ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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021 - Sun and Stars

 うおっ、まぶしっ。

 

 デカいロボ風ゴーレムが放ってきたビーム兵器に、俺は思わず目を閉じる。その時、一瞬だけ浮遊感を感じた気がしたが、ちょっと力んだらバチンと音がして収まった。なんだろう?

 すぐに光の奔流が俺に襲いかかってきたが、俺は腕で顔をかばいながら地面へと踏ん張る。全身が焼かれるような感覚だが、正直に言えば、一度だけ試しに入ってみた溶岩風呂に比べれば大した事はなかった。いや、好奇心に負けたんだよ。あれは痛かった。まさに骨まで染みるというか。

 

 しばらく耐えていたが、光と音が止んだのでゆっくりと目を開ける。空間を覆いつくすようなロボ風ゴーレムは、既に姿形もなくなっていた。なんだ夢か。

 

「…………まさか、転移魔法がレジストされるとは……。そこの方、ご無事ですか?」

 

 不意に聞き慣れない声がした。声の方向を見ると、白い髭を生やした老人が立っている。見覚えのない顔だった。ファンタジー小説に出てくる魔法使いのイメージそのまんまだなぁ。

 

「…………この程度は問題ない」

「……高位の悪魔でもタダでは済まない兵器のはずですが……」

 

 そうぼやいている老人をよく見れば、その手には光り輝く剣、ブリュンヒルドが握られている。それで気がついたが、バルバスとアンドラスの姿が見当たらなかった。

 

「……他の二人は?」

「地上に退避させました。貴方も退避させるつもりだったのですが……」

「そうか。感謝しよう」

 

 俺は耐えられたけど、あの二人は危なかったかもしれない。退避させてくれた事に、素直に感謝した。

 

「グオオオオオォォォッ!」

 

 すっかり存在を忘れ去られていたドルガルアが、自己主張するかのように叫ぶ。そういえば、まだ倒したわけじゃなかったわ。さすがに魔力を使い果たしたのか、奴は肉弾戦を挑んでくる。

 先ほどと同じように爪を振り回すだけだったので、槍で弾く。この『いなす技』は、あのハイム城で戦った騎士グランディエから見て学んだものだ。さすがにファランクスとまではいかないが、俺の馬鹿力なら強引に受け流す事ができる。

 

「…………まさに、人の極致ですね……。ふむ、それならば、私もお助けしましょう」

 

 髭の老人がそうつぶやいたのが聴こえたので、俺は手出し無用と伝えようとした。しかしその前に、老人は巧みな魔力捌きで複数の魔法を流れるように発動させていく。はえーすごい。

 無詠唱だったので魔法の効果はわからないが、ドルガルアの動きが目に見えて悪くなっている。時には、腕が麻痺したかのように動かずに攻撃が止む。その隙に俺は反撃を叩き込んでいく。

 

「……グウウ……!」

「させませんッ!」

 

 形勢の悪くなったドルガルアは呻き、またしても瞬間移動して離れようとする。しかし、そこへ老人の魔法が突き刺さった。今まで双翼で宙に浮かんでいたドルガルアは、急激な重力に導かれて地面へと叩きつけられる。もがいて動こうとしているが、その動きは非常に鈍い。

 俺は、隙だらけのドルガルアを前に、槍を回転させながら意識を集中する。

 

「――『槍よ、雷雲を呼び、嵐を起こせ…… いかずち落ちろッ! ギガテンペスト!!』」

 

 地下にも関わらず、どこからともなく雷雲が現れて、激しい稲妻が招来される。ドルガルアの頭に生えた角めがけて、いくつもの落雷が発生した。

 

「グアアアアアァァァッ!!」

 

 体中にほとばしる紫の電流。ドルガルアは悲鳴をあげて、のたうち回る。しかし、さしもの神の肉体も、度重なる攻撃と魔法の前に限界が訪れていたようだ。奴の身体はボロボロと崩れはじめている。

 

「ア……アア…… 我ハ、ドルガルア…… ヴァレリアノ王ニシテ……神ナリ……」

 

