悪役令嬢に転生したけど物理で世界最強になった件   作:Rosen 13

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和解したい

 穏やかな風が森に茂る草木を静かに揺らすとある日の草木も眠る丑三つ刻。私とレーニャはランプを片手にそんな夜道を歩いていた。

 雲ひとつない夜空に浮かぶ下弦の月は幾多の星々とともにランプの灯りを必要としないほど大地を明るく照らす。そしてそんな幾千もの星々を包み込むような巨大な星雲もまるでキャンバスのように夜空を色鮮やかに彩り、地上からは月、星、星雲が描いたひとつの芸術を一望することができた。

 森の向こう側からは狼のような遠吠えが聞こえてきた。さらに耳を澄ますと近くの草むらからリーンリーンと虫の鳴き声も聞こえてくる。その虫の鳴き声は前世の鈴虫に似ており、夜空も相まってそれがまた幽玄な雰囲気を醸し出しているようだった。ふと私は歩みを止めて、夜空をうっとりと見上げる。

 

(美しい……言葉にならないほどの絶景ってまさにこういうものを指すのね)

 

 前世では世界中を旅していた時期もあったけど、これに匹敵するような景色は見たことがなかった。かつて財宝探しのときに見つけた海底に沈む都市アトランティスは当時とても美しいと思えたけれど、この夜空の絶景には到底及ばない。

 

「幻想的な景色ね。……今更だけどやっぱりここは異世界だと実感させられるわ」

「お嬢様、何かおっしゃいました?」

「いいえ大したことじゃないわ。ただ景色がとても綺麗だなあ、ってね」

「はあ……確かに今日は雲ひとつないので比較的綺麗ですが、そんなにうっとりするほど珍しいものではないですよ?」

「えっ、そうなの?」

 

 どうやらまさしくここは異世界なんだと実感させたこの幻想的な景色はこの世界ではそう珍しくないらしい。

 

「ええ、ここのような空気が澄んでる地域なら天気が良ければ見れる光景ですよ。まあ人が多い王都やイリンピアだとここまで綺麗ではありませんが」

 

 そうなんだ。地球とは比べ物にならないくらい綺麗だったから凄いと思ってたけど、それは地球の景色を知っていたからかな。そういえば転生してからあまり夜空を見上げた記憶はなかった気がする。私が夜に外出したのは王城に忍び込んだ以来二度目で、その時は夜空を見上げるほど余裕はなかったし、普段も夜は部屋に籠るか早く寝ていたのでこうしてゆっくりと空を見上げる機会はなかった。そう考えると、案外私は自分が思ってた以上に余裕がなかったかもしれない。

 足を止めてじっと空を見つめる。こんな景色を近くの草むらに寝転びながら見つめるのも悪くないかもしれない。実際レーニャに冗談混じりにそう言うと危険だからとやめてほしいと諭された。無念。

 

「そんなこと言ってないで早く伯爵邸に向かいましょうよ」

 

 レーニャは呆れ顔を隠さずに私をせかした。

 何故なら今私達はある目的のためにお爺様の屋敷から抜け出して伯爵邸に向かっている最中だからだ。そしてその目的とは一週間以上仲違いしてるティアナと和解。が、そのために深夜に伯爵邸に忍びこむなんて見つかったらその場で切り捨てられても文句はいえない。だけど一向に改善しないティアナとの仲違いは時間を空けるのは悪手だと私とは判断した。お爺様には迷惑をかけるのであらかじめ部屋に『仲直りのために伯爵邸に行く』と書き置きを残してきた。無事ばれずに抜け出すことはできたけど、多分屋敷に帰ったらお爺様から説教されるだろう。

 

「お嬢様が非常識だとは薄々感づいてはいましたけど、今回については限度を超えています。 いくら徒歩で十分もかからない場所とはいえ、こんな真夜中に女二人で出歩くなんて正気の沙汰じゃありませんよ。魔物の目撃情報はなくても野盗にとってはいいカモです」

 

 非常識とは失礼ね。こう見えても前世の友人からは私は割とマトモな部類と言われていたのに。

 

