ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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038 - Ninja Must Die

『しばらく留守にします プランシー・パウエル』

 

 それだけ書かれた張り紙が、教会の扉に貼られて風に揺れていた。俺達はその前で無言で佇んでいる。

 

「……まさかデニム達がゴリアテにいないとはな」

「私達の知る『過去』とは異なる、という事でしょうか……?」

「わからん。だがこうなると、デニムがこの世にいないという事もありうるが……」

「そ、そんな……」

 

 俺の言葉にラヴィニスは顔を蒼くする。極端な例えではあるが、あり得ない事ではない。俺達のもつ未来知識は役に立たなくなったと考えておいた方が良いだろう。

 

「残念ねぇ〜。やっぱり未来なんか知ってても思い通りになんかいかないって事かしら?」

 

 デネブさんはちっとも残念そうに聞こえない口調でそう言った。髪を指でくるくると巻いている。適当に言っているようだが、その内容は真理をついていると思う。

 

「……ここにプランシーが居ない以上、ゴリアテを襲撃する意味もない。恐らく私であれば、そのままハイムに帰還していただろうな」

 

 タルタロスはどうやら『もうひとりの自分』が気になるようだ。厨二病を患っている自分を他人として客観視する事で、少しずつ恥ずかしさが出てきたのだろうか。がんばって卒業してほしいものだ。

 

 教会の前で途方に暮れていると、どこからか扉を叩く音が聞こえ始めた。何かと思い音の方へと向かってみると、教会の裏、居住スペースの玄関だと思われる扉の前に、一人の青年が立っていた。

 

「クソッ! おい、デニムッ! カチュアッ! 出てこいよッ!」

 

 何度か扉を拳で叩いているが、ただただ無音が返されるだけだ。俺の耳にも、内部からは物音ひとつ聞こえてこない。誰も居ないのは明らかだった。

 青年はしばらく声を上げながら扉を叩き続けていたが、やがて力無くうなだれた。

 

「なんでだよ……。どうして俺に何も言わなかったんだ……」

 

 どうやら彼はデニム達の知り合いらしい。少なくとも、ここゴリアテにデニム達が住んでいたのは間違いないようだ。だとすれば、どうしてパウエル一家はいなくなってしまったのだろう。

 

「あれは……ヴァイスではないか。デニムと一緒ではないのか……」

「ヴァイス? あの青年がか」

 

 俺の問いにラヴィニスはこくりと頷いた。ヴァイスといえばデニムの親友だ。デニムは親友にも何も告げずに逐電してしまったようだ。

 

「すまない、そこの青年」

「あ……? だ、誰だよアンタ」

「俺の名はベルゼビュート。君はここに住んでいたデニム・パウエルの親友、ヴァイスだな?」

「そ、そうだけど……あッ! もしかしてデニム達がどこに行ったか知ってんのかッ!?」

「いや……悪いが、俺達もデニムの行方を捜しているところだ」

 

 俺がそう言うと、ヴァイスは警戒した表情を浮かべる。

 

「アンタら……もしかして、ローディスの奴らか?」

「む? なぜそう思ったのか知らんが、違う。このゴリアテには先ほど到着したばかりだ」

「…………」

 

 ヴァイスは毛を逆立てた猫のように警戒しているが、俺は彼の目を真っ直ぐに見つめ返す。すると彼はひるんだように、そっと目をそらした。そのまま地面へと視線を落とす。

 

「……聞いたんだよ、俺。デニムの親父が広場の真ん中で、いきなり大声で叫んだんだ。ローディスの間者って言ってた……。狙いは知ってるって、プランシー・モウンはここにいるってそう言ってたんだ」

「なんだと……?」

「ゴリアテを出るから追いかけてこいって言って、そのまま転移石でどっかに行っちまった……。デニムもカチュアも連れていっちまったんだッ!」

 

 ヴァイスは怒りをぶつけるように、扉に拳を打ちつける。

 その言葉で大体の事情を察する事ができた。本来は隠していたはずのモウンの姓を名乗り、ローディスの間者……つまりスパイに対して挑発するような物言い。明らかに今晩行われるはずだったゴリアテの襲撃を防ぐための行動だ。

 だが、デニム達は一体どうやって襲撃の事を知ったのだろう。

 

「クソッ! 何が起きてやがる! どうしてローディスなんかがデニムの親父を狙うんだッ!」

「……ヴァイス。俺達は恐らく、その疑問に答える事ができる」

「ベル殿ッ!?」

 

 ラヴィニスが俺を止めようとするが、俺は目でそれを制する。

 

「マ、マジかッ!? なあッ! 教えてくれよッ! アイツらはなんで消えちまったんだ!? デニムは、カチュアはどこいっちまったんだッ!?」

 

 俺にすがりつきながら質問を重ねるヴァイス。

 それに答えようと口を開いたその時、わずかな殺気を察知した。

 

「ムッ!」

 

 ヴァイスと俺を狙うように放たれた物体を、動体視力を駆使して腕で弾く。弾ききれなかった分は、ヴァイスをかばうようにして背中で受けた。チクリとした刺激が、指圧マッサージを想起させて痛気持ちいい。

 物体は小さな金属片で、先端が鋭く尖らされた棒のような形状をしている。ほとんど音もなく飛翔するため、聴力が増した俺でも気づくのが遅れてしまった。これって、いわゆる棒手裏剣ってやつか? ニンジャナンデ!?

