ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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045 - Invisible Diva

「ベルゼビュートだと……? 知らぬ名前だな……」

「でもそう名乗っていたのよ。あと、ラヴィニスっていう女の騎士の人もいたけど」

「ラヴィニス? それは、ラヴィニス・ロシリオンの事か?」

「え? うーん、確かそんな家名だったかな。よく覚えてないわ」

「もしそうならば、確かアルモリカの騎士だったはずだ。その母親と、知人の貴族が知り合いだと言っていた。だが、なぜその彼女が私の事を……」

 

 二人の男女がバスク村の外れで向き合っていた。バスク村の住民である少女オクシオーヌと、そのバスク村を襲撃する部隊を率いるジュヌーン。本来ならば敵同士である二人が、なぜか親しげに情報を交換している。

 

 オクシオーヌによる啖呵は、ジュヌーンの中にあった疑念を確かなものとさせた。もちろん、この任務を言い渡したグアチャロ、そしてその上司のザエボス将軍とバルバトス枢機卿に対しての疑念である。少女の命懸けの訴えは、見事にジュヌーンの心を動かしたのだ。

 ジュヌーンは突撃しかけていた部隊を一旦下げて、一部のみを引き連れて村の中を調査する事にした。もし彼女の訴えが真っ赤な嘘であれば、村の中にはゲリラ基地に相応しい設備や武器などが存在しているはずだ。もちろん、己の首を懸けると宣言したオクシオーヌもそれに同行した。

 

 いくつかの家屋が火に包まれたバスク村だが、幸いな事にそれらは物置であり住民はいなかった。逃がさない事を優先して包囲殲滅の方針を取っていた事もあり、村人たちの被害も軽微な負傷者がでる程度で済んでいる。あと少しでもオクシオーヌの制止が遅ければ間に合わなかっただろう。不思議な幸運だった。

 

 調査の結果として、村の中にはそれらしい物は一切見つからなかった。しいて言うならばフィラーハ神とは異なるバスク神を信仰しているのみで、それはジュヌーンにとって虐殺の理由にはならない。少女の言う通り、彼はグアチャロによって嵌められた事を悟る。

 

 調査の際には村長や村人たちにも事情を説明した。最初はひたすらにジュヌーン達を恐れていた彼らだったが、事情を説明されると憤慨してみせた。当然、ジュヌーンに対しても多くの罵倒が浴びせられる。

 だがジュヌーンは弁明する事もなくただ頭を下げ続け、彼らに詫び続けた。そんな彼を見かねて、オクシオーヌが間に立ってかばってみせたのだ。村人たちは彼女の警告を聞かなかったという負い目もあって、後ろめたそうな表情で三々五々に散っていった。

 彼女の父親である村長はオクシオーヌに礼を言って、それからジュヌーンをちらりと一瞥すると去っていった。そうして、二人の奇妙な情報交換が始まったのだ。

 

「……そういえば、その者たちがやって来たのはいつ頃の話だ?」

「えーっと、もう一週間以上前になるかなぁ」

「なに……?」

 

 ジュヌーンがこのバスク村の事をグアチャロから聞かされたのは、たかだか数日前の出来事である。それから必死に部隊の準備を整えてコリタニ城を出たのだ。一週間前といえば、バルバトス枢機卿から国内の治安維持を命じられた頃だ。

 

「……妙だな。辻褄が合わん。間違いでは……ないのだろうな」

「なによ。疑うつもりなの?」

「いや、そうではない。だが、その者たちが一体どのようにして情報を得たのか……。私が国内の治安維持を受け持つ事は何らかの方法で知れたとしても、この村を襲撃するなど……」

 

 論理的に考えるなら、あらかじめグアチャロ達がこの村に目をつけており、それを察知していたという事も考えられる。だが、ジュヌーンの直感はそうではないと言っていた。しかし、いくら考えようとも、真相がわかるはずもない。時の遡行者など、埒外に過ぎるのだから。

 ジュヌーンは彼らの正体についての思索を打ち切り、今後とるべき行動を考える事にした。

 

「過激派か……。まさかここまで悪辣な手を使うとは。異民族や異教徒だからという理由のみで、無抵抗の民間人を虐殺するなど許されるべきではないというのに……」

「…………」

「猊下も今回の一件は承知していらっしゃるのだろうな……」

「…………」

「私は……一体どうすべきなのだ……」

「もう、いい加減にしてッ!」

 

 オクシオーヌの突然の叫びに驚くジュヌーン。

 

「いつまでそうやってグチグチとしているつもりなの!? あなたは嵌められたんでしょう!? そんな横暴が許されるはずないんでしょう!? だったら、徹底的に戦えばいいじゃない! 抗いなさいよ!」

「な……」

「味方同士で戦うのが怖いの? 上司に逆らうのが怖いの? でも抗わなければ、言いなりになったまま今回と同じように利用されるだけよッ! そいつらの言うままに動くなら、あなたもそいつらの同類よッ!!」

「……そう、だな」

 