「とは言っても正攻法じゃティアナは意地でも会わないじゃない。 こういう問題は時間が経つと余計に拗れるものよ。それにこれはレイナードの案でもあるし、レーニャも一度納得してたじゃない」

 

 この計画は数日前にレイナードと話し合ったときに提案されたものだ。あの後レイナードは屋敷の情報を提供し、私がティアナに会えるよう協力を申し出てくれた。最初は厄介事に巻き込みたくないからと断ろうと思ったけれど、彼の熱心な説得とより伯爵邸に詳しい人物の協力という餌にあえなく陥落してしまい、結局レイナードを巻き込んでしまったが。

 

「それはそうですが、でもやっぱり夜中に忍びこむのは非常識ですし危険過ぎです。 もし途中で野盗とかに襲われたらどうするんですか。 アレクシード様をはじめ、多くの人に迷惑をかけるのですよ 」

「それは十分分かってるわ。 でもこのままじゃティアナと和解できないのもまた事実よ」

 

 それにレイナードが言うには、引きこもりがちになったティアナは伯爵夫妻をはじめとした屋敷の人間からかなり甘やかされているらしい。それ自体は特に問題ではないけれど、最近その甘やかしが過度になりはじめて、ティアナを屋敷の外どころか部屋から出そうともしなくなったようだ。そして現在、伯爵夫妻やティアナ専属メイドが過保護を拗らせたことで余計にティアナは部屋に引きこもってしまっている状態なんだそうだ。多分正面から伯爵邸を訪れても追い返されるかもしれない。私が原因とはいえここまで大事になるとは正直思わなかった。

 

「というわけだから、不法侵入(これ)は仕方のないこと、いいね? 」

「はあ……分かりました。 ではさっさと用件を済ませて帰りましょう。 いくらアレクシード様宛に書き置きを残してきたとはいえ、早く屋敷に戻るのに越したことはありませんから。……でも帰ったらアレクシード様達に説教されるんだろうなぁ」

 

 無断で屋敷抜け出して伯爵邸に不法侵入しようとしてるからね。うん、間違いなく説教不可避だわ。

 

「せめて二時間程度で済めばいいかな……」

「それは諦観しすぎじゃありませんか」

 

 

 

 

 

 それからなんやかんやありつつも私達は伯爵邸の前まで辿り着いた。屋敷の門には何人か門番がいたが、私達は事前にレイナードから教わった警備の薄いルートを通ってティアナの部屋がある館が見えるすぐ近くの森まできていた。

 ここまでは順調。後はレイナードがティアナの部屋までの侵入ルートを確保しているかだ。無事ルートを確保して侵入可能なら二階の右奥にあるレイナードの部屋の窓に白い旗を掲げる手筈となっている。

 しかし今私達が潜んでいる場所から館までの距離は直線距離で百メートルほどだが、角度の問題と木々で視界が狭まってるせいか、レイナードの部屋の窓はなんとか見えるものの旗の存在までは確認することが難しい。でもこれ以上近づくと見張りに見つかる危険が――

 

「ん~……あ! お嬢様、旗を確認できましたよ! 」

 

 うん、全然そんなことなかったわ。そういえばレーニャって獣人だから身体能力が人類と別物だった。私も人間として視力はかなり高い方だと思っていたけど、数百メートル先の小さな旗を視認できるなんて獣人の身体能力舐めてたよ。

 でもおかげでレイナードがルートを確保できたことが確認できた。周囲を警戒しながらジリジリと館の勝手口に辿り着く。ゆっくりドアノブを回すと鍵はかかっていなかった。一度深呼吸して周囲の様子を探ってみると近くに人の気配はなかった。

 ギギギギギッとドアが開く音が静寂な館の廊下に響く。ここから先は屋敷の人間に気づかれずに二階にあるティアナの部屋へ行かなければならない。それだけでもかなり困難だけど、さらに灯を使わず窓から射し込む月明かりだけを頼りに進まなければならなかった。

 

「あともう少しが長いわね……」

 

 こうして王城以来となる高難度のスニーキングミッションが幕を開けたのだった。

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