ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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054 - Nightmare

「――なに? それは真か?」

「ハッ。竜騎兵団は任務を果たさずに帰還したようです。団長のアパタイザ卿は、かの村に住む異教徒達は何ら罪を犯してはいないと開き直りを見せておりました」

 

 執務室にいたバルバトスの元へ騎士グアチャロが現れて報告する。本来であれば上官である将軍ザエボスを経由すべきだが、ザエボスは現在とある任務を受けてコリタニ城を不在にしていた。

 お荷物の実験部隊に異教徒達を始末させるという思惑が大きく外れ、歯噛みするバルバトス。ドラゴンを調教するという発想は良かったが、ドラゴン捕獲の際の損害も大きく戦力としても不安定で、とてもではないが採算が取れない。せめて民族浄化の尖兵として役立たせようとしたにも関わらず、その団長自身もこちらに手綱を握らせない暴れドラゴンだったとは。

 

「……即刻、竜騎兵団の団長を連行して参れ。そやつには抗命罪の疑いがある」

「ハッ、承知いたしました!」

 

 バルバトスの命令を受けたグアチャロの声は明るい。同期でありながら実験部隊の団長として抜擢されたジュヌーンは、グアチャロにとって面白くない相手なのだろう。それを大義名分をもって排除できると知って、グアチャロは張り切った様子を見せる。早速、城を守る警備の者たちにも連絡をとり、城内の大捜索が開始された。

 

 だが、そんなグアチャロの張り切りも虚しく空振りに終わる。城内をいくら探しても、ジュヌーンの姿は影も形も見当たらなかったためだ。

 さらには竜騎兵団に所属していたジュヌーンの配下達や、ドラゴン達までもが同様に姿を消していた。状況から見てジュヌーン達が逃亡したのは明らかだ。竜騎兵団の団員達は団長であるジュヌーンに信奉を寄せており、その結束は非常に固い。

 門番の証言によれば、ジュヌーン達は「任務がある」といって堂々と城を後にしたらしい。その時点ではまだ捜索の命令が行き渡っておらず、その間隙を見事に突かれた形となってしまった。

 

「何だと!?」

「も、申し訳ございません……。城内のどこにも奴の姿がなく……」

「馬鹿な……! あの竜騎兵団を作り上げるのに、どれだけの金と時間を要したのかわかっているのか……!! ええい、城周辺も捜索せよ!」

「ハッ!」

 

 弱りきった様子のグアチャロに憤りながら追加命令を与えるバルバトス。そんな彼の不幸は、それだけに留まらなかった。グアチャロが返事した次の瞬間、執務室の扉が勢い良くノックされる。

 

「し、失礼いたしますッ!」

「何事だッ! 奴が見つかったのか!?」

 

 慌てた様子で駆け込んできた兵士の緊迫した表情を見れば、そうでない事は明らかだった。兵士が次に口にした内容に、さしものバルバトスも思考を停止して固まってしまう。

 

「そ、それが……コリタニ公が……コリタニ公閣下がいらっしゃいません! 閣下の居室を守っていた警備の者が昏倒しているのを発見されました!」

 

 その報せは、バルバトスにとって悪夢の始まりを告げるものだった。

 

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 ヤキトリを食べ損なって気落ちする俺は、ラヴィニスに慰められながらクリザローの町へと戻ってきた。何とか歩ける程度まで回復した男たちと、プレザンス神父とアロセールも一緒だ。道中なんだか変な目を向けられたが、俺にはそれを気にする余裕がなかった。

 

「その……ベルゼビュート様、で良かったでしょうか?」

「ああ、そうだ。様付けされるような大層な身分ではないがな」

 

 教会にたどり着いた時、アロセールがためらいがちに話しかけてくる。その隣には兄のシドニーも一緒だ。見た目からすると男勝りな印象を受けるので、なかなかのギャップ萌えな感じである。

 

「あの、ありがとうございました。お陰で私たちは命拾いしました」

「気にするな。俺が勝手にやった事だ」

「僕からもお礼を言わせてください、助けて頂きありがとうございました」

 

 兄妹揃って頭を下げられると照れくさくなってしまう。とてもではないが、食欲を満たすために同行したなどとは言い出せない雰囲気だ。内心で冷や汗をかきながら、俺は話題をそらすことにした。

 

「あの魔獣使いの男はガルガスタン軍に所属する者だったはずだ。間を置かずに再び現れる事はないと思うが、狩りを続けるつもりなら気をつける事だな」

「ガルガスタンの? ですが、一体なぜこのような町に……?」

 

 首を傾げるアロセールの疑問に答えたのはラヴィニスだった。彼女と話していたプレザンス神父とカールも会話に加わる。

 

「ドルガルア王の死をきっかけに、国内が分裂しているのは知っているでしょう? ガルガスタン人達は自分たちの王国を作り、このヴァレリアの覇権を握るつもりなのよ。その手始めに、ウォルスタ人の集まるアルモリカが狙われているの」

