ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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025 - Dark Strategy

 ローディス教国から派遣された遠征軍『光焔十字軍』、その中核を担っているのは『冥煌騎士団』と呼ばれる集団だった。

 教国には十六の騎士団が存在するが、その中でも冥煌騎士団はかつて筆頭の一つとして数えられていた。だが、数年前に教皇派による軍事クーデターが発生した事で、当時の騎士団長であったゴドフロイ・グレンデルが命を落とし、騎士団としての格を落とすという憂き目をみた。

 それとは対照的に、先日までヴァレリアに派遣されていた暗黒騎士団ロスローリアンは、クーデターの際に教皇派に助力してその権限を強化している。冥煌騎士団にとって暗黒騎士団は、同じ教国内の仲間でありながら不倶戴天の敵と言えた。

 

 犬猿の仲ともいうべき二つの騎士団。

 そのトップである二人が、同じ船、同じ部屋の中で机を挟んで向き合い、呉越同舟していた。

 

 一人は冥煌騎士団の団長であるリチャード・グレンデル。その武勇から『竜心王(ドラゴンハーティド)』の異名を持つ彼は、代々優秀な武官を輩出する名家グレンデル家の現当主である。金髪で獅子のように勇ましい容姿をもつ彼は、今ばかりは不機嫌そうに黙りこくっている。

 もう一人は暗黒騎士団の団長であるランスロット・タルタロス。ヴァレリアにおいて多くの被害を出し、マルティムらによるクーデターによって騎士団の存続も危ぶまれたが、彼が持ち帰ったカオスゲートと『究極の力』に関する報告は、教皇を十分に満足させるものだった。

 

 なぜ、よりにもよってこの二人が同席しているかと言えば、教皇の勅令によるものだった。

 

 冥煌騎士団は本来、属国の一つであるパラティヌス王国に常駐する騎士団だったが、今回の聖戦にあたって教皇から光焔十字軍を率いるように命じられた。

 だが、信頼を落とした彼らだけでは心許ないと考えた教皇が、タルタロスにアドバイザーとして同行するように命じたのだ。よって今回の再訪は、暗黒騎士団ではなくタルタロス個人での同行だった。

 

「……どうやら、奴らを甘く見すぎたようだな」

「黙れッ!」

 

 タルタロスの皮肉めいた言葉に、リチャードはカッと目を見開いて猛る。

 

「おめおめと逃げ帰ってきた貴様ら軟弱な暗黒騎士団と、我らを一緒にするなッ!」

「……すでに二割も損失を出している。撤退も視野に入れたほうが良いのではないか?」

「これは聖戦なのだ……! 撤退など、ありえん話だ」

「しかし、これ以上の損害は看過できん。ただでさえニルダムやゼノビアが蠕動を始めているのだ。これから戦力はいくらでも必要になる」

「知ったような口をきくなッ!」

 

 タルタロスの冷徹な言葉は、現状を正確に言い表している。本来の予定ならば、既にヴァレリア内に橋頭堡を築いて侵攻し、各地に兵を送り出しているはずだったのだ。

 それが、ある一つの計算違いによって狂いつつあった。上陸した先遣隊はことごとく叩き潰され、文字通り全滅させられているのだ。完全に予想外の損害が生じており、本隊の上陸も遅れていた。

 リチャードは、すまし顔をしているタルタロスをギロリと睨みつける。

 

「一体、何者だというのだ……あのようなバケモノがいるなど、聞いておらんぞ……。貴様、まさか隠していたわけではあるまいな?」

「あのような存在を知り得ていれば、真っ先に教国の脅威として報告している」

 

 リチャードの当て推量に、タルタロスはすまし顔のまま答える。

 事実、タルタロスは()()()()とは一度も邂逅していない。ハイムでの最終決戦時には、マルティムに捕らわれ放置されたタルタロス達だったが、人目に触れることなく抜けだしていた。

 解放軍によってバクラムが敗れた事は耳にしていたが、身を隠していたためにその詳細までは掴めなかったのだ。どのような任務でも卒なくこなすタルタロスにとって、珍しいミスだった。

 

「卿には奴を打ち破る算段はあるのか? このままでは、いたずらに犠牲を増やすだけではないか」

「黙れッ! 先ほどから弱音ばかり吐きおって! 貴様には騎士としての誇りはないのかッ!」

「……誇りなど、任務遂行の妨げにしかならん。卿は己の誇りとやらを優先して、自己満足のために教国に損害を与えるつもりか?」

「ふんッ! やはり、貴様とは話が通じぬ。誇りなき騎士など騎士にあらず。教皇猊下はなぜこのような男を騎士としてお認めになるのだ……」

 

