ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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053 - Trembling Guardians

「神父様はいらっしゃるかッ!?」

 

 祈りを捧げる人々と静寂で満たされた聖堂に、突如として大声が響き渡った。何事かと顔を上げる人々と、ベンチから立ち上がって入り口を振り返るプレザンス。そこには、彼のよく知る女性が立っていた。

 

「そのように慌てて、どうしたというのだアロセールよ」

「カールが……! 兄さんとカールが、魔物に襲われて怪我をッ!」

「なに……!? いかん、すぐにカール達の元へ案内してくれ!」

 

 カールとは彼の預かっている孤児の一人で、今いる子ども達の中では一番の年長者だった。狩りの腕が良く、クリザローの郊外に出かけては獲物を仕留めてくる。孤児院の厳しい家計状況を知って、少しでも助けになろうとしているのだ。

 そんな彼に弓の扱いや狩りを教えているのは近所に住む目の前の女性、アロセールだった。彼女もまた弓の名手であり、成人男性でも太刀打ちできないほどの狩りの達人でもある。彼女に師事することでカールはメキメキと狩りの腕を上達させていった。

 

 クリザロー近郊に危険な魔物はほとんど出現しないとはいえ、昨今の不安定な情勢を考えると野盗が現れないとも限らない。それを心配して狩りを控えるように言ったプレザンスだったが、カールは一向に狩りをやめなかった。家計の助けになっているのは事実だったのでプレザンス自身も強く咎める事はできず、それが強い後悔として彼の胸に去来する。

 

 アロセールに案内されながら慌てて教会を出ると、その後ろから二人組がついてきている事に気がついた。先ほど聖堂で話したばかりの男女だ。

 

「魔物に襲われたと言ったな。念のため俺達も同行しよう」

「微力ながら、私も回復魔法が使えます」

 

 二人は先ほど知り合ったばかりのプレザンスに力を貸してくれるようだ。プレザンスが駆けながら感謝を述べると、一緒に走っているアロセールも二人に視線を向ける。

 

「……魔物はグリフォンとリザードマンの群れよ。なんとか撃退したけど、いつ戻ってくるかわからないわ」

「む、ドラゴンではないのか。しかし、グリフォンとは好都合だな。そろそろオクトパスにも飽きてきたところだ」

 

 ベルゼビュートと名乗った男の発言に耳を疑うプレザンスだったが、冗談で言っているわけではなさそうだ。アロセールもそう感じたのか、目を細めている。もしもドラゴンがこんな所に現れたら、クリザローは未曾有の危機に陥る事になるだろう。それこそ、アルモリカ軍に救援を頼まなければならないような事態だ。

 もう一人のラヴィニスと呼ばれた女性が、溜息をついて頭を軽く下げる。

 

「すみません。この方は少々……人とは違う物差しをお持ちでして。とてもお強いのは間違いないので、深く気になさらないでください」

「ラヴィニス、それではまるで俺が常識の無い奴みたいではないか?」

「そう言っているつもりなんですが……」

 

 二人の気安いやり取りに、思わず気が抜けそうになるプレザンス。アロセールも同様だったのか、珍妙な目つきになっている。その後も二人の会話が続くが、二人が気の置けない仲である事は十分に理解できた。

 

 妙な空気のまま走り続けて、やっと現場であるタインマウスの丘へとたどり着く一行。一面を草原で覆われたなだらかな丘陵地帯で、ところどころに牙のような白い石灰岩が覗かせている。

 カールはその岩の陰に隠れるように寝かされていた。その側には、アロセールの兄であるシドニーの姿も見える。どうやらシドニーは気を失っているようだった。そのため、唯一無事だったアロセールが助けを求めに来たのだろう。

 

「カール! シドニー!」

「し、神父様! こんなところまでわざわざ……」

「馬鹿を言うな、カール。可愛い我が子を助けに行かぬ親などおらんのだぞ」

「神父様……すみません……」

 

