ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

26 / 58
026 - Sneaking Blind

 王都ハイムは、峻厳な渓谷と砂漠に囲まれた場所に作られている。

 ドルガルア王がそのような不便極まりない場所を王国の中心に選んだ理由、それは防衛のためであった。渓谷や砂漠は大規模な部隊の展開が難しく、守るに易しく攻めるに難い天然の要塞のような地形である。

 

 一方で、上流階級の多く住む王都には富が集中しており、国内でも有数の発展した都市としての側面も持っている。国内外から人や物が多く出入りするが、渓谷や砂漠といった難所はその物流を妨げてしまうデメリットがあった。

 ドルガルア王はその対策として王都ハイムを海沿いに作り、大規模な港を整備した。海運によってその流通のほとんどをカバーするようにしたのだ。海洋国家であるヴァレリアにとって、港とは欠かせないファクターなのである。

 

 当然ながらそのような大規模な港は、敵からしてみれば、そびえ立つ巨壁に開いている大穴に見えるだろう。船を使って海路で攻め込めば、わざわざ難所を通る必要がなくなるのだ。

 そこで港には堅牢な要塞のような警備詰め所が作られ、出入りする船を昼夜問わず監視している。もし敵の船がノコノコと現れれば、あっという間に火矢を射ちかけられ港に入る前に炎上するだろう。まさに難攻不落の体勢と言えた。

 

 そんなハイムの港に、一隻の中型船が入港しようとしていた。

 

 日が落ちて辺りが闇に包まれ始めた頃だったが、船が夜に到着する事はさほど珍しくもない。昼夜問わず焚かれる火によって照らしだされ、すぐに警備兵達の知るところとなった。

 だが、警備兵達はすぐに警戒を緩める。なぜならその船は、警備兵達にとって見慣れたヴァレリア船籍のものだったためだ。今は戦時中のため、物資が頻繁に王都へと運び込まれていた。

 港を出入りする船は原則として積み荷の臨検を受ける事になっている。数人の警備兵がいつも通り、港に接舷した船へと乗り込んでいく。そこには、戦争特需でボロ儲けを続ける顔なじみの商人が、胡散臭い笑みを浮かべて待ち受けていた。

 

「ご苦労。積み荷を改めるゆえ、積み荷の一覧を渡すがよい」

「へえ、こちらにございます」

 

 商人が差し出した積み荷の書類を確認するために、兵士が目を落とす。

 瞬間、兵士の口が何者かの手に覆われ、喉に一文字が走る。

 

「ガッ……ガフッ……」

 

 悲鳴をあげる事もできず、目を見開いて崩れ落ちる兵士。喉からは血しぶきが飛び、正面にいた商人の顔が真っ赤に染まる。神経の図太い商人も、これにはさすがに肝を冷やした。

 

「ヒッ……あ……」

 

 商人は悲鳴をあげて後ずさろうとしたが、そこへ剣による一閃が走る。見事な太刀筋で首を寸断された商人は、何が起きたのか理解できぬ表情のまま、床の上に転がり息絶えた。

 臨検にきた他の兵士達も同様に、音もなく崩れ落ちていく。彼らの背後には、目立たないローブに身を包んだ者達が立っていた。フードで特徴的な兜は隠れているが、その中身は教国でテンプルナイトと呼ばれる騎士達だ。

 

「……よし。このままハイム城に潜入するぞ」

 

 そう彼らに指示するのは隻眼の男、ランスロット・タルタロス。本来であればアドバイザーの立場に過ぎぬ彼ではあったが、今回の作戦実行にあたり、リチャードから実行部隊を率いる事を要請されていた。

 己の立案した作戦であるため嫌とはいえず、タルタロスは了承したのだ。ハイム城内の地理に明るいのも一因であったため、必ずしも私怨による要請とは言い切れなかった。

 

 彼らの狙いは、ハイム城への潜入による破壊工作と暗殺。ヴァレリア軍をまとめる強硬派貴族や軍の上役を排除し、彼らの内部崩壊を誘発するのが目的だった。

 

