

 

 ブランタの裏切り、それはドルガルア王の遺児である王女ベルサリアの存在を知りながらも、己が権力のために隠し通していた事だ。ブランタの権威を落とすため、王女の真実は解放軍によって広く知らしめられていた。王都ハイムの住民が解放軍に対して反抗を見せないのは、この理由によるところが大きい。ブランタは民衆の支持を失いつつあるのだ。

 

「ふっ…… 哀れだな、オウガよ。主君を持たぬ男よ。貴様は本当の忠義というものを知らぬのだ。私はこの剣にかけて、猊下に騎士の忠誠を誓った身。例え猊下が魔界に堕ちようとも、共に魔界まで堕ちるのが騎士のあり方なのだッ!」

「……無粋であったな。すまなかった」

 

 オウガは槍を振るいながらも、騎士に対して目礼する。騎士はそれを受け流しながら応える。騎士はすでに、目の前の男が単なる悪鬼でない事に気づいていた。むしろその在り方は、彼が密かに好むフォーゲルの姿に重なりすらした。

 

「貴様こそ、何故反乱軍に与するッ! 真の平和を謳いながら、その裏で同胞を手に掛ける事も厭わない男の下につくのだッ!?」

「……デニムは、俺の友だ。それ以上の理由などない」

「友のためなら、単騎で城攻めをするというのかッ! 貴様を犠牲にし、奴は骸の上に旗を打ち立てるに決まっているではないかッ!」

「……構わん。俺はこの戦争を終わらせ、デニムを重圧から解放したい。ただその為に槍を振るうのだ。俺の命の一つや二つでデニムが救われるのであれば、喜んで身を差し出そう」

「………… ムッ!? いかん!」

 

 オウガの言葉を聞いて微かに動揺した騎士の手元が狂い、受け流しに失敗する。オウガの剛力によって振るわれた槍が鎧の腹部に直撃し、大きな衝撃とともに騎士の身体は宙へと放り出された。

 

 そのまま地面に激突するかと思われたが、次の瞬間、他ならぬオウガの手によって騎士の身体は静止する。いつの間にか、オウガは騎士の元へと接近していた。オウガの身体は紫色の奇妙な光に包まれている。

 だが、騎士はもはや、指一本たりとて動かせそうになかった。盾は遠く離れた地面に落ちており、剣が奴の身体に傷をつける事ができないのは理解していた。

 

「…………なぜ……助ける……」

「貴公の忠義と精神に敬意を。それに俺は、最初から殺すつもりなど毛頭ない」

「…………ふ……最初から……手加減されて…………」

「誓って言うが、貴公は強敵だった。剣を交えた事、誇りに思う」

「……そう……か…………私……は……」

 

 最後まで口にする事なく、騎士の手が力無く落ちる。オウガは騎士の息の存在を確かめると、騎士の身体を地面に優しく横たえて、立ち上がった。

 

「さて……思わぬ時間を食ってしまったが……」

 

 そしてオウガは歩き出す。向かう先は、ハイム城の中心である大広間。

 摂政ブランタと、暗黒騎士団との決着の刻が迫りつつあった。

 

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「ラヴィニスさん!」

「……デニム……」

 

 僕の率いる本隊は、ついにハイム城の前へとたどり着いた。そこで僕を待っていたのは、ラヴィニスさんの率いる別働隊だ。ラヴィニスさんの姿を見つけて話しかけると、彼女は浮かない表情で僕を見る。

 その表情は気になったが、思ったよりもラヴィニスさん達に被害は出ていなさそうだ。ホッとしつつも、その分だけ負担が集中したであろう彼の姿を目で探す。しかし、黒いローブは小柄なニバスさんのものだけで、目立つはずの長身は見当たらない。

 

「ベルさんは、大丈夫なんですか?」

「…………彼を止める事が、私にはできなかった」

「な、なんですって!?」

 

 驚愕しながら経緯を問いただす。なんと彼は、単騎での城攻めを提案してきたらしい。どうしてそんな無茶な案を了承したのだ、とカッとなったが、彼なら言いそうな事だというのも理解できた。