 リチャードは溜息をつくが、それに対してタルタロスは何の反応も示さない。彼の隻眼は、机の上に拡げられたヴァレリア島の地図へと向けられていた。

 そこには、本隊や分隊の位置が駒として示されている。だがそれらとは別に、いくつかの印が日付入りで記入されていた。それは、謎の存在によって先遣隊が全滅させられた場所を示している。地図を見れば、その存在はおよそ一人ではあり得ぬスピードで移動を続けている事が察せられる。

 

「……バケモノを相手にすれば損害が増えるのであれば、いっそ相手にしなければ良い」

「貴様……何を戯けた事を言っている。それができれば始めから苦労はせん!」

「最後まで聞くが良い。いいか、奴の動きを見る限り――――」

 

 そして、タルタロスは己の策を話し始める。リチャードは終始気に食わぬという表情を崩さなかったが、実力主義を謳う彼は内心ではタルタロスの力を認めている。

 

 結局リチャードは、タルタロスの案をいくつかの修正をした上で受け入れた。

 それは、ローディス軍にとって反撃の狼煙とも言える作戦だった。

 

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 ラヴィニス達のおかげで正気に戻った俺だったが、ハイムに戻る気にはなれなかった。

 

 どうやら俺は『名もなき英雄』と呼ばれて、世間からもてはやされているらしい。未だまとめ役のいないハイムに俺が行けば、デニムと同じように担ぎだされる可能性が高い。

 俺にデニムの代わりが務まるとは思えないし、やりたいとも思わない。アイツだって、俺にそう望んでいたらしいし、気ままな旅ぐらしが性に合っているしな。

 

 ラヴィニスはバーニシア城の警備を任されているらしい。責任感の強い彼女は、その職務を放り出すような真似はしない。そこで俺は、しばらくバーニシア城に居候させてもらう事にした。だって、ラヴィニスと離れるのは嫌だったんだもん。

 俺がしばらく滞在する事を話すと、彼女は目を輝かせて賛成してくれた。どうやら、俺の事が心配だったみたいだ。申し訳ないと思う。

 

 兵士達の中には、俺の事を胡散臭い目で見てくる者もいる。オウガの姿で暴れまわってたんだから、それも仕方ないだろう。なんだかラヴィニスといる時は、特に視線が強くなる気がする。それでも、俺によって家族が救われたという兵士もいて、俺にお礼を言ってくる者もいた。ちょっと嬉しいな。

 

 正気に戻った俺には、とある深刻な問題が存在していた。

 

「…………ドラゴン」

「え? ドラゴンがどこかにいましたか?」

「…………グリフォン」

「ベ、ベル殿? 先ほどから一体なにを……?」

「……ラヴィニス。俺は少し野暮用ができた。夕方までには戻る」

「えぇっ! ベル殿!?」

 

 槍を持って、バーニシア城の城壁から飛び降りる。やっぱり我慢できなくなっちゃったぜ。抑えに抑えられていた食欲が俺を突き動かしている。待ってろよ、ステーキにヤキトリッ!

 そういえば緑色だったはずの槍は、いつの間にか黒と赤が混ざり合ったような色になっていた。俺の厨二心が刺激される仕上がりだ。銘をつけたくなったが、うっかり人前で口にしてしまえばダメージが大きそうなのでやめておく。

 槍だけじゃなく、着ている服もボロボロになっていた。バトル漫画ばりに急所は隠されているが、非常に危険な状態だ。いつボロリしてしまってもおかしくない。今は上からローブを着て誤魔化している。新しい服を作るためにも、ドラゴンが必要だった。

 

 バーニシア城の周囲には黒い油が湧き出している。たぶん石油だと思うんだけど、もしかしてこれを掘ればオイルマネーがガッポリなんじゃね? 無職からいきなり石油王とか、どんなサクセスストーリーだよ。でも内燃機関がない世界じゃ全く意味がないんだよなぁ。

 昔の日本にも石油が湧く場所があったらしいけど、当時は『臭水(くそうず)』とか呼ばれてたんだぜ。ちょっと扱いがひどすぎませんかね。

 

 くそう……石油を踏まないように気をつけながら、バーニシア城の西に広がる砂漠へと走りだした。遮蔽物がないから、獲物が探しやすそうだと思ったのだが、砂丘のせいで思っていたよりも見通しが悪い。こんな時に、カノープスみたいに空が飛べればいいんだが……あっ。

 足にググッと力を込めて、俺は弾丸のように空へと飛び出した。別に翼なんかなくても、人間やる気になれば空ぐらい飛べるんだよ。別にカノープスがうらやましいわけじゃないぞ。

