僕、デニム・パウエルは、自責の念と後悔でドロドロとする心を抱えながら、半ば自暴自棄になって『死者の宮殿』と呼ばれるダンジョンに単身で潜り込もうとしていた。
『ゴリアテの若き英雄』なんて呼ばれ、ウォルスタ解放軍のリーダーに担ぎあげられているが、僕は家族や親友を救う事もできない無力な英雄だと思い知ったからだ。
親友だったヴァイスは、暗黒騎士オズの一撃から身を挺して僕をかばい、命を落とした。その直前に、家族であるはずのカチュア姉さんから殺されかけた僕は、ショックを受けて放心していたのだ。
そのカチュア姉さんも、説得に失敗して僕の目の前で自ら命を絶った。最後まで、姉さんの気持ちが理解できなかった。確かに二人きりの姉弟だが、僕はこれまでにたくさんの人から意思を託されてきたのだ。大義のために、僕がこの手を汚して虐殺した同胞達は、きっと僕の一挙手一投足を見ているに違いない。僕には解放軍のリーダーとしての責任があり、もう、二人だけではいられない。
だが、もっとうまいやり方があったのではないか。ヴァイスを、カチュア姉さんを救う事ができたのではないか。後悔は尽きず、フィダック城の執務室で僕はひたすら自分を責め続けた。
その間にも、解放軍の人々は僕にリーダーとしての姿を求める。身内の死に嘆きながらも、前に進みつづける頼りになるリーダー像を、僕に求めるのだ。
もう、うんざりだった。
そんな時、ヴァレリア島の北西にあるエクシター島で起きた『謎の爆発』の噂と、その島にある『死者の宮殿』の噂を耳にしたのだ。死者や魔物が蠢き、強力な遺失魔法や武器、死人を蘇らせる事すらできる財宝が眠るというダンジョンの噂を――。
死者の蘇生など、おとぎ話に過ぎないと思う。しかし、心の弱った今の僕には、あまりにも甘美な誘惑だった。もう一度、親友のヴァイスと話したかった。僕の弱音を聞いてほしかった。もう一度、カチュア姉さんと話したかった。本音をぶつけあい、わかりあいたかった。
付き人や仲間達の制止をふりきり、僕はエクシター島へと向かったのだ。
--------------------
「こんなところに人が……? ……なっ! お、お前は! 屍術師ニバス!」
「これは、これは……。あなたは確か……う〜ん……。そうだ、デニムくんでしたね。再会できて本当に嬉しいですよ。それとも、ゴリアテの若き英雄とお呼びする方がよろしいですかねぇ?」
まさか、こんなダンジョンで生きた人間に出会うとは思わなかった。ましてや、相手があの屍術師ニバスだとは。ニバスが口にする『ゴリアテの若き英雄』という呼称が、僕の弱った心を苛む。
屍術師ニバスは、敵であるガルガスタン軍に所属していた魔術師だった。民族紛争や島の覇権の行方には全く興味はないニバスがわざわざ戦争に参加したのは、『不老不死の研究』のために新鮮な死体を確保するためだった。奴は、屍霊術と呼ばれる魔法を操り、死者を冒涜する邪悪な存在なのだ。
解放軍の騎士レオナールさんがニバスの部下に捕われたところを、僕達が救出に向かった。その流れで、僕もニバスの討伐に加わったのだ。
あの時は、不老不死を追い求める奴の言葉が、全く理解できなかった。しかし、多くの死を見て、大切な人達を喪った今の僕には、奴の気持ちが何となく理解できる。
「……知り合いか?」
「おや、そうでした。貴方は彼の事などご存知ないでしょうねぇ。地上では有名人なンですが」
ニバスの傍らに立っていた男性が、ニバスに声を掛けている。改めて彼の姿を目にして、思わず息を呑んだ。銀色の髪は珍しいが、それ以上に宝石のような赤い瞳に目を惹かれる。
彼がチラリとこちらを見ると、それだけで僕は動けなくなってしまった。間違いなく僕よりも格上だ。立っているだけで、圧倒的なプレッシャーと風格を感じさせる。聖騎士ランスロットさんに何度か訓練をつけてもらったが、もしかしたら彼はランスロットさん以上の実力者かもしれない。
