ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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※シリアス警報!


015 - Confession

 暗黒騎士マルティムには、持って生まれた天賦の剣才があった。

 

 幼い頃から、特に努力せずとも剣を振るうだけでライバル達を蹴り落とす事ができた。努力するしか能のない奴らは、マルティムに負けると決まって負け犬の目となり、それ以降は彼との戦いを避けるようになる。もはや同年代にマルティムの敵はなく、年上達ですら彼の前に膝を屈した。

 彼の持ち前のセンスは他の追随を許さず、それはローディスの騎士として剣を捧げた後も変わらなかった。マルティムは自分こそが最強の騎士だと自負し、ますます増長を続ける。

 

 しかし、そんな日々は、暗黒騎士団ロスローリアンへの配属によって終わる事になる。

 

 配属当日、他の騎士をすっかり舐めてかかっていたマルティムは、総長タルタロスに屈辱的な敗北を喫した。それも、タルタロスは終始手加減している様子を見せ、マルティムの長く伸びた鼻を徹底的にへし折ったのだ。

 それから彼は変わった。訓練を欠かさず、才能にあぐらをかくばかりだった剣技を磨きに磨いた。全てはタルタロスを見返すためだった。タルタロスへの劣等感が、マルティムを突き動かす原動力となったのだ。任務も精力的にこなし、マルティムは暗黒騎士としての地位を確固たるものとした。

 そして今日、ついにタルタロスを出し抜くことに成功した。せっかく磨いた剣技を使わずに、謀略によってタルタロスを陥れたのだ。マルティムは最後まで、自分がタルタロスを本能的に恐れている事に気づいていなかった。

 

「…………それで終わりか?」

 

 そしてまた、マルティムの前に新たな壁が現れる。それも巨大な、こちらを圧し潰すほど巨大な壁だった。マルティムの振るう剣は、ことごとくオウガの槍によっていなされ意味をなさない。

 

「な、何なんだよッ! 何なんだよ、おめぇは!!」

「……軽いものだ。俺の前に立ちはだかった騎士の足元にも及ばんな」

「オレの剣が……軽いだと……?」

 

 以前マルティムは、ゼノビアの白騎士と戦った事がある。髭を生やした筋骨隆々の男だった。

 奴はその類まれな力によって剣を振るい、マルティムを追い詰めた。マルティムの力では、到底太刀打ちできない相手であった。磨き上げた剣技も通用せず焦ったマルティムは、剣を棄てて命乞いをした。無様に土下座をし、白騎士の足元にすがりついた。

 正々堂々を誇りとする白騎士は剣を収め、降参したマルティムに背を向ける。そこでマルティムは、懐に忍ばせてあった『銃』によって、白騎士の背中を撃ち抜いたのだ。沈没船ラムゼン号より引き上げられた内の一丁だった。

 

 白騎士は死に、マルティムは生き残った。それが全てだ。

 しかしマルティムは、白騎士が吐き捨てるように発した言葉を忘れる事ができなかった。

 

 ――――軽い剣だな。まるでお前そのものだぜ。

 

「オレの……オレの剣は軽くなんかねェ!!」

 

 逆上したマルティムが叫びながらブリュンヒルドを振るうが、それこそオウガの思う壷だった。オウガは手にした槍をうねるように扱い、剣筋をあらぬ方向へと向け、巻き込むように槍を回転させる。

 すると、ブリュンヒルドはマルティムの手を離れて、回転しながら宙を飛んだ。神聖剣の放つ眩い光が、ミラーボールのように辺りを照らす。

 

 クルクルと回転したブリュンヒルドは、最後にオウガの手へと収まった。

 その様を、マルティムは呆然としながら見ているしかなかった。

 

「……これで決着か」

 

 オウガの言葉に、マルティムはビクリと身体を震わせて顔色を変える。このままでは命がない。そう直感したマルティムは、過去の自分に習う事にした。すなわち――

 