 オクシオーヌからの叱責に、うなずきで応えるジュヌーン。

 彼女の言う通りジュヌーンが踏み切れずにいるのは、それが裏切り行為になるのではないかという懸念からだった。しかし、このまま過激派の横暴を許せば多くの無辜の血が流れるだろう。それを放置する事こそ、民への裏切り行為なのではないか。

 ジュヌーンが王国に仕えているのは、民を守りたいという思いからだった。それを今、はっきりと思い出したのだ。

 

「わかった。私のできる限り抗ってみせよう。君の言った通りに、な……」

「わ、わかればいいのよ……」

「ありがとう、オクシオーヌ。君のお陰で私は勇気を持つ事ができた」

「…………」

 

 ジュヌーンからの真っ直ぐな視線に、オクシオーヌは顔を背ける。

 その頬が赤く染まっている事に、ジュヌーンは最後まで気づく事がなかった。

 

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「お前達、準備はいいか?」

『はいッ!』

 

 俺の呼び掛けに、たくさんの野太い声が息の合った返事を返す。なかなか仕上がってきたようだな。

 

 今日は南西の離れ島へと遠征する事になっている。こいつらにもオクトパス狩りを覚えさせるためだ。最終的には、俺たちが居なくともオミシュのタコパーティを継続できるようにするのが目的である。

 さすがに泳いで渡れというのは酷なので、海賊船を使って海を渡る事になっている。号令をかけると、男たちは一斉に動き出して、船に乗りはじめた。テキパキとした手つきで帆を張り、係留の縄を解いて、次々と船が港を出発していく。

 いくつもの黒い帆やドクロマークの船が一斉に出港していくのは壮観な眺めだ。

 

「――今度は一体、何をおっ始めるんだ?」

 

 聞き覚えのある声が話しかけてきた。振り返ると、やはり赤い帽子の爺さんが呆れ顔で立っている。いつもの女の子は珍しく一緒ではないようだ。

 

「南西の島で演習だ。奴らにオクトパス狩りを覚えさせるためのな」

「……またメチャクチャだな。お前らのおかげで、オミシュの奴らは毎日オクトパスを食ってるんだぞ。あのタコヤキとかいう料理が好きなのはわかるがな……」

 

 ふふふ、俺が作りあげた渾身のタコヤキプレートのおかげで、オミシュには着々とタコヤキが定着しつつある。あのプレートなら一気に二千個のタコヤキが焼き上げられるからな。俺一人で焼こうとすると、パラダイムシフトまで駆使する事になったが。

 そのせいで俺の焼く様子を楽しみにした住民たちが集まってくるし、焼きあがったタコヤキがそいつらの手に渡ってしまうせいで、俺の口にほとんど入ってこないのは誤算だった。なぜこうなるんだ……。

 

「しかし、南西の島か……。もしかして『海賊の墓場』にも行くつもりか?」

「む? なんだそれは?」

「……お前、人の話を聞いてないだろ。アンデッドどもがうじゃうじゃと湧いてくる洞窟があるって教えてやったじゃねぇか」

「そうか。すまんな、恐らく耳に入っていなかった。だが、アンデッドは煮ても焼いても食えんからな。わざわざそんな所に出向く必要はあるまい」

「……そうか。ま、行かねぇんならいいさ」

 

 爺さんは片手に持った酒瓶をグビッとあおる。子どもの教育に悪いぞ。

 

「そういえば、いつもの女の子はどうした?」

「……さぁな。朝から姿を見てねえよ。その辺をうろついてんじゃねぇか?」

「ふむ。いつも付いて回っているのに珍しいな。詮索するつもりはないが、孫か何かか?」

「……そんなんじゃねえ。ただ妙に懐かれちまっただけだよ」

 

 何やら複雑な表情を見せる爺さん。懐かれたのならもっと嬉しそうにすればいいのになぁ。俺は決してロリコンではないが、女の子に懐かれたら嬉しいぞ。

 俺から向けられる視線に気がついたのか、爺さんはプイッと背中を向ける。

 

「じゃあな。オクトパスが全滅しないように、ほどほどにしろよ」

 

 そう言って手をヒラヒラとさせながら、千鳥足でどこかへ消えていった。

 

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 オミシュの外に出て数分歩いたところに、小さな砂浜がある。

 

 ちょっとした岩窟に囲まれたその場所は一見した程度では気づく事ができず、彼女にとっては自分だけの秘密の庭のような場所だった。

 言葉が話せず、同じく親のいない子ども達からも仲間外れにされる彼女は、悲しい事があった時によくここに隠れて一人で泣きはらしていた。声も出さずに泣いているところを見られれば、余計に仲間外れにされるのがわかっていた。

 

 だが今の彼女は、その頃に比べれば随分と楽しい気持ちでいられる事が多くなっている。それはひとえに、あの赤い帽子のおじいちゃんのおかげである。

 昔は海賊だったおじいちゃんは、二人だけでいると昔話をしてくれる事がある。色々な場所へ船で行った話を聞いていると、自分まで一緒に冒険した気分になれてとても楽しい。魔物に襲われた話を聞けばハラハラしたし、王様の軍隊に追われた話を聞けばドキドキした。

