俺が柱島泊地鎮守府に着任してから、丁度2週間がたった。
我が艦隊の戦力は軽巡洋艦1人、駆逐艦4人。それで全て。しかし、新海域へ攻め込むことを命じられた訳では無いので、この2週間は時折沖合にふらりとやって来るはぐれ深海棲艦を迎撃したり、近くの鎮守府の艦隊と演習したり、注文していた家具が届いたので執務室を模様替えしたりと、最前線の鎮守府としては比較的平和な日々だった。
……ちなみに、着任初日に釣り上げ、飼うことに決まった金魚は、響が追加注文した家具“涼しげな金魚鉢”の中で気持ちよさそうに泳いでいる。
「はい、今日のデイリー開発任務の書類よ。開発レシピと結果を書いてサインしてね」
「了解。ありがとね雷」
今週の秘書艦は雷だ。先週は響、先々週は暁と順にやらせている訳なのだが、皆大人顔負けの仕事っぷりを見せてくれている。響はともかく、暁や雷まで立派に秘書の仕事をこなしているのだから驚きだ。それに……
「それでは、開発には僕が行ってきます」
「おお、助かるよ」
仮にではあるが副官として任命した美代も立派に働いてくれている。ぶっちゃけ秘書艦と俺の2人だけでも十分仕事は回せるが、彼の協力で2人でやるよりもずっと効率よく仕事が回る。流石、士官学校の次席
しかし、開発には艦娘の立会いが必要。隣に立つ雷が悪い顔(でもかわいいなあ)で美代に書類を手渡す。
「はい、お願いね。立会い艦は電にしといたわ。多分今は響と部屋にいると思うから連れていってね」
「……うん、ありがとう」
やや憮然として頷く美代。ここ1週間彼と電の様子を見ていたが、どうも美代は電がほとんど自身と会話してくれないことを気にしているようだ。これだから学業エリートは鈍感でいけない。人として凄くよく出来た男だが、所々大事なところが抜けている。電からの好意について気づかないというのももちろんだが、自分のルックスが水準を遥かに超えている事を自覚すべきだと思うのだ。
まあ、そんな事は自分で気づくべきことなので口に出して言ったのは開発について。
「レシピは任せるよ。出来れば駆逐、軽巡用の装備がいいけど、今後を見越した重装備狙いでも構わない」
「わかりました」
こいつは本当によく仕事が出来る。“適当にやっておけ”と言えば、その場の最適解で動いてみせるのだ。開発に関しても、詳しく説明する必要は無い。美代が執務室を出ようとしたその時、執務室の戸が空いた。
「提督……ああ、憲兵と雷もいたか。今いいか?」
「おう木曾か。敵艦かな?」
木曾には1日3回、水上機による偵察をさせている。駆逐艦娘には出来ない芸当なのでとても頼りにしている。肉眼では視認できない距離にいる敵を発見できるのは本土防衛を課された鎮守府としては大きなメリットだ。本当は航空母艦がいればもっと効率的に索敵が出来るが、今の
その索敵中に執務室へやってきた木曾。きっと何か異変があるのだろう。
「1隻の船がこちらに向かって来ている」
「船か。この当たりの漁師さんじゃないのか?」
以前第六駆逐隊を出撃させ、鎮守府正面海域よりさらに南の南西諸島沖……通称1-2海域まで制圧したので、近海にやって来る深海棲艦はかなり減った。それで近隣の住民達から“漁に出たい”という要請があったので、大本営に取り次いだところ、完全に制圧下に置かれた1-1海域でのみ、漁に出る許可が降りたのだ。
「いや、あの装甲は民間の船じゃない。だが、大きさは駆逐艦より小さかった、多分駆潜艇位だろうな。それと……」
「どうした?」
「艦娘の護衛が付いていた」
艦娘の護衛付き。それが意味するのはすなわち別の鎮守府の提督、あるいは国家
「雷。今日柱島での演習の予定はあるかい?」
あわてて雷が書類をめくる。
「ないわ。一昨日のブルネイの提督さんを最後に演習要請はゼロ。それじゃあその人って……」