 タルタロス達は、商人を買収して乗り込んだ商船を後にし、夜陰に潜みながら街中へと潜入していく。非正規の任務を主とする暗黒騎士団では、このような潜入任務も多い。タルタロスは小声で指示を出しながら、テンプルナイト達を引き連れてハイム城へと向かう。

 

 そのタルタロスの脳裏には、先日リチャードと行われた会談の内容が思い出されていた。

 

--------------------

 

 先日、ローディス遠征軍本隊の船上で行われた、二つの騎士団のトップによる会談。得体の知れない存在を前にして手を打ちあぐねているリチャードに、己の策を提言する事にしたタルタロス。

 

「――――いいか、奴の動きを見る限り、恐らく奴は単独で動いている」

 

 タルタロスの言葉に、リチャードは眉をピクリと動かして反応する。

 

「王国軍と連携しているのなら、もう少し効率的に狩られていただろう」

「……だから何だというのだ」

「奴が王国軍の情報を知らんのならば、そこに付け入る隙がある。我々が王国の中枢を奇襲したとしても、奴にはそれを知る術がないということだ。わざわざバケモノを相手にする必要などない」

「き、貴様ッ! まさか、王都を直接叩くつもりか!」

「……私がヴァレリアに滞在していた時に感じたのはな、奴らには団結する事などできんという事だ。民族同士でいがみあい憎みあう、救えん奴らにはな……」

 

 タルタロスの視線が宙へと向けられる。

 

「……覇王の再来と呼ばれたデニムがいれば別だったかもしれん。だが、奴は戴冠式の席上で死んだ。もはやヴァレリアをまとめる者などおらん。ハイムを直接叩き小うるさいハエどもを一掃すれば、あっという間に内部から瓦解していくだろう」

 

 それを聞いたリチャードは、腕を組んで唸る。不機嫌な顔はそのままだが、内心ではこの手詰まりの状況を打開できるその策に心を動かされつつあった。

 

「……むう。しかし、王都は難所に囲まれた天然の要塞だ。攻めることは容易ならんぞ。周囲の城砦でも監視が強化されている今、敵に知られず奇襲するなど不可能に近い」

「ふん……。私からしてみれば、穴だらけもいい所だ。この程度なら潜入は容易い。少人数で一気にハイム城へと潜入し、要人を暗殺すれば済む話だろう」

 

 そう豪語するタルタロスを一瞥して、リチャードは鼻を鳴らす。そして、何事か思いついたように口元を緩めると、タルタロスへと放言した。

 

「…………そこまで言うなら、貴様がその潜入部隊を指揮するのだな」

「なに? 私は助言役としてここに――」

「貴様はハイム城に滞在していたのだろう。ハイム城の内部を知り、薄汚い任務ばかりの暗黒騎士団の貴様が適役ではないか。それとも、貴様は自分の策にも責任を持てぬ腰抜けかッ」

「…………よかろう。そこまで言うのなら引き受けよう。だが、薄汚い任務という言葉は取り消すがいい。全ては教皇猊下から下された聖務。卿ごときが口にして良い言葉ではない」

 

 タルタロスの隻眼が、リチャードの顔を正面から睨みつける。リチャードは顔を歪めながら目をそらした。教国の騎士にとって教皇は絶対の存在であり、崇拝の対象。タルタロスの言葉を否定する事はできない。

 

「……取り消そう」

「フッ」

「……それとだ、貴様の策だけでは不安が残る。貴様の部隊とは別に、大規模部隊を編成して別方面から進軍するぞ。陽動ではあるが、王国軍はこちらが本命だと思うはずだ。あのバケモノの目も引きつけられれば御の字だな」

「だが、それでは陽動部隊に犠牲が出るぞ」

「フン……ろくに命令もこなせぬ下っ端の無能どもだ。せいぜい役に立ってもらおうではないか……」

 

 ニヤリと笑うリチャードに、タルタロスはそれ以上は何も言わなかった。

 

--------------------

 

 俺は、グリフォンの背中に乗って空を飛んでいた。

 

