ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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017 - Ruined Prince

 俺は一人、空中庭園へと向かうためにボルダー砂漠を歩いていた。

 

 腰には、やたらと自己主張の激しい一振りの剣。確かあのオールバックの暗黒騎士はブリュンヒルドとか呼んでいたか。結局、あの暗黒騎士は死んでいたらしいが、一体なんで死んだのかなー。

 

 ブランタとの対峙から、事態は目まぐるしく進んでいった。デニムは精力的に働いて投降したバクラム陣営を吸収していき、俺も各地で盗賊となった残党を狩るなど動き回っていた。それも次第に落ち着き、あと数日でデニムの戴冠式が行われる。

 デニムは結局、王となる事を決めたのだ。俺はそれについて何も言えず、ただ頷くのみだった。アイツがそう決めたのであれば、仕方ないことだった。

 

 時折、空を飛んでいる鳥を石で撃ち落とす。本当はグリフォンのヤキトリが食べたかったが、この辺りには生息していないようだ。

 

 俺は約束通り、解放軍を抜ける事にした。戦争は終わったのだし、これからはいかにして平和を守るか、国を富ませるか考えるのが主な仕事となる。俺みたいな力しかない奴は、役に立たないだろう。

 デニムの側を離れる事にしたのは、それだけが理由ではない。最後の戦いでデニムのブランタに対する糾弾を聞いた時、死なないという事がいかに異常なのか、死んでいった者たちをどれだけ冒涜しているのか、気付かされたからだ。

 死を軽く考えている俺では、人々の死と向き合ってきたデニムの覚悟を、本当の意味で理解してやる事ができない。また、側にいるべきではない、と考えた。

 

 俺の意思を聞いたデニムは、悲しそうな顔を見せたが引き留めはしなかった。無駄だとわかっていたのだろう。今までありがとうございました、と頭を下げられた。

 デニムの元を離れるのはいささか寂しいが、別にもう二度と会えないというわけでもない。俺は当分は自由な地上での暮らしを満喫するつもりだ。ヴァレリアを離れない限りはいつでも会う事はできる。まあ、あっちは王様になるわけで、気軽に会う事はできないだろうけど。

 

 辛かったのは、ラヴィニスとの別れだ。俺が軍を抜けると聞いて、彼女はまた涙目になった。しまいには、俺についてくるとまで言い出したのだ。嬉しかったけど、さすがにこれには参った。彼女にはファンが多いだろうし、俺が連れ回したら大ヒンシュクを買いそうだからな。

 俺はラヴィニスを何とか説得し、デニムの事を助けてやってほしいとお願いした。そして、必ずまた会う事を約束してハイムを後にしたのだった。

 

 あっ、ちなみにニバス氏は死者の宮殿へ戻ったみたいです。いやー、付きあわせて悪かったなぁ。俺が謝ったら、なかなか良い経験だったと笑ってくれた。素材は手に入らなかったそうで、残念そうだったが。いつか研究を完成させてほしいものである。

 

 ふぅ、目的地はまだかなぁ。いくら疲れないといっても、同じ風景が続けば段々と飽きてくる。それに走り続けていたから、服が砂まみれだ。人目を避けるためにローブはもらってきたが、これ一着しかないのだから大事にしなくては。

 

 そういえば、カノープスは俺が腰に下げている剣を見て、何か言いたそうにしていたな。あいつ、鳥っぽいからキラキラしたものが好きなのかな。本人には言わなかったけど。

 結局、タルタルソースも、同じ名前の無職さんも見つからなかったしなぁ。無職さんはカノープスの仲間だったらしいから、あいつはこの島で仲間を全員失った事になる。辛いだろうなぁ。

 ヴァレリアを離れるって言ってたし、いつかまた会えるといいな。追いかけ回されるのは嫌だけど。

 

 おっ、あれが空中庭園か? 空中って名前についてるし、ラピュタみたく空に浮いてるのかと思ったけど、高い塔になってる庭園っていうだけみたいだ。せっかくのファンタジーなのになぁ。

