悪役令嬢に転生したけど物理で世界最強になった件   作:Rosen 13

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前半がカサンドラ視点、後半がティアナ視点になります。


二人の想い

 それからティアナの部屋まで辿り着くことは私にとって容易いことだった。一応屋敷内には夜番が巡回していたけれど、事前にレイナードから人数やルートなどの情報を得ていたことで夜番と鉢合わせることはなかった。しかし侵入ルートといいこの夜番の情報といい、たった十ニ歳のレイナードがよくこんなに情報を集められたものだ。そこそこ付き合いが長い私から見て、彼は悪く言えば単細胞、良く言えば年相応の腕白少年だった。間違っても普段から頭を使うような理知的な人間ではなかったはずである。それなのに普段の彼からは想像できないこの情報量と正確さに私は驚きを隠せない。いったい彼の身に何が起きたのだろうか。軽くレイナードに失礼なことを考えてると、後ろからレーニャにそッと耳打ちをされた。

 

「おそらくレイナード様にとって屋敷全体が自分の庭だったからではないでしょうか 」

 

 何でレーニャは私の考えることが分かるんだろうかという疑問は端に置いておくとする。

 

「自分の、庭……? 」

「はい。 おそらく普段から屋敷内外を駆け回っているレイナード様だからこそ、屋敷の構造を正確に理解できてるのではないかと」

 

 なるほど、それはなんとなく分かる気がする。前世で小学生のとき、幼馴染達と小学校の裏山に秘密基地を作ったことを思い出した。そういえばあのときは地図をなんて見てないのに裏山全体の地理を完全に憶えていたなあ。秘密基地以外にも何故か謎の古代神殿があったり底無し沼で河童とタイマン張ったり巨木の下で天狗と盃交わしたりと裏山には色々な出来事があった。

 つまりレイナードのは私のそれと同じものかもしれない。夜番のこともそうだ。多分やんちゃなレイナードは過去に夜の屋敷を探検したことがある。夜番の情報はそのときの経験からきたものかもしれない。もし見つかったら大目玉を食らうからね。

 でもそう考えると、レイナードってやっぱり理知的とはいえないわね。情報は助かったけれど。

 ちなみにここまでスムーズに進めているのは実はレイナードの情報だけが要因ではない。それは屋敷の警備の練度が想定よりも低かったことにあった。

 田舎の一貴族であるハミルトン伯爵家は中央の政争と無縁だ。そのため屋敷や伯爵家が政界のライバルから狙われたりすることは滅多になく、ハミルトン家とその領地は平和そのものだった。ハミルトン家は力のある辺境伯や王都付近の伯爵家とは違い、土地の規模はそこそこあるが財力や権力は伯爵としてはやや弱い。余計な野心も権力もなく、そして軍人でもなかったハミルトン家はあくまで治世に力を注ぎ、それ以外はあまり力を入れていなかった。それは軍事力も含まれている。その結果としてこの屋敷の警備は最低限レベル程度しかない。平穏が続くハミルトン領には余計な軍事力は過ぎたる力であり金食い虫でもあると判断されたからだ。が、これは流石に緩すぎる。特に厳重な警備体制だった王城を経験した身としては緩すぎて却って不安を感じてしまうほどに。

 それでも王城のときと違って建物の情報自体はさほど多くないので慎重に行動したが、結局誰にも気づかれることなく簡単に部屋まで辿り着いてしまいなんだか肩透かしを食らった気分になった。ずっと私の後ろについていたレーニャも微妙そうな顔をしている。

 そんな妙な空気を振り払うように、一度周囲の様子を確認してティアナの部屋のドアノブを軽く回し、僅かに開いた隙間から部屋の様子を窺う。部屋からは部屋の主であるティアナ以外の人影は確認できない。また気配も感じないことからどうやら中にいるのはティアナだけのようだ。音をたてないようにゆっくりと扉を開け、忍び足で部屋へ侵入する。

 ティアナの部屋は白を基調とした落ち着いたデザインになっていて、派手さはないけど所々お洒落な小物や恋愛小説の本棚などもあり年頃の女の子らしさが溢れている。私の今世の大半を過ごした公爵邸別館の使用人ですら住もうとしないだろうオンボロ部屋とは大きな違いだ。あの部屋はここの半分の広さもないし、清潔感も雲泥の差どころではない。特に最初埃、カビ、ダニが酷くてまともに部屋にいれないほど衛生面が最悪だった。部屋の換気や毎日の掃除、外でベッドのシーツなどの備品に正拳突きしてようやく人が住める環境レベルになった。それでも成長期の子供には過酷な環境に変わりなかったから、極力あの部屋にいることはなかった。

 しかし思い返すと公爵令嬢しかも一応とはいえ正妻の子なのに、なんで住む場所は平民並かそれ以下だったのだろうか。いやそれ以前に疑問に思うのは私の扱いだ。一応教育はされたけど、それ以外は殆ど私は令嬢として扱われることはなかった。当時からそれは両親が私の存在を疎んでいたことが原因であると分かっていたけど、そもそも私を疎む理由を私は知らない。

 ……おっと思考が脱線している。私のことは今は後回しだ。

 頭を振って思考をリセットし、私は窓際に置かれている純白のレースで覆われた天蓋ベッドへ近づき、その白いレースを手にかける。

 

 ーーそしてレースを開いた先にティアナは眠っていた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……ァ、……アナ」

 

 身体がゆさゆさ揺れている……? 微睡みの中、誰かに呼ばれたような気がします。眠いのに……誰かしら?

