悪役令嬢に転生したけど物理で世界最強になった件 作:Rosen 13
レーニャが地獄のカサンドラ式訓練を始めてから、すでに一年が経過していた。初めは運動、勉学、礼儀作法全てが赤点で、あまりのダメっぷりにカサンドラも頭を悩ませた。だが基礎を重視するカサンドラの粘り強い指導がレーニャには合っていたらしい。日に日に成長していき、訓練から半年が経つとレーニャは計算などの実用的な学問と低級貴族レベルの礼儀作法を身につけた一人前のメイドに成長した。
自身の成長を自覚できたことでレーニャは少しずつ積極的になり始めた。口調こそあまり変化していないが、職務に対する意識がストイックになっていった。ただおっとりした小動物系から若干天然の毒舌メイドへシフトチェンジしたことについてはカサンドラは若干後悔することになる。
間延びした口調は相変わらずだが、行動はキビキビとしていて空になったティーカップに紅茶を淹れる所作は洗練されている。
カサンドラは出された紅茶を口に含めて喉を潤す。最初は変なブレンドで雑味しかなかったが、今では雑味などない一級品だ。
「ハァ……ほんと平和って良いわねえ」
「どうしたんですかお嬢様。発言が年寄り臭いですよ〜」
窓の外を見ながら紅茶を片手に黄昏るカサンドラを後ろに控えていたレーニャが茶化すと、カサンドラは年寄り発言にムッとしてレーニャの方を振り返る。
「うるさいわよレーニャ。ここ最近物騒だったんだから仕方ないじゃない」
「あ〜そういえばまた賊が来ましたよね〜。最近忙しかったので忘れてました」
「レーニャが忙しかった原因はその賊の後始末だったでしょうが……それに賊が屋敷に浸入してきたのは今年で四回目よ、四回目。しかもその全ての浸入先は本館じゃなくて私達がいる古い別館。おかげで私もレーニャも色々大変だったじゃない」
カサンドラのジト目にレーニャはアハハと乾いた笑みを浮かべて視線を逸らす。どうやら素で忘れていたようだ。
「そ、そうでしたよね。そういえばこの前メイド長に警備を増やしてほしいって頼んでも全く取り合ってくれませんでしたよ。か弱い女子に賊を退治させるなんて酷くないですか?」
「少なくとも素手で賊を瞬殺するのはか弱い女子がやることじゃないわね」
「酷っ! お嬢様だって素手で処理してたのに〜。というより最初にそんな事し始めたのはお嬢様じゃないですか!」
冷たい返しにレーニャは傷ついたというように憤慨するが、カサンドラは全く意に介さない。レーニャが本気でないことはカサンドラが一番理解しているからだ。
「そりゃあ私はレーニャの師匠だし、自分の命を狙う輩を潰すのは当然でしょ? 後、賊を招き入れたのは内部の人間だからメイド長に警備をお願いしても無駄だと思うわ」
「お嬢様はメイド長が賊を招いたとでも言うのですか!?」
尊敬しているメイド長を侮辱したと感じたレーニャは思わず大きな声を上げてしまう。
声を荒げるレーニャを見てカサンドラは一瞬キョトンとしたが、彼女の考えを察して苦笑いした。
「言葉が足らなかったみたいね。私はメイド長が黒とは思っていないわ。あまり会う方じゃないけど彼女は自分の仕事に誇りを持っているタイプに感じたから」
「では内部の人間って……」
「今のところ公爵家の人事に強い、セバースとメイド長を除いた誰かとしか言いようがないわ。私の存在を疎ましく思っているのは確かなようだけど」
ストレートな物言いにレーニャは何も言えない。事実、カサンドラがいる別館が四度も襲撃に遭っている。そもそも貴族、それも公爵家の屋敷が何度も襲撃される事自体が異常事態だ。大事になっていないとはいえ、ここまで警備が機能していないのは不自然極まりない。さらに不自然なのは全ての襲撃者は本館ではなくかなり前から倉庫と化していた別館を襲ったことだ。倉庫と言っても高価な物はなく、今はカサンドラとレーニャが住んでいるがそれはいわば幽閉状態。そのため別館を執拗に狙う賊の目的はカサンドラであることは明白だった。
「おかしいと思わない? そもそも私の存在はあまり知られていない。ましては幽閉されていることを知っているのは公爵家内部だけよ。まあ外部に流れた可能性もないことはないけど、わざわざそれを晒す必要はあるかしら。それに外部の人間が幽閉されてる私を狙うのは考えにくいわ」
「確かにそうですね。そもそも使用人の中にはお嬢様の幽閉場所を知らない者は少なからずいます。一部の人間しか知らない幽閉場所に賊が辿り着けるわけがない。でも全ての襲撃者はお嬢様の部屋を知っていた……」
別館を襲った賊はカサンドラとレーニャが全員半殺しにして捕まえていた。賊はそれなりの実力者だったが前世であらゆる武術を修め、現世も修業を怠らなかったカサンドラとそのカサンドラに師事したレーニャの相手ではなかった。最初はボコボコにされた賊を公爵家の私兵に引き渡していたが、二度目の賊が侵入した時にも警備を強化しないことに不審に思ったカサンドラは内部の人間を疑っていた。
その後の賊は前の賊と同じように二人に捕まったが、今度は引き渡さず尋問したり、武器や服を全て剥ぎ取って本館の前に放り投げた。尋問では情報を得ることができなかったが、全裸で放置された賊を無視できなかったのか発見された翌日から警備がようやく強化され賊に襲われることもなくなった。
「でもあのとき全裸にしたのはやり過ぎだったわね。やる方も恥ずかしかったし、見ちゃった……」
「だ、男性のアレってああいうものなんですね〜。初めて見ましたけどマッシュルームみたいな感じでしたよ〜」
恐らく剥かれた賊のナニは小さかったのだろう。無理矢理剥かれた挙句、そのシンボルをマッシュルームに例えられたのは気の毒としか言いようがない。レーニャは素直な感想を述べただけだろうが、聞いたら間違いなく心が折れる遠慮ないレーニャの言葉にカサンドラもひきつっていた。
「とにかく、私の命を狙ってたのは内部の人間の可能性が高いってことはわかったわ。まあ私みたいな人間を不気味に感じるのは仕方ないみたいとは思うけどね。でもそれで命狙われるのは勘弁してほしいわ」
(または私を殺して愛人の子でも招き入れるのかね?)
