ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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040 - Fatal Suggestion

「見えたよ父さん、姉さん。アルモリカ城だ」

 

 僕の呼び掛けに、下を向いて歩いていた父さん達が視線をあげる。僕の中にある記憶通り、静かな湖畔にそびえるアルモリカ城は白く優雅な佇まいを見せている。

 

「うむ。何度か訪れた事もあるが、変わりないようだ」

「大きいわね……」

 

 感嘆の声をあげる姉さん。ゴリアテにはこんな大きな建物はない。これまでゴリアテから出る事のなかった僕達にとって、初めて見る巨大な建築物なのだ。だが、僕には既視感しかなかった。

 一度も訪れたはずのない場所なのに、僕の中にはこの城での様々な出会いや戦いの記憶がある。記憶の中のアルモリカ城は、二度もガルガスタン軍によって占拠される事となった。それは何とか防がなくてはならない。

 

「父さん、手はず通りでいいね?」

「ああ。やってみるしかないだろう。ロンウェー公爵がどう出られるか、不安ではあるがな」

「……ねぇ、デニム。本当にロンウェー公爵は信用できるの?」

「……うん。信用はできると思う。あの人は常にウォルスタの事を考えているから……ただ……」

「ただ?」

「あの人は娘と孫を内戦で失った。だからかな、時々ものすごく冷酷な手を打つ事があるんだ。ほら、話しただろ? バルマムッサの虐殺を……」

「……私なら、デニムだけに手を汚させたりしないわ」

 

 姉さんが暗い表情でつぶやいた。その言葉通り、姉さんは僕と一緒に手を汚す事を選んだのだ。姉さんにそうさせたのは、僕の責任なのだと思う。当時の僕は、その事の重みをよく理解していなかった。

 父さんは、僕が同胞達を虐殺した事について何も言わなかった。神父である父さんにしてみれば、それはショックな告白だっただろう。罪深い息子だと思ったはずだ。だがそれを口にする事はしない。

 

 僕達はしばらく無言のまま、アルモリカ城を眺める。

 

「……行こう」

 

 僕の呼び掛けに、二人は頷いて応えた。

 

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「閣下、不審な来訪者が閣下への取り次ぎを願っております」

「なに?」

 

 執務室で書類に署名を入れていたロンウェー公爵は、忙しなく手を動かしながら部下の報せに目線を上げる。開戦の近いこの忙しい時期にどこの馬鹿が来たというのか。

 

「何者だ?」

「それが、バクラムのブランタ(ゆかり)のものと名乗っていて……」

「なんだとッ!?」

 

 今度こそ驚いたロンウェーは、握っていたペンを取り落として立ち上がる。バクラムのブランタといえば、バクラム・ヴァレリア国の摂政。ウォルスタの指導者であるロンウェーにとっても無視する事のできない相手である。

 

「謁見の間に通せ。会おうではないか」

「ハッ。念の為、警護を増やします」

 

 開戦が近い今、身分を偽ったガルガスタンからの刺客という事もありうる。だが、ロンウェー自身はその可能性は低いと見ていた。もしそうならば、もっとマシな名乗りをするだろう。まだ直接的な戦闘はないとはいえ、バクラム陣営とウォルスタ陣営も敵対関係にあるのだ。

 だからこそ、ロンウェーには解せなかった。本物だとしたら、一体その目的はなんだというのか。バクラムからの使者として、宣戦布告でもしにきたのだろうか。それとも。

 

 ロンウェーが謁見の間に入ると、そこには三人の男女がひざまずいていた。

 先頭にいるのは初老の男性。フィラーハ教の神父服を身にまとっており、ひざまずく姿も堂に入っている。常日頃から祈りを欠かさない敬虔な神父なのだろう。

 その後ろに控える二人の男女。まだ若く成年前のようにも見える。歳の差から言って、前にいる男の子供たちであろうと推測した。なぜわざわざ親子でやってきたのか、興味を惹かれる。

 

「面を上げよ。直答を許す」

「はい」

 

 ロンウェーが声を掛けると、神父の男が顔をゆっくりと上げる。その顔には確かにブランタの面影が感じられた。何度か王都へと足を運んだ際に、司教であったブランタとは顔を合わせた事がある。

 

「バクラムのブランタ摂政に縁のある者と聞いたが?」

「はい。私は、ブランタ・モウンの実弟、プランシー・モウンと申します」

「なに……? 摂政殿に弟がいたとは初耳だな。それで、何用で参られた?」

「恐れながら……閣下に一つ、進言をしたく参りました」

「進言だと……?」

 

 プランシーからの思わぬ言葉に片眉を上げるロンウェー。仮にも敵対するバクラム人の進言など受けられるか、と考えたロンウェーだったが、まずはその内容を聞いてみなければ判断のしようもないと考え直す。

 