 涙ぐむカールの容態を見ると、肩から背中にかけてグリフォンのカギ爪でつけられたらしい傷あとが残されている。アロセールの手によって応急処置はなされているが、出血が多く危険な状態だった。プレザンスはすぐに決断して、神の力を借りる事にする。

 

「『我が祈り、清らかなる神の灯火となりて汝の傷を癒さん……ヒール!』」

 

 プレザンスが祈りを捧げながら魔力を循環させると、回復魔法【ヒール】が発動してカールの傷が見る見る間に塞がっていく。血色の悪かった顔も少しずつ赤みがさしていった。

 クリザローに神父として赴任する前には、クレリックとして修行を積んでいたプレザンス。悪霊退治なども課される厳しい修行だったが、その経験によって一人の息子を助けられた事に深く感謝した。

 

 とりあえず一安心と今度はシドニーの容態を見ようとしたところ、そちらはすでに同行していたラヴィニスの回復魔法によって完璧な癒やしが施されていた。ラヴィニスの見事な手腕にプレザンスは感嘆を漏らす。

 

「……見事ですな」

「騎士として戦場で磨いたものです。誇れるほどのものでは……」

 

 そう言って謙遜してみせるラヴィニス。これほどの回復魔法の腕となると、掻い潜った戦場の数は生半可なものではないとプレザンスは推測した。見た目はまだ若く見えるため、近年起きた大規模な戦争となるとゼノビアだろうかとも当たりをつけたが、深く問うつもりはなかった。

 

「騎士様、兄を助けて頂き、ありがとうございます」

 

 アロセールも同じ女性として尊敬の念を抱いたのだろう。ラヴィニスに対して素直に頭を下げていた。そんなアロセールにラヴィニスは微笑みで応えた。

 

「う……うぅ……ここは……」

「兄さん、気がついたのね……!」

 

 うめき声を漏らしたシドニーの手を握るアロセール。プレザンスの目から見ても二人は仲の良い兄妹だった。だが面倒見のいいシドニーやアロセールは、カールや孤児院の子ども達を義弟や義妹として可愛がってくれている。その事に何度感謝したかわからない。

 

「そうか……ごめん、アロセール。心配を掛けたみたいだね。それに……神父様にもわざわざお越しいただいて……」

「兄さん、ほら、この騎士様も兄さんの傷を癒やしてくださったのよ……えーと……」

「私はラヴィニスです。以前は騎士でしたが今は主君を持たない旅の身。どうか、そう気を遣わないでください」

「ラ、ラヴィニスさん、ですか……。ありがとうございます」

 

 ラヴィニスの浮かべる柔らかい笑みに、頬を赤らめながら頭を下げるシドニー。おや、と思ったプレザンスだったが、先ほどのベルゼビュートとラヴィニスの気安いやり取りを思い出して気の毒に思った。残念ながら、彼にできる事は神父として話を聞いてやる事ぐらいだろう。

 

 ああ神よ、どうか迷える若者を導きたまえ。

 

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 ラヴィニスとデートのつもりだったが、辺境の町であるクリザローには特に見所のある場所はない。しいていうならば町の中央を流れる河だろうが、観光スポットと呼ぶには貧弱すぎる。

 そこで町中を見て回っていたところ、教会に迷い込んでしまった。別に信心深くもない俺だが、ラヴィニスは時々フィラーハ神に祈りを捧げているのを知っている。この世界では教会が大きな力を持っており、完全に無宗教な人間などそう多くはないのだ。

 

 プレザンス神父の事はデニムから聞いていた。神職でありながら解放軍に参加していた珍しい存在で、デニムの騎士団に参加していたらしい。ラヴィニスもきっと彼の事は知っているのだろう。詳しい経緯は聞いていないが、やはり戦いの中で戦死したと聞いている。戦死者多すぎるだろう……。

 

 彼の勧めで祈りを捧げてみたものの、俺みたいな不信心者が祈ったらかえって罰が当たりそうだ。とりあえず「転生ありがとうございます?」と頭のなかにクエッションマークを浮かべながらお礼を言ってみる。そもそも転生なのかもよくわからんしなぁ。

