ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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003 - Encounter

 ダンジョンに閉じ込められて、およそ三年が経った。

 

 もはや庭のように知り尽くしたダンジョン内を散歩している。相変わらず、モンスター達は俺を見て見ぬふりだ。まるで柄の悪い不良かヤクザにでもなった気分だ。

 そんなモンスターの中でも、いくつかの種族とは和解している。グレムリンは犬のように従順だし、フェアリーは俺の前では可愛い妖精らしく振る舞う。ラミアさん達は色々な意味でお世話になっているし、リザードマン達は俺の事を親分か何かだと思っているらしい。

 しかし、ドラゴンやグリフォンは相変わらず食料にしか見えない。申し訳ないが、ダンジョン内は弱肉強食なのだ。絶滅を心配したが、今のところ問題はない。ダンジョンらしく自然発生しているのだろうか。

 

 あれからダンジョンの中をくまなく探し回ってみると、なんと話し相手を見つける事ができた。

 

 彼ら二人は、それぞれ別のフロアでショップを開いていたのだ。店の名前は『死者宮名物行き倒れ横町』というらしい。初めてショップを見つけた時は驚いたものだ。こんなところでお店を開いて、お客は来るのだろうか。

 一人は、何故か言葉を話せるスケルトンのスケさん。生前も商人をしていたらしく、陽気な関西弁(のように聞こえる口調)で話す。どこからどうやって声を出してるのかは不明だ。

 もう一人は、カボチャが頭になっているパンプキンヘッドのカボさん。時折、カボチャ頭を一回転させるのがチャーミングだ。語尾に「カボ」と付ける事でキャラ付けしようとしている。

 

 彼らの話によれば、このダンジョンは通称『死者の宮殿』と呼ばれているらしい。彼ら自身も、いつからこのダンジョンにいるのかはわからないが、暇つぶしに商品を集めて商売を始めたら楽しかったらしい。

 

「カボさん、景気はどうだ?」

「ボチボチカボ〜」

 

 俺以外に客などいないはずなのだが、彼らは一体、なんのために商売しているのだろうか。それとも、モンスター達がアイテムを買ったりしているのだろうか。

 

「そうそう、そういえばベルっち、あの噂は聞いてるカボ?」

「噂?」

 

 ベルっちというのは俺のアダ名だ。名前がないのも不便なので、小部屋に残されていた書類から、この身体のものだと思われる名前を拝借する事にしたのだ。フルネームはベルゼビュートという。日本人だった頃の名前を名乗っても良かったのだが、この顔には似つかわしくなかったので新しく決めた。

 以前、物置から鏡を見つけたので確認してみると、銀髪に赤い眼という厨二病まるだしの鋭い目つきをしたイケメンだったのだ。歳は二十代前半ぐらいだろうか。イケメンボイスも相まってさぞかしモテるだろうが、ダンジョンから出られないから意味はない。ラミアのお姉さん達からは大人気なのだが。

 一瞬、思考がピンク色に染まりかけたが、カボさんが口にした『噂』とやらが気になるので慌てて意識を戻す。

 

「この死者の宮殿に、誰か人間が入ってきたらしいカボ」

「……なんだと?」

 

 人間が、入ってきた? そんなバカな。

 

「そいつは、一体どうやって入って来たんだ。出口など、どこにも無いだろう」

「うーん、カボにもわからないカボ。でも、その人なら出口を知ってるかもしれないカボね」

「…………」

 

 信じがたいが、もし本当なら是が非でもそいつと会わなくては。ここ数年で、死者の宮殿での生活にすっかり慣れてしまったが、もちろん外に出たいという欲求は変わらない。なにせ、食事がドラゴンとグリフォンばかりでは飽きるというものだ。うまいけど。

 

「カボさん、俺はそいつに会いにいこうと思う。そいつの居場所を知らないか?」

「うーん、まだ上の方をウロウロしてるらしいカボ〜」

 

 という事は、やはり出口は上にあったという事か。行き止まりとばかり思っていたが、もしかしたら隠し通路でもあるのだろうか。

 

「すまない、カボさん。恩に着る」

「気にするなカボ〜。ベルっちはお得意様カボ」

 

 カボさんに感謝と別れを告げてショップを飛び出す。目指すは上階だ。

 もはや目をつむっても階段の位置がわかるダンジョン内を、俺は勢いよく駆け上がっていった。

 

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「ほほう、これはこれは。さすがは死者の宮殿ですねぇ。貴重な触媒がそこかしこに……」

 

 その聞き慣れない声が耳に入ったのは、カボさんのショップを出て階段を40ほど昇った頃だった。この数年でますます人間離れが加速した俺の身体は、聴覚も並外れているようだった。大部屋の端にいるモンスターの寝息を、反対側の端からでも聴く事ができる。

