ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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★シリアス警報!


022 - Twilight of the King

 ふ〜、やっとハイムが見えてきたぞ。もう砂漠はこりごりだわ。

 

 ウォーレン氏と二人で砂漠を歩いてきた。いや、正確には俺がウォーレン氏をおぶって走ってきたんだけど。おかげで、まあまあ早く戻ってきたはずだ。戴冠式まではまだ日がある。

 戴冠式に出席するつもりは無いけど、やっぱりデニムの晴れ姿は見ておきたかったからな。俺は陰からこっそりと見守るつもりだ。陰キャって俺みたいなヤツのことを言うんだろう。

 

「はぁ……老体には堪えますね……」

「む……すまない。なるべく揺らさないように走ったつもりだったが……」

「いえ、確かに気持ち悪いほどに揺れはなかったのですが……スピードが……いえ、何でもございません。運んで頂き、ありがとうございました」

「そうか」

 

 ウォーレン氏がお辞儀してくる。本当にこの人、礼儀正しいなぁ。自然と背筋がピンとなるわ。ニバス氏にも似ているところがあるけど、あっちは何だか慇懃無礼って感じなんだよな。目が小馬鹿にしているというか。俺に対してはそうでもなかったけど。

 王都ハイムは周囲を壁に囲まれているので、俺達は門を目指す。別にこのぐらいの壁なら飛び越えられるけど、手続きというのは大事だからな。

 

 しかし、そこには不思議な光景が広がっていた。普段は緩い検閲で、ほとんど素通りの門だったが、今日に限っては長蛇の列ができている。多くの馬車や人々が門の前に並んでいるようだ。

 

「これは……?」

「戴冠式の前に、王都入りしておこうという人達ではないでしょうか。なにせ慶事ですから、王国中から人々が集まっているはずです。新王であるデニムくんを一目見ようという人も多いはずですよ」

「そうか」

 

 さすがウォーレン氏、慧眼ですわ。俺もさっきウォーレン氏にそう呼ばれたけど、ゼノビア一行が偽装で放逐されたなんて半分は冗談のつもりだったのに。無職仲間だと思っていたのに、偽装無職だったとは裏切られた気持ちだよ。

 それにしても困ったな。これでは、王都に入るまでに日が暮れてしまうぞ。というか、もう既に陽は赤くなっていて、空にはボチボチ星まで見え始めている。

 俺としては野宿でも別に構わないが、病み上がりだというウォーレン氏をそんな目に遭わせるわけにはいかない。手続きは大事だが、何事にも例外はあるのだ。うん。

 

「そうだな……よし、ウォーレン翁。俺の背中に乗ってくれ」

「ま、またですか……?」

「仕方ないから、この壁を乗り越えてしまおう。なに、後でデニムに詫びれば問題あるまい」

「は、はぁ…… その、私が転移魔法を……」

「ダメだ。ウォーレン翁は病み上がりなのだろう? 無茶をするな。俺に任せておけ」

「はぁ…………」

 

 なぜか一歩引いているウォーレン氏を説得し、背中に乗せて壁を飛び越える。もちろん、誰も見ていなさそうな目立たない一角に音もなく着地した。

 グッタリしているウォーレン氏を背中から下ろすと、辺りを確認した。人影も気配もない。遠くからは、普段よりも大きい雑踏の音や、物売りの声が聞こえてくる。確かに前夜祭状態のようだ。

 

「よし、ではハイム城に向かうとしよう」

「ええ……。なかなか、豪放なお方ですね……。見誤りました……」

 

 賑やかな表通りに向かって、俺達は歩き始めた。

 

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 新王の誕生に期待高まるヴァレリア諸島からオベロ海を挟んで東、ゼテギネア大陸の東部に新生ゼノビア王国は存在していた。

 

 二年前、旧ゼノビア王国の残党による解放軍が、当時のゼテギネア大陸の覇者であった神聖ゼテギネア帝国を打倒して建国した王国だった。その解放戦争の爪痕は、今もまだ各地に残されている。しかし国民達の表情は明るく希望に満ち溢れていた。

 

 その首都である王都ゼノビア、王城の一角で二人の男性が密談していた。

 

「なんだと、ローディス軍が動き出したというのか!!」

 

 そう驚きの声を発したのは、国王トリスタン・ゼノビア。人望厚く民に慕われる彼は、神々の祝福を受けた『聖王』と呼ばれ、名君として内外に名を馳せている。だが、聡明で智謀に優れた彼にとっても、ローディス教国のあまりにも早い動きは完全に予想外のものだった。

 

「たった今、早馬がまいりました」

 

 深刻そうな表情で報告するのは、配下である初老の男性。天空のギルバルドの二つ名で知られる彼は、新生ゼノビア王国において魔獣軍団長を務めるビーストマスターである。解放戦争においては領民を護るため帝国に従っていたが、親友であるカノープスの説得によって反旗を翻した経緯がある。