「…………す、す、すまなかったぁ! 許してくれぇ! オレが、オレが悪かったから! 命は、命だけは勘弁してくれェ! 何でもする! 何でもするから! 頼む! 見逃してくれッ!!」

 

 マルティムは地面へと這いつくばり、必死に命乞いを始める。命あっての物種というのが、マルティムの結論だった。彼にとって最後まで生き残った者こそが、本当の勝者だったからだ。

 オウガは、そんなマルティムを見下ろし、思案した顔になる。

 

「何でもする! 本当だ、信じてくれッ! なんなら、あんたをローディス教皇に紹介したって良い! あんたほどの腕なら、すぐに上に行けるはずだッ!」

「…………」

「じゃ、じゃあ! そうだッ! オレたち暗黒騎士団の、本当の目的だって話しても良い! このヴァレリアにわざわざやってきたのは――――」

 

 マルティムは頼まれてもいないのに、ペラペラと暗黒騎士団の『真の目的』を話し始める。ドルガルア王の遺産、カオスゲートの存在、カチュアを必要とした理由。

 

「へへへ……! どうだ、あんたが手にしてるブリュンヒルドを使えば、『ドルガルア王の遺産』だって手に入るはずさ……! なっ! オレは役に立っただろ! 頼む、見逃してくれッ!」

「…………」

 

 オウガは何も答えない。もうダメかと諦めかけたマルティムだったが、オウガは槍をくるりと回転させるとローブの中に収めて、マルティムに背を向ける。

 

「…………大広間は、こちらか?」

「あ、ああッ! そうだ! この廊下を行けば――――

 

 ――――お前の墓場だぜッ! 『フローヴェノム』!!」

 

 必殺技の名を叫びながら、マルティムは腰に差していた剣『ニフリートソード』を抜いて振るう。本来のマルティムの得物である汚れた水の力を封じたヒスイの剣は、切っ先から『猛毒の煙』を吐き出してオウガの無防備な背中へと襲いかかった。

 緑色に濁った煙は、あっという間にオウガの全身を包み込む。少しでも皮膚に触れれば、ドラゴンですら瞬時に気を失うほどの猛毒だ。マルティムは己の勝利を確信した。

 

「ヒャハッ! ヒャハハッ! 馬鹿め! 生き残れば勝ちなんだよぉッ!」

 

 ――――ゾクリ。

 

「…………そうか。ならばこの勝負、お前の負けだな」

 

 紅い眼光が二つ、煙の向こうからマルティムを睨みつけていた。

 

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 鈍い音を立てながら、ハイム城大広間の扉が開いていく。

 

「ブランタッ!! ここまでだッ!!」

 

 そこに立っていたのは、ゴリアテの若き英雄と呼ばれ、解放軍の指導者となったデニム・モウンその人であった。彼の背後には、まさに歴戦の戦士と呼ぶべきデニムの仲間達が控えている。

 

「チッ。マルティムは何をしている……!」

 

 玉座に腰掛けるブランタの前には、巨漢の暗黒騎士バルバスと、黒人の暗黒騎士アンドラスが立っている。バルバスは苛立ちを隠さずに、ここまでやってきたデニム達を睨みつけた。

 本来の予定では、タルタロス達からブリュンヒルドを手に入れたら、さっさとこのハイム城を後にする予定だったのだ。当然、ブランタとの約束など守る気は最初からなかった。ブランタは、どちらにせよ詰んでいたのだった。

 

「やはり、私も行くべきだったか……」

「フン。最期にタルタロスとサシで話したいと言ったのはヤツだ。まあいい、後からやってくるだろう」

 

 アンドラスは悔恨の表情を浮かべる。アンドラスはマルティムについていこうとしたのだが、マルティム自身が断ったために、この大広間に待機していた。

 

「き、貴様ら……何を暢気に話しておるのだッ!」

 