 同じく、暗闇でも昼間のように見通せる視界には、赤いターバンを頭に巻いた白髭の老人が写った。屈みこんで、そこらに転がっているゴミを漁っている。なかなかの変人のようだ。

 俺は音もなく近づいて、老人に声を掛ける。

 

「失礼、そこの御仁」

「はっ! ……あ、貴方は……?」

 

 老人は俺の声にビクリと反応する。

 

「急に声を掛けて、すまない。俺はベルゼビュートという者だ」

「これは、これは……このような場所に、まさか生きた人間がいるとは思いませンでした。私はニバス・オブデロードと申します」

 

 老人だと思ったが、よく見ればまだ若い。五十代ぐらいの男性だった。ニバス氏は年下に見えるはずの俺の自己紹介に、慇懃に応えてくれる。

 

「一つ、つかぬ事を伺いたいのだが、よろしいだろうか」

「ええ……私も貴方にお聞きしたい事があります。まずはそちらのご用件を伺いましょうか」

 

 いざ脱出方法を聞こうと思ったが、聞きづらい。出口がわからずにダンジョンに何年も閉じ込められてたなんて、間抜けにもほどがある。だが、ここで聞かなければ一生ダンジョンの中かもしれない。この身体に寿命があるのかもわからないが。

 

「……この死者の宮殿にはどのように入ってきたのだろうか?」

「ふむ。恐らく貴方と同じ入口からかと思いますが?」

「…………その、だな。実は俺には、ここに入ってきた時の記憶がないのだ」

「――ほう」

 

 仕方ないので、俺はニバス氏に自分の事情を説明する事にした。といっても、地球で生きていた頃の話までするとややこしくなりそうなので、「気がついたら、記憶を失くして小部屋で眠っていた」という設定だ。面倒なので、不死身になった話も割愛した。

 俺の拙い話を、ニバス氏は興味深そうに聞いていた。途中、何度か質問を挟んできたが、何度か答えると首を傾げたり納得したように頷いたりしていた。

 主にドラゴンとグリフォンを食料に、三年間ダンジョンで生きていた事を説明すると、ニバス氏は細い目をいっぱいに拡げて大げさに驚いている。

 

「なっ! ド、ドラゴンを食料に……?」

「ああ。他に食べる物がなかったからな……何か、問題でも?」

「ははは……。ドラゴンの肉など一年に二、三度、オークションに出回るかどうかの高級品ですよ」

「む……そうだったのか。しかし、この死者の宮殿にはドラゴンなど腐るほどいるぞ。実際、一部は腐ってゾンビになっているが」

「ふぅ……。野生のドラゴンなど、危険極まりない魔物ですよ。普通は、そう簡単に倒す事などできませんがねぇ。熟練の戦士や魔術師が、何人も集まって命懸けで倒すのが当たり前の相手です」

 

 ニバス氏は、なんだか疲れたような表情を浮かべている。

 

「ドラゴンの肉には、食べた者に力を与えるという伝承があります。私も一時期は研究した事がありますが、極わずかに力を増強する事は確かでした。しかし、ドラゴンの肉などという貴重品、普通はそう口にする事などできないので、力の増強などほとんど意味がないと思っていたンですが……」

「ドラゴンの肉など、毎日食べているが……」

「……その生活を三年間ですか……」

 

 今度は、ニバス氏は遠い目をしている。

 

「ゴホン。とにかく、事情はわかりました。えー、出口でしたね。恐らく、貴方は途中にある隠し扉に気がついていないのでしょうねぇ」

「か、隠し扉……だと?」

「ええ。私も入ってくる時に、隠し扉を探すのに苦労しましたが、一部の床がスイッチになっていて、床を踏むことで開くようになっているンですよ。恐らく内側から開く時も同様なのでしょう」

「ば、馬鹿な……」

 

 ガクリと膝をついて手を地面につく。この三年間で最も脱力した瞬間だった。

 

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 ニバス氏を連れて、隠し扉のあるフロアまで昇る事になった。

 

 ニバス氏からしてみれば、入り口に戻る事になるというのに、親切についてきてくれるらしい。全くニバス氏には感謝してもしきれない。

 道中、俺の姿を見たドラゴンが尻尾を巻いて逃げていく様子を見て、なぜか固い笑顔を浮かべていたが。

 

「ベルゼビュートさん、でしたね」

「ああ。親しい者は『ベルやん』だの『ベルっち』だのと呼ぶが」

「そ、そうですか。貴方は三年間この中で生きていたそうですが、この場所がどのような目的で作られたのか、ご存知でしょうか?」

「む? そういえば知らんな……」

「この場所は元々、暗黒神アスモデのために作られた神殿だったそうです。本来はアスモデ神の使徒のみが入れる禁断の聖地で、過去に侵入した者のほとんどは帰ってきていないとか……」

 