 空中庭園はドルガルア王によって建設されたらしいけど、なんでこんな砂漠のど真ん中に作ったのかねぇ。王都ハイムも不便な場所にあるし、王様の考える事はわかりませんね。ほんと。

 

 じゃ、あの暗黒騎士の言ってた、地下とやらに行ってみるか。

 カオスゲートなんて物騒なもの、壊しておかないとな。

 

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「チッ。やはり封印はそう簡単には解けんな」

「仕方あるまい。まさかマルティムが解放軍に敗れるとは思わなかったからな。ブリュンヒルドは解放軍の手に渡ってしまったのだろう」

「ふん……」

 

 空中庭園の地下、封印された扉の前に二人の男が立っている。一人はいかにも血の気の多そうな巨漢の男。もう一人は上半身を晒した黒人の男。暗黒騎士バルバスとアンドラスだった。

 彼らはデニムの前から逃亡し、ハイムの町外れに潜伏した。その後、合流するはずだったマルティムが討たれた事を知ると、封印の解放に必要となるブリュンヒルドを持たないまま空中庭園まで赴いたのだ。

 暗黒騎士団でクーデターを起こした彼らだったが、このまま手ぶらで帰れば己の身が危うい事を理解していた。ましてや、ドルガルア王の遺した『奇跡』は、簡単にあきらめられるものではない。

 

「…………があ! もう面倒だ! 俺のサンシオンで丸ごと破壊してやるッ!」

「落ち着け、バルバス…………むっ、誰か来るな」

 

 気配を察知したアンドラスは、地下への入り口となる階段を凝視する。そこからは、確かにカツンカツンと響く足音が聞こえていた。足音は一つだけしか聞こえない。

 やがてその正体が露わになると、バルバスとアンドラスは警戒を強める。黒いローブを着ており相手の顔はよく見えないが、その威圧感から只者でない事は十分に理解できた。

 

「……止まれ。何者だ」

「…………俺の名はベルゼビュート。貴公らは、ここで何をしている?」

「ふん、関係ない奴に話す義理は――――ちょっと待て。お前の腰にある剣、それは何だ?」

 

 無関係の者を追い払おうとしたバルバスだったが、男の腰に差された剣は見逃す事ができなかった。見間違うはずもない。暗黒騎士団の総長だったタルタロスが、持ち歩いていた神聖剣。

 ベルゼビュートと名乗った男は、気負った様子もなく光り輝く剣を見せる。

 

「む? これか。聞いた話によれば、これはブリュンヒルドとかいうらしいな。何やら、ここにある封印を解く事ができると聞いたが」

「…………」

 

 バルバスとアンドラスは、その言葉を聞くとお互いに視線を交わし、頷く。次の瞬間、バルバスは人の頭ほどもある槌頭を持つハンマー『サンシオン』を取り出し、勢いよくベルゼビュートへと叩きつける。

 

「オラァッ!!」

 

 脳天に直撃して直視に耐えない光景が繰り広げられるかと思われたが、ベルゼビュートは降ってくるハンマーを一瞥すると、一歩下がって呆気無く避けてしまう。

 勢い余ったハンマーはそのまま地面に打ちつけられ、まるで爆発したかのような地響きと音を生み出し、二人の周りに土煙を巻き上げる。

 

「いきなり何をする……?」

「チッ! 避けるんじゃないッ!」

 

 続けてハンマーを振るおうとしたバルバスに、ベルゼビュートは舌打ちして応戦しようとするが、そこへ土煙の中から別の影が飛びかかってきた。

 

「受けてみろッ!」

 

 バルバスの攻撃に合わせて気配を消していたアンドラスは、ドラゴンのカギ爪のような格闘武器『トゥルエノ』によって、ベルゼビュートの脇に一撃を見舞う。

 ベルゼビュートは攻撃姿勢だったためアンドラスの攻撃を避けきれず、咄嗟に腕でガードする。アンドラスは腕の一本を奪った事を確信したが、その攻撃は妙な手応えを残しただけだった。

