悪役令嬢に転生したけど物理で世界最強になった件   作:Rosen 13

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カサンドラの前世の世界での話です


天界事変

「ブ〜ンな〜ぐり〜♪ ブ〜ンな〜ぐり〜♪ 私の邪魔する奴はブ〜ンな〜ぐり〜♪」

 

 ピンク色のワンピースを着た小柄な女がネオンサインが彩る夜の繁華街を歩きながら物騒な歌を歌っている。彼女の足は繁華街の裏路地へと進む。辿り着いたのは派手な繁華街とは無縁なシックな喫茶店だ。

 

 コロンコロン

 

 ドアについた鈴が彼女の来店を知らせる。カウンターには店のマスターと客と思われる端正な顔立ちをした男がいた。

 

「いらっしゃいませ。注文はいつものでよろしいですか」

「ええ、お願いマスター」

 

 どうやら女はこの店の常連のようだ。店は空席が目立っていたが女は男の隣の席に座る。店にはマスターがコーヒーミルを回している音だけが聞こえていた。

 

「まさかあなたが私を呼ぶなんてね。わざわざ何の用なの?」

 

 女は皮肉ったような口調で隣の男に話しかける。

 

「……美波が死んだことは知っているか?」

「馬鹿にしてるの? 親友の私があの子の死を知らないわけがないじゃん。そんなこと言うために私を呼んだというなら、あの子の幼馴染だったあなただとしても本気でぶっ飛ばすよ」

 

 女は不機嫌そうに男を睨む。男は神妙な顔つきですまない、と女に謝った。

 

「美波が死んでから何か異常を感じなかったか?」

 

 女は男の真意が掴めなかった。

 

「どういう意味?」

「そのままの意味だ。例えば……吸血鬼(・・・)に異変が起きた、とかな」

「ッ!?」

 

 ガタリ、と女は思わず椅子から立ち上がる。その表情は動揺と当惑で染まっていた。

 

「何を、知ってるの……?」

「俺が知ってるのはお前に異能力があること、ヨーロッパで裏稼業を営んでること、そして教会から人外の駆逐を依頼されていることだけだ」

 

 周囲に知らせていないはずの情報まで手にしている男に、女は思わず舌打ちする。

 

「それってほとんど知ってるのと同じじゃん。だけど裏稼業って言葉は訂正させて。あくまで私の仕事は異能力関係で実際に受けるのはその中でも正当性があるものだから。日本の政治家と繋がってるあなた達とは違うよ、大和流陰陽道総本山土御門家当主土御門(つちみかど)晴明(はるあき)

「政治家云々は教会の狗で、ヨーロッパの暗部や教会から『処刑人(フォルシュトレッカー)美咲』と怖れられてる桜野には言われたくない」

「はあ? 誰が教会の狗よ。あくまで教会はビジネスパートナー。誤解を招くような言い方はやめて」

 

 男――晴明と女――美咲の間で険悪な雰囲気が漂い出す。特に美咲はイライラしているように見える。

 

「まあまあ。甘い物でも食べて落ち着きなさい」

 

 その空気を察したマスターはピリピリする2人のもとに2つのケーキを出す。晴明にはガトーショコラを、美咲には苺のショートケーキを。ニコニコしながらケーキを出したマスターを見て2人の険悪な雰囲気は霧散していった。

 

「すみません、お騒がせしました」

「ごめんねマスター」

 

 

 

 

 

「それで土御門君は何が知りたかったの?」

 

 美咲は苺を刺したフォークを晴明へ向ける。

 

「まず俺の質問に答えてくれ。話はそれからだ」

「あーあ随分と偉そうになったね。高校の時はもっと普通だったのにさ。ま、答えるけど」

 

 そう言うと美咲はフォークに刺さった苺を口へ運んだ。

 

「結論から言うと、土御門君の予想通り吸血鬼に何らかの異変が起きているようだよ。原因は分からないけどね」

「具体的には?」

「うーん、具体的にって言われても説明しにくいんだよね。ところで土御門君は吸血鬼のことはどこまで知ってる?」

「……人間に似た人外で教会から駆逐対象にされてるぐらいだな。それがどうした?」

「その認識だと半分正解ね。正確には教会から駆逐対象にされている吸血鬼はごく一部だけなんだ」

 

 晴明は急に始まった吸血鬼談義を面倒くさそうに聞いている。美咲はそんな晴明の様子に気づくことなく話し続けた。

 

「そもそも吸血鬼は身体能力と血を吸うこと以外、人間とあまり変わりないわ。それにその多くが吸血鬼ということを隠して人間として生活してるの。教会もそのことは知ってるし、人間至上主義の過激派を除けば積極的に駆逐するつもりはなかった。でもそれは無害な吸血鬼の話よ。人間と同じように吸血鬼にも有害な存在もある」

「それが駆逐対象か」

「そう。そいつらは吸血鬼は至高の存在で人間は下等生物だと見下しているわ。当然そういう考えの奴らは何するかわかるでしょう」

「人間を襲ったのか」

 

