ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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034 - Sister and Brother

「そうですか……この村が……」

「ああ。恐らく年内、早ければすぐにでも襲撃があるかもしれん。といっても、証拠はないから村の者たちに信じてもらうのは難しいだろうが……」

 

 オクシオーヌと名乗った少女に案内され、俺達は村長の家と思われた大きな家屋の裏口に回った。どうやら彼女は、村長の娘であるらしい。

 見ず知らずの相手を家に入れるなど不用心ではないかと聞いたが、彼女は首を振って微笑んでみせた。どうやら、俺とラヴィニスの会話を聞いていたらしい。ラヴィニスがあまりにも真剣に村の事を心配しているようだったので、思わず声を掛けてしまったそうだ。

 

 俺達から詳しい内容を聞いたオクシオーヌは、顔を曇らせている。

 

「すみません。村の人達も悪い人ではないんです。でもみんな、長く住んでいた場所を追い出されて、やっとの思いでここまでたどり着いたから……」

「わかっている。そこを責めるつもりはない。ただ、何も伝えずに見捨てるのは不義理だと思ったからな」

「はい、ありがとうございます。私から父や皆に伝えてみたいと思います」

「頼んだ」

 

 とりあえず、オクシオーヌを信じて託してみるしかないだろう。俺達は先を急ぐ身であり、この村に滞在し続けるわけにはいかない。

 だが、それでもやはり懸念があった。彼女はまだ子供に見られる年齢であり、彼女一人がいくら主張したところで、それを大人達が信じるとは限らない。

 

「そうだな……。念のために一つ、伝えておこう」

「なんですか?」

 

 俺はデニムから聞かされた話を思い出していた。この村を襲撃した部隊の指揮官であり、後にそれを後悔しながら解放軍へと加わった男の話だ。

 

「もし、敵の部隊がドラゴンを率いていたなら。そして、その部隊の指揮官がジュヌーンという男だったなら――――」

 

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「失礼いたします。竜騎兵団団長ジュヌーン・アパタイザ、参上いたしました」

 

 一人の男が、バルバトス枢機卿の前にひざまずいた。ドラゴンを思わせる赤いフルプレートの鎧を身にまとい、同じく赤い兜を片手に抱えている。赤銅色の髪をもつ壮年の男性だった。

 

「うむ。よくきたな、アパタイザ卿。貴殿の竜騎兵団に新たな任務を授ける」

「ハッ、謹んで拝命いたします」

 

 バルバトスは玉座のような絢爛な椅子に腰掛け、生真面目な表情で頭を下げるジュヌーンに向かってしかつめらしい口調で話しかける。バルバトスの傍らには、ザエボス将軍やその部下数人が控えていた。

 

「貴殿も知っておろうが、建国から間もない我が国はまだ多くの不安要素を抱えている。特に、我が国をよく思わぬバクラム、そしてウォルスタによるものと思われる妨害活動が日に日に激化しておるのだ」

「なんと……」

 

 もっともらしい事を言っているバルバトスだったが、そのような事実は存在していない。バクラムはいまだに動きを見せず、少数派のウォルスタは南部へと追いやられたままだった。

 

「そこで、竜騎兵団には新たな任務として、国内の治安を正すために()()()()の摘発、および殲滅を命じる。任務の詳細については、ローゼンバッハ卿から聞くと良いであろう」

「ハッ! 王国のため、猊下のために、必ずや任務を果たしてご覧に入れます!」

「うむ。では、任せたぞ」

 

 そう言うと、バルバトスは椅子から立ち上がり、部屋を退出していく。ジュヌーンはひざまずいたままそれを見送り、あとには彼とザエボス将軍、その部下達が残された。

 

「……さて、ジュヌーンよ。猊下から聞いた通りだ。我々騎士団はバクラム国境とコリタニ城警備のために動けん。国内の安定は貴様の竜騎兵団にかかっている事になるぞ」

「ハッ、身に余る光栄にて」

 

 ザエボスの言葉に、ジュヌーンは恐縮した様子を見せる。竜騎兵団はあくまでも実験部隊であり、王国騎士団に比べるとその地位は低い。同じ団長同士でも、そこには明確な力関係が存在していた。

 

「だが、貴様の部隊は諜報活動には向いておらんだろう。そこで、我ら騎士団が、国内の不穏分子についての捜査を取り持つ事となった。――グアチャロ、前へ出ろ」

「は、ここに」

 

 ザエボスの呼び掛けに対して一歩前に出たのは、テラーナイトと呼ばれる特徴的な鎧兜を身に着けた男だった。その黄土色の金属鎧から、黄土のグアチャロという異名をとる実力者である。

