ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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★ラブコメ警報!


024 - Blurry Cloud

 俺は、絶望の中にいた。

 

 どうしてデニムばかりが、あんな目に遭わなくてはいけなかった。どうして辛い役ばかりを、アイツに押し付けるんだ。どうして。どうして。

 

 いくら自問しても答えは見つからなかった。いや、本当はわかっていたんだ。俺が納得できるような答えなんか無いって事は。

 誰だって、運命の輪からは逃れられない。アイツが不幸な目に遭ったのは、ただ単についていなかったから。アイツが辛い役を押し付けられたのも、そういう運命だったから。

 だけど、そんなので納得できるはずがないだろ。デニムだって言ってたじゃないか。運命だったなんて、そんな簡単に割り切れるはずがない。

 

 どうやら俺は、ちっとばかり疲れてしまったらしい。思えば、死者の宮殿を出てから、戦争のことばっかり考えてる。あのダンジョンの中にいたほうが平和だったなんて、笑えない冗談だよな。

 

 目の前に、俺の名前を呼ぶ女の子がいる。

 

 なんだか頭までボケはじめていて、彼女の名前は思い出せない。でも、銀髪が綺麗な女の子だった。伸ばせば似合いそうなのに、ショートカットにしているのが少し残念だ。

 彼女がどうして俺の事を呼んでいるのかはわからない。でも、彼女に悲しい顔は似合わないと思う。泣き顔はかわいいけど、笑顔はもっとかわいいと思う。

 

 彼女の笑顔が見たいな。そう思った。

 

「……ベル殿……どうか戻ってきてください。もう一度、あなたの笑みを見せてください……」

 

 おう、奇遇だな。俺も今、そう思ってたところなんだ。

 

「貴方は優しすぎる……。そんな貴方だから、デニムの死を悲しむのはわかります。だけど、貴方がそのように彼の死を背負う事を、彼は望んでなどいません……。貴方が自由に生きる事を、彼は望んでいた……」

 

 デニムが……? んー、でもなぁ。自由にって言われても……。

 

「貴方と過ごしたのは数日間の旅でしたが、デニムは本当に楽しそうでした。私も楽しかった。あの時のドラゴンステーキ、食べておけばよかったと後悔しています」

 

 おっ、ドラゴンステーキかぁ。そういや最近は食べてない気がする。また食べたいなぁ。

 

「…………私は……」

 

 ん?

 

「私は……貴方の隣に立ちたかった。貴方と共に歩きたかった……。貴方を困らせるつもりはありません。でも、この気持ちは簡単にあきらめられるものではなかった……」

 

 え? え?

 

「お慕いしています……ベル殿……」

 

 えええええッ!?

 

「貴方に出会った時は、ただ外見に惹かれただけでした……。ですが、貴方と過ごし、時を重ねる内に、貴方の不器用な優しさに……ひたむきな剛毅さに……私は惹かれていたのです」

 

 ちょッ! ちょっと待って!

 

「貴方は私の事など、どうとも思っていないかもしれません……。ですが、叶うことなら……」

 

 うわー! 待ってくれ! どうとも思ってないわけないやろ! っていうか、現在進行形で惚れてまうやろ! なんだその上目遣いは! 頬を桜色に染めるな! あかーん!

 

「どうか……どうか戻ってきてください……。私を……一人にしないで……」

 

 おっしゃー! 俺、戻る! 絶対に戻るよー!

 

 待っててくれ、ラヴィニスちゃん!

 

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 ウォーレンの『魔』を抑える魔法によって、かろうじて均衡状態が保たれていた。だがそれは、ちょっとした事で崩れてしまう危うい均衡にすぎない。ウォーレンは額に汗を浮かべながら、目の前で行われているラヴィニスによる説得が成功する事を祈り続ける。

 もし失敗すれば、それはこの世界の破滅を意味するかもしれないのだ。あれほどの力を持つ人間が暗黒道に堕ちてしまえば、その力は絶大なものとなるだろう。かつて、大陸一の賢者が堕ちた時よりも大きな被害をもたらすかもしれない。

 

 彼に忍び寄る『魔』の気配を察知できたのは僥倖だった。ハイムでベルゼビュートが離れていってから一抹の不安を抑えきれなかったウォーレンは、ゼノビアへの帰還を延期してヴァレリアに滞在し続けていたのだ。

 カオスゲートがなくとも、魔界に行かなくとも、人は暗黒道に堕ちる事ができる。その事は、かつての戦いで理解していた。一度、完全に暗黒道に堕ちてしまえば、もはや助ける事はできない事も。

 

 ベルゼビュートという男に感じた危うい気配。それは、かつて運命の導きによって出会った勇者も発していたものだ。幾度の戦いを経るたびに、彼は少しずつ力に傾倒していく様子を見せた。それは暗黒道への入り口に他ならない。