 ごはんですか? ごはんじゃないですよ。食欲をこらえるのが非常に大変だが、このグリフォンは食べ物ではなく乗り物だ。調教されたグリフォンは人を乗せて飛ぶ事ができるのだ。

 俺の視線を受けたグリフォンは萎縮しまくって大変だったが、ジッと睨み続けたら最後にはゴロリと腹を見せて服従のポーズを見せた。なかなか従順なやつだ。

 

 自分の足でいいと言ったのだが、ラヴィニスが兵士をつけると言ってきかなかったのだ。俺の乗るグリフォンの後ろには数匹のグリフォンが連なるように飛んでいて、それぞれに兵士がまたがっている。どうやら、俺が自分の足で走ると他の兵士達がついてこれないらしい。

 

 ラヴィニスが出した結論は、陽動。だとすれば、なんのために陽動するのかという事になる。

 

 この泥沼のような戦況で考えられるのは、敵の本拠地を一気に攻め立てて攻略してしまう事。つまり、王都ハイムへの強襲に他ならないだろうというのが、ラヴィニスの考えだった。

 かといって目の前を通り過ぎていく敵軍を放置するわけにもいかない、嫌らしい策だった。結果としてバーニシア城に残ったラヴィニスが敵軍を叩き、俺が王都ハイムへ向かう事になった。

 

 俺が行く事についてラヴィニスは反対したが、ハイムへ行きたくないというのは俺のワガママに過ぎない。それに、これまで守り続けてきたのに、いざとなったら放り出すなんて無責任だと思ったのだ。担ぎあげられそうになったら、それこそ逃げてしまえばいい。

 

 そもそも、ローディスの奴らの好き勝手にされるのも癪に障るしな。

 結局、フライにつけてやろうと思ったタルタルソースは逃してしまったし。

 バルバスとアンドラスは気のいい奴らだったけど、この戦いに関わっているのだろうか。

 

 グリフォンの上で腕を組みながら悶々と考えていると、後ろにいるグリフォンから会話が漏れ聞こえてきた。相変わらず俺の聴覚は絶好調のようだな。

 

「……なあ、やっぱりさ、あの人だけでいいんじゃないか?」

「それを言うなよ……。ラヴィニス隊長に頼まれて、断れるはずないだろ」

「そりゃそうだけどよ……。隊長のあの人を見る目は、ありゃ明らかに……」

「そ、それを言うなよぉ……」

 

 うんうん。やっぱりラヴィニスは部下からの人望があるみたいだな。

 

「はぁ……」

「……そういえば聞いたか? あの人って変身できるらしいぜ」

「変身?」

「なんかよ、角生やしたり尻尾生やしたり、見るからにオウガみたいな格好なんだと」

「なんだよそれ、人間じゃないってことか?」

「うーん、でもなぁ。あの人が仮にオウガだったとして……どうするんだ?」

「どうするってお前…………どうしようもないな」

「だろ? だから気にするだけ無駄だよ。それより、俺も変身できればモテるのかな……」

「お前……」

 

 何だか知らない内に、俺の事も噂になっていたようだ。なぜか俺の姿が変わっていたのは変身という事になっていたらしい。その発想はなかったわ、ヒーローかなにかみたいじゃないか。いや、俺の場合は闇に紛れて人を助けるダークヒーローだな。やべー、かっちょいい!

 

 俺の中の厨二心がふつふつと湧き上がり、頭の中で変身ポーズや必殺技などを妄想していく。そうだな、やっぱり名前は仮面オウガー……いや、オウガーマン……。ダークオウガナイトもいいなぁ……。

 頭の中の妄想ストーリーで、敵に捕らわれたヒロイン役のラヴィニスちゃんを助け出し、名も言わずカッコよく去っていこうとする俺。それをラヴィニスちゃんが背中にすがりついて――――

 

「あのー」

「……何だ」

「ヒッ え、えーと、もうそろそろハイムの上空なんですが……」

「む、そうか。すまん、考え事をしていた」

 

 楽しい妄想が中断されたので、思わず不機嫌な声が出てしまった。声を掛けてきた兵士に謝りつつ下を見ると、いつの間にか渓谷を通り過ぎており、足元には王都ハイムの景色が広がっていた。

 バーニシア城を出た時はまだ日が高かったが、そろそろ日が隠れようとしている。見たところ、まだ物騒な気配は感じないが油断はできないだろう。

 

 くそっ、もう少しでラヴィニスちゃんと…… おのれ、ローディス軍め!