 ついに現れた解放軍を前にし、ブランタは怯えに怯えていた。とてもではないが話し合いなど通じそうもないほど殺気立ったデニム達に、当初考えていた『完全無欠の秘策』などどこかへと吹き飛んでしまう。

 

「確かに、あんたと教皇を会わせる約束はしたがな。それまで護ってやるなんて、一言も言った覚えはない。種をまいたのは、あんただ。自分の尻ぐらい自分で拭きな!」

「なッ!! 貴様ら、逃げる気かッ!!」

 

 バルバスは取り合わず、懐から転移石を取り出す。この瞬間移動の魔法が込められた貴重な魔石は、使い捨てではあるが使用者を安全な場所へと離脱させる。すでに解放軍に囲まれているハイム城からは、そう簡単に逃げ出す事などできないが、この転移石による移動だけは別だった。

 ブランタも転移石はもちろん所持している。しかし、それを使って一人でこの城から逃げたとして、それからどうすれば良いというのか。民衆から見放されつつあるブランタは、あっという間に通報されて捕縛されてしまうだろう。

 

「待てッ! バルバスッ!!」

 

 デニムが制止しようとするが、バルバス達は転移石を掲げて宙へと消えていく。

 大広間を静寂が覆いつくした。

 

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 僕達はついにハイム城内部へと侵攻し、ほとんど抵抗のないままブランタのいる大広間まで到達した。

 

 大きな抵抗のない理由はわかっている。すでに防衛隊のほとんどが無力化されていたからだ。ここに来るまでに、その原因であろうベルさんの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。

 大広間に入っても彼の姿はない。一体どこへ消えてしまったのだろう。不安が頭をよぎりつつも、僕は解放軍のリーダーとしての役割に集中することにした。

 

 暗黒騎士のバルバスとアンドラスがその場にいたが、奴らは転移石を使って逃げ出した。

 僕にとって、暗黒騎士団とは不倶戴天の敵だ。平和に暮らしていた港町ゴリアテを襲い、父さんや姉さんを拉致し、僕から平穏と家族を奪い去った元凶なのだから。

 

 悔しさで頭が一杯になっていたところに、玉座に座るブランタがゆっくりと口を開いた。

 

「…………我が弟プランシーの息子、デニムよ。どうか怒りを抑え、剣を収めてくれ」

 

 この期に及んで何を言うのか。一瞬、大声で怒鳴りつけようと思ったが、ブランタの神妙な面持ちを見て少し冷静になる。

 

「すまなかった。もう抵抗するつもりはない。暗黒騎士団が去った今、このヴァレリアが一つにまとまるしかないだろう。デニムよ、お前が王となり、ヴァレリアを治めるのだ」

 

 ブランタの意外な言葉に、僕は開いた口が塞がらなくなった。この人は本当に、あのブランタなのか? 権力の亡者であり、バクラム・ヴァレリア国の独裁者まで上り詰めた男が、そう簡単に権力をあきらめられるものなのだろうか。

 

「……言い訳をさせてもらうのであれば、ワシは敢えてローディスの犬を演じていたのだ。ドルガルア王亡き後、このヴァレリアは大きく揺れ、あのままではローディス教国の干渉を排除する事が難しかった。あのとき戦っていたら、我々は皆、やつらに殺されていただろう」

「……ならば、何故、王女が生きていることを王に告げなかった? 何故、王子が亡くなられたときに、そのことを王に言わなかったんだ!! 貴様はおのれの私利私欲のために、王や父さん、そして姉さんまでをも利用したんだッ!!」

 

 そうだ、こいつが父さんや姉さんを利用したんだ。こいつのせいで、父さんと姉さんが死んだ。僕の中に、ドロリと昏い感情が湧いて出る。

 しかし、激昂した僕に対して、ブランタはあくまで落ち着き払った態度で返す。

 

「……だが。もし、ワシがそうしていたら、お前たち姉弟は離れ離れになったのだぞ?」

「えっ……?」

 