「何でお嬢様が不気味なんですか? よくわかりません」
「え?」
キョトンとするレーニャにカサンドラがキョトンとした。
「いや自分で言うのもなんだけど、こういう思考の五歳児は十分不気味だと思うわよ。しかも賊を瞬殺するのも普通はありえないし。レーニャも私のこと不気味だと思っているでしょ」
「いえいえそんなこと思っていないですよ〜。寧ろお嬢様には感謝してます。屋敷で嫌われていた獣人の私を専属メイドにしてもらっただけでなく、一人前になるために指導してもらいましたから。それにお嬢様は知識が豊富で運動神経が抜群な女の子ですよ。不気味ではありません」
カサンドラは満面の笑みを浮かべるレーニャが直視できなかった。前世の記憶を引き継いでいるといっても今はまだ五歳の幼女。初めて自分を肯定してくれたレーニャの存在は彼女の中で大きくなった。
「お嬢様に出会ってなかったら私はいずれ屋敷を追い出されて野たれ死ぬ運命だったでしょう。くさいとは思いますが何度でも言います。お嬢様は私の命の恩人です。私はこの命が尽きるまでお嬢様に仕え続けますよ」
もう我慢の限界だった。
「うっ、うううっ、うわぁああああん!!!!」
それまで理性で抑えていた感情が爆発した。泣き叫ぶカサンドラをレーニャはそっと抱きしめる。トン、トンと背中をゆっくり叩くレーニャに母性を感じたカサンドラは前世で死別した母にこうして抱きしめられたことを思い出してまた涙が溢れてくた。
ようやく泣き止んだカサンドラは顔を真っ赤にして俯いている。
「みっともない姿を見せてしまったわね。もう大丈夫よ」
「赤面のお嬢様可愛いです〜。また抱きしめていいですか?」
「止めなさい!」
それからしばらく経ち、レーニャは夕食を部屋に運ぶために本館の廊下を歩いていた。すると反対側から誰かが向かってくる。
「あら、誰かと思ったら獣風情が服着て歩いているじゃない」
出会って早々レーニャに嫌味を言ったのは同僚メイドのクリスティア・ハンドリック。拾われたレーニャと違い、行儀見習として奉公している公爵派閥の子爵令嬢で何かとレーニャを目の敵にしていた。よくレーニャを苛めていた主犯格で仕事はサボりがち、レーニャに仕事を肩代わりさせたりしていた。ここ最近は会うことはなかったが、クリスティアにとってはレーニャはいいカモだった。
「これはクリスティア様。これからカサンドラ様の夕食を取りに行くので失礼します」
レーニャは嫌味を無視してクリスティアに簡単に挨拶してさっさと去ろうとした。その対応に不満なクリスティアはすれ違い様に足をかけようとするが。
「なっ!?」
普段なら無様に転ぶはずだったが、ここ1年で急成長したレーニャは見事にかわしてそのまま過ぎていく。かわされたクリスティアは悔しそうな表情でレーニャの背中を睨めつけていた。
そして食事を受け取ったレーニャは別館へ戻るために本館の階段を降りようとすると、その後ろから忍び寄る影。クリスティアである。
(獣風情が調子に乗って……今度こそその泣き面拝んでやるわ)
レーニャを階段から突き落とそうとゆっくり近づき、その背中をトンと押す……
「あの……暇なんですかクリスティア様?」
直前にレーニャは振り返ることなくクリスティアに話しかけた。レーニャが出したとは思えないゾクリとするほど冷たい声に見破られたクリスティアは押すことができず硬直する。
「では失礼します〜」
元の声質に戻ったレーニャはクリスティアを放置して階段を降りていく。
レーニャに放置されたクリスティアはしばらく呆然としたが、ハッと我にかえるといいようにされた怒りが再燃する。
「キィィィー!! レーニャの癖に生意気なのよ! 今度こそギャフンと言わせてやるわ!」
クリスティア・ハンドリック十七歳。ここから何か間違った方向に努力し始めることになる。
「なんかクリスティア様の様子が変だったな〜。変な物でも食べたのかな?」
その翌日からクリスティアから変なイタズラを受けるなんてレーニャは思いもしなかった……
今回ので書き溜めた分が尽きてしまった……orz
しばらく更新が遅くなってしまう……