 

「このグアチャロの部隊が諜報活動を行い、実行部隊を率いる貴様への情報提供を行う事となる。二人で話し合い、上手く連携できるよう務めろ」

「ハッ!」

「ハッ!」

 

 頭を下げてかしこまるジュヌーン。それをじっと見下ろすザエボスの口元には、わずかな笑みが浮かべられていた。それは、その横に控えているグアチャロも同様だった。

 竜騎兵ジュヌーンはついに与えられた正義の任務を前に武者震いをする。罪のない異民族の者たちに多くの血と涙を流させる事となる民族浄化。たった今、その尖兵となる任務を引き受けた事など、今のジュヌーンには知るよしもない事だった。

 

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「ねぇねぇ、デニム! 一緒に買い物に行きましょう!」

「う、うん、姉さん。今行くよ」

 

 あの日、僕が真実を打ち明けた時から、姉さんの僕に対する態度が若干変化していた。以前も、姉弟にしては仲が良いね、とよく言われるような間柄だったが、今ではそれがさらに顕著になった気がする。

 

「あっ、ほらほら、見てデニム。あの服、可愛いわね!」

「そうだね。姉さんによく似合うと思うよ」

「本当ッ? う〜ん、ちょっと試着させてもらおうかしら?」

 

 姉さんの雰囲気が柔らかくなったのは良い傾向だと思うのだが、今も姉さんは僕の腕にベッタリとくっついて離れない。もしかして僕は、開いてはいけない扉を開いてしまったのだろうか。

 こうして二人で街中を歩く事も増えている。傍から見れば、仲のいい姉弟というよりカップル以外の何物にも見えないだろう。姉さんからの誘いを断るのも難しいため、こうしてズルズルと出歩いている。

 

「ねぇ、聞いてる、デニム?」

「うん、聞いてるよ、姉さん」

「もう。さっきから上の空になってばかりよ。……それとも、やっぱり私と居ても楽しくない?」

「そ、そんな事ないよ。だけどね姉さん。話した通り、もうすぐこのゴリアテが襲われるかもしれないんだ。どうしても気になってしょうがないんだよ」

 

 姉さんの追及を逃れる口実にしたが、それもまた懸念となっているのは確かだった。暗黒騎士団による襲撃。確かアレは、大漁祈願の祭りが行われた翌日の事だったように思う。その地竜の月のはじめまで、あと一週間もないのだ。

 

「そうね……。デニムの話を信じないわけじゃないけど、本当にこんな小さな港町をわざわざ襲いにくるのかしら。確かに、バクラムがローディスの騎士団を招き入れたというのは噂になっているけど……」

「うん。きっと来るよ。奴らの目的は、他でもない父さんと……姉さんなんだ。奴らはドルガルア王の遺児を血眼で探しているんだよ」

「…………」

 

 僕の言葉を受けて、姉さんはそっと目を伏せる。姉さんはまだ、自分がドルガルア王の娘であるという事実をしっかりと受け止められていないのだ。

 神聖文字を学んでいる姉さんは、僕たち姉弟が幼い頃から身につけている、お揃いの首飾りに刻まれた文字を読む事ができる。姉さんの赤い首飾りに刻まれた文字は『ラボン・ベルサリア・ザン・フォン、デストニア・レラ・フィーナン』。その意味は――――

 

 ――――我が娘ベルサリアに永遠の愛を。

 

 この首飾りは、ドルガルア王が我が子の誕生を祝って贈るはずだったものなのだ。女子であれば赤い首飾り、男子であれば青い首飾りを贈るつもりだったらしい。ブランタ経由で父さんの手に渡ったのだ。

 いわば、姉さんが王の娘である事を証明する動かぬ証拠。だけど姉さんは、その事実から目を背け続けている。僕にはそんな姉さんを責めることはできなかった。

 

「ねぇ、デニム……」

「なに?」

「このヴァレリアから、家族三人で逃げましょう?」

「え……」

 

 姉さんからの思わぬ提案に、僕は思考停止して固まってしまう。

 

「このままヴァレリアにいたら、私達は幸せになれないのよ。どこにいたって、きっと王の呪縛が私を追いかけてくる……」

「姉さん……」

「ねっ、いいじゃない? そうしましょうよ。三人で一緒に、どこか遠くへ行きましょう。私達のことを誰も知らない場所へ。そして家族三人で仲良く暮らすのよ……」

 