 

「――――そうか。貴様らは、俺を狩るつもりなのだな」

 

 そして、ベルゼビュートの気配が激変する。

 

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「――――ベルロウダ・オンヌ・バリンダ、フィザンラ・レンヌ・フィラーハ……」

 

 空中庭園の地下に、男の声が怪しく響く。

 

 さっき、俺にいきなり襲いかかってきたバルバスとかいう奴だ。見た目からすると明らかに脳筋なのに、扉に刻まれた古代の神聖文字を読めるらしい。父親代わりの神父に教えてもらったそうだ。

 

「……いにしえの争いより閉ざされし封印よ、主・フィラーハの許しを受け、その役目を終えよッ!!」

 

 バルバスが詠唱とともにブリュンヒルドを捧げ持つ。すると、扉に刻まれた文字が光り始め、それに呼応するようにブリュンヒルドも輝きを増していく。どうやら、扉の封印は無事に解けたらしい。

 

 発光がやむと、バルバスは仏頂面でこちらを振り返る。ただでさえゴリラのようだった顔は、ところどころが腫れ上がり、青くうっ血している。何を隠そう、俺の仕業なんだが。

 

 俺を狩ろうとしたのだから、俺に狩られても構わないはずだ。以前の俺なら、問答無用で命を奪っていただろう。しかし、デニムの言葉を聞いて、彼の死と向き合う態度を見て、少し考えを改めた。

 必要がなければ、むやみに命を奪うべきではない。それは地球において、当たり前の倫理観だったのに、死者の宮殿で過ごすに連れていつの間にか忘れていた事だ。敵を全力で殺さなければ、俺が痛い目にあったのだから。

 もちろん、ドラゴンとグリフォンは食料なので、例外である。

 

「…………解けたぞ」

「ああ。感謝しよう」

「フンッ! いいか、俺は確かに負けたが、いつか必ずお前を殺す。それを忘れるなッ」

「ああ。殺してみるがいい――――できるものなら」

 

 だって死んでも死なないんだもん……。

 

「バルバス、いい加減にしろ。こいつが本気になれば、俺達の命はないんだぞ」

「チッ!」

 

 バルバスは露骨に舌打ちをして、ズカズカと開いた扉の先へと進んでいく。

 残されたのは俺と、上半身を裸にしたファンキーなスタイルを持つアンドラスという黒人男性だ。彼はバルバスの背中を見送ると、俺に向かって頭を下げてくる。

 

「……すまない。奴も悪い男ではないんだが……」

「構わない。ああいう手合いには慣れている」

 

 いわゆるツンデレってやつだろ。ニバス氏も、デニムに対しては厳しい態度で接する事もあったけど、デニムの事はきちんと認めていた。バルバスは素直になれないタイプに違いない。

 俺とアンドラスも並んで封印の扉をくぐる。扉の先には、さらなる地下へと続く長い階段が存在していた。地下なので暗いと思ったのだが、壁や床がぼんやりと発光しているので問題ない。なんだか死者の宮殿の雰囲気にそっくりだなぁ。

 

 長い階段を、一歩ずつ下っていく。

 

 死者の宮殿といえば、スケさんとカボさん、元気かな。ニバス氏と仲良くやってくれればいいけど。俺もこれが終わったら、一度帰ろうかな。ラミアさんにも会いたいし。

 またしても思考がピンク色に染まりかけた瞬間、アンドラスが唐突に口を開いた。

 

「…………あんたは、解放軍に参加していたのか?」

「む? ああ……まあ、な」

 

 曖昧に答えてしまう。確かに思いっきり参加していたけど、俺はあくまで影に徹した……はずなので、あまり表沙汰にはしたくないのだ。にんにん。

 

「あんたがブリュンヒルドを持っていたという事は……マルティムはあんたに負けたのか」

「あの暗黒騎士か。ああ、そうだな。俺が倒した」

「フッ……やつの悪運もついに尽きたか…………ざまぁないな」

 

