ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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033 - Ruining Village

 ヴァレリア本島の西部、コリタニ地方を中心として建国されたガルガスタン王国。ヴァレリアを占める最大多数派民族のガルガスタン人、その右派からの支持を背景に建国は驚くほどスムーズに行われた。

 その中心となったのは、フィラーハ教の枢機卿の一人であり、その中でも突出した存在感を持っていたレーウンダ・バルバトス。

 彼は、旧コリタニ領主であるオルランドゥ伯の末裔、いまだ幼いコリタニ公を国主の座に据え、自身が摂政職につくことで実質的に王国を差配している。

 

 膨大な権力を掌中に収める事に成功したバルバトスだったが、彼は現状に満足などしていなかった。

 

「フン……。未だバクラムは動く気配は無いか……」

「ハッ。国境付近にて警戒を続けておりますが、動きは見られません」

 

 まだ四十代前半のバルバトス枢機卿は、綺麗に髭が剃られた顎を撫でながら黙考する。その彼の前でじっとひざまずいているのは、対象的に無精髭が目立つ男性。バルバトスに対して騎士の礼をとる彼は、ガルガスタン騎士団の団長であるザエボス・ローゼンバッハ将軍である。

 ガルガスタン王国の中枢コリタニ城の一室にて、二人の男が今後の方針を模索していた。

 

「まあよい……。奴らが動かぬのならば、私の考えを推し進めるまで」

「……とおっしゃいますと……」

「ウォルスタだよ、ローゼンバッハ卿。我らガルガスタンを裏切り、早々にドルガルア王に腹を見せ服従した卑しい犬どもだ。そのような奴らには、相応しい教育が必要だとは思わんかね?」

「ハッ」

「バクラムもウォルスタも、我らガルガスタンに比べれば劣等民族に過ぎん。フィラーハ神の教えに従わぬ異教徒どもも同様だ。我々には、このヴァレリアを『浄化』せねばならん義務がある」

 

 バルバトスの目は完全に狂気に染まっているが、ひざまずいているザエボスはそれに気づかない。バルバトスは語調をますます強め、腕を振り上げながら狂った論理を展開する。

 

「そうだッ! 我らに必要なのは民族浄化なのだッ! ウォルスタという卑しい犬ども、バクラムという腐った豚どもの増長を許してはならんのだッ! 我らガルガスタン人こそ、このヴァレリアを支配するのにふさわしいッ!!」

「……ハッ。まさしく、猊下の仰る通りかと」

 

 ザエボスもバルバトスの考えに同調する。程度の差はあれ、ガルガスタン人はウォルスタ人に恨みを抱き、差別意識を持っている。ドルガルア王を生み出したバクラム人に劣等感を抱き、復讐心を持っている。

 

 それでも、バルバトスのこの考えが過激なものである事に間違いはない。ガルガスタン陣営にも良識派や穏健派は一定数存在しており、彼らはこのような過激な『民族浄化政策』に賛同しないだろう。

 結局これが後々のしこりとなり、ガルガスタン陣営は大きく割れて内部に反体制派を抱える事となるのだが、それはまだ来ぬ未来の話である。

 

「……まず手始めに、我が国の内部にある異分子を摘出せねばならん」

「……では、我が騎士団を各地に派遣いたしますか?」

「まあ待つがよい。いまだバクラムの動きは読めぬ。彼奴らが急に動き出さんとも限らんだろう。我が国の主戦力を分散させるのは得策ではない」

「ハッ。猊下のご慧眼、感服いたしました。それでしたら国内の摘発は誰に当たらせましょうか」

「……そうだな、竜騎兵団を使うとするか。まだ実験段階ではあるが、ちょうどよいだろう」

 

 ガルガスタン王国竜騎兵団は、ドラゴンを調教する事で兵力とする事を試みる実験的な部隊だった。強大なドラゴンの力を御する事ができれば、それは即ち強大な戦力を得る事につながる。

 問題は、ドラゴンの捕獲がそもそも至難の業である事。そして気性の荒いドラゴンを調教するのは、多くの年月を必要とする事。実際、この部隊の設立にあたって多くの被害が生まれている。