 グングンと高度を上げて放物線の頂上にたどり着き、やっと重力が働きはじめた。上空から見渡してみると、砂と石油の広がる景色にポツリポツリと動く影を確認できる。その中には、都合のいい事に緑色のドラゴンも存在していた。俺の頭の中がステーキ一色になる。

 

 早速ドラゴンを狩りに行こうと思ったのだが、その前に見逃せないものを発見した。

 砂漠の彼方に砂煙が上がっていたのだ。

 

 ただの風によるものかとも思ったが、どうやら大勢の人が移動しているようだ。今のヴァレリア王国軍がこんな所を通るとは思えないので、あれは恐らくローディス教国の軍隊なのだろう。

 この砂漠を抜けて渓谷を抜ければウェアラムの町にでる。そうすれば、王都ハイムは目前だ。進軍しづらい砂漠をあえて通ることで、王都に奇襲をかけようとしているのかもしれない。

 

 俺はしばし逡巡したが、バーニシア城へと引き返すことにした。以前の俺なら単独で突っ込んでいっただろう。だが、それでは前の二の舞になってしまう。ラヴィニスを悲しませるわけにはいかないのだ。

 

 ドラゴンが食べれないのは残念だけどな。うう、肉が食べたい。

 

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「ローディス軍が?」

「ああ。ここから西の砂漠を横断しているようだった」

 

 バーニシア城に帰還するとすぐにラヴィニスに詰め寄られたが、目にした光景を話す事で詰問を回避した。食欲が抑えきれない男なんて、家計に優しくないからな。将来のプロポーズの妨げになるかもしれん。

 ラヴィニスは俺の言葉を聞いて、何やら考え込んでいる。

 

「……おかしいですね」

「む……そうか? ハイムへの奇襲に向かっているものと思ったが」

「確かにその可能性はあります。ベル殿がことごとく先遣隊を潰していたので、それを避けるために敢えて足場の悪いゾリューシ砂漠をルートとして選んだとも……」

「……違うのか?」

 

 俺の問いに、考え込んでいたラヴィニスは真剣な眼差しで見上げてくる。かわいい。

 てっきり奇襲だと思っていたけど、ラヴィニスの考えは違うようだ。

 

「私がこのバーニシア城に着任してから行なった事の一つとして、翼をもつホークマン達による『巡回部隊』の設立があります。もちろん、ゾリューシ砂漠も巡回ルートに含まれていますし、ベル殿の言う通りならば後の巡回で敵軍を恐らく発見できていたでしょう」

「……だが、敵がその巡回部隊を知らないならば、別に不自然な点はないと思うが」

「はい、知らなければ……。ですが、特に身を隠すように指示してはいませんし、相手だって斥候による偵察は行なっているはずです。奇襲を企むなら尚更でしょう。巡回部隊の存在を知らないとしたら、間抜けな話だとしか……」

 

 うーん、そうか。確かに奇襲しようとしてる奴が、事前に通るルートの事を調べないわけないよな。定期的に巡回してる部隊がいるなんて、すぐわかったはずだ。どこかの潜入蛇さんみたいに巡回部隊の目をやり過ごすのも、大勢を引き連れていたら難しい。

 ラヴィニスちゃんは賢いなぁ。俺だったら、何も考えずに突撃していたぞ。思わず頭をなでたくなったが、真面目な話の最中なのでグッとこらえる。

 

「彼らがそんな間抜けでないのなら……」

「最初から、見つかるつもりだった、見つかるのが前提だったという事だな」

「ええ。つまり、彼らの本当の目的は……」

「…………陽動、か」

 

 俺の出した答えに、ラヴィニスもこくりと頷いた。

 




タルタルソースさん再び。原作にはない展開ですが、正史ではないという事でご了承ください。
ラヴィニスさん「全部まるっとお見通しだ!」


【冥煌騎士団】
オウガバトル64で登場。教国の十六ある騎士団のひとつ。
正史ではパラティヌス王国で暗躍するが、本作ではヴァレリア送りに。
クーデターでポカをやって地位を落としたので、復権を狙っています。

【竜心王リチャード】
オウガバトル64で登場。冥煌騎士団の団長であり、グレンデル家当主。
クーデターで父親が死んだり、騎士団の地位が落ちたりと踏んだり蹴ったりな人。
ボルドウィンという弟がいるが、次期騎士団長に据えるためにあえて厳しく接している。
素直になれないツンデレブラコン。カチュア姉さんの親戚かな?


※オウガバトル64のキャラはあくまで友情出演的なもので、原作を知らなくても問題ありません。
 オウガシリーズは、途中で開発会社が変わった事で正史が微妙に変わったりしていますが
 本作ではPSP版をベースに、OBやOB64、外伝の設定で脚色しています。ご了承ください。

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