 ラヴィニスさんは、どこか上の空になりながらも僕に謝ってくる。だが、そもそもベルさんを別働隊に配置する事を決めたのは僕の采配だ。僕の近くに置けない彼が、自由裁量で動けるように考えた苦肉の策だったのだから。

 

「と、とにかく、城内へと急ぎましょう。いくらベルさんが強いとはいえ、暗黒騎士団を相手に無傷でいられるとは思いません。それに、ブランタを確保しなくては」

「……そう、ね……」

 

 しかし、ラヴィニスさんは何かを考えこんだまま動こうとしない。

 

「……ラヴィニスさん?」

「……いえ、ごめんなさい。少し、彼の事を考えていたの。ここに来るまでに、彼はほとんど一人で戦ってきたわ。それも、命を削るような大魔法まで使って、皆を護りながら……」

「え……?」

「彼は、自分を犠牲にはしないと言ってくれた。でもそれは、私を安心させるための優しい嘘ではないか……。彼は、誰かを護るためなら、自分を犠牲にできる……」

「…………」

 

 それは僕にとって、衝撃的な言葉だった。

 

 ベルさんがこうまで無茶を続けるのは、誰かを護るため?

 彼は自分の身を犠牲にしてまで、誰かを護ろうとしている?

 だとしたら、その誰かとは――――。

 

 ――――デニム、俺がお前を助けよう。

 

「ベルさんッ!」

 

 僕は衝動的に城門へと一人で駆けようとする。しかし、それを遮るように険しい顔をしたカノープスさんが進路を塞ぐ。

 

「カノープスさん! どいてくださいッ!」

「いいや、ダメだ。今のお前が行っても、アイツの足手まといになるだけだぞ」

「でも……でもッ! ベルさんは、僕のためにッ! 僕なんかのためにッ!!」

「落ち着け、デニムッ!」

 

 頬に衝撃を感じ、一歩、二歩とよろめく。次第に頬が熱をもってくる。

 

「アイツが一番護りたいお前が、無防備に前に出てどうする。それに、お前はもうこの解放軍の支柱なんだ。自分を卑下するような言葉を吐くな」

「…………」

「ふん……。自己犠牲が好きな奴ってのは、やっぱり好きにはなれねぇな……。それに、こんなのは俺の柄じゃねぇ。舎弟にでもやらせとけばいいんだ……くそっ」

 

 カノープスさんは悪態をつきながら、僕に背を向けた。

 僕は頬を押さえながら俯き、その場に立ち尽くすしかなかった。

 

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「これは、俺たちがもらっていくぜ」

 

 そう言った暗黒騎士マルティムの手には、光り輝く一本の剣が握られている。見る者全てを惹きつけるその刀身は、まるで生命の息吹をそのまま形にしたかのような神聖さを感じる。

 

「この裏切り者め……!」

 

 マルティムをそう罵るのは、後ろ手を縛られたバールゼフォン。暗黒騎士団において、ナンバー2の地位にいた男だった。白く立派な髭ともみあげを蓄えた顔を、醜く歪めている。

 そんなバールゼフォンに対し、マルティムは蹴りを一発お見舞いする。みぞおちに命中し、バールゼフォンは呻きながらもマルティムを睨む事はやめない。

 

「ローディスを裏切ってるのは、あんたたちだろ?」

「なんだと!」

 

 これに怒声をあげたのは、やはり同様に拘束されているヴォラック。忠誠心が厚く、見事なカイゼル髭を生やした男性である。裏切りという言葉が嫌いな彼は、マルティムの言葉に憤る。

 

「王女なんざいなくても、封印を解けるんじゃないのかい? このブリュンヒルドさえあればな!」

 

 マルティムはそう言って手に持った剣『神聖剣ブリュンヒルド』を掲げる。

 それを黙って見つめる隻眼の男、暗黒騎士団の総長ランスロット・タルタロス。

 

