その後、俺達は平原を越えて、寂れた村の跡地にたどり着いた。
デニムによれば、ここはバスク村と呼ばれていたらしい。その名の通り、海の神バスクを崇めるバスク教の信徒が集まって細々と暮らす村だったらしいが、今では人の気配は全く感じられない。
「ふむ……誰もおらんな?」
「ガルガスタン軍がこの村を襲撃し、住人達を迫害したそうです。トップであるバルバトス枢機卿は、バスク教徒達を異教徒だとして、『民族浄化』という政策の元に断罪していましたから……」
「ほう……詳しいな」
「……僕と共に戦ってくれた、竜騎兵のジュヌーンさんに聞いた話です。彼は元々、バルバトス枢機卿の右腕として民族浄化に関わっていて、この村を襲撃したのも彼の部隊だったそうです」
そんな恐ろしい男がどうして解放軍に入ってガルガスタン軍と戦ってるんですかねぇ。何やら複雑な事情がありそうだ。
俺の疑問が顔に出ていたのか、デニムは首を横に振る。
「ジュヌーンさんは、同僚に騙され、この村がゲリラの基地だと教えられていたんです。彼は、そうとは知らずに無関係な人たちを虐殺していった……。自分で決断して虐殺を実行した僕とは違います」
デニムは暗い顔になっている。あかん、もっと楽しい話題にしなければ。
「そうか。そのジュヌーンという男は、過去を悔いて解放軍に参加したのだな。なかなか粋な男ではないか。ぜひ会って話してみたいものだ」
「…………死にました」
「……む?」
「ジュヌーンさんは、死にました。バルバトス枢機卿を追い詰める時に、彼を騙した同僚であるグアチャロ将軍と相討ちになって……」
「…………そ、そうか」
どうしよう、この空気。というか、本当に仲間が死にまくったんだなぁ。これじゃあデニムが自殺を考えるほど病んでしまうのも仕方ない。ま、俺は死なないから安心だな!
話題転換に失敗した俺は、黙って壊滅したバスク村の様子を眺める。やはりここも毒沼に侵されており、焼き討ちでもされたのか、家屋はほとんどが原型を留めていない。雨風を凌ぐのも難しそうだし、ここに留まる意味はあまり無いな。
そういえば、ニバス氏は何をしているんだろう。姿を探してみると、彼は何もない中空を見ながらニヤニヤと笑っていた。実に楽しそうな良い笑顔だ。
「フフフッ。この村は、いいですねぇ……。たくさんの怨念が感じられます」
うわぁ。出会った時から変人だと思っていたが、今度はスピリチュアルめいた事を言い始めた。大丈夫かな、この人。そっち系だったのか?
「救われない魂たちが、救いを求めて彷徨っていますねぇ。やはり、死というものは辛く、苦しい――ファッ!?」
ニバス氏が唐突に変な声をあげた。こちらをジッと凝視している。
「どうした、ニバス殿」
「え、ええ……その、貴方の周りにいる魂が……。えーと、ベルゼビュートさん、つかぬ事を伺いますが、クレリックの修行をされた事は……?」
「クレリック? なんだそれは」
「いえ、知らないのならば良いのです。…………どういう事なのでしょうか。彼の周りにサンクチュアリ……いえ、魂たちが昇天しているンですから、それ以上の『何か』としか……」
自己完結したニバス氏はブツブツと何か独り言をつぶやいている。俺の鋭い聴覚なら独り言を全て拾う事も可能なのだが、プライバシーを尊重したい俺としては、あえて意識を向けないようにしている。
それにしても、クレリックとは一体なんだろう。
「クレリックではないとすると……あ、ベルゼビュートさん。そういえば、貴方のご職業は?」
「…………無職、だが」
いきなり何を聞いてくるのだろう。三年間もダンジョンの中にいて定職につけるわけないじゃないか。ああ、そうだよ。無職だよ。ニートだよ。おまけに住所不定だよ。無職で何が悪い!