 だが、後の聖王であるトリスタンや、帝国の四天王でありながら己の正義に殉じようとしたデボネアといった出会いに恵まれ、少しずつ正道へと舵を戻していったのだ。

 人と人とのつながりこそ、暗黒道に対抗する最大の手段なのである。

 

 すでに状況はかなり悪いと言えた。彼の外見はすでにオウガと遜色ないものにまでなりつつある。だが、まだ完全に堕ちたわけではない。親しかったラヴィニスの呼びかけならば、彼を救う事ができるかもしれないのだ。

 

「どうか……どうか戻ってきてください……。私を……一人にしないで……」

「……ウ……ウウ…………」

 

 ラヴィニスが目に涙を浮かべながら呼びかけを終えると、ベルゼビュートの目にかすかに理性の色が浮かんでいるように見えた。

 

「……もっと強く呼びかけるのですッ! 感情を! 彼の感情を揺さぶるのですッ!」

 

 うまくいきそうな気配に思わずウォーレンが口をはさむと、ラヴィニスは少し逡巡した様子を見せ、すぐに覚悟を決めた表情になった。

 

「…………ベル殿ッ! 失礼しますッ!」

 

 顔を赤くしながら、ラヴィニスはベルゼビュートの顎に手をかけ引き寄せると、彼の牙が見え隠れする口に己の唇を落とした。いわゆる接吻というやつだった。

 ウォーレンはその行動に少し眉をひそめたが、その効果はてきめんだった。

 

「…………う……うう……」

 

 少しずつ、ベルゼビュートの目に光が戻りはじめる。逆再生するかのように肌に赤みがさしはじめ、太く長かった角がシュルシュルと小さくなっていく。尖っていた爪も元に戻り、口元に見えていた牙は影もなく消えていく。

 

「…………俺……は……」

「ベル殿!」

 

 ラヴィニスが目を輝かせながら、ベルゼビュートの名を呼ぶ。その顔は、溢れんばかりの笑顔となっており、普段からのギャップも相まってラヴィニスの魅力を最大限に引き出していた。

 周囲にいた騎馬兵たちも、先ほどまでの恐怖を忘れてラヴィニスの笑顔に魅了されている。

 

「……ラヴィ……ニス……俺は、なんという事を……」

「良いのです……ベル殿がご無事であれば……。それが私にとっては一番……」

 

 完全に理性を取り戻した様子のベルゼビュートに、ウォーレンはそっと安堵する。しかし、まだまだ油断はできない。一歩間違えれば、彼は再び暗黒道に堕ちてしまうかもしれない。それを防ぐためには、人とのつながりという(くさび)が必要だ。

 感極まって目を拭うラヴィニスを、ベルゼビュートはしっかりと見据える。その目には、かつての彼にはなかった柔らかさが感じられる気がした。そんな優しい視線を受けて、ラヴィニスはわちゃわちゃと視線を泳がせている。どうやら、今頃になって自分の言動を思い出したらしい。

 

「…………ラヴィニスの声、何となく聞こえていた……」

「えっ! そ、そ、その、あの、あれはその……」

「ありがとう、ラヴィニス」

「えぇっ!?」

「……君がいたから、俺は助かった。そして、君の気持ちを聞いて、俺も自分の気持ちをはっきりと理解したつもりだ……」

「……ベ、ベル殿……」

「好きだ、ラヴィニス。俺は、君を愛している」

 

 ベルゼビュートの告白に、ラヴィニスは驚きの表情を浮かべ、やがて花が咲くように笑顔を浮かべた。もはや二人の間を隔てるものは何もなく、二人の顔が近づいていく。

 

 ウォーレンはその間何も言わず、見て見ぬふりをしていた。

 占星術師ウォーレンは、運勢だけではなく、空気も読める男だった。

 

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「すまない。心配をかけたようだ」

「ま、全くです。どうして一人で全てを片付けようとするのですか……」

 

 平謝りを続ける俺だったが、ラヴィニスはプンプンとふくれている。かわいい。

 

 どうやら俺は、彼女とウォーレン氏に助けられるまで、角を生やしたオウガのような外見で暴れまわっていたらしい。ウォーレン氏によれば『暗黒道』なるものに堕ちそうになっていたようだ。黒いヘルメットをかぶって、シューコーシューコーと呼吸しそうだな。

 幸い、今の俺にはもうその心配はないらしい。やっぱり名前からして、厨二病のようなものなのかも。一度はかかってしまうが、抜けだしてしまえば黒歴史になる、みたいな。まあ俺はサラリーマンになっても時々発症してた気がするけど……。

 

 それにしても……。

 

「……な、なんですか? 本当に反省されてるんですか?」

「ああ。すまないと思っている」

 

 なんだこの子。ちょっとかわいすぎない?