 それが奴の最期の言葉だった。

 

 広場の中央に開いた大穴が爆発したように拡がりはじめ、極彩色の光が溢れだす。ドルガルアは光に飲み込まれて、大穴へと引きずり込まれていく。足掻くようにもがきながら奈落へと落ちていくその姿は、救われない覇王の最期を象徴する光景だった。

 

 だが、ドルガルアを飲み込んだ大穴は、それに留まることなく拡がり続けようとしている。空間が鳴動を繰り返し、辺りに漂う死者の宮殿に似た気配はより強くなっていく。

 どうやらカオスゲートが開き、魔界とつながりつつあるようだ。このままでは、俺もドルガルアと同じように、魔界に引きずり込まれてしまうかもしれない。魔界でのバカンスか……。

 

「……いけません。このままではカオスゲートが開いてしまいます。……いえ、その前にここは崩れてしまうでしょう……。崩れてしまえばカオスゲートは発動しないはず……」

「翁よ。ここは私が何とかしよう」

「え? ……いえいえ、若い貴方が命を粗末にするべきではありません。ここは老い先短い私に――」

 

 老人が言い終わる前に、大穴へと近づいていく俺。やっぱ魔界より地上の方が楽しいよな。ドラゴンとかグリフォンもいるし。

 要するにこれを壊せばいいんだろ? どうせストーンヘンジは吹き飛んじゃったし、これなら躊躇なく壊せるな。愛用の槍を構えて、魔力を循環させてパラダイムシフトを発動する。

 

 じゃ、いっちょ、後片付けといきますか。

 

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 彼が槍を一振りするたびに、地が割れて、天井が落ちてくる。

 雷が落ち、風が吹き荒れ、カオスゲートは少しずつ削り取られていく。

 

 このような出会いは、星々の占いでも予言されていなかった。

 私はこの恐るべき光景を、生涯忘れる事はできないだろう。

 

 神に抗う人の力は、これまでにも度々目にしてきた。

 だが、果たしてこれは、本当に人のなせる業なのだろうか。

 

 尋常でない魔力を身に纏い、時を操る大魔法を度々繰り出すその姿は、人というよりも悪魔そのもののように思えた。もし力無い人々がこれを見れば、彼を畏れ、悪魔として迫害するか、絶対の王として崇め平伏するだろう。

 

 運命に導かれて私の前に現れた若者を思い出す。

 彼もまた、尋常ならざる力の持ち主だった。

 

 戦いが終わると私達に後を託して去っていった彼は、きっと自分が残り続ければ何が起こるか理解していたのだろう。両雄並び立たず、王位を継いだトリスタン王と国を二分する事になっていたかもしれない。

 それはさながら人々の頭上に輝き、見るものを惹きつける太陽。だが強すぎる力というものは、人々の目を焼いてしまう。夜空の星々を覆い隠し、人々の運命を一色に染め上げてしまうのだ。それは、何と恐ろしい事だろうか。

 

 竜人によって作られた遺跡は人の力によって崩れ、カオスゲートは断末魔をあげながら徐々に閉じられていく。もし私が自力で同じことをしようとすれば、己の身を犠牲にするしかなかっただろう。

 魔界へと閉じ込められれば、いかに『魔』に抗う術を用いても耐え続けられるはずがない。いずれ私は人の身を失い、『魔』に囚われた虜囚となっていただろう。

 

 彼は命の恩人なのだ。彼の言動を見ていれば、その性質は間違いなく善良。

 しかし私は、彼が人類に絶望し、その力が人類に向いた時を思い、一抹の不安を覚えた。

 

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 空中庭園の外、ボルダー砂漠の一角に突如として光が現出する。ほどなくして光の中から、二人の人影が現れた。辛くもカオスゲートの崩壊から逃れたベルゼビュートとウォーレンの二人だ。

 

「ふぅ……」

「運んでもらい感謝する」

 

 ベルゼビュートが頭を下げると、ウォーレンは穏やかな笑みを浮かべる。

 