 あとは「ラヴィニスとうまくいきますように」というお祈りも忘れていない。賽銭箱でもあれば財布を丸ごと投げ入れるレベルなのだが。あ、でも俺、未だに無職だったわ……。「職につけますように」というお祈りもしておこう。

 

 教会にいきなり飛び込んできた女性、後から聞いた名前はアロセールというらしい。魔物に襲われたと聞いて、俺とラヴィニスは目を合わせて頷きあった。これぞツーカーの仲というやつだな。

 道中イチャつきながら現場にたどり着くと、そこには二人の男が倒れていた。プレザンス神父とラヴィニスの回復魔法で一命はとりとめたようだ。見る見る間に怪我が治っていく様子は、何度見ても飽きない。俺も回復魔法使えたらいいのになぁ。まあ俺は怪我しても勝手に治っちゃうけど……。

 

「ラ、ラヴィニスさん、ですか……。ありがとうございます」

 

 アロセールの兄であるシドニーは、ラヴィニスの介抱を受けて満更でもなさそうに頬を赤くしている。べ、別に俺はどうとも思わないぞ。俺だってラヴィニスみたいな美人看護師さんに介護されたら一発でオチてしまう気がするし。でも色目をつかったらせっかくの回復魔法が無駄になるから気をつけろ。

 

「兄さん。ラヴィニスさんにはお相手がいるから、やめておきなさい」

「なッ! ぼ、僕は別に……!」

 

 アロセールからチクリと釘を刺されて挙動不審になるシドニー。どうやら妹にはお見通しだったようだ。

 

「はいはい。いいから、さっさと町へ戻りましょう。またあの魔物が戻ってくるかもしれないわ」

「――いや。残念ながら、もう遅いようだな」

 

 俺のつぶやきに、訝しげな表情になるアロセール。だが、すぐに表情を変えると慌てた様子で周囲を窺う。俺の知覚では、すでに周囲が魔物に囲まれつつある状況を察知している。どうやらアロセールも気がついたらしく、苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「……なんてこと。囲まれているじゃない」

「そんな……」

 

 シドニーはせっかく良くなった顔色を青くさせる。それはプレザンス神父に介抱されていたカールという男も同様だった。いくら回復魔法で回復したからといって、そんなすぐには動き回れない。現実の世界はゲームとは違うのだ。

 

「この動き……魔物の群れにしては統率が取れすぎているわね……」

 

 ラヴィニスもまた眉をひそめている。彼女は騎士として魔物を幾度となく相手にした経験がある。そんな彼女は魔物たちに対する違和感を敏感に感じ取ったのだろう。そしてその直感は正しい。

 

「ラヴィニスの言う通りだな。魔物に紛れて人の気配がある。恐らくこいつらは、人によって調教された魔物たちだろう」

「そんなッ! だって私達が襲われた時には……」

「恐らく、単なる魔物の群れに見せかけて油断を誘う策なのでしょうね……。こうなると、あなた達を逃したのも応援を呼ばせるためかしら。獲物の数は多い方がいい……まるで獣のやり方ね」

「そんな……」

 

 ラヴィニスの推測に顔を青ざめさせるアロセール。もしそれが事実だとすれば、アロセールはまんまと神父を巻き込んでしまった事になる。

 

「勘違いしないで。獣は所詮、獣なのよ。こちらには()()()()がいる――」

 

 そういってラヴィニスは俺に目配せをした。ん、ドラゴンって俺の事か? それじゃあ俺は共食いしてる事になってしまうんだが……。まあいいか。

 

「隠れている臆病者たちに告げる。そちらが出てこないつもりならば、こちらから向かうぞッ!」

 

 俺が大声と共に殺気を放つと、隠れていた魔物たちが一斉に怯えたように身を震わせる気配を感じた。同時に、それを慌てて抑えようとする人の声が聞こえてくる。

 

「おいッ! お前たち、落ち着け!」

 