「……話してみよ」

「はい……。その前に一つ確認したい仕儀が。目下、ガルガスタン軍の蠕動は止まず、閣下の率いるアルモリカ軍との開戦も近いと愚考いたしますが、間違いないでしょうか?」

「……ふん。ウォルスタの民達には以前からそう話しておる。危機感の足りん民達にその実感は無いようだがな」

「なれば閣下。いかがでしょう――バクラムと和議を結んでは?」

「…………」

 

 やはりそう来たか。ロンウェーの脳裏にまず浮かんだのはその言葉だった。そして次に浮かんだのは、ふざけるなという罵倒。ロンウェーにとって、娘と孫を失う内乱を招いたバクラム人達は許しがたい存在である。

 しかし一方で、ロンウェーは計算高く理知的な男でもあった。今ウォルスタが直面している危機を思えば、とるべき手など限られている。敵の数が多いのであれば、味方を増やすというのは当たり前の手だ。

 出かかった罵倒を飲み込み、表面上は冷静を保ったままロンウェーは尋ねる。

 

「……つまり貴殿は、バクラムの使者としてここにいると考えて良いか?」

「いいえ。私はバクラムの使者ではございません。あくまで、ブランタの弟としてここにおります」

 

 なるほど、つまりは公式な使者ではなく、ブランタからの私的な打診というわけだ。ロンウェーはプランシーの言葉をそう解釈した。公式な使者となれば、ガルガスタンや貴族たちにあらぬ刺激を与える恐れがある。それを嫌ったのだろう。

 バクラムも、ウォルスタより数は多いとはいえ、ガルガスタンに比べれば少数派に過ぎない。ガルガスタンが王国を建国した今、一番危機を感じているのはブランタ自身だろう。せっかく手に入れた一国の主という地位を失うかもしれないのだ。

 しかしだとすれば、一つわからない点がある。

 

「ふむ……しかし解せんな。バクラムには、かの大国ローディスより派遣された戦力があると聞いているが。バクラムに我々と手を結ぶメリットがあるとは到底思えん」

「――その点については、一つ訂正を」

 

 ロンウェーの疑問に答えたのは、プランシーではなかった。その声の主は、プランシーの後ろに控えていた青年。まだ幼さの残る顔立ちではあるが、意思の強さを感じさせる瞳が印象的だ。

 

「貴殿は?」

「失礼いたしました。私はデニム・モウン。このプランシーの長男です」

 

 やはり親子だったようだ。ロンウェーは頷いて続きを促す。

 

「ローディスから派遣された戦力は、十六ある騎士団の筆頭として知られる暗黒騎士団ロスローリアンです。その団長は、教皇の信頼厚い右腕でもあるランスロット・タルタロス卿……」

「ほう。それは頼もしい事だ。戦力に乏しい我々としては羨ましい限りだな」

 

 ロンウェーの当てこすりにも怯まず、デニムは言葉を続ける。どうやら胆力も十分のようだ。

 

「バクラムの求めに応じて派遣された暗黒騎士団ですが、実のところ、ブランタ枢機卿の命令で動いているわけではありません。タルタロス卿の判断で動いているのです」

「ほう……」

 

 思いがけず知ったバクラムの内情に、興味深そうな声をあげるロンウェー。だとするなら、ブランタの焦りも理解できる。恐らく暗黒騎士団とやらは、参戦に積極的ではないのだろう。所詮は外部勢力であり、いざとなればさっさと逃げ出してしまう恐れすらある。

 

「なるほどな。摂政殿は思い通りに動かぬ暗黒騎士団に手を焼いているというわけか。そして、ガルガスタンの圧力に抵抗するために、我らウォルスタと手を結ぶ……か」

「はい……。いかがでしょうか?」

 

 ロンウェーは髭をこすりながら黙考する。確かにバクラムと同盟を結べれば恩恵は大きい。ガルガスタンも二つの陣営を同時に相手するのは躊躇するだろう。最終的には戦争は避けられないだろうが、ウォルスタにとって貴重な時間稼ぎにもなるかもしれない。

 ウォルスタ人の感情としては、バクラムよりもガルガスタンへ向ける敵意の方が強い。これまで直接的な戦闘もなく、同じ少数派でもあるため反バクラム感情は比較的薄いのだ。バクラムと同盟を結べば反発は必至だろうが、一定数以上の理解を得る事は可能だろう。

 

 つまり最後に問題となるのは、ロンウェー個人の感情。

 最愛の娘と孫娘を失う原因を作ったバクラム人を許せるか、否か。

 

 ここに来てロンウェーの中で、私怨とウォルスタの未来が天秤に掛けられつつあった。

 

「……重要な事ゆえ即答はできぬ。一晩待ってほしい」

「かしこまりました」

 

 頭を下げるプランシー達に見送られ、部下に部屋を用意してやるよう指示しながら、謁見の間を後にするロンウェー。優雅な外見とは裏腹にやや無骨な内装の廊下を歩きながら、彼の胸の内では葛藤が渦巻いている。

 

 ウォルスタの行く末は、彼の決断へと委ねられた。

 