 俺はいくら食らっても問題なさそうだが、ラヴィニスは危険だろう。

 

「ラヴィニス、俺の影にヴァイスと入れッ」

「この程度なら……問題ありませんッ!」

 

 再び同じ棒手裏剣が投擲されたが、ラヴィニスは腰の突剣を抜いて器用に操り弾き飛ばす。不意打ちでなければ問題ないようだ。騎士の技は伊達ではないということか。

 デネブさんは、と思ったら、とっくにホウキで上空に避難している。あのまま魔法が撃てるんなら、爆撃機みたいなもんだよな。魔女っ子、恐ろしいぜ……。

 あ、タルタロスは特に心配してなかったけど、きちんと物陰に退避してた。さすがに丸腰だからラヴィニスみたいな真似はできないようだ。

 

 どうやら複数人が物陰に隠れながら投擲を繰り返しているらしい。いい加減、うっとうしいので反撃しようとタイミングを図っていたら、突如として奴らの動きが止まった。

 その隙に足元に落ちていた棒手裏剣をいくつか拾い、奴らのいる位置へと投げ放つ。空気を切り裂きながら飛んでいった金属片は、奴らが隠れていた壁や木箱を貫通。遅れて、俺の耳に男のうめき声が届いた。どうやら命中したようだ。

 

 奴らが動きを止める際に魔力の動きを感じたので上空を見ると、デネブさんがホウキの上でパチンとウィンクしているのが見えた。だが、スカートの中は見えない。一体どういう仕組みなんだ……。

 俺は悶々としながら、隠れている奴らを回収しに動いた。

 

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 俺達の前に、縄で縛られた男たちが数人横たわっている。

 もちろん、そういうプレイではない。

 

 男たちは一様に黒ずくめの格好をしている。闇に紛れるのにうってつけの衣装だ。というかこいつら、どっからどうみても忍びの者なんですが。まさかこの世界にも忍者がいたなんて……。現代日本で忍者に会った外国人の気分だよ。

 

「な、なんなんだよ……いきなり」

「それはこいつらに聞いてみればわかる事だろう」

 

 俺達を襲ったからには何か理由があるはずだ。だが男たちは、口を硬く閉じて開こうとしない。やはり忍者ともなれば、敵に捕まってもそう簡単には情報を吐き出さないのだろう。

 どうすんべか、と思案していると、今まで隠れていたタルタロスが前に出る。

 

「……『影』か」

「なッ! そ、その声は……!」

 

 たった一言だったが、男たちの反応は劇的だった。タルタロスがフードを下ろすと、やつの渋いイケメンフェイスが露わになる。なんなんだその眼帯は。伊達政宗でも意識してんのかコラ! ……っと危ない危ない、ヤツのツラを見ると無性に喧嘩が売りたくなるな。

 

「な、なぜ閣下がこちらに……!」

「ふん……貴様らには関係のない事だ。だが、なぜこいつらを狙った?」

「ハッ、知らぬ事とはいえ失礼いたしましたッ! 我々は閣下のご命令通り、プランシーの捜索に当たっておりました。ゴリアテにて情報収集していたところ、我らの事情を知ると思われる者がおりましたので、捕縛した上で尋問する予定でした」

 

 やはり、暗黒騎士団が動いていたのは間違いないようだ。そして、この時間軸のタルタロスが別にいる事も……ええい、ややこしいな。俺達と一緒にいる方をタルタロスで、別の方はベツタロスでいいやもう。

 ベツタロスは俺らの知る通りにゴリアテを襲撃しようとしたが、デニム達が逃げ出してしまったから当てが外れてしまったというわけだ。ザマァ!!