 なにそれ怖い。あれ、でも俺ってなんともなってなくね。侵入したわけじゃないから、ノーカンなのかな。それとも、この身体の持ち主がアスモデ神の使徒だったとか。

 

「伝承によれば、この神殿の奥深くにはアスモデ神へと祈願を捧げる祭壇が眠っているそうですが……」

「ふむ? 下まで潜ったが、それらしいものはなかったぞ。溶岩に囲まれた舞台のようなものがあるだけだ」

「そ、そうなンですか? では、その場所が祭壇なのでしょうか?」

「わからん。少なくとも俺が行った時は何もない場所だったな」

「は、はあ……」

 

 なんだか、ニバス氏はしょんぼりしているようだ。祭壇に期待するものでもあったのだろうか。

 

「まだ終わったわけではありません……。因果律を超越し、真の不老不死を実現するまで、私はあきらめるわけにはいかないのです……。そうです、神の力など借りなくとも……」

 

 なんだかブツブツと独り言までしゃべりだした。内容はよく聞こえなかったが、まさに鬼気迫るといった様子だ。ドン引きした俺は無言になってニバス氏の横を歩いている。

 

「おっと、スケルトンか」

 

 不意に背後から飛んできた『矢』に気づいて、ニバス氏の背中に手を出す。ニバス氏を狙って勢いよく飛んできた金属製の矢は、俺の手の平を貫く事もできずにカキンと弾かれた。

 

「まったく、懲りない奴らだ。スケさんを見習うがいい」

 

 足元から小さな石を拾いあげて、軽く投げる。俺の手元から放たれた石は、まるでピストルの銃弾のように空気の壁を突き破り、弩を持ったスケルトンに直撃した。もちろん、スケルトンは粉々に吹き飛んだ。

 

「…………いやはや。貴方を見ていると、死という言葉が馬鹿らしく感じますねぇ……」

 

 一連の作業を見ていたニバス氏は、なぜか冷や汗をかきながら呆れた顔になっている。

 

「む? しかし、俺だって幾度となく――」

 

 カチリ。

 

 俺の足元から微かな物音と、何かを押し込むような感触がした。すると、壁面の一部がゴゴゴという音と共に持ち上がっていく。どうやら、たまたま隠し扉のスイッチを踏んでしまったようだ。いつの間にか、目的のフロアに到着していたらしい。

 三年間探し求めた出口が、今、呆気無く俺の前に姿を現したのだ。

 

「おやおや。貴方は幸運なのだか、不運なのだか、わかりませんねぇ」

「……間違いなく、不運だと思うぞ」

 

 クスクスと笑うニバス氏を尻目に、壁に開いた出口に目を向ける。どうやら、すぐそこが地上というわけではないらしいが、地上につながっているのは間違いない。

 

「それでは、私はこの辺で……。貴方は地上へ出るとよろしいでしょう」

「ああ。世話になった。感謝する、ニバス殿」

「いえいえ、私は何もしていませンよ。貴方のお話の方が助かりましたからねぇ」

「そうか。俺の話が役立ったのなら何よりだ。……そうだ、俺の友人達が死者の宮殿の中でショップを開いている。もし良ければ立ち寄ってみるといい」

「ショップですか……?」

「ああ、気のいい奴らでな――ム?」

 

 俺がショップの位置を説明しようとした時、俺の聴覚に一つの足音が響いてきた。その足音は、たった今開いたばかりの隠し扉の奥から聞こえてくるようだ。

 

「誰かやってくるな……今日は本当に珍しい日だ」

「おやおや……」

 

 隠し扉を抜けて現れた足音の正体は、一人の青年だった。立派な鎧を身につけ、これまた立派な剣を帯びている。なかなか腕が立つようだが、その顔は童顔でまだ幼く見える。なんだか余裕のない、険しい顔をしている。

 彼は隠し扉を抜けて、辺りをキョロキョロと見回しているが、不意にこちらを見て表情を変える。

 

「こんなところに人が……? ……なっ! お、お前は! 屍術師ニバス!」

「これは、これは……。あなたは確か……う〜ん……。そうだ、デニムくんでしたね。再会できて本当に嬉しいですよ。それとも、ゴリアテの若き英雄とお呼びする方がよろしいですかねぇ?」

 

 どうやらニバス氏と、デニムと呼ばれた青年の間には何か因縁があるようだ。

 蚊帳の外に一人立たされた俺は、その様子をぼーっと見るのだった。

 




【暗黒神アスモデ】
神の一柱。暗黒属性を司る魔神で、見た目はまんま悪魔。
上司に従って他の神に戦いを挑んだら、返り討ちにあって力を封印されちゃった残念属性の持ち主。
噂によれば、錬金術士とのギャンブルに負けて、時々人間に力を貸してくれるらしい。ツンデレかな?

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