 両親も友達もいない彼女にとって、おじいちゃんは本当のおじいちゃんのように思えたのだ。

 

 でも、そんな今の彼女にも一つだけ悲しい事があった。

 それは、自分が言葉を喋れないという事。

 

 優しいおじいちゃんに、一度で良いからお礼が言いたかった。そして、自分の名前を伝えたかった。

 いつまでも『お前』では寂しい。おじいちゃんに自分の名前を教えて呼んでほしい。彼女はそう考えたが、口がきけず文字も書けない彼女に自分の名前を伝える手段はない。

 

 あの不思議で面白いお兄ちゃん達が来てから、毎日おいしい食べ物を食べられるようになった。しかし、おじいちゃんはお兄ちゃん達を見て、何かを考え込んでいる。

 昨日、お酒を飲んで眠ってしまったおじいちゃんがポツリと漏らした名前。それは彼女の知らない女の子の名前だった。一度も話してくれた事はないのに、彼女にはなぜかそう理解できた。

 

 秘密の砂浜に座って海を眺める女の子。

 

「――こんなところで、何をやってるんだい? お嬢ちゃん」

 

 ふいに聞こえた声に驚き、辺りを見回す女の子。すると、岩陰から一人の男性がのそりと姿を現していた。誰も知らないはずの秘密の砂浜なのに、まさか大人の人がいるなんて。

 男はニヤニヤと笑いながら、ゆっくりと近づいてくる。恐らく海賊の一人なのだろうが、服はボロボロで無精髭がだらしなく伸びた顔が、女の子には恐ろしく思えた。

 

「ダメじゃないか、こんな所に一人で来たら。オミシュから来たんだろう?」

 

 オミシュの町でも、時々こういった大人と遭遇する事がある。同じく家のない子どもの一人が『変態』と呼んでいた。大声で助けを呼ぶ事のできない彼女は、町にいる時は一人にならないように気をつけたり、物陰に隠れたりする事で難を逃れていた。

 だが、この場所には他に誰もいない。隠れる場所もなく、助けを呼ぶ事もできない。

 

「あの化物はまだオミシュにいるのかな? くそ……なんであんな奴が……」

 

 男はブツブツと独り言をつぶやいている。その目は焦点があっておらず、視線は宙を彷徨っている。だが、フラフラと彷徨っていた視線はやがて女の子へと定められる。

 

「…………ふひ……ひひひ……」

 

 おぼつかない足取りで近づいてくる男を見て、女の子は逃げ出そうとする。しかし、足がもつれてその場に倒れ込んでしまった。その間にも男はどんどんと近づいてくる。

 

 助けて、誰か。おじいちゃん。

 

 ――――♪

 

 その時、また別の声が聞こえてきた。それは女性の歌声。まるでハープを奏でるような歌声で、今までに聞いたことのないほどの美声だった。

 近づいてきていた男も立ち止まり、首をしきりに動かして辺りを見回している。だが、その声の持ち主はどこにも見当たらない。姿のみえない歌声が、秘密の砂浜に響き渡る。

 

「……ガッ!? ガフッ……!」

 

 突然、男が泡を吹いてその場に倒れた。しばらくもがき苦しんでいたが、やがてピクリとも動かなくなる。女の子はその様子を呆然としながら眺めていた。

 

 やがて歌が終わり、砂浜には波の音だけが残される。

 我に返った女の子は、助けてくれた人を探そうとキョロキョロと見回すが、やはり誰も見当たらない。

 

『うふふ、探しても見つからないわよ』

 

 鈴のなるような声が、女の子の耳元に届いた。その声は間違いなく先ほど歌を歌っていた声だ。女の子はお礼を伝えるために、相手の姿が見えずともパクパクと口を動かしながら頭を下げた。

 

『あら、あなた、声が出せないのね……。かわいそう……』

 

 その言葉にズキリと胸が痛む。こんな綺麗な声の持ち主に同情された事が悲しかった。

 同時に、もし自分もこんな声が持てたら、と思ってしまう。

 

『……ねぇ、もし私に協力してくれるなら、あなたに声をあげましょうか。とっても綺麗な、あなただけの声よ。さっきみたいに、歌だって歌えるわ』

 

 謎の声の申し出に、女の子は首をかしげる。もちろん、声がもらえるのなら欲しいに決まっている。おじいちゃんに歌を歌ってあげれば、きっと喜んでくれるだろう。それに、自分の名前だって伝えられる。

 そもそも助けてくれた相手なのだから協力するのにやぶさかではない。どんな協力をすれば良いのかわからなかったが、女の子は考えた末にハッキリとうなずいた。

 

『ありがとう。私の名前はジレーヌ。これからよろしくね――』

 

 そして、女の子の意識はゆっくりと闇に閉ざされていった。

 




ジュヌーンさん(30)はオクシオーヌちゃん(15)にお尻を叩かれて決意。
ノータッチの掟を破ろうとしたロリコンは見えない歌姫によって断罪されました。

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