 

「兵の数はおよそ二十万。これでは、ひとたまりもありますまい」

「……なんということだ」

 

 ギルバルドの報告した戦力の大きさを嘆くトリスタン。その戦火がもたらすであろう被害に、優しい彼は憂いを覚えずにはいられなかった。そして、新たな友好国の命運も。

 

「やっと、落ちつきを取り戻したばかりだというのに……デニム王もついていない……」

 

 ギルバルドの報告は、ローディス教国がヴァレリア王国に対して二十万もの戦力を派遣した事を知らせるものだった。それは新たな戦争、いや蹂躙の始まりであり、内戦を終えたばかりのヴァレリアにとっては悪夢のような事態であろう。同じ国王として、トリスタンはデニムに対して同情を禁じ得ない。

 ヴァレリアにおける戴冠式へはトリスタン自身が赴くつもりであったが、まだ国内が安定しているとは言えず危険だというもっともな理由によって側近に止められた。本来なら名代としてウォーレン辺りが相応しいのだが、彼はまだ帰国していない。

 

「……仕方ありません。ニルダム王国でも反乱の動きが始まったとなれば、教国が焦るのも無理はないでしょう。ヴァレリアがニルダムに合流し、我が国も協力すれば、その流れは止めようもなくなります。その前に個別撃破を目論むのは、戦略としては当然でしょう」

「……カノープスの帰還を急いだのは良かったのか、それとも……」

「ヤツがいなければ、我々も戦備を整える事が遅れていました。ご英断かと……」

 

 慰めるようなギルバルドの言葉だったが、トリスタンの顔は晴れない。

 

「……まさか、あれほどの精鋭達が命を落とすとはな……。戦争とは本当にままならぬものだ」

 

 彼はすでに、自らの配下である聖騎士がヴァレリアにおいて行方不明となった事を聞いていた。もはや命がないであろう事も。そして同じく、志願した白騎士の二名が命を落とした事も。

 その悲報を聞いた時、彼は一日中自室にこもり、自らの決断を嘆き続けた。

 

「彼がいてくれれば――」

 

 そう言いかけて、トリスタンは口を閉じ、首を振る。それは、王になってから何度も思った事。だが、王となったトリスタンが決して口にしてはならぬ事。その言葉は、後を託して王国を去っていった彼の覚悟を、思いを、優しさを否定するに違いないのだから。

 

 何も言わぬギルバルドに感謝しつつ、トリスタンは窓から暮れかけた空を見上げる。

 勇者と呼ばれた彼の、後姿を思い出しながら――――。

 

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 荘厳かつ絢爛な大広間に、一つの声が響く。

 

「……戦いは終わった。しかし、問題は山積している」

 

 戴冠式を終えて、王となった一人の青年の言葉だった。その声には、これまで戦い抜いてきた者だけにわかる苦渋と、為政者としての苦悩に満ちていた。

 

「貧困にあえぐ者、戦禍によって家や家族を失った者、そして未だ恨みを抱く者……」

 

 王冠を戴き玉座に腰掛けた彼の姿は、まさしく一国の王に相応しい姿だった。覇王を継ぐものとして、民衆からの支持を確固たるものとする彼は、もはや権威たる威厳すらまとっており、大広間に居並ぶ騎士達から注がれる視線も熱い。

 窓から差し込む光が、逢魔が時の不気味な紫色に染まりつつあるのも、覇王として畏れられる彼の演説に対するこの上ない舞台効果として機能していた。

 

「願わくば、遺恨を残さないで欲しい。忌まわしき過去と決別して欲しい。我々の未来のため、子供たちのために、過去を悔い、改めなければならない――――我々にはそれができるはずだ!」

 

 それは彼の本心から来る言葉ではあった。しかし依然として民族差別問題は燻り続けており、ヴァレリアを一つにできない苛立ちが込められているようにも聞こえる言葉だった。

 王は、本心を押し隠すように、自分を納得させるように声をあげ、聴衆を奮い立たせながら演説の締めとなる言葉を口にする。

 

「新たな世界のために、このヴァレリアに暮らす同じ民として、平和な未来を築こうではないか!」

 

 

 ――――そして、その時は訪れた。

 

 

「デニム・モウンに制裁を! ウォルスタに栄光あれ!!」

 

 並び立つ騎士の一人が、列から飛び出す。

 その手には、懐から取り出したばかりの『銃』が握られていた。

 

 轟く一発の銃声。

 

 絢爛な大広間は、悲鳴と騒乱に包まれた。

 

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 俺達が表通りに出ると、辺りは喧騒と群衆で満たされていた。先ほど遠くから聞いた物売りの客寄せや、行き交う人々の楽しそうな声が気分を盛り上げてくれる。