「そうか。俺の名はベルゼビュート。好きに呼んでくれて構わない」
「あ……あ、あの、僕は、デニム・パウエルです」
思わず声が上ずってしまった。情けない。こんなでは、解放軍のリーダーとしてやっていけない。
ベルゼビュートさんは、僕の顔をジッと見て、それから僕の後ろを覗き込んでいる。
「あ、あの……?」
「ああ、すまない。一人で来たのか?」
「…………はい」
「そうか。このダンジョンは長く険しい。お前の実力を疑うわけではないが、その装備で一人で進むのは自殺行為だろう。……いや、それとも自殺しにきたのか?」
「っ!」
図星を指されて思わずビクリと身をすくませる。死んでしまっても構わない、とどこか投げやりに考えていたのは間違いなかった。
「ふむ……。何か事情がありそうだな。俺で良ければ話を聞こう」
ベルゼビュートさんは、どかりと床に腰を下ろす。すっかり話を聞くつもりのようだ。ニバスとの親しげな様子からニバスの仲間だと思われるが、彼の態度は僕への敵意を全く感じさせない。それどころか、超がつくほどのお人好しなのかもしれない。
「おやおや……これは、面白い事になりましたねぇ」
彼の隣に立っていたニバスが、ニヤリと笑っている。
「ニバス殿。迷える若者を導くのは年長者の役割だと思わないか」
「ははは、ですが彼の抱える事情は、とても一人や二人で解決できるようなものとは思えませんねぇ」
「……そうか。だが解決できないとしても、誰かに話すだけで違うものだ。それに、一人や二人ではダメだとしても、それは常人の話だろう? 忘れたのか、俺は『ドラゴンを食らう男』だ」
「……ふふ、そうでしたねぇ。確かに貴方なら、彼の大きな助けになるかもしれません」
ニバスは愉快そうにベルゼビュートさんと話している。『ドラゴンを食らう男』というのは、何かの比喩だろうか。彼はドラゴンを倒した事がある、ドラゴンバスターなのかもしれない。
あくまでも僕を年下の若者扱いして心配してくれるベルゼビュートさんの優しさに、荒んでいた心が温かくなった。思えば、いつからか上に立つ事に慣れていたのだ。姉さんや親友を失い、弱音を吐く相手もおらず、僕は独りで立たなければならなかった。
僕は、ゆっくりと、口を開いた。
「ベルゼビュートさん……貴方なら……貴方なら、どうしますか。大義のために、少数を切り捨てる事ができますか。身近な人を喪っても、それでも立ち続ける事ができますか――」
--------------------
★ (注) 以下は原作Lルートでの、大まかな舞台背景とストーリーの解説になります。すでに把握済みの方は次話まで読み飛ばしてくださっても構いません。
このヴァレリア島では今、三つの陣営が島の覇権をかけて戦争を続けている。ウォルスタ人、ガルガスタン人、バクラム人という三つの民族による民族紛争だ。
きっかけは、北部を治める旧貴族階級のバクラム陣営が、外部の大国であるローディス教国の暗黒騎士団ロスローリアンに援軍を要請したことだった。際どかったパワーバランスがあっという間に崩壊し、バクラム陣営は島の半分を支配下に治めて『バクラム・ヴァレリア国』の建国を宣言したのだ。
それに刺激され、今度は数の優位を持つガルガスタン陣営が島西部のコリタニ地方を中心に『ガルガスタン王国』を建国。民族浄化の題目で、少数派であるウォルスタ人を虐殺、弾圧していく。結果として多くの罪のないウォルスタ人が命を奪われ、強制収容所に収容されて労働を強いられた。
その流れに抵抗するウォルスタ人が集まり『ウォルスタ解放軍』を結成するも、半年に渡る戦いの中で指導者であるロンウェー公爵がガルガスタンによって捕縛され、活動を縮小せざるを得なくなっていた。
バクラム陣営の暗黒騎士団によって僕の住んでいた港町ゴリアテも襲撃され、父さんは奴らに拉致された。それをきっかけにウォルスタ人である僕は、姉であるカチュア姉さん、親友のヴァイスとともに、解放軍の一員としてゲリラ活動に身を投じたのだ。