 アンドラスの最後の言葉は小声だったが、俺の耳にはしっかりと届いた。どうやら、アンドラスはマルティムに恨みでもあったらしい。

 しばらく沈黙が落ちたが、アンドラスはポツリとつぶやく。

 

「……解放軍の勝利で、ヴァレリア王国はローディス教国から敵とみなされるわけだ……。教国が本腰を入れれば、十万、二十万もの兵力でこの島に押し寄せてくるぞ?」

「二十万か。それは大きい数字だな」

「ハハハッ。あんたがいると、なんだかそれでも足りないように思えるな。…………だが、多くの島の住人が犠牲になるのは間違いないだろうぜ」

「…………」

 

 アンドラスの言葉は、教国の脅威を語って脅そうとしているような口ぶりだが、裏を返せば、どこかヴァレリアの未来を危惧しているようにも聞こえる。馬鹿な事はやめろと忠告しているようにも。

 

「……貴公は見たところ、純粋なローディス人というわけではないようだが」

「…………そうだ。私は元々、ガリシア大陸のライの海周辺にあるニルダム王国の生まれだ。民族で言うなら、ボルマウカ人にあたるな」

「それがなぜ、ローディス教国の暗黒騎士となっている?」

「…………」

 

 アンドラスは俺の前を進んでいるので、その表情をうかがい知る事はできない。だが、なぜかプルプルと身体を震わせている。それは、何かをこらえているように見えた。

 

「……ふん。民のことなど顧みることをしない、あんな腐敗した王家は滅びる運命だったのだ」

 

 絞りだすように吐き出された彼の言葉は、彼の本心を言い表しているとは思えなかった。

 

「我がニルダムの民はローディスの奴隷となるべく、そう運命づけられた民だった、それだけのことさ!」

 

 どうやら、彼の祖国であるニルダム王国は、ローディス教国によって侵略されて支配されたらしい。彼の言う通り、ニルダムの国民たちは奴隷階級として扱われているのだろう。地球の植民地支配と同じことだ。

 それはまさしく、このヴァレリアにも訪れる可能性のある未来だ。彼の立場からすれば、ローディスの支配に抵抗しようとしているヴァレリアには、複雑な思いを抱いているんだろうな。

 

「…………運命、か」

「…………」

「デニムはこう言っていた。運命などという言葉で片付けられるほど、簡単に割り切れるはずがない、と。…………貴公は、本当にそれが運命だったと思っているのか? それしか道がなかったと思えるのか?」

「ッ!!」

 

 俺の言葉に身体を震わせるアンドラス。

 

「デニムは必死に己の役割をこなそうとしている。己が望まなくとも、民の希望となるために王となる事を決めたのだ。それは、ヴァレリアを一つにして、ローディス教国の干渉を跳ね除けるためだ」

「…………」

「ヤツは、民を護るために全力を尽くそうとしている。運命という言葉を否定するために。…………貴公は、そう言えるほどに、全力を尽くしたのか? ――――運命だったと本当に言えるのか?」

 

 アンドラスは、最後まで俺の問いに言葉を返さなかった。

 




原作ではデニムくん達が行った空中庭園ですが、本作ではマルティム死亡のため歴史が変わっています。
そして、再登場のバルバスさんもツンデレ。なんやこの小説、男のツンデレばっかやんけ(白目)


【空中庭園】
ドルガルア王が建てた地上18層からなる庭園。
永久機関によって水が汲まれて流れ続けており、各層は豊かな緑で溢れている。
オーバーテクノロジーすぎて、エネルギー問題の解決不可避。
その地下には、ドルガルア王の『遺産』が眠っているとか、いないとか。

【ニルダム王国】
ローディス教国によって支配された、かつての大国。
教国支配の以前は、王家は私腹を肥やして腐敗し、民衆に不満が溜まっていたらしい。
教国が攻めこむと、王様は「すみません! 何でもしますから!」と言って国を明け渡した。
第13話の後書きにも書いた通り、アンドラスはこの王家の末子で、王子様だった。

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