悪役令嬢に転生したけど物理で世界最強になった件 作:Rosen 13
始まりはあるメイドのこの一言からだった。
「ねえ、最近レーニャって子、調子のってない?」
カサンドラが本館に移ってきてから二年の歳月が経過した。
当初屋敷の人間から煙たがれていたカサンドラだったが、性悪家庭教師の即クビをきっかけに一部の者から自身の評価を改めさせ、さらに二年経つと彼女の聡明さは際立つようになった。それはやがて親カサンドラ派という下級メイドが中心の勢力が現れるほどになっていた。
一方、それまで身分を盾に下級メイド達に自分の仕事まで強要していた貴族出身のメイドや屋敷内のヒエラルキーが高い者達はこのままでは自分達の立場が危うくなると、聡明で求心力のあるカサンドラの存在を疎んでいた。
だが当主から無視されてるとしてもカサンドラは公爵家の正当なな跡取りだ。幼い頃ならまだしも成長した今のカサンドラをどうこうすることはできない。
反カサンドラ派筆頭のセバースは自室で頭を抱えていた。彼は執事だが、当主不在時に屋敷の留守を預かるほど当主から信頼されていた。当主から信頼されることを誇りに思っている彼は当然主が疎むカサンドラを快く思っていない。
そのため最低限の仕事はこなすがカサンドラ側に配慮は一切していなかったし、仮にカサンドラが不満を持っていてもどうすることもできないと高を括っていた。
だが二年前の家庭教師の件でカサンドラへの評価は一変する。
実はカサンドラがクビにした家庭教師はセバースが招いた者だったのだ。当初セバースは家庭教師をクビにしたのはカサンドラの我儘と判断して彼女を責めたが、家庭教師の自白や下級メイド達の証言などで事実が明らかになると顔面蒼白。それなりの名家出身というだけで彼らを雇ったセバースはその家庭教師の評判を全く知らなかった。
この件はカサンドラを責めるつもりが、逆に公爵家に相応しくない家庭教師を連れてきた彼の責任を問われることになってしまった。
「まさかここまでカサンドラ様が優秀だとは思いもしませんでした」
「それはあなたがマヌケなだけじゃなぁい。頭は良いくせに役立たずの無能が何を言ってるのかしらぁ」
セバース一人だけいたはずの部屋から彼以外の声がセバースの耳元から聞こえた。
「ッ!? 貴様、何者だ? どこから入ってきた!?」
咄嗟に振り返ると、彼の目の前には黒いローブを着た人物が林檎を弄びながら立っていた。顔はローブが邪魔して見えない。
「誰でもいいじゃなぁい。あなたみたいに自分を優秀だと思い込んでる無能に名乗る名はないしねぇ」
「なんだと! 侵入者風情が偉そうに。警備兵、こいつを捕まえ……」
だがセバースは最後まで言うことができなかった。
「愚かねぇ。何でわざわざ私があなたなんかに会いにきたと思ってるのよ」
いつの間にかセバースの胸には不気味なデザインの黒いナイフが突き刺さっていた。
「私の雇い主さんからの伝言よぉ。『お前はもう用済みだ』そうよ。可哀想に捨てられちゃったのね……ってもう聞こえてないかぁ」
セバースの目から光が失われてる。既に彼は事切れていた。
「でも
一瞬部屋が巨大な影に覆われたが、それに気づいた者はいなかった。
バギッゴキッゴリッグシャアッバキボキッ
数分後、部屋の扉が開く。中から現れたのは事切れたはずのセバースだった。
部屋にはローブの人物の姿は見えず、代わりに白い棒状のなにかが転がっていた。
「さて始めましょうか。カサンドラちゃんには悪いけど、私の愉しみのためにちょっと踊ってもらいましょう」
そして冒頭に戻る。
最初のセリフを言っていたのは親カサンドラ派のメイドだった。
「獣人の癖にカサンドラ様の専属とか生意気なのよ」
「そうよそうよ。どうせカサンドラ様に取り入って、お情けで専属にさせてもらったに違いないわ」
最初に発言したメイドに賛同する声が上がる。彼女達もまた親カサンドラ派だった。