 建国の準備を着々と整えていたバルバトス枢機卿は、秘密裏にこの実験部隊の設立を推し進めていた。それが結実し、現在では十頭近くのドラゴンの調教に成功して曲りなりにも部隊としての体裁は整っていた。

 

 バルバトスの言葉を聞いたザエボスは、ひざまずきながら一つ頷く。

 

「竜騎兵団ですか……。よろしいかと存じますが、問題が一つ」

「む、なんだ? 申してみよ」

「団長のジュヌーン……奴はどちらかと言えば穏健派に属する者。猊下のご命令に逆らうとは思えませんが……任務の遂行にあたり、手を抜く恐れがございます」

「フン……ならば、団長の座を他の者に譲らせればよい」

「ハッ……しかしながら猊下。竜騎兵団でドラゴンに施された調教の多くは、奴の手によるもの。他の者をいきなりその席に着かせたとて、満足に任務をこなす事は難しいでしょう」

「ヌウ……ならばどうせよと言うのだッ!」

 

 激昂するバルバトスに対して、ザエボスは顔をおもむろに上げる。その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「それならば猊下。私に一つ考えがございます――――」

 

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 死者の宮殿を出た俺達は、歩きづらい毒沼と湿地に辟易としながら徒歩で移動していた。

 このエクシター島を出てヴァレリア本島へ向かうには船が必要だが、本島とを往復する定期便に乗るには島の反対側まで行かなければならない。そういえばデニム達と一緒に移動した時も、船に乗った覚えがある。

 やろうと思えば、海を泳いで渡れると思うが……ラヴィニス達を置いていくわけにはいかないな。

 

 暗黒騎士団がゴリアテに攻め込むまで、あと一週間ほどしかない。陸路を通っていたら間に合わないので、どこかで船を調達して海路を進むしかないだろう。向かう先が港町なのが幸いだった。

 

「転移魔法でも使えればいいのだが……」

「ごめんね〜♥ アタシ、転移魔法はどうも苦手なのよねぇ。一人だけなら、こうやってホウキに乗って移動できちゃうしネ」

 

 湿地で足元がグチャグチャになっている俺達を尻目に、デネブさんはフワフワと宙に浮いて移動している。椅子に腰掛けるように、浮かんでいるホウキに腰掛けているのだ。優雅に足まで組んでいるが、見えそうで見えず目のやりどころに非常に困る。

 浮いている彼女をうらやましそうに見るラヴィニスだったが、文句一つ言わずに足を汚している。俺がおぶってやろうかと提案したが、ブンブンと首を振って断られた。あとで隙を見て、お姫様抱っこしようと思う。えへへ。

 

「では、どのような魔法が使える?」

「ん〜、そうねぇ。得意なのは暗黒魔法とぉ、情熱的な火の魔法かな♪ アタシに惚れると、ヤケドしちゃうわよ? な〜んちゃって♥」

「……暗黒魔法はお似合いだな」

「ん〜? タルちゃん、なんか言った?」

「……いや」

 

 先程から黙々と歩き続けるタルタロスがポツリと漏らした一言を、デネブさんの地獄耳は余さずキャッチする。下手すれば俺の聴覚よりも鋭いんじゃないか?

 タルちゃん呼ばわりされたタルタロスは、表情を変えずに目を逸らした。どうやらこの二人、相性はなかなか悪くないようだ。よきかなよきかな。

 

「あっ、そろそろ村が見えてきたわよぉ」

 

 ホウキの高度を上げたデネブさんが、手で双眼鏡を作りながら報告してくる。いちいち仕草がわざとらしいなこの人。それにしても、この辺に村なんかあったか? ……あっ、そういえば。

 

「バスク村か」

「そうそう。海の神様を信仰してる、ちょ〜っと変わった村よねぇ」

 

 デニム達と一緒に通った村だ。だが、あの時にはすでに人っ子一人おらず、廃村になっていたはずだ。確か、ガルガスタン軍に滅ぼされたんじゃなかったか。

 俺の目にも村の家々が遠目に見える。平らな屋根の家をいくつも確認できた。焼き討ちされているわけでもなく、村は平穏そのものに見える。

 