 『羊の皮を被った狐』と評されるマルティムにとって、この暗黒騎士団は居心地が良い場所だった。教皇直属のこの部隊は汚い裏仕事や暗殺などの不正規任務が多く、彼は持ち前の実力と狡猾さでそれらをことごとく成功におさめてきたのだ。

 だが一方、不満がないわけではない。それは、自分の上にいる男の存在。タルタロスは常に冷静沈着、用意周到であり、その力はマルティムも認めるところである。しかし、彼にとってタルタロスのやり方は生温く感じられて仕方なかったのだ。

 今回の内戦干渉に関してもそうだ。わざわざ王女の威光を借りずとも、バクラムとローディスの力があれば武力で民衆を統治する事は容易だっただろう。ヴァレリアを教国の支配下とし、それから、じっくりと『裏の任務』を果たせばよかったのだ。

 

 裏の任務――――つまり、ドルガルア王の遺産、その奪取である。

 

 覇王とまで呼ばれたドルガルア王は、愛する妻子を亡くして失意に溺れ、力を求めた。妻と子を死の世界から救うために知識を集め続け、ついに一つの結論へと達する。

 

 それは、魔界の力。古の悪魔達、その力を利用する事であった。

 

 ドルガルア王は、地上と魔界とをつなぐ扉『カオスゲート』を発掘し、そこから魔界へと旅立っていったのだ。ローディス教国は、その事実をとある経路より聞きつけ、調査のために暗黒騎士団ロスローリアンを派遣した。全ては魔界の力を手に入れるためだ。

 もし魔界の力を手にすれば、地上の覇権を得る事など容易いだろう。ドルガルア王はその後死去したとされているが、彼が遺した『遺産』は空中庭園の地下へと封印されているという。そして、その封印の鍵は、王の血族――すなわち、カチュアだった。

 暗黒騎士のコマンド達に命じられていたのは、王女ベルサリアであるカチュアの捜索、そして彼女へとつながる母親マナフロアと、養父であるプランシーの捜索だったのである。

 

「この神聖剣の力を使えば、どんな封印でも解けるんだろう? なのに、とっくの昔に死んだ女や、わがままな王女様を俺たちに捜させていたんだよ」

「本当なのですか、総長?」

 

 裏の事情を詳しく知らないヴォラックは、不安そうにタルタロスへと尋ねる。しかし、タルタロスは口を結んだまま何も喋らない。その隻眼の目は、まっすぐとマルティムへと向けられていた。

 マルティムはそんなタルタロスの視線に苛立ち、声を荒げる。

 

「ドルガルアの遺産を独り占めしようったって、そうはいかねぇぞ!」

 

 だがタルタロスは何も答えない。気圧されたマルティムは、ペッと唾を吐いて部屋を後にする。このまま奴らをここに放置しておけば、あの『虐殺王』が喜んで片付けてくれるだろう。なにしろ、親の仇なんだからな。マルティムは嗤いながら、その愉快な結末を想像した。

 

 マルティムは気づかない。タルタロス達が、自力で拘束を解いて逃げ出そうとしている事に。

 マルティムはわからない。武力だけでの統治では、人心の掌握などできるはずもない事が。

 マルティムは信じない。魔界の力が、到底人の手に負える代物ではないという事を。

 

「クククッ……。最後に勝つのは、このオレなんだよ……!」

 

 マルティムは知らない。このハイム城に現れた、オウガの存在を――――。

 

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 え〜っと。迷った。

 

 え、ここどこなん? 中庭から先に進んだら、一本道じゃないのかよ!

 

 俺はハイム城の中を迷いながらうろついていた。似たような扉がたくさんあるし。ここかなと思って開けたら厨房で、コックさん達に「なんだこいつ」って目で見られたし。

 ちゃんと案内板ぐらい立てておけよ! 「順路」とか書いておいてくれないとわからんっつーの!