「この町は辺境とはいえ、コリタニ地方との境界に位置しますからな……。戦争が始まれば、真っ先に戦火に晒される事になりますか……」

「そ、そんな。戦争なんて……」

 

 プレザンス神父は暗い表情で頷き、カールは蒼白になっている。これまではどこか遠くの話だと考えていたのだろうが、今回のような危険に晒されれば嫌でも実感が湧く。

 

「で、ですが、アルモリカの公爵様がきっと軍を遣わしてくださるはずです!」

 

 アロセールが必死な表情でそう訴えるが、ラヴィニスは黙って首を横に振った。

 

「残念だけど、それは期待できないわ。ガルガスタン軍に数で圧されれば、少数のアルモリカ軍は手も足も出ないもの。数に対抗するためには、地の利を活かして守る場所を限定するしかない。この町は……」

 

 ラヴィニスは最後まで言葉を紡がなかった。だがその先は言わずともわかる。クリザローの地形は守るのには向かず、アルモリカ軍はこの地での防衛を諦めるだろう。それはつまり、この町の住民達は見捨てられるという事と同義だ。

 

「……今の内にでも、避難を考えるべきだと思うわ」

「それは無理です! クリザローを出て行くだなんて……!」

「あいつら……孤児院のみんなだっているんだ。この町を出てどこへ行くっていうんだ……」

「でも、避難しなければその子達も戦争に巻き込まれてしまうのよ? 残念だけど、いくらフィラーハ教の教会だからといって略奪の対象にならないとは限らない。もしそうなれば……」

「…………」

 

 悲惨な未来を想像してしまったのか、アロセール達は顔面蒼白となって黙り込んでしまった。

 

 付き合いを深めた俺の目から見れば、ラヴィニスがどうにかして説得しようと必死になっているのがわかる。きっと『未来』では彼女の言う通りクリザローは襲われ、教会も略奪の対象となったのだろう。そうなったとすれば、孤児院の子ども達の境遇も想像がつくというものだ。

 アルモリカの騎士だった彼女が、それを悔やまないはずがない。責任感の強いラヴィニスにとって、この町を守れなかった事は痛恨の極みなのだろう。だからこそ、バルマムッサにおいて同胞たちを犠牲にするやり方に耐えられなかったのかもしれない。

 

「……わかりました」

「神父様!?」

 

 重い沈黙の中、口を開いたのはプレザンス神父だった。彼の言葉にカールが驚きの声をあげる。

 

「カール。ラヴィニス殿の言う事はもっともだろう。私はどこか事態を甘くみていたのかもしれん。だが、確かに戦争の足音はそこまで来ているのだ。子ども達のためにも、ここで判断を誤るわけにはいかん」

「で、ですが……避難といってもどこへ……」

「アルモリカ城下町の郊外に、私の古い知り合いが修道院長を務める教会がある。大人数で迷惑になるだろうが背に腹は代えられん。相談してみる事としよう」

 

 プレザンス神父はどうやら決断を下したようだ。ラヴィニスが安堵した表情を見せる。

 

「この町の住民たちにも周知して避難を呼び掛けなくてはならんな。どれほどの人が真剣に受け取ってくれるかわからんが……」

「私もお手伝いします、神父様!」

「僕も、お手伝いいたします」

 

 戦争が始まるから避難しろなどといきなり言われても、これまでの日常を捨てられる人はそう多くないだろう。それでもプレザンス神父が訴えかければ、その人徳をもって説得できるかもしれない。

 

「乗りかかった船と言いたいところだが、俺達は急ぎやらねばならぬ事がある故に協力できん。すまんな」

「ええ、大丈夫です。後は我々だけで何とかしてみましょう」

 

 コリタニ公の救出に成功すればバルバトスは大義名分を失い、まとまりに欠けるガルガスタン軍は大規模な軍事行動を起こせなくなるかもしれない。戦争を防ぐ事ができるとは思えないが、遅らせる事はできるだろう。彼らが避難する時間を稼ぐためにも、俺達は俺達で行動しなければならない。

 

 決意を見せる神父とそれを助けようとする兄妹を眺めながら、俺とラヴィニスは目を合わせて頷きあった。また一つ未来を変えてしまったが、もはやそんな事は気にしていられない。これから俺達は、積極的に未来を変えていくと決めたのだから。

 

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「そのような話が……。しかし、私の事も確かに知っているようだ……」

 

 僕達の長い話を聞いたハボリムさんは半信半疑の様子だったが、最終的には受け入れてくれたようだ。閉じたままの目に力がこもり、眉間にシワが寄っている。

 

「はい。僕の知るハボリムさんは、暗黒騎士団と因縁があるようでした。貴方から光を奪ったのは奴らだと……。それに確か、オズマという女性の暗黒騎士とも知り合いのようでしたね」

「……オズマ、か……。ああ、確かに知り合いではある、な」

 