「どうやら、ガルガスタン軍はまだ来ていないようだな」

「バスク村……どこかで聞いた事があると思いましたが、ガルガスタンの民族浄化政策の一環で襲撃された村でしたね……。本当に、民族浄化など愚かとしか言いようがありません……」

 

 ラヴィニスも知っていたようだ。ウォルスタとガルガスタンの混血である彼女にとって、民族浄化などという政策を容認できるはずがない。

 

「……危険を知らせておくか」

「ですが……信じてもらえるでしょうか。私達が未来から来たなど……」

「別に未来から来たなどと言う必要はないだろう。それとなく、ガルガスタンがバスク村に狙いを付けているようだと噂を流せばいい。近々襲撃があるかもしれない、とな」

 

 これが未来知識の不便なところだ。自分達が行動する分にはいいのだが、他人に動いてもらうには理由を説明しなくてはならない。しかも、俺達の知る未来が絶対に正しいとも言い切れないのだ。何かのきっかけで全く別の未来になる可能性もある。

 

「ふん……そう上手くいくといいがな」

「なに?」

 

 タルタロスの嫌味ったらしい言葉に思わず反応してしまう。

 

「貴様は人間の本質を知らんようだな。人は利がなければ動かん。ましてや、こんな辺境に隠れ住む異教徒達ともなれば、な……」

「も〜、タルちゃんったら暗いのねぇ。そんな嫌味ばっかり言ってたらダ・メ・よ♥」

「…………」

 

 ベルゼビュートですが、パーティ内の空気が最悪です。主に二名の間の。

 

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「出てけッ」

「よそ者は出ていってちょうだいッ」

「我々に関わらんでくだされ……」

 

 バスク村に到着した俺達だったが、向けられる言葉はどれも辛辣で拒絶的なものだった。店に入ろうとすると入店を拒否され、酒場に入ると「よそ者に出す酒はない」と言われる。

 せめて村長に会って情報提供だけでも、と思ったのだが、通行人たちは俺達の姿を見るとそそくさと逃げ出してしまう。村長の家らしき大きめの家に突撃したが、ノックをしても梨の礫だった。

 

「こんなに排他的だとは……」

「情報を伝える事すらできんとは、誤算だったな」

 

 俺とラヴィニスは頭を抱えてしまう。タルタロスの言った通り、この村はバスク教という宗教を信仰する信徒たちの隠れ村みたいなものだ。

 ドルガルア王は熱心なフィラーハ教徒だったため、ヴァレリア王国の国教もフィラーハ教となっている。異教徒たちは迫害されており肩身は狭く、バスク教徒も総本山であるクリザローの町を追われたらしい。

 

 彼らのよそ者に対する猜疑心は非常に強く、見るからによそ者の俺達に対する風当たりは冷たい。

 

「だから言っただろう。人は利でしか動かん。己の信じたい事しか信じない弱者どもに、善意など通用せんのだ。疑心に支配された奴らにとって、無償の善意など悪意にしか見えんだろうな」

 

 タルタロスは呆れを隠さずに言う。その言葉は、人間に対する諦観と悲観が満ちているように聞こえた。いつも彼のネガティブな言葉に反応するデネブさんは、村の上空をホウキで飛んでいる。どうやら村人達の視線が嫌になったらしい。自由な人である。

 ラヴィニスは彼の言葉に噛み付くように反応する。

 

「くっ……。それなら、アナタはどうすべきだと言うんですか!」

「切り捨てればいい」

「なッ……」

「弱者など、切り捨てればいい。奴らは所詮、迫害され、生存競争に敗れた敗者にしか過ぎん。助言に耳を貸さずに死にゆくというのなら、そうさせてやればいい」

「あ、アナタは……」

 

 タルタロスの辛辣な言葉に、ラヴィニスはパクパクと口を開閉させる。言いたい事はあるが、言葉にならないようだ。その様子を見て、タルタロスは鼻で笑ってみせる。

 

「そ、そのような弱者を踏みにじるような真似が許されるはずがないッ! せっかく救えるかもしれないというのにッ!」

「フン……何を勘違いしている? 貴様は神にでもなったつもりか。未来の知識で人を救いたいのなら勝手にすればいい。だが、それで救われない者が出るのも自明の事だ。全てを救おうなど、人の傲慢にすぎんな」