「無職……? い、いえいえ、そうではなく、あなたの戦闘における職業を……」
「だから言っているだろう。無職だと」
あんまり失礼な質問ばっかりしてると、しまいにはブチ切れますよ。イオナズン唱えますよ。いくら温厚な俺でも、我慢の限界ってものがあるんですからね。ちくしょう、俺だって街に出れば仕事の一つや二つ……。
ニバス氏は俺の返答を聞いて怪訝な顔になっている。
「えぇ……? ああ、そうでしたね。記憶が無いのでしたら、ご自身の職業を忘れているンでしょう。いいですか、職業というものは戦う者なら誰しもが持っているものなのですよ」
「む? そうなのか?」
「ええ。私はネクロマンサーという職業に就いています。こう見えて屍霊術という魔法を嗜んでおりますのでね。フフフ……」
えーと……。厨二病患者の方かな? 俺は深くツッコまない事にした。
「しかし、俺は自分の職業など知らんぞ」
「そうですねぇ。貴方はどう見ても後衛ではなく前衛タイプですから、ウォリアーや……バーサーカーですかねぇ。というか、振る舞いがバーサーカーにしか見えないですが……それにしては防御力が……」
「バーサーカーか……。響きからすると、理知的な俺には一番似合わない職業だろう」
「そ、そうですね」
ニバス氏はなぜだか目を横にそらす。バーサーカーってあれやろ。狂化してて、自我のないまま『やっちゃえバーサーカー』しちゃうやつやろ。
あれ? 元ネタ的には、俺の不死身っぷりはバーサーカーに似てるような……。ま、まあ、あっちは回数制限あるし、理知的で理性的な俺には、全く関係ないな。うん。
「ま、まあ、職業がわからなくとも特に大きな支障はありませんし……。それに、貴方の場合は職業がどうとかいうレベルを逸脱してしまっていますから……」
「む、そうか。残念だ。個人的には、魔法を使ってみたかったのだが……」
「職業次第では魔法を使えるかもしれませンねぇ。私が使えるのは暗黒魔法が主ですが、お教えしましょうか? 呪文書もいくつか持ちあわせがありますし……」
あなたが神か。やったぜ。暗黒魔法とかちょっと響きが恥ずかしいけど、俺の中に封印されていた厨二病マインドが刺激されてまうやろ。俺は一も二もなくお願いした。
「……正直、貴方には魔法など必要ない気もしますが……」
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その後の道中は、それなりに順調だった。
デニムはトラブル気質らしく、行く先々で戦いに巻き込まれている。彼自身の実力も見せてもらったが、なんだか片手剣とか振るっててカッコ良かったです。こなみかん。
俺も負けじと槍を振ったり、石を投げたりしていた。でも大体は素手で十分なんだよなぁ。ドラゴンやらグリフォンやら相手にしてたから、人間がモロ過ぎて手加減が難しい。下手に力を入れ過ぎると、あっという間にグロ画像が出来上がってしまう。スケルトンだとその辺りは心配無用だったのに。
船で島を渡り、ヴァレリア本島へ。涼しい氷原を通り過ぎると、旧ガルガスタン軍の後背地であるブリガンテス城へと到着する。映画でしか見た事ないようなスケールのでかさに正直興奮した。
城に入った途端、デニムだとわかった周りの反応はもの凄い事になっていた。どこぞのギャンブル漫画ばりにザワザワしている。どうやら、死者の宮殿に向かう時には城に入らなかったらしい。
「な、なんでデニム様がお一人でこんなところに!?」
「今はバクラム軍との決戦に向けた準備の最中では?」
「そ、そちらのお方は……?」
ちなみに最後のは、可愛い女性兵が俺の方を見ながら言った。こっちをもの凄い目で凝視している。やっぱり、この俺の格好は派手すぎて目立つらしい。はぁ、せっかく久しぶりの人間の女の子だというのに台無しだよ……。あっ、ラミアさん達は別枠です。
「こちらの方はベルゼビュートさんだ。事情があって解放軍に参加してもらえる事になったのだ」
「ベ、ベルゼビュート様……ですか……」
「ああ。ベルゼビュートだ。よろしく頼む」
「や、やだ、声まで……」
なんか周りにいる女性兵達の視線が怖い。変な目で見られてるよぉ。そりゃあ、俺みたいな得体の知れない奴が、いきなり味方として参戦するなんて言っても疑うよなぁ。悲しい。
それにしても、デニムは普段の口調と違い、偉そうな口調になっている。いや、実際に偉いんだよな。なにせ、解放軍のリーダーなわけだし。人の上に立つって大変だよな。俺には無理だわ。
「すまないが、事情は聞かないでほしい。少しの間だけ休ませてもらいたい」
「は、はいっ! もちろん! 少しと言わずお好きなだけどうぞ!」
この身体だと全く疲れないけど、デニム達はそうはいかない。俺としては、ここまでの道のりを半ば旅気分で楽しんでいたけど、この世界では自動車や鉄道なんか一切なく、あっても馬か馬車ぐらいのものだ。旅をするのも命懸けなのだ。
なぜか妙に嬉しそうな兵士達に連れられて、俺たちはブリガンテス城に一泊することになった。