 

「……むう」

 

 まったく、中庭ではヒドい泥仕合をしてしまったし。あのファランクスって技、面倒くさすぎる。そりゃあ、手加減なしなら受け流しなんて無視して吹っ飛ばせるだろうけど、俺は『相手を殺さない・傷つけない』な縛りプレイの最中だったしなぁ。やはり、独学の武技じゃ限界があるわ。

 まあ、でもあれは、相手のグランディエさんを褒めるべきだろう。盾一つでアレだけ粘られてしまったのは、明らかに俺の負けと言ってもいい内容だった。縛りプレイが過熱しすぎて、パラダイムシフトまで封印してたのは置いておいて。

 

 ハイム城の赤い絨毯が敷かれた廊下を歩きながら、先ほどの戦いを思い返していると、廊下の向こうから誰かがやってくるのが見えた。向こうも俺に気づいたらしく、訝しげな表情だ。

 黄色い鎧を身につけた、オールバックの男だった。その手には、何やら不思議な印象を受ける『剣』が抜き身で握られている。うわぁ……。キラキラ光ってて、えーと、カッコいいですね……?

 

 あと数歩ですれ違う、というタイミングでお互い同時に立ち止まり、向こうが声をかけてくる。

 

「……おいおい、誰だお前は。只者じゃねーな?」

「…………答える義理はない」

「あ? なんだと?」

 

 オールバックの男は、こめかみに血管を浮かび上がらせて片手に持った光る剣を構える。狐みたいな顔をしている癖にキレやすい奴だな。

 

「……貴公は、見たところバクラムの騎士ではないな?」

「ふん。俺を知らないって事は、お前こそバクラムのもんじゃなさそうだな」

「…………暗黒騎士団ロスローリアンか」

「ハッ! なんだ、知ってるじゃねーか。それで、お前は…………マジで誰だよ」

「故あって名乗る事はできん。だが、こう答えよう。俺は、ウォルスタ解放軍のリーダー、デニムの友人であり、名も無きオウガ。貴公ら暗黒騎士団の敵となるものだ」

 

 なんだか、ここに来てからオウガオウガって呼ばれまくってたから、自分で名乗る事にしてみた。これなら名前はバレないだろ。ドヤァ。

 暗黒騎士の男は、俺の名乗りを聞いて獰猛な笑いを浮かべる。

 

「オウガ……オウガ、ねぇ。オウガってのは、おとぎ話で人に退治された鬼ヤローだろ。鬼が人に味方するってのかよ。おもしれーな、オイ」

「人に、ではない。俺はデニムの味方だ」

「かはっ! じゃあ、そのデニムは鬼を使役する悪魔って事じゃねぇか。悪魔だから、味方殺しも喜んでやるんだろうなぁ! さすが虐殺王だぜ!」

 

 なんなのこいつ。

 

「…………取り消せ」

「くはは、怒ったのか? おいおい、勘弁してくれよ。オレはこれからやる事があるんだよ。鬼退治なんてやってるヒマはないんだぜ?」

 

 俺は黙って槍を構える。

 

「チッ。仕方ねぇな。ここは一つ、人間様の力ってもんを見せてやるか!」

「…………悪いな」

 

 ――――どうやら、手加減はできそうにない。

 




グランディエさんは騎士の中の騎士。きっとグラットンソードとか使える謙虚なナイト。
マルティムさんは個人的に好きなキャラですね。なのでオウガさんとの決闘をプレゼント(白目)


【ファランクス】
ナイトが使えるアクションスキル。
次のターンまで被ダメを90%軽減する。発動中はカウンターできない。
敵ナイトが使うと物凄くウザい。魔法も軽減するので効果切れを待つしかない。

【神聖剣ブリュンヒルド】
劇中で重要な意味を持つ神聖剣。
天界と下界を結ぶ『鍵』の役割を持っており、あらゆる封印を解く事ができるらしい。
武器としての性能も最強に近いが、SFC版ではラスボスにほとんど通用しないという罠がある。

【カオスゲート】
地上と魔界をつなぐゲート。神話の『オウガバトル伝説』では、神の使徒によって封印された。
このヴァレリアだけではなく、世界中の各地に点在している。

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