 何とか魔物たちをなだめたようだが、岩陰に隠れていた人影は丸見えになっている。うおっ、すげえイカツい顔だ。もっさりと生えた髭と、ツルリと禿げ上がった頭、顔を斜めに走る痛々しい傷痕。その姿はまるで野生の獣のようだった。

 

「貴様は……ガンプ! ガルガスタンの者がなぜここにいるッ!」

「ク、クソッ! 知られたからには生かして帰さんぞ!」

 

 どうやらラヴィニスはあの男を知っているらしい。確かに、一度見れば忘れられないインパクトのある顔だ。

 

「あの男を知っているのか、ラヴィニス」

「ええ……。ガルガスタン軍に所属するビーストテイマーです。確かに、二匹のグリフォンを従えていたはずですね……」

 

 ガルガスタン軍がなぜこんなところに、と考えたが、目撃者を消そうとしているところからして恐らく戦力確認の斥候か何かなのだろう。こんな目立つ男に斥候が務まるとは思えないが、グリフォンを従えているのであれば話は違う。

 アロセール達を逃したのも、戦力確認のためだったとすれば合点がいく。魔物の群れであれば、軍が対処するのは当然だ。だが残念ながら、クリザローにアルモリカ軍は常駐していない。

 

「ベルダ! オブダ! 野郎ども、奴らを仕留めろ!」

「GRRR!」

「BRRR!」

 

 ガンプが合図を出すと、二匹のグリフォンとリザードマン達が姿を見せた。グリフォンはガンプの側に、リザードマン達は俺達を取り囲むように配置されている。

 俺の目は自然と、もう何日も口にしていないグリフォンへと吸い寄せられた。ヤキトリか……。

 

「GRR!?」

「BRR!?」

 

 二匹のグリフォンは俺の視線を受けると、翼を畳んで身を小さくしてしまう。明らかに怯えているように見えた。野生のグリフォンならそれでも血気盛んに襲いかかってくるのだが、こいつらは少し臆病なグリフォンなのかもしれない。

 

「ど、どうしたんだお前たち!」

 

 ガンプも急に縮こまってしまったグリフォン達に困惑しているようだ。

 

 さらに周りを見回すと、俺達を取り囲んでいたリザードマン達も尻尾を股の間に入れて縮こまっていた。奴らは一様に俺と目線を合わせないよう不自然に空や地面を見ている。まるでチンピラに絡まれないようにする通行人ではないか。

 

「……どうやら、俺の相手は貴様だけのようだな」

「チィッ! ベルダとオブダに何をしやがった!」

 

 ガンプは腰にさげていたムチを片手に持って構えるが、明らかに腰が引けている。だが戦うつもりなのは間違いないため、俺は構わずに槍を持って奴に近づいていく。まあ、ガルガスタン軍ならフルボッコにしても問題ないだろう。

 

 しかし、そこへ割って入る二つの影があった。

 

「ベルダ、オブダ……お前たち……」

「GRR……」

「BRR……」

 

 二匹のグリフォンは身体を震わせながらガンプの前に立っている。そんな健気なグリフォンの姿に、ガンプはイカツい顔を歪ませた。俺も俺で、そんな姿を見せられては矛先が鈍るというものだ。溜息をついて、持っていた槍を収める。

 

「……消えるがいい。そのグリフォン達に免じて見逃してやろう」

「く……くそ……覚えてろよッ!」

 

 ガンプは捨て台詞を吐いて、グリフォンにまたがった。そのままもう一匹のグリフォンと一目散に逃げていく。それを見て、周囲にいたリザードマンも三々五々に散っていった。

 

 あーあ。ヤキトリ、食べ損ねたな……。

 




ガンプさん、登場そして退場。逃げっぷりは原作準拠です(にっこり)
そしてクリザロー在住のアロセール姐さんが再び登場です。カールという孤児は原作に名前だけ登場します。こういうキャラの設定を捏造するのも二次創作の醍醐味ですねぇ。

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