「いえ……私の方こそ、お礼を申し上げるべきでしょう。貴方のおかげで、カオスゲートの開放を防ぐ事ができましたから」

「……俺にはこのぐらいしかできんからな」

 

 ポリポリと頭をかくベルゼビュートに、ウォーレンは笑みを深める。それから姿勢を正すと、胸に手をあてて慇懃に自己紹介をはじめた。

 

「申し遅れました。私はウォーレン・ムーン。占星術師でございます」

「俺はベルゼビュート。好きに呼んでくれ」

「では、ベルゼビュートさんと……ベルゼビュートさんは、なぜあの場にいらっしゃったのですか?」

 

 ウォーレンの問いに、ベルゼビュートは指を顎にあてて考える。砂漠に一陣の風が吹き抜けていった。同じくこの場所にいた二人組の足跡は、綺麗に消えてしまっている。

 

「…………友のため、だな。カオスゲートの事を聞き、放置すべきではないと考えた」

「……失礼ですが、カオスゲートの事はどなたから?」

「ああ、ローディスの暗黒騎士だったな。マルティムとか呼ばれていたか。御仁がいま手にしているブリュンヒルドも、その騎士が持っていたのを奪ったものだ」

 

 チラリとウォーレンの手中にある聖剣に目を向けるベルゼビュート。聖剣は太陽の下でも相変わらず光を放ち続けている。ウォーレンもまた、ブリュンヒルドに目を落とした。

 

「そうでしたか……。これは元々、ゼノビア王国の国宝とされている聖剣なのです。戦争の復興の隙をつかれ、暗黒騎士団によって奪われたのですが……」

「ああ。そういう事なら、持っていっても構わんぞ」

「……よろしいのですか?」

 

 ベルゼビュートのあっけらかんとした物言いに、さすがのウォーレンも目を丸くする。これほどの剣であれば、買い手には事欠かない。その価値を知るものからすれば、あり得ないことだった。

 

「二言はない。やはり槍が一番扱いやすいからな。それに、御仁がゼノビアからヴァレリアに来たのは、その聖剣のためなのだろう?」

「…………なぜ、それを」

 

 今度こそ絶句するウォーレン。自分の正体もさることながら、ブリュンヒルドの回収は聖王トリスタンから直々に命じられた密命である。その事実を知るものはほとんどいないはずだった。

 

「ウォーレン翁の事はデニムから聞いていたのを思い出してな……。カノープスも物欲しそうな目をしていた。それに貴殿らのような実力者を、国がそう簡単に手放すとは思えん。放逐されたというのは、偽装だろう?」

「……ご慧眼、おみそれいたしました。もしよろしければ、お時間のある時にゼノビアまでお越しください。この御恩に報いる事を、聖王の名代としてお約束いたします」

「心得た。だが俺は当分はヴァレリアを離れるつもりはないがな」

 

 話しながら砂漠を並んで歩き始める二人。魔法での転移は便利だが、ウォーレンほどの魔力の持ち主でも連発しすぎれば身がもたない。アルモリカから空中庭園への長距離を移動して、ドルガルア戦の補助までしたため限界が近かったのだ。あいにく、マジックリーフの持ちあわせもない。

 

「先ほど、デニムくんやカノープスさんの名前を出していましたが、貴方は解放軍に参加されていたのでしょうか?」

「む……まあ、な」

 

 珍しく言葉を濁したベルゼビュートに、察しのいいウォーレンはそれ以上を尋ねなかった。解放軍には脛に傷持つ者も多く参加している。この男が解放軍の側で参加したとするなら、戦争の結果は占うまでもなく見えているだろう。

 

「……それにしても偽装だったとすれば、ゼノビアは大打撃なのではないか?」

「……? なんのことでしょうか」

「カノープスと御仁を遺して、他の者達は命を落としたと聞くが……」

「…………な……」

 

 ベルゼビュートの言葉に、沈着冷静なウォーレンは驚愕を隠せずに口を開ける。長い間を意識不明で過ごしていたウォーレンは、仲間の訃報を知らずにいたのだ。彼にとって衝撃的な事実だった。