 

「……今晩の襲撃は中止、そうだな?」

「ハッ。ご命令通り、襲撃計画の中止は各所に通達済みです」

「ふん……。ならば、私がこの先どう動くかも聞いているな?」

「ハッ……王都ハイムに帰還なされると聞いておりましたが……」

 

 タルタロスはそれを聞いて、口元を微かに歪める。

 

「フッ……プランシーの確保に失敗か。我が事ながら、次の一手が気になるところだな」

「……黙って見ているつもりか?」

「ふん。滅多にできん体験だからな。自分がどう動くか高みの見物というのも面白い」

 

 こいつ……ベツタロスがどう動くかニヤニヤ笑いながら見てるつもりか。趣味悪すぎるんですけどぉ。

 

「あら〜、タルちゃん趣味わる〜い♥」

「…………」

 

 やっぱりデネブさんが最強説あるでこれ。

 

「あ、あの……閣下、こちらの方々は一体……?」

「む……」

 

 聞く事も聞いたし、もういっか。

 

 槍を軽く振って頭に一撃。もちろん手加減はしてるから気絶させただけだ。多分。

 ピクリともしなくなった忍者たちを路上で一か所にまとめておいた。きっと通行人は、特殊なプレイの一環とでも思ってくれるだろう。うんうん。

 

「あ、あのよ……俺って忘れられてないよな?」

 

 俺達のやりとりを呆然とした表情で見ていたヴァイスは、やっと我を取り戻したようだ。こいつもしかして、いじられキャラじゃね?

 

「…………ああ」

「なんなんだよ、その間はよぉッ! 絶対忘れてただろッ!」

「いや、忘れてないぞ」

「そ、そもそもアンタらは一体なにもんなんだよッ! なんであんな攻撃食らってピンピンしてんだよッ! どうして襲ってきた奴らがいきなり敬語で喋りだすんだよッ! わけわかんねぇよッ!」

 

 うむ、ナイスツッコミだ。

 

「落ち着け。ここで話してもいいが人目が多い。場所を移すぞ」

 

 俺がそう言うと、ヴァイスも渋々うなずく。

 適当な場所もなかったので、俺達はすぐ近くの空き教会の中へと場所を移した。

 

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「ジュヌーン、竜騎兵団の準備はどうだ?」

「グアチャロか……。そうだな、欲を言えばもう少し時間が欲しいが、国内の反乱分子を放置するわけにはいくまい。あとは実戦でどうにかするしかないだろう」

 

 赤い鎧を身に着けた竜騎兵団団長ジュヌーンは、グアチャロの問いにやや渋い表情で答えた。

 もともと実験部隊である竜騎兵団は、実戦を想定して作られた部隊ではない。バルバトス枢機卿の命令を受けて急遽として準備が進められたが、訓練などはそう簡単にできるものではない。

 

「そうか。早速だが情報が入った。北のエクシター島に、バスク村という小さな村落がある。一見すれば無害に見えるが、その実態は体制反覆を目論むゲリラ共のアジトのようだ。奴ら、女子供もゲリラの工作員として活動させているらしいな」

「……なんということだ。奴らには人の心というものが無いのか」

 

 いっぺんの疑いももたずに、グアチャロの言葉を信じるジュヌーン。それどころか、女子供まで工作員とするゲリラ達の汚いやり方に嫌悪感さえ抱いていた。

 グアチャロは、内心の大笑いを隠しながら言葉を続ける。

 

「……枢機卿猊下も大変お嘆きだ。だが、女子供であろうと罪は罪。血をもって贖いとするほかあるまい。一人でも逃せばゲリラの芽を摘む事はできん。猊下は村民の殲滅をお望みである」

「くっ……」

 

 村民の殲滅、つまり皆殺しである。その酷薄な任務内容に苦悩するジュヌーン。心優しい彼にとって、その任務は何よりも苦痛であった。だが、ゲリラは根絶やしにしなければ意味がない事も理解している。一人を見逃せば、その何十倍もの人死にが生まれるかもしれないのだ。

 

「やってくれるな、ジュヌーンよ」

「……仕方あるまい」

 

 それは奇しくも、かつてのバルマムッサでデニムが口にした言葉だった。

 

 ジュヌーンは、己の正義と、バルバトス枢機卿への忠誠と、ガルガスタンの平和のために、自らの手を汚す事を決断した。自らの手を汚す事で、世界がよりよいものになると信じていたのだ。

 

「……そうか、やってくれるか」

 

 グアチャロはニヤリと笑ってみせる。

 

 大義のために手を汚すジュヌーン。しかし彼は、その大義が一人の野望によって形作られている事を知らない。それは確かに、一部のガルガスタン人にとって素晴らしい未来なのかもしれないが、多くの血と涙を生む事になる呪われた未来だった。

 

「頼んだぞ、ジュヌーン」

「ああ、猊下のご期待に沿えるよう、精一杯努めよう」

 

 皮肉にもその言葉通り、彼の決断はバルバトス枢機卿を満足させるものだった。

 ジュヌーン率いる竜騎兵団は、バスク村を目指して出発する。

 




ヴァイスくんは見事にオリ主一行がキャッチ! 忍者死すべし、慈悲はない。
そしてジュヌーンさんは、殺すKAKUGO完了。オクシオーヌちゃんニゲテ!

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