 必ずやローディス軍に復讐する事を誓い、俺はグリフォンの手綱を操って降下しはじめた。

 

--------------------

 

 夜の闇に紛れながらハイム城へと潜入しようとするタルタロスは、さながら敵の本拠地へと乗り込もうとするダークヒーローのようであった。

 

 ハイム城に滞在していた彼は、もちろん城内の構造を熟知している。その中には、分厚い城壁を迂回して城の中枢へと直接つながる隠し通路の存在も含まれていた。

 タルタロスが城の外壁にしつらえられたドラゴンの彫像をずらすと、その下に地下へと続く階段が現れる。背後に控えるテンプルナイト達に合図をしながら、タルタロスは階段へと潜り込んだ。テンプルナイト達もその後に続く。

 地下には湿ったカビ臭い空気が蔓延していたが、タルタロスは表情を一切変える事無く階段を降りていく。やがて直線の隠し通路へと接続し、その先を行けば城内の一室へとつながっている。

 

 彼にこの隠し通路の存在を教えたのは、ブランタの配下の一人だった。恐らく、恩を売ってローディスに取り入ろうと考えていたのだろう。己の事しか考えない売国行為にタルタロスは反吐の出る思いだったが、所詮は人間の本性などその程度のものだという冷め切った思いもある。

 暗黒騎士団の任務に携わる中で人の汚い部分ばかりを見続けていたタルタロスの中には、すでに人に対して期するものなど何もなかった。

 

 民とは、人とは本質的に弱者なのだ。彼らは常に強者に支配される事を求めている。常に救世主を求めながら、自分では立とうとはしない。与えられた自由という矛盾を何の疑問も持つことなく享受し、権利を主張しながら義務を果たそうとはしない。

 人々の求めに応じて立ち上がったデニム王の末路はどうだったか。支配される事を望みながら、一方で支配される事を嫌う。デニムはそうした矛盾する人の性質というものの犠牲になったのだ。

 彼は、やり方を誤った。民衆とは支配し管理するものでしかない。ヴァレリアを一つにまとめたいのなら、力を持ってそうすべきだったのだ。かつてのドルガルア王はそうしたからこそ、ヴァレリアを統一できた。

 

 かつて、タルタロスの考えを正面から否定した者がいた。

 彼と同じ名前を持つかの聖騎士は、人の善性を信じていた。民衆を力で支配する事を否定し、真の自由こそが人々にとって最良のものだと信じていた。

 馬鹿らしいと思った。だが同時に、聖騎士にある女性の姿が重なって見えたのだ。彼女もまた、人々から迫害されながらも、どこかで人を信じていた。人から愛される事を願っていた。

 結局タルタロスは、ゼノビアの聖騎士を手にかける事はできなかった。彼の片目を奪った相手にも関わらず、見逃したのだ。それはタルタロスにとって、不愉快な記憶だった。

 

 腰に差した神聖剣『アンビシオン』の柄をギリリと握りながら、タルタロスは暗闇の通路を進んでいく。

 

 救われたオウガと、救われなかった男。

 二人の邂逅の時が、近づいていた。

 




タルタルソースさんは悲哀に満ちたダークヒーローって感じですよね。
タクティクスオウガは敵も魅力的なキャラばかりだからスゴイ。や松神。

なお、グリフォンが人を乗せて飛ぶのは独自設定です。
作中にそういった描写はないですが、Lサイズユニットは足場にもなりますし……あのいかにも騎乗できそうなフォルム……絶対に乗れるゾ(むしろ乗りたい)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。