 

「それは……何かの間違いでは……?」

「俺が聞いた話では、白騎士の二人は戦いの中で命を落とし、聖騎士はいまだに行方が知れぬと聞く」

「なんと……ギルダスさんとミルディンさんが……」

 

 ウォーレンは見るからに肩を落としている。ベルゼビュートはその様子を見て、言葉をかけあぐねているようだった。ただでさえ小柄なウォーレンの背中が、さらに小さくなっている。

 

 二人は沈黙を保ったまま、砂漠を歩いていく。

 その背を、太陽はただ見守っていた。

 

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 空は青く晴れ渡り、このめでたい日を祝福しているようだった。

 

 高らかにファンファーレが響く中、もうすぐ正式に国王陛下となる彼がやってくる。あの無血での決着を見たハイム城の大広間で、私は騎士の一人として武官の列に立っている。

 

 結局、あの人はこなかった。

 

 再会を約束したが、あの人は軍を離れて旅立っていったのだ。一世一代の覚悟で、私もついていきたいと、あなたの隣に立ちたいと告白したが、彼は困ったように微笑を浮かべるだけだった。初恋は実らないと聞いた事はあったが、やはり私も例にもれないらしい。

 今日の戴冠式には出席するかもしれない、という淡い希望ももっていたが、それも叶わぬ夢だったようだ。あの人はきっと誰も知らない英雄として、陰から王国を見守るつもりなのだろう。彼らしいとも言えるが、どうしてそこまで自分を犠牲にできるのだろう。

 

「デニム・モウン様、御入場!!」

 

 戴冠式の進行を受け持つ宮廷神官が、声高に宣言する。その声に我を取り戻した私は、姿勢を改めて背筋を伸ばし、今日の主役を迎える。私は今日より、彼の一配下として正式に騎士として生きていくのだ。それが、あの人の願いでもあった。彼の事を支えてほしい、と言われたのだ。

 

 大広間の重厚な扉が開いていき、そこから静かに一人の青年が入場してくる。この一年と少しで、彼は見違えるような成長を見せた。もう、私が知っている子供ではない。それでもどこか、かつての面影を探してしまうのは、彼の成長を素直に喜べていない証左かもしれない。

 

 どうして彼が、とは思う。

 だが彼でなくては、他に玉座に座る人物がいないというのも理解していた。私の脳裏に一人の顔が浮かんだが、それは決して実現しない絵空事でしかない。本人も、周囲も望まないだろう。

 

 もはやすっかり覇王としての威厳を身につけた彼は、豪奢な刺繍の施されたマントをひるがえして、中央に敷かれた赤絨毯を威風堂々と歩いていく。

 私の位置から見える彼の顔は、どこか険しく、どこか凄みがあり、そしてどこか憂いを帯びていた。それは、彼がブランタに対して糾弾を決意した時と同じ表情だった。

 

 彼は目的地である玉座の前へとたどり着く。そこには、国教であるフィラーハ教の大神官モルーバ様が立っている。モルーバ様の顔もまた、厳かではあるが、どこかにやり切れない悲しみが見え隠れするのは、私の気のせいかもしれない。

 

 大広間に静寂が染み渡り、彼がモルーバ様の前に、ゆっくりとひざまずいた。

 モルーバ様は一つ頷くと、傍らの神官が捧げ持っている王冠を両手で受け取る。

 

「大いなる父・フィラーハの名の下に、汝、デニム・モウンをヴァレリアの王と認め、ここにヴァレリアの称号を与える……」

 

 そして、ヴァレリア王国に、一人の王が誕生した。

 




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ついに、デニムくんが王様になりました。
デニムくんのヴァレリア王国改造記 〜内政チートで目指せ千年王国〜 はじまります(嘘)

ウォーレンさんは予言になかった仲間の死に悲しみを背負います。
ベルゼビュートとウォーレンさんの諸国漫遊編、はじまります(嘘)

待て次回。

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