 彼がオズマという名を呼ぶ声には、何とも言えない複雑な感情が込められている。その様子から、浅からぬ関係である事は容易に察せられた。『前』に話した時も、話せるときがくるまで深くは聞かないでほしいと言われたのを思い出す。

 

「そうだな……。君達の秘密を聞かせてもらったんだ。今度は私の番だろう」

 

 そう言ってハボリムさんが切り出したのは、信じがたい内容だった。彼の正体は、かつて暗黒騎士団ロスローリアンに所属したテンプルコマンドの一人であり、ナンバーツーであるバールゼフォンの実の弟だというのだから。

 だが彼はその兄によってはめられ、無実の罪を被せられてローディスを追われる事になる。その際に、兄の手によって彼の両目は奪われた。本来では死罪であるところを、密かに国外追放とされたのだ。兄の温情ではあるが、それは彼にとって屈辱でしかなかった。

 

「奴は……バールゼフォンは、父と母をその手に掛けた」

 

 それを口にした時の彼の顔には苦しさと険しさが同居していた。

 

「元々、私たち兄弟は団長であるランスロット・タルタロスを監視するため、父の命令で暗黒騎士団に潜り込んだのだ。タルタロスが元老院の排斥を目論んでいるという噂の真偽を確かめるためにね」

「ローディス教国で起きた、教皇派によるクーデターね?」

 

 姉さんの問いに、頷きをもって応えるハボリムさん。

 

 かつてのローディスでは元老院が大きな力を持っており、君主である教皇は軽んじられる傾向にあった。そうした中で元老院内の政治腐敗が進んでいくと、正統な統治者である教皇へ権力を取り戻そうとする動きが出始める。結果としてそれら教皇派がクーデターを起こし、多くの貴族や元老院議員が粛清された。

 その中心となったのは教皇派だった暗黒騎士団ロスローリアン、その団長のランスロット・タルタロスだった。クーデターでの活躍により、タルタロスは教皇の腹心としての信頼を確固なものにし、暗黒騎士団は名実ともに筆頭騎士団となった。

 

「父ヴォグラスは元老院とのつながりも深く、ロスローリアンの増大を危惧していた。だからこそ我々が監視を命じられたのだが、バールゼフォンはあろう事か監視対象であるタルタロスの思想に感化されてしまったんだ。そして父を裏切り暴走を始めた……」

 

 苦々しい口調でハボリムさんは話し続ける。ゾンビ狩りがゾンビになる、ということわざがあるが、まさにその状況そのものだ。

 

「……最後には、それを諌めた父を背後から斬りつけ……。その場にいた私は兄と反目して、まんまとその罪を負わされたというわけさ……。母も後を追うようにして亡くなった。事故死だと発表されたが、教皇派に協力的ではなかったために毒を盛られたらしい……」

「ひどいわ……」

 

 ハボリムさんの口調は穏やかだったが、握りしめた拳が震えている。後悔なのか、憤慨なのか、恐らくは両方なのだろう。姉さんは口元を手で押さえながら、ぽつりと感想を漏らした。

 己の信念のために身内すら利用し犠牲にする。バールゼフォンのやり方に嫌悪感を覚えるが、僕だって人の事を強く言えるわけではない。多くの同胞や仲間を犠牲にして、玉座に就いたのだから……。

 

「オズマは私の婚約者だった女性だ。父が決めた政略結婚の相手だったが……」

「……あら。それがいつの間にか意中の相手に変わっていたのね?」

 

 先ほどまでのが何だったのかという変わり身の早さで、姉さんは身を乗り出すように聞いてみせる。そんな姉さんに、父さんは呆れ顔を向けていた。

 

「まあ……そのようなものだ。だが、私はすでに死罪を受けた身だからね。彼女には申し訳ないが、私の事など忘れてもらうしか――」

「ダメよ、そんなの!」

 

 ハボリムさんの自嘲めいたセリフを打ち切るように、姉さんが強い口調で割り込む。ハボリムさんはそんな姉さんの様子に目を点にしている。

 

「死んだと思っていた恋人が生きていたなんて、嬉しくないわけないじゃないの! あなたは責任をもって彼女の気持ちに応えるべきよ!」

「し、しかし――」

「しかしもお菓子もないわよ。ボヤボヤしてたら、そのバカな兄あたりが強引に横から掻っ攫っていくんだから。あなたはそれでも良いの? そんなの許せるはずがないでしょう?」

「ぐ……」

 

 その後も姉さんによる攻勢が続き、ハボリムさんはしどろもどろになっていた。僕にこの姉さんを止められるはずがない。ここで止めたらこっちにまで飛び火しそうだ。

 

「私はカチュアの育て方を間違えただろうか……」

 

 僕にできる事といえば、頭を抱えている父さんを慰める事だけだった。

 ああ、僕はなんて無力なのだろう。

 




カチュア姉さん暴走するの巻。焚き付けられたハボリムさんは一体どうなるのでしょうか。
そしてジュヌーンさん、まさかのトンズラ。バルバトスさんにとっては受難の始まりです。

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