 

 ラヴィニスちゃんからの告白は、バッチリ記憶に残っている。それはもう一言一句、心のメモリーに保存している。勢い余って、俺からも告白しちゃったもん。危うくそのまま結婚してくれって言う所だった。

 本当はプロポーズまでしたかったけど、やっぱり男たるもの甲斐性がなければな。無職のままでプロポーズして、ヒモ男になるなんて真っ平ごめんだ。主夫でもいいけど、男は見栄を張る生き物なのだ。

 

「も、もうッ! さっきから、その目はなんなんですか!」

「……いや。ラヴィニスが余りに可愛くて、ついな」

「なっ!!」

 

 あれ? なんだか前よりも口が少し回るようになってるぞ。俺の本音がポロリと漏れてしまったではないか。ラヴィニスは顔を林檎のように真っ赤にしている。かわいい。

 

「……ごほん。ベルゼビュートさん、よろしいですか?」

「ああ。ウォーレン翁もすまなかった。どうやら手数をかけたようだ」

「いいえ。私はすべき事をしたまででございますから……」

 

 相変わらず紳士的で腰の低いウォーレン氏だった。そういえばハイムで置いてけぼりにしちゃった気がする。悪い事したなぁ。

 

「貴方の無事も確認できましたので、私はそろそろゼノビアへと戻ろうかと思います」

「む、そうか。もし良ければ、前のように背負って――――」

「い、いえ、それは結構ですよ。 ……前にもお伝えしましたが、貴方はゼノビアにとって恩人です。ぜひゼノビアにも一度、足をお運びください。教国との戦争はまだ続くでしょうが……」

「そうだな……」

 

 俺がいつの間にかバーニシア城への攻撃を防いだらしい。それどころか、これまでずっと一人で教国軍を相手にしまくっていたらしい。やるじゃん、俺。あんまり覚えてないけど。

 ローディス教国との落とし前をどう付けるかは頭の痛い問題だ。教国にとって俺の存在は完全に予想外のもので、想定を大幅に超えた被害を与えているらしい。彼らがこのまま黙って戦力をすり潰すとは思えない。何か手を打ってくるはずだ。

 

 転移魔法で消えていくウォーレンさんに手を振って別れ、俺とラヴィニスの間には再び沈黙が落ちた。気まずい沈黙ではないが、何から話すべきかを悩むような、むしろ何も話さなくても意思疎通できるような、不思議な沈黙だ。

 

「……申し訳ありませんでした」

「何の事だ?」

「……デニムの事です。私は、貴方に彼を支えてほしいと頼まれたのに……」

「ラヴィニス」

 

 俺が名前を呼ぶと、ラヴィニスは不安げな表情で俺を見上げる。

 そんな顔は見たくなかったので、彼女の柔らかい髪をクシャリとなでた。ショートカットになった彼女は、少しボーイッシュな雰囲気で魅力的だ。しばらく頭をなでてから、おもむろに聞いてみる。

 

「……デニムは、アイツはどんな顔をして逝った?」

「…………なんだか、納得しているようでした。そんなはずはないのに。でも、苦笑いを浮かべて……仕方ないな、とでも言いたげな表情で……」

「……そうか」

 

 アイツはきっと、割り切っちゃったんだな。自分の死に直面して、それが運命だって受け入れちゃったんだ。味方の死を受け入れられないアイツでも、それが自分の事なら簡単に納得してしまうんだ。残された奴らの事なんて気にもせず。まったく、バカな奴だ。

 

 大馬鹿ヤロウだよ。ちくしょう。

 

「…………ベル……殿?」

「……なんだ」

「その……いえ、何でもありません」

 

 ラヴィニスは俺の顔を見て驚き、何か言いたげな様子だったが、飲み込んでしまった。

 俺は深く気にせず、青く晴れた空を見上げる。鳥が数羽、横切っていった。

 

 ああ、雲がにじんでるな。

 




やっぱりラヴィニスちゃんが、ナンバーワン!
ちなみにハーレム要素はありませんので、ご留意ください。
恋愛分つよめでしたが、この先は控えめになります……


【暗黒道】
一説によれば、人には神によって無限の可能性が与えられているが、反逆を恐れた神が封印したとされている。
その封印が解かれると超越的な力を得るが、強い精神力がない限りは制御できず、冥い感情に囚われるようになる。その状態になる事を『暗黒道に堕ちた』と呼称する。暗黒道に堕ちた者は冥い精神波動を発するようになり、周囲の人間を暗黒道に堕とす事がある。
魔界の住人達は『魔』の影響によって軒並みこの状態にあり、覇王ドルガルアも同様だと思われる。

まぁ、要するにスターウォーズの暗黒面(ダークサイド)っすね(元ネタ)

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