 正直に言えば、これから先ヴァレリアで起こる事を知らなければ、姉さんの提案に乗っていたかもしれない。家族三人で幸せに暮らす事。それがどれだけ尊いものか理解している。どれだけ求めても、そう簡単には手に入らないという事も。

 だけど。

 

「それはできないよ。姉さん」

「ど、どうして? どうしてなの?」

「…………」

 

 僕はすぐには答えず、ゴリアテの街並みを眺める。

 

 夕飯時が近い今、通りを歩く人達は大きな買い物袋を抱えていたり、帰りを待つ家族のために家路を急いでいたり様々だ。並んでいる屋台からは美味しそうな匂いが漂っているし、幼い子供を連れた母親が今晩の食卓に並ぶ魚を吟味している。

 

 平和な光景だった。

 

「僕はね、姉さん。これからこのヴァレリアで何が起きるか、知っているんだ。多くの罪のない人達が苦しみ、殺される。恨みが恨みを呼んでお互いを憎み合い、戦火はどんどん拡がっていく……」

「…………」

「その流れはもう止められないかもしれない。だけど、僕が動く事で少しでも苦しむ人が、犠牲者が減らせるなら……僕はそうすべきなんだと思う」

「どうして……? どうしてデニムなの? あなたじゃなくてもいいじゃない。わざわざそんな危険な事、あなたがする必要なんて……」

 

 姉さんは納得がいかないと首を振っている。僕はそんな姉さんの頬をそっと撫でた。いつの間にか、姉さんの身長を追い越していたんだな。

 

「ねぇ、姉さん。僕がこうして先の事を知っているのは、なぜだと思う?」

「それは……」

「きっとね、これは神様がくれたチャンスなんだよ。もう一度、僕にやり直せって言ってるんだ。そのおかげで、僕はこうしてまた姉さんと話ができる。父さんと会う事もできた」

「…………」

「確かに危険かもしれない。姉さんに心配をかけちゃうかもしれない……。だけど僕は、逃げたくないんだ。僕の知っている人たちが辛い目に遭うのを、黙って見過ごすなんて耐えられない。ここで逃げ出したら、きっと一生後悔していく事になる……。それは嫌なんだ」

 

 姉さんは僕の言う事を消化するように、じっとうつむいている。その姿を見て、あの時の光景がフラッシュバックする。バーニシア城で、僕の目の前で自らの命を絶った姉さんの最期。

 どうして姉さんが命を絶ったのか、あの時の僕には理解できなかった。それどころか、姉さんの事を自分の事しか考えられないワガママな姉だとまで考えていた。僕は最低な弟だった。

 

 きっと姉さんは、僕の事を深く愛してくれていた。

 

 だが僕は、解放軍のリーダーとしての役割に固執する余り、身内である姉さんの愛情から目を背けていた。いつだって姉さんは僕の心配をしていたのに、それを鬱陶しいとさえ思っていた。

 きっと姉さんは、そんな僕の態度に気がつき絶望した。唯一の家族だと思っていた弟が自分から離れていく。その事に耐えられなかった姉さんは、せめて僕の記憶に残るようにと目の前で命を絶ったのだ。

 

 目の前にじっと考え込む姉さんがいる。

 

 もし、姉さんがそれでもヴァレリアを離れたいというのなら、僕は従うつもりだ。確かに未来で起こる惨劇を防ぎたいという気持ちはある。でも、そのために家族を犠牲にするなんて本末転倒だ。

 

「……本当に、デニムはいつも勝手なんだから……」

「ごめんね、姉さん」

 

 うつむいたままの姉さんはポツリとつぶやいた。僕が謝ると、姉さんはゆっくりと顔を上げる。そこには、弟の悪戯を見て仕方ないと困り顔で笑うような姉の表情があった。

 

「……いいわ。許してあげる。弟のワガママを許すのは姉の役目だからね。……その代わり、これだけは約束してちょうだい。絶対に、一人で先走るような真似はしないで。必ず私や父さん、みんなを頼るのよ」

「わかってる。約束するよ、姉さん」

「そう……」

 

 僕がしっかりと頷くと、姉さんはクスリと笑った。

 

「さて、いい加減に帰らないと暗くなっちゃうわね。きっと父さんがお腹をすかせて待ってるわ。早く帰りましょう、デニム?」

「うんッ! 姉さん!」

 

 笑いあった僕達は、日が落ちつつある家路を、幼い頃のように手をつないで帰った。

 

 ――――その僕達の後姿を、物陰から見つめる人影に気が付かぬまま。

 




ジュヌーンさんに何かのフラグが立ったようです。
デニムくんとカチュアさんは仲良しこよしで結構な事ですね(ゲス顔)

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