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「……良い天気だな、ラヴィニス」

「現実を見てください、ベル殿」

 

 現実逃避して空を見上げる俺に、ラヴィニスからのキツい一言。

 

「……俺達はゴリアテを出て、クリザローへと向かうつもりだったな?」

「ええ、そうですね。しかし、我々がいるのはクリザローではありません」

 

 ゴリアテに滞在していても埒が明かないということで、すぐに出発する事に決めた。幸いな事にゴリアテまで乗せてくれた船がまだ残っていたので、交渉の結果クリザローの町まで乗せてもらえる事になったのだ。俺がいれば海賊が来ても安心だからと、快くオーケーしてくれた。

 

「……なんで俺はこの人達についてきちまったんだ……」

 

 ヴァイスが頭を抱えている。迷っていたようだが、最終的に俺達についてくる事に決めたのだ。やはり、どうしてもデニムとカチュアにもう一度会いたいらしい。青春だなぁ。

 父親は健在のようだが、可愛い子には旅をさせよの精神で気持ちよく送り出してくれたらしい。そろそろ戦争も始まりそうなのに、ちょっとのん気すぎるな。

 

「うふふ♥ 船に乗ってれば、こういう事もあるわよね。これがきっかけで、思わぬ出会いがあるかも知れないし。ね、タルちゃん?」

「……ふん」

 

 相変わらずデネブさんのマイペースさに、タルタロスはムッスリと口と目を閉じている。しかしデネブさんの言葉にピクリと目元が動いたのを見逃していないぜ。

 ちなみにカボちゃんは船室でぐっすり寝ているようだ。

 

「それで、ここは一体どこなんだ?」

「へぇ。それがあいにく、サッパリでさぁ」

 

 俺の問いに船長が申し訳なさそうに答えた。だが彼を責める事はできない。

 

 ゴリアテを出港した俺達は北西へと進んでいたが、その途中で大嵐に遭遇してしまったのだ。それも、船乗り達も経験のないほどの大波で、あっという間に俺達の乗る船は流されてしまった。上も下もないようなシケだったが、船が転覆しなかったのは僥倖だった。デネブさんが何かしたのかもしれない。

 船は波に流されるまま見当違いの方向へとどんどん進んでいき、やっと嵐が晴れる頃には大海原のど真ん中だったというわけだ。さすがの船乗りたちも、何の目印も見当たらない場所ではお手上げである。

 

「もぅ、しょうがないわね〜。あたしが見てきてあげるわ」

 

 いつものようにホウキに腰掛けたデネブさんは、空高く飛び上がった。相変わらず見えそうで見えない。ヴァイスもやはり健全な男子なのか、空へ飛んでいくデネブさんを凝視している。

 しばらく船の上をグルグルと回っていたデネブさんは、やがて船の甲板へと降り立った。

 

「あっちの方に陸地が見えたわよ。町みたいなものもあるみたいね♪」

「おおっ! ありがてぇ! おい野郎ども、帆を張れ!」

 

 船長が声を掛けると野太い声で返事が返ってくる。

 良かった良かった、これで遭難せずに済みそうだな。

 

 

 ――――そして数時間後、俺達は再び頭を抱える事になった。

 

「あんだこらぁッ!? 俺ら『青ひげ一家』を敵に回すつもりかッ!?」

「うるせぇ、この木っ端海賊が! そっちこそ『ビッグ・パパ海賊団』を舐めてんじゃねぇぞッ!」

 

 見るからに海賊だとわかる荒くれ者たちがガンを飛ばしあっている。この二人だけでなく、町にいる男達はみんな似たり寄ったりの格好だ。なんか全体的にくさそう。

 港に止められている船は、どれもこれも帆が黒く塗られていたり、ドクロマークが描かれていたり、どっからどうみても海賊船ばかりに見える。

 

「……この町はどうやら、前に聞いた『海賊達の集まる町』のようだな」

「ええ……。確か『港町オミシュ』と呼ばれていたはずです。ドルガルア王の支配にすら頑強に抵抗を続けた、由緒あるならず者達の町ですね……」

 

 俺のつぶやきに、ラヴィニスは力無く答える。俺もテンションは最低に近い。遭難寸前だったから贅沢は言えないが、どうしてよりによってこんな町に流れ着いたんだ。海賊の集まる町と聞いて期待してたのに、実物を見てしまうと急激に萎えてしまった。

 

「……なんで俺はこの人達についてきちまったんだ……」

 

 さっきと同じセリフを言って、ヴァイスはうなだれている。

 

 だがなヴァイス君。君がパーティに加わった途端、大嵐から海賊の町だ。どう考えても貧乏神は君ではないのかな……? 浮かんだ疑問は口にせず、そっとヴァイスの肩を叩いた。

 




デニムくん達が暗躍しております。嘘はついていませんね。
ベルさん一行は海賊の町に流れ着きました。貧乏神は多分ベルさんだと思う(名推理)

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