そんな活動の日々の中で、暗黒騎士団の首領であるランスロット・タルタロスが、港町ゴリアテにやってくるという情報を手に入れた。
起死回生の策として、奴の暗殺計画を実行しようとした僕達だったが、なんと暗殺しようとした相手は、全くの別人である事が判明した。同じランスロットという名前だが、こちらは暗黒騎士団の所属するローディス教国とは対立関係にある、新生ゼノビア王国の聖騎士だというのだ。いや、正確には放逐されたらしく、元聖騎士だったが。
その後、ウォルスタ解放軍の傭兵となったランスロットさん達の力を借りて、占領されたアルモリカ城を襲撃し、幽閉されていたロンウェー公爵を見事に取り戻す事ができた。
ロンウェー公爵の指示のもと、いくつかの任務をこなしていた僕だったが、日に日に情勢は悪化する一方だった。ガルガスタン軍の勢いは激しく、数の少ないウォルスタ陣営はどんどん追い込まれていく。それは、バクラム陣営と中立の協定を結んでも変わらなかった。
そんな中、僕に一つの任務が下る。弾圧されたウォルスタ人達がいるバルマムッサ強制収容所に向かい、彼らを奮い立たせて武装蜂起させる、という内容だ。ガルガスタンに対抗するためには、立ち向かうウォルスタ陣営の数を増やさなければならないからだ。
ニバスの部下から救出した騎士レオナールさんと共に、バルマムッサに向かう僕達だったが、そこで僕を待っていたのは冷めた現実だった。
「デニムくん……よく聞いてくれ。これから……町の住人を1人残らず殺すんだ」
「!!」
自治区と名付けられた強制収容所にいたウォルスタ人達は、すっかり牙を抜かれてしまっていた。僕達の必死の説得にも応じず、抵抗すれば犠牲が増えるだけだと言ってはばからなかった。
このままでは武装蜂起など無理だ、と考えた僕に対して、レオナールさんは町の住人達、つまり同胞であるウォルスタ人達の虐殺を命じてきたのだ。どうやら、ロンウェー公爵はこうなる事を予想して、あらかじめレオナールさんに命令を出していたらしい。
ガルガスタンを装いバルマムッサの住人達を虐殺することで、他の自治区にいるウォルスタ人に武装蜂起を余儀なくさせ、否応なく戦いに駆り出すのだ。
同時に、僕たちはガルガスタンに立ち向かうための大義名分を手にする事ができる。
「……従ってくれるな? こうしなければウォルスタに明日はない!」
「……わかっています。理想のために、この手を汚しましょう」
こうして、僕はこの手を、同胞達の血で染める事になった……。
それから紆余曲折があり、今の僕は解放軍のリーダーとして立っている。ロンウェー公爵は指導力不足が浮き彫りとなり、レオナールさんの手によって排除された。レオナールさんも僕に意思を託して、公爵暗殺の罪をかぶり命を落とした。
僕を信じてついてきてくれた仲間達も、多くはガルガスタンや暗黒騎士団との戦いの中で命を落としていった。彼ら彼女らは、誰もが僕に意思を託し、平和な世界を願って死んでいった。
僕の歩いてきた道は、多くの人の血で染まっている。
というわけで、原作的に言えば、このデニム君はLルートでネームドな仲間が死にまくってハードモードになっちゃってます。PSP版のゆとり仕様でも仲間は死ぬからね。仕方ないね(レ)
【バクラム】
金持ちが多く、暗黒騎士団を外部から呼び込んで戦争のきっかけを作った。
トップはフィラーハ教という宗教をバックに政治力でのし上がったブランタ司教。
【ガルガスタン】
数が多く、主人公陣営であるウォルスタ人を弱い者いじめしている。
トップは強硬派のバルバトス枢機卿。
なかなか有能だったが、陽動作戦で主人公の強襲を受けて敗北の末、自害。
【ウォルスタ】
主人公陣営。少数派で一番の弱小。他陣営に迫害されまくって、窮鼠猫を噛む状況に。
トップは主人公が救出したロンウェー公爵だったが、無能アンド無能につき排除された。
現在は主人公をトップに、バクラムを追い詰めつつある。