 

「……おかしいですね……」

 

 ウォーレン氏は不思議そうな声を出した。疑問に思って目を向けると、彼の目は空へと向けられている。俺も釣られて夜空を見るが、特に異常は見られない。

 すでに太陽は地に隠れており、夜がやってきている。空にはいくつもの星が見えていた。地球の都会では見られなかった、素晴らしい星空だ。

 

「どうした?」

「……私の気のせいならば良いのですが……この星の並びは――――」

 

 彼が最後まで口にする前に、その声は表通りに響き渡った。

 

 

「簒奪者デニム・モウンは、我ら『バーナムの虎』が討ち取ったッ!! 王女を謀殺した悪逆な偽王に天罰が下ったのだッ!! 我らは真のヴァレリア人のための国家建設を目指すのだッ!!」

 

 

 は?

 

「…………遅かった、ようですね……」

「…………」

「……恐らくは戴冠式の席でのことでしょう……。星を見れば、空中庭園に向かった日から、すでに数日が経っている事がわかります」

「……ありえん。俺が空中庭園へ向かったのは、戴冠式の数日前だったはず……」

「カオスゲートによる影響、でしょうか……。魔界の時間の流れは、こちらとは異なるそうです。一時的に魔界とつながった結果、体感よりも早く時間が経過したものかと……」

 

 そんな、そんな馬鹿な。だって俺、戴冠式に。デニムを。見守るって。

 

「…………デニムが……死ん……だ……?」

「死神の凶兆……どうやら私はまた、間に合わなかったようですね……」

 

 信じない。俺は信じないぞ。

 デニムが死んだなんて、殺されたなんて真っ赤な嘘に決まってる。

 

 だって。

 

 だって、それじゃあ、あんまりじゃないか。

 

 

「ベルゼビュートさんッ!」

 

 ウォーレン氏の声が後ろから聴こえたが、俺は脇目もふらずに走りだした。

 景色があっという間に後方に流れていく。

 

 建物を次々と飛び越え、驚く人々の頭を飛び越え、高くそびえ立つ城壁を飛び越え、いくつもの堀を飛び越え、止めようとする兵士達を鎧袖一触し、立ちふさがった騎士を吹き飛ばし、あの日に通った道筋をそのままたどっていく。

 

 どけっ! どけよっ! 邪魔しないでくれっ! 頼むから道をあけてくれっ!

 

 手足を千切れそうなほどに振り、時にはパラダイムシフトを使って加速した。もどかしくて、もどかしくて、どうにかなってしまいそうだった。

 

 俺は信じていた。デニムは死んでなんかいない。あんなのは賊どもの大嘘だ。戴冠式の祝賀ムードに水を差してやろうという、ヤツらの企みに違いないのだ。

 だって、そうでなければ、あんまりじゃないか。デニムが報われなさすぎる。自分の手を汚して、仲間達の死を乗り越えて、ようやく勝ち取った平和なのに。望まない王になって、国のため、民のために生きようと決めたのに。全てはこれからだったのに。

 

 それなのにどうして。

 どうして、アイツばかりが、そんな目に遭うんだ。

 

 やっとたどり着いた大広間は、悲しみにくれる人々で埋め尽くされていた。地面に泣き崩れている人、力無く座り込んでいる人、怒号をあげている人、人目もはばからず泣き叫ぶ人。人、人、人……。

 

 俺は、その中心となっている人物の下へと、力無く進んでいく。

 銀髪の女性に、抱かれるようにして眠る、人物のもとへと。

 

「……ベ、ベル……殿……」

 

 銀髪の女性は、顔をクシャクシャにしながら俺を見上げる。いつもの凛とした雰囲気はなく、親とはぐれた迷子のような表情だった。彼女は嗚咽を漏らしながら、俺に謝ってくる。

 

「……すみま……せん…………すみ、ません……私は……」

 

 俺はそれに、何も応える事ができない。

 

「……ベル、殿の願いを……デニムを……支えろって……言われたのに……」

「…………」

「……うっ……うぅぅ、どうして…………どうして、こんな事に…………」

 

 ラヴィニスの胸に抱かれるように眠る青年。

 まだあどけなさが残るその顔は、もうピクリとも動かない。

 

 

 デニムだった。

 




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…………。

やはり悲劇は悲劇のままが美しい(開き直り)
タクティクスオウガの世界を描くにあたって、やはりこのEDを描く事からは逃げられませんでした。
なお、作者はハッピーエンド主義です。

ちなみに、叙述トリックっぽいもの(バレバレ)をしていますが、魔界での時の流れが違うのは公式設定です。(PSP版DLCのウォーレンのセリフで確認できます)

★活動報告に今話について書きました。特に読まなくても支障はありません。

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