 

「え……おねー、さま?」

 

 瞼を開けると、目の前にカサンドラお姉様のお顔が……

 

「あっ、やっと起きた。 夜分遅くごめんなさいね」

「……夢? 」

 

 何だ夢ですか。それはそうですよ、もう何週間も会っていないはずのお姉様がここにいるわけないです。

 

「おやすみなさい……ぐぅ」

「ちょっ!? 起きて、夢じゃないから現実だから!」

「ふえ? ほんとにおねーさま?」

「そうよ」

 

 ……………………………………………………えっ?

 

 ここにいる、私に跨ってるお姉様は私の夢や願望じゃなくて本物。でもここは私の部屋に違いない、しかも今は月が出てるから夜のはず……えっ、えっ、えぇええええ……

 

「な、何でここに……私に何か用ですか?」

 

 気づいたら私は冷たい口調でそう口走っていました。本当はこんなこと言いたいわけではないのに。

 

「私はティアナと仲直りするためにここに来たのよ」

 

 私から下りたお姉様は一瞬悲しそうな表情になりましたが、すぐにキリッと私を見据えました。その力強い目力に呑まれてしまいそうになるのを必死に耐えます。

 

「私が冒険者になるって言ったあのとき、ティアナのことを蔑ろにしてごめんなさい」

 

 お姉様が頭を下げた。それだけで私の胸は痛むが、あのときのことは昨日のことのように覚えている。

 お姉様が冒険者になると宣言した衝撃、頑なお姉様への苛立ちと怒り、そして感情が昂りお姉様を叩いてしまった自分への嫌悪と叩いたことへの後悔。

 最初、私はお姉様の分からず屋と憤ってました。お姉様に冒険者になってほしくなかったし、お兄様含めた三人でこのままのんびりと時を過ごしたいと思ってました。だけど途中からそれは叶わないことに気がつきました。

 現在お姉様が私達といられるのはアレクシード大叔父様に庇護されているから。ですがもし大叔父様が亡くなってしまった場合、お姉様はただの平民となり私達のもとを去ってしまう。

 そこまで思い至ると、それまで私が抱いていた甘い幻想は粉々に砕け散ってしまいました。

 そこからが地獄でした。幻想を打ち砕かれた私はずっと自己嫌悪に苛まれました。貴族である私は自由こそ少ないけれど、ある程度将来は約束されています。しかしお姉様の将来は自分とは違い、自分で自分の未来を掴み取らなければならなかったのです。

 ですが私はそれをお姉様が心配だから、自分が嫌だからと拒絶してしまった。お姉様の残された道が数少なかったにもかかわらず。

 それからでした。お姉様を叩いたときの感触や痛みが消えず、あの時の光景が毎日のように夢で繰り返される日々。お姉様からの手紙も怖くて開けることすらできませんでした。

 心身ともに疲弊した私はいつからか自分の部屋から出ることも少なくなり、窓から外の景色をボーッと眺めるだけで一日が過ぎることも多くなった。お父様やお母様、屋敷の使用人達は引きこもり無気力な私に何も言わなかった。お兄様はお姉様と仲直りすべきだと言ってたけど、臆病な私にはその勇気はなかった。

 

 なのに何でお姉様の方から来てしまうのですか……

 

「それはお姉様は冒険者を諦めるということですか?」

 

 心の底では謝りたかったのに実際の私の口調は冷たいままだった。

 違う、そんなことを言いたいわけじゃない!

 そんな心の叫びはお姉様に届かない。

 

「ううん、違う。私は冒険者になるよ。それは変わらない。ティアナに反対されてもね」

 

 お姉様は優しい笑みを浮かべながら、手を私の両頬にそっと添えて顔を近づける。

 窓から覗く月光りに照らされてまるで妖精のように綺麗なお姉様から私は目を離すことはできなかった。

 

「仲直りしたかったけど物事はそう上手くはいかないわね」

「お姉様!!」

 

 部屋にゴンッという鈍い音が響く。気づけば私はお姉様の額に頭突きをしていた。

 

「~~~~~っ!!! 」

 

 頭が砕けるかと思うほどの激痛が私を襲い、ぐわんぐわんと視界が揺れる。痛みから涙が溢れてくる。お姉様はキョトンとしてたけど痛がる素振りすら見せていなかった。どんだけ石頭なんですか……

 

「ティ、ティアナ……大丈夫?」

「大丈夫じゃ、ないです……でもこれで 、手打ちにしてあげます」

「手打ち……」

「正直納得はしていません。ですが私はお姉様の意思を尊重したいと思ってます」

「ティアナ、ごめん……」

「いいんです。よく考えればお姉様が無茶苦茶なのは今に始まったことではありませんでした」

 

 本当は行ってほしくないけど、静かにしてるお姉様は私の好きなお姉様らしくない。

 

「ありがとう、じゃあね」

 

 そう言ってお姉様は一緒にいたメイドを引き連れ、窓から飛び降りて去っていった。

 

「何でわざわざ窓から帰るのかしら」

 

 でもまあ、この無茶苦茶具合が一番お姉様らしいかな。

 

 

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