 ブランタの一言に、僕の心臓が大きく跳ねる。

 

「デニム、お前はプランシーの実子だが、カチュアはそうではない。ドルガルア王がカチュアの存在を知れば、必ず手元に呼び寄せたはずだ。そうなればお主らは、もはや姉弟ではいられなかったであろう」

「だ、だがッ! 姉さんだって、本当の父親の元で幸せに暮らすべきだったんだ!」

「本当にそう思っておるのか、デニムよ。本当にそれがカチュアの幸せだとでも? カチュアがお前をどれだけ愛していたのか、知らぬわけではあるまいッ!」

「…………」

「お前は今や一大勢力の指導者の身。それがどれだけの重責か、お前自身が一番理解しておるはずだ。お前は、そのような重責をカチュアに負わせるつもりだったのか? カチュアに全てを負わせ、自分はのうのうと生きるつもりだったのかッ!」

 

 言葉が出なかった。

 

 僕は姉さんの事を、家族として愛していたつもりだった。姉さんが亡き王の娘だとしった後も、僕の姉さんである事に変わりはないと思った。

 だけど、僕は本当に姉さんを心から愛していたのだろうか。どこかで、姉さんの事が理解できないと突き放していなかったか。姉さんからの愛情を、重く感じてはいなかっただろうか。

 

「……ワシはな、デニム。お主ら姉弟を引き離す事は、どうしても出来なかった。プランシーとも相談し、カチュアはカチュアのまま生きさせてやる事に決めたのだ――――暗黒騎士たちが、ゴリアテを襲うまではな」

「ッ!」

「奴らは、ワシの言う事などちっとも聞かなかった。しまいには、どこで聞きつけたのか王女の事を知り、プランシーがその行方を握る事を嗅ぎつけてゴリアテを襲撃したのだ」

 

 ブランタの告白を聞き、心が揺れている。

 この老人の言っている事は、どれもが僕の急所を狙いすましたように撃ち抜いてくる。もし、奴の言い分がすべて正しいのであれば、ブランタは国をまとめるため、あえてローディスに尻尾を振る道化を演じた事になる。

 もしそうなら、多くの死者が出たこの内戦は、道化の演目という事になってしまうではないか。

 

「どうして……どうして、それならもっと早く……」

「仕方なかったのだ……。暗黒騎士たちの目を欺くには、手を抜く事などできん……」

 

 ブランタの苦渋に満ちた言葉が、耳から離れなかった。仲間達も皆、割り切れない表情を浮かべている。特にカノープスさんは、誰か別の人を重ねるような目でブランタを見ていた。

 

 その時。

 

「……む? 遅かったか」

 

 一度聞けば忘れられない低い声が、僕の鼓膜を揺らした。

 




マルティムさんは良いやられ役。少しアンチ・ヘイト気味だったでしょうか?(不安)
そして、策士ブランタさんによる『告白』です。デニムくんはコロリといってしまいそうですね……


【白騎士】
ゼノビア王国における騎士の階級。
文中のヒゲもじゃマッチョヤロー(byカノープス)はギルダスの事。

【銃】
南方のバルバウダ大陸で作られているカラクリ兵器。ファンタジー世界にあるまじき武器。
扱うのには専門的な知識が必要とされ、装備できる職業はかなり限られる。
SFC版では射程が無限というイカれた性能だったが、PSP版では制限ありに弱体化(十分つよい)

【フローヴェノム】
マルティムの専用必殺技。相手にダメージと猛毒の状態異常を与える。
ドラゴンでも一瞬で気絶、というのは独自設定。

【転移石】
テレポートの魔法と同じ効果のある貴重な石……のはずなのだが
重要キャラは誰もがこれを持っていて、HPが0になるとこれで離脱する。
かと思えば逃げずに死んでしまったり、二次創作的には非常に扱いに困る代物。

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