彼女達は比較的穏健な親カサンドラ派の中でもカサンドラ至上主義を掲げる過激派の一員だ。
「ならレーニャって子をちょっと懲らしめてやりましょうよ」
「そうね。獣人なんて野蛮な存在はカサンドラ様に相応しくないわ。これはカサンドラ様のためなのよ」
「だから私達がこれからやることは正当なことよ。私達はカサンドラ様から野蛮な獣を守るのだわ」
メイド数人の不穏な会話が続く。だがそれを聞いている者がいた。
(やっぱり親カサンドラ派も一枚岩じゃないわねぇ。攻撃対象を反カサンドラ派からあの獣人の子に変えるだけでこうなるなるんだから)
セバース(?)が行ったのは、『レーニャがカサンドラに取り入って専属にしてもらった』、『レーニャは他のメイド達を見下している』という根も葉もない噂を屋敷内で流したことだ。
親カサンドラ派の中には獣人でカサンドラの専属であるレーニャを妬む者も多い。これが予想以上に上手くいった。
(嘘か本当か分からない噂なのに見事に騙されちゃって、人間って愚かねぇ。それに親カサンドラ派はあくまで自称に過ぎないし。カサンドラちゃんが信頼してるのはあの獣人だけなのにね。親カサンドラ派が彼女が信頼する子を害すると思うとワクワクするわぁ)
自身の策略が上手くいったことを確信したセバース(?)はその場を去っていった。
「そう、私達はカサンドラ様を守る騎士なのよ!」
セバース(?)が去った後も彼女達の会話(妄想?)は続いていた。
だがそれはある人物の介入によって終わりを告げる。
「先輩方、そこまでにした方がよろしいと思いますよ」
「あなたは、たしか新人の……」
「新人のクレハと申します」
黒髪のポニーテールにすらりとした高身長、無表情で目を瞑っている彼女は最近屋敷に仕え始めた新人メイドだ。
話を聞かれたメイド達はクレハの凜とした態度に若干たじろぎながらも強気に出る。
「盗み聞きは感心しないわね。それで私達の話に割って入るなんて何かようなの?」
「そうですね。たしか先輩達はレーニャさんを害するって言ってましたよね」
クレハの断言するような口調に、そこまで聞かれてたか、と彼女達の表情が苦虫を噛み潰したような顔に変わる。
「もし本当にレーニャさんを害するつもりなら、痛い目に遭う前にやめた方がよろしいですよ。……彼女は普通じゃない」
「ちょっ、それはどういう……」
「では自分は仕事がありますので、失礼します」
彼女達の問いかけには応じず、クレハは淡々と仕事に戻っていった。
「ふん、あんな子の言うことを真に受けることはないわ。さっさとあの獣人に追い出してしまいましょう」
この時、彼女達が素直にクレハの忠告を聞いておけば、後に彼女達に降りかかる悲劇は起きなかったかもしれない。
***
あの会話から翌日、早速彼女達はレーニャを屋敷から追い出すべく、レーニャに様々な嫌がらせを敢行する。
その日から仕事をするレーニャの足を引っかける、すれ違い様に嫌味を言う、レーニャの部屋に虫入りの箱を置いておくなどメイド達の中では常套手段の陰湿な嫌がらせを繰り返した。
そんな彼女達の所業はかつてレーニャを虐めていたクリスティアの耳にも入る。彼女は貴族出身のメイドだったが、屋敷内では珍しく中立を貫いていた。
「クリスティア様、これに乗じてあの獣人を虐めませんか?」
取り巻きの言葉にクリスティアは黙ったまま首を横に振る。
「乗り気じゃないですわ」
一言そう呟くと、納得していない取り巻きを無理矢理下げさせた。
独りきりになるとクリスティアは溜息をこぼす。
――何で彼女達の所業や取り巻きが醜いと感じるのだろう。少し前までは自分は彼女達と同じだったというのに。
(思えばあの時からでしたわね。自分の振る舞いに違和感を持ち始めたのは)
数年前、レーニャに返り討ちされたあの日から彼女はレーニャに対して強い対抗心を抱いた。以前は気に入らない相手は家の力で潰してきたが、何故かクリスティアはその手を使わず自分の力で彼女を超えることにこだわった。それは今まで甘やかされて育ったクリスティアにとって初めてのことだった。