 晴明の言葉に美咲は黙ったまま首を縦に揺らす。その彼女の表情は苦々しいものだった。

 

「正直言って邪悪そのものよ。奴らは人間をまるで虫けらのように殺すわ。通常、吸血行為は僅かな血液があれば事足りるの。でも奴らは身体から血がなくなるまで吸い続けた。しかも被害者の意識を失わせないようにゆっくりとね。それ以外にも無意味に人間を殺したり、嬲ったりしていたわ。……そして、何より許せなかったのは、殺された多くがまだ子供だったことよ」

 

 晴明は吐き気が催すほどのその外道ぶりに憤慨した。彼の仕事上、人外を討伐することはあるが、ここまで外道なのはそう多くはなかった。

 

「教会から駆逐対象にされてるのは同じ吸血鬼からも忌み嫌われてるそんな奴らよ。正直、殺すことに何の躊躇いはなかったわ。奴らは死んでもいい輩だったから。でも最近、奴らの様子がおかしくなってきたの。何というか、何かに怯えてるような感じだった。最初は吸血鬼殺しとして名を上げた私に対してかと思ってたけど、どうやらそうじゃなかった。奴らは私以外の何かに異常なほど怯えていたわ。まるで幽霊を怖がる幼子みたいにね」

「やはりそうか」

「どういうことよ?」

 

 美咲は何かに納得した晴明の態度を訝しむ。結局、晴明の真意が分からなかったからだ。

 

「俺のところも同じだったんだよ。最近妖怪達が何かに怯え始めた。イギリスにいるジャックにも連絡したが、向こうも同じような感じだったらしい。どうやら世界中の人外も何かに怯えてるようだ」

「ストップストップ!」

 

 饒舌になりだした晴明を両手を突き出して一旦話を中断させる。情報量が多すぎて話についてこれない。そして美咲最大の疑問を晴明に尋ねる。

 

「ちょっと待って。ジャックって誰?」

 

 

 

 

 

 ――イギリス某所

 

 血塗られたナイフを片手に青年は下水道を歩いていた。彼の周りにはおびただしい量の血と無数の肉塊が飛び散っている。常人では気絶するほどの死臭が下水道に漂うが、青年は全く気にならなかった。

 

(こいつらの様子も変だったな。やはりミナミの死とこの異変は関係あるのか?)

 

 初恋の相手の死は青年に大きな傷を残したが、彼女の死から事態が急変したことで青年に悲しむ暇はなかった。 

 

(ハルアキにもう一度連絡してみるか)

 

 青年は連絡のために携帯を開こうとしたその時。

 

「ッ!? 何だ!?」

 

 突然大きな揺れに襲われ、青年はバランスを崩して壁に叩きつけられた。バランスを崩した拍子に携帯が青年の手から離れて地面を滑る。

 

(地震なのか? いや違う、揺れがどんどん大きくなってくる! これはまさか!?)

 

 バキッバキバキバキ!

 

 揺れが収まらないなか、青年の数十メートル先の地面が崩れだした。その時、青年は崩れた地面から何かが出てくるのが見えた。やがてそれの姿が徐々に見えはじめると、青年の身体が震えだした。武者震いではなく、未知への恐怖として。

 

「ジーザス。ジョークは勘弁してくれよ」

 

 その何かが完全に姿を現した。それは一言で言うなら、

 

 無貌の怪物

 

「GUGYAAAAAA!!!」

 

 神話の世界から現れた怪物が産声を上げた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミカエル! 謎の生命体が天界のあちこちで確認された。同時に下界にも同じような生命体が出現しているようだ。今、ガブリエルとウリエルが眷属と共に討伐に向かっている!」

 

(やはりこうなってしまいましたか。いや、我々があの子の運命を歪めたあの時からこれは必然の運命だったのでしょう。ですが、最期まで抗ってみせますよ)

 

 ラファエルからの一報を受けたミカエルはそれまで閉じていた瞳を開いた。

 

「それだけでは足りません。マスティマとグレゴリを呼びなさい」

 

 ミカエルの命令はラファエルを取り乱せるのには十分なものだった。

 

「なっ!? グレゴリだと! お前は何を考えているんだ。マスティマはまだ分かる。だがグレゴリは駄目だ。奴らを解放したら世界がまた乱れ「彼らの力がなければ間違いなく世界は滅びますよ」……どういうことだ?」

 

 滅びが確定しているように断言するミカエルにラファエルは疑問を覚える。

 ミカエルはそんなラファエルの様子を見ても顔色を変えることはなかった。

 

「一言で言えば、我々の罪、でしょうか」

 

 ミカエルは嗤う。

 

「ひとつ、昔話でもしましょう。愚かな神の企みとそれに気づかなかった愚かな天使のお話を」

 

 ラファエルは気づかない。

 

 ミカエルの手のひらにはべっとりと赤いナニカがこびりついていることを。

 

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