 

 タルタロスの冷ややかな視線がラヴィニスを射抜く。言い方は冷徹で辛辣だが、彼の言葉が間違っているとは否定できない。全てを救う事などできるはずがない。そんな事、わかっていたはずだった。

 バッサリと否定されたラヴィニスは、顔を蒼白しながらタルタロスをにらみつける。

 

「やはり……やはり、アナタはローディスの人間なのだッ! 弱者を踏みにじり、強者の論理を振りかざす! それが、ローディスのやり方なのだろうッ!」

「ラヴィニスッ!!」

 

 彼女の肩をつかみながら、俺は彼女の名前を呼んだ。彼女はビクリと肩を震わせて、俺の方にゆっくりと振り返る。その顔には少しの怯えと、罪悪感がにじんでいた。

 

「ラヴィニス……俺が言いたい事はわかるな?」

「…………」

「ローディス人だから――――その言葉は、ラヴィニスが口にすべきではない。ウォルスタとガルガスタンの狭間で苦しんできたラヴィニスが、口にしてよい言葉ではないだろう?」

「……はい……」

 

 ラヴィニスは肩を落としてうつむきながら、か細い声で返事をする。俺は彼女の頭をゆっくりと撫でながら、染み込ませるように言い聞かせる。

 

「ラヴィニス……全てを救いたいという君の気持ちは、とても尊いと思う。俺だって、できればそうしたい。だが、それはあくまでも理想にすぎないだろう?」

「…………」

「これが戦争である以上、勝者がいれば敗者もいる。勝者となる者を増やせば、その分、敗者となる者も増える。それが道理だ」

「……ですがこの村の人達は、戦争の犠牲者でしかないのです。それを救いたいと思うのは、間違っているのでしょうか……?」

「間違いではないさ。できる限りの事はすべきだろう。だが、それでもし救えなかったとして、その事にラヴィニスが責任を感じるのは間違っている」

「…………」

「そうやって全ての死を背負い込んでしまえば、あっという間に潰れてしまうぞ。俺はラヴィニスのそんな姿を見たくない」

「はい……」

 

 理性では理解しているが、感情で納得できていないという様子のラヴィニス。彼女の真っ直ぐな気性は好ましいが、心配になってしまう。俺が支えになってやれればいいんだが……。

 タルタロスは言うべき事は言ったとばかりに腕を組んで目を閉じている。人の気も知らないで、勝手なやつだぜ。だが、奴の言葉がなければラヴィニスの不安定さに気づくのが遅くなったかもしれない。その点は感謝すべきだろう。

 

 しばらく沈んだ空気のまま沈黙していた俺達だったが、背後から足音が聞こえてきた。

 

「あの……旅の方ですか?」

 

 振り返るとそこには、一人の少女が立っていた。地球の中学生ぐらいの年齢だろうか。ドラゴンの角のような頭飾りが特徴的だ。彼女は恐る恐るという表情で、俺達に話しかけてくる。

 

「ああ。君はこの村の住人か?」

「はい。オクシオーヌといいます。その……お困りのようだったので……」

 

 どうやら俺達の話を聞いてくれそうな相手の登場だった。

 




実力者のくせに影が薄いことでお馴染みのバルバトス枢機卿も動き始めました。
原作を見ててもラヴィニスちゃんは結構無茶するタイプなんですよね。ベルさんに頑張って頂きたく。
そして、薄幸少女オクシオーヌちゃんの登場です。


【バルバトス枢機卿】
ガルガスタン王国の摂政であり、ガルガスタン陣営の指導者。
作中では屈指の実力者にも関わらず、登場シーンは数回というヒドい扱いを受けている。
民族浄化政策を唱え、主人公のウォルスタ陣営を追い詰めまくった元凶。
なお、前の世界線ではデニムくん達に追い詰められ自刃した模様。

【ザエボス将軍】
ガルガスタン騎士団の団長。バルバトス枢機卿の右腕として働く。
原作のルートによっては、非常に魅力的な敵役としての一面を見せる。
SFC版では普通の顔だったのに、PSP版では無精髭の太っちょフェイスに変更された。
リメイクによる最大の被害者の一人と言われているとかいないとか。

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