だがそれまで甘やかされてきたクリスティアにとって成長したレーニャはまるで高い壁のようなものに感じた。
かつてサボりがちなクリスティアでも勝てたメイドとしての技量も気づけば圧倒的な差が生まれ、貴族として自信があった礼儀作法もクリスティアが敗北を認めるほど見事なものだった。
プライドを粉々にされたその日、クリスティアは悔しさで涙が溢れ、夜も眠れなかった。一晩中泣き明かした彼女は翌日になると周囲が驚くほど真面目に仕事していた。全てはレーニャに勝つため、あの時の悔しさを忘れないために。
黙々と仕事をこなすクリスティアの周囲の評価は偉そうで嫌なメイドから時々頓珍漢な行動をとるが真面目なメイドへと変わったが、クリスティアにはどうでもよかった。
全てはレーニャに勝つために。
そこまで思い出して、クリスティアは自分がどう思っているかようやく気づく。
「何だ、簡単なことじゃない。私はあの子が私以外の人にやられるのが気に入らないだけ」
だってあの子を打ち負かすのは私なんだから。それもあんな卑怯な真似ではなく自分自身の力で。
「負けることなんて私が許さないんだから」
その翌日
「えっ彼女への虐めがなくなった?」
「何でもまったく堪えず逆に返り討ちにあったようで……ってクリスティア様、顔がお赤いようですが調子が悪いのですか?」
「えっ、ええ。ちょっと熱っぽいようだから休ませてもらいますわねホホホホ……」
クリスティアは部屋に戻るとベッドにダイブして悶えはじめた。
「恥ずかしいですわ! 恥ずかしいですわ! 何が『負けることなんて私が許さないんだから。キリッ』ですの昨日の私~! これでは完全に痛い子ですわ~!! 」
ムキーッと一通り暴れるとようやくクリスティアに落ち着きが戻る。
「ふぅ。やっと落ち着きましたわ。さっさと仕事に戻……」
クリスティアの言葉が途中で終わる。
「あ、あははは……」
「」
閉まっていたと思っていた扉は開いており、廊下からレーニャが気まずそうに笑っている。
予想外の展開に思わずクリスティアは白目を剥く。
まさか扉が閉まりきってなかった?ということは気まずそうにするレーニャはもしかして……
真実にたどり着いたクリスティアの顔がボンッと爆発する。羞恥からか彼女の瞼には涙が溢れていた。
「レ」
「レ?」
「レーニャの馬鹿ァァァァァァ!! 」
屋敷内にクリスティアの絶叫が響いた。
「今朝の悲鳴は何だったのかしら?」
「あははは……な、何でしょうね。それより聞いてくださいよお嬢様。最近、仕事仲間が私を怖がっているんですよ。何ででしょう?」
「知らないわよ。大方無意識で何かやらかしたんじゃない?」
「もう……どういうことなのよ。化け物なのあの子は。何で私達の嫌がらせに動じないの」
「むしろ返り討ちに遭った……脱落した子もいるし」
「でもこんなので諦められないわよ。仕方ないわ、最終手段よ」
「最終手段って?」
首謀者のメイドが血走った目で共犯のメイド達に詰め寄る。
「殺すのよ、あの獣人を」
この彼女達の愚かな判断はさらなる悲劇の幕開けとなるが、まだ誰もそのことを知る者はいなかった。
「なんて愚かな……」
「あっはっはっは! 愉快だわぁ。面白そうねぇ」
レーニャへの嫌がらせの結末
足を引っかける→強靭な足腰をもつレーニャに力負けし、むしろ足ごと持ってかれて自分が転ぶ。周囲から変な目で見られる。
すれ違い様に嫌味を言う→カサンドラのことばかり考えているからそもそも聞いていない。だけど重要事項などはちゃんと聞いてる。レーニャ本人が気づいていないため、嫌味を言った人物は周囲からいつもボソボソ呟いている変な人というレッテルを貼られる。
部屋に虫入りの箱を置く→何故か食用が入っている。レーニャ、夜食として喜んで回収する(割と好物)。犯人がたまたまその食べるところを目撃して倒れてしまったので強制終了。