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「そう……そうです。魔力を循環させながら、暗黒神アスモデに祈りを捧げるのです」
ブリガンテス城の中庭で、ニバス先生に魔法の使い方をご教授いただいている。デニムは与えられた客室で一眠りしているようだ。死者の宮殿まで一人で来たのだから、疲れているのだろう。
監視のためか、俺の周りには常に女性兵が付きまとっていたのだが、今は訓練のために少し離れたところにいてもらっている。なぜか俺の個人情報を聞き出そうとしてくるし、やはり警戒されてるんだよなぁ。
魔法の練習は順調とは言えなかった。先ほどから何度か魔法を発動させようとしているのだが、一向に使えるようになる気配がない。魔力を練って循環させるところまでは何とかできるのだが、そこから魔法を発動させるのがどうも難しいのだ。
「呪文は必ずしも唱える必要はありませんが、最初のうちは唱えた方が良いでしょう」
「む……やはり、唱えないといかんのか……」
俺にとってハードルが高いのが、呪文の詠唱だ。魔法が使えると聞いてノリノリだったけど、いざ実際に呪文を詠唱しろと言われると結構はずかしい。黒歴史になって、あとから不意に思い出してジタバタしてしまいそうだ。呪文を覚える事はすぐにできたのだが。
「くっ……いくぞ……『我が血と肉の苦痛を与え、迷いし悪鬼を滅ぼさん…… ワードオブペイン!』」
体内で循環していた魔力が、呪文の詠唱と共に手の中に集まっていく。しかし、あと少しというところで霧散してしまった。どうやら不発らしい。
「う〜ん。途中までは良いンですがねぇ。何か邪念が入っているようですねぇ」
「…………」
「ワードオブペインは暗黒魔法の中でも一番基本的な攻撃魔法なのですが……。他の魔法を試してみた方がいいかもしれませンねぇ。魔法というものは相性があるようですし」
「……そうか」
邪念というのは間違いなく俺の羞恥心だろう。己の羞恥心を克服しなければいけないなんて、魔法というのはなんて難しいんだ。くそっ。
ワードオブペインは、俺が初めてゴーストから受けた攻撃魔法で、思い出深い。魔法をぶつけると、呪詛の力で相手を苦しめる事ができるというものだ。
あれから何度か食らってしまい、その度に身悶えしていたのだが、ダンジョンの中で一年を過ぎた辺りから食らっても特に痛みがしなくなった。あれだ、蚊に刺されてちょっとカユい、みたいな。
結局、ワードオブペインを使うのは諦めて、他の呪文書をいくつか読ませてもらった。
そのどれもが発動せず、やっぱり俺には魔法の才能がないのかと思い始めた頃、最後にダメ元で試してみた魔法が大当たりだった。暗黒魔法の中でもかなり上位に位置する魔法らしいが、その魔法だけは、なぜか呪文の詠唱をせずともいいぐらい簡単に使えるようになってしまったのだ。
魔法を実演してみせると、ニバス氏は細めている目を大きく開いて驚いている。
「……いやはや。貴方は常識外れだと思っていましたが、魔法の方もそうみたいですねぇ。私でも発動に苦労するような上位魔法を、こうも呆気無く成功させるとは……」
「む、そうか? しかし、なぜかこの魔法だけは簡単だ。ほとんど集中せずとも使えるようだ」
「……というか、なんでさっきから連発できるンですか? 貴方の魔力は一体どうなってるのでしょうか……」
調子に乗って魔法を連発してみせる俺に、ニバス氏はもはや何か諦めたように、首を振りながら溜息をついた。だが、テンションの上がっていた俺は見てみぬふりをする。
「そんな魔法を連発されたら、相手は溜まったものではないでしょうね。今からバクラム軍が可哀想になってきますねぇ……」
暗黒騎士団とか自分で名乗っちゃう奴らだし、このぐらいじゃまだまだ通用しないだろ。なんだっけ、奴らの首領のタルタ……タルタ……タルタルソース? 名前からしてスゴそうだし。
待ってろよタルタルソース! フライに付けて食ってやる!
職業の設定や魔法の描写は独自解釈です。
戦闘中の呪文詠唱って、めっちゃ早口で言ってそう。
【竜騎兵ジュヌーン】
カッコいい赤い鎧で通常の三倍速そうな人。
SFC版ではアゴが割れたイカついオッサンだったのに、PSP版ではパーマがかかった渋いオッサンに。
原作では、薄幸の美少女オクシオーヌちゃんとの濃厚な絡みを見せつける。
【クレリック】
いわゆる回復職。原作ではそれに加えて、殺しても死なないアンデッド達の浄化もできる。
PSP版では回復魔法よりアイテムの方がMP要らずで効果も高いため、不遇な職業になっている。
【バーサーカー】
前衛職だが、PSP版では防御よりも攻撃が得意な職業。
ちなみに、SFC版では逆だった。防御が得意なバーサーカーとか、これもうわかんねぇな?
なお、オリ主が言っている『元ネタ』は Fate のお話。(クロスネタすみません)
【ワードオブペイン】
暗黒魔法の一番基本的な攻撃魔法。
投射型、つまり術者から直線に対象まで飛んで行くが、途中に障害物があると当たらない。
この投射型の軌道が厄介で、味方に誤爆してしまうプレイヤーが後を絶たない。