1人心当たりがある。というか、その人に違いない。自身の仕事を放り出して、孤島の鎮守府に着任した青二才に、連絡もせずに何食わぬ顔で会いに来る提督。そんな提督、あの人しかいない。
「なあ木曾。その艦娘達について詳しくわかるか?」
「先頭に立っていた者は大弓を持っていた。あの艤装はおそらく正規空母のものだろう。後の者はわからないが、艦載機に混じって瑞雲が飛んでいるのも見たから、航空戦艦か、あるいは航空巡洋艦がいると思う。6人の護衛艦娘で例の船を囲うように輪形陣をとっていたな」
「うん。報告ご苦労様」
大弓を持った正規空母。
その言葉を聞いた時点で、もう確信が持てた。
「崎矢さんだね。まず間違いなく。旗艦の空母は多分飛龍さんだろう」
「崎矢さん……って前の司令官よね? 何の用かしら」
「そういえばこの前戦果報告した時に“時間が出来たら顔出す”って言ってたな。まあただの気まぐれだと思うけど、迎えないのは道理に合わない。美代、開発は後ででいいから、一緒にきてくれるかい?」
「もちろんです。あの崎矢提督と会えるだなんて光栄です」
ぱっと美代が顔を輝かす。崎矢さんは日本海軍の実質No.2ということで、陸軍の間でも結構有名人だ。まあ多分、こいつは立派な威厳ある人だと思っているだろうな。確かに立派な人だが、初めて彼の人となりを知れば面食らうかもしれない。
さて、彼は一体何を目的にしてやって来たのか。彼には振り回されてばかりだが、助けてもらった回数ももう数え切れない。今回も、ふらっと来たと見せかけて、結構大事な情報でも持ってきてくれるのかもしれない。
* * *
――10分後、柱島泊地鎮守府母港
木曾が発見した小型船と、その護衛の艦娘たちが到着した。出迎えに出たのは俺と美代、木曾、第六駆逐隊、佐々木さんの8人。佐々木さんは美代と同様、まだ仕事が少なく呼んだら喜んで付いてきてくれた。彼女曰く、“若いお兄さんに会えるなら大歓迎よ”だそう。
本当は坂下さんも呼ぶつもりだったのだが、彼は佐々木さんや美代とは違い、医者としての仕事がある。本来はこの鎮守府専属の軍医だが、美代が近辺の警察業務を受け持つのと同様、この当たりの医療関係の仕事は全て彼の管轄に入る。警察沙汰が起きなければ仕事のない美代とは違い、医者はいついかなる時も必要とされているのだ。
いち早く母港へ入港し、艤装を下ろした飛龍さんと、俺と同じ白一色の軍服に身を包んだ長身の男が姿を現す。右足をややぎこちなく引きずるように歩く独特な歩き方。そう、彼が崎矢少将だ。
「久しぶりだな。改めて、着任おめでとう。山村
彼が人をからかう時にするニヤニヤとした顔。
「お久しぶりです。わざわざ来てくださってありがとうございます……」
ここまで言って、ふとさっきの彼の言葉のとんでもない単語に気づいた。
あわてて顔を上げると、飛龍さんがさっきの崎矢さんと同じ表情で答えた。
「気づいた? あなたは今日をもって中佐に昇進よ。おめでとう」
「は!?」
「やったじゃない、司令官!」
「
「「おめでとう、司令官(さん)!」」
一斉に六駆の皆に言われるが、いやいや、ちょっと待て。おかしいおかしい。
それを面白そうに眺めていた崎矢さんが口を開く。
「言ったろう? “少佐は提督候補生であり、ノルマをクリアすれば直ちに中佐へ昇進する”って」
「いやいや、聞いてましたけど俺はまだ着任2週間ですよ!? ほとんど何もしていませんし……」
あわてる俺に崎矢さんは1束の書面を突きつけた。図表計算ソフトで作られた名簿のようだ。
「ほらよ、過去に新設鎮守府に提督候補生として着任した奴らの名簿だ」
「提督候補生の!? しかし……」
ずらっと並んだ名簿にはざっと見400人以上の名前が載っていた。崎谷さんが俺が驚く様子を楽しそうに眺めて付け加えた。
「最後の項目を見てみろ」
「最後……」
氏名、部隊名、年齢など沢山並ぶ項目の最後。そこに書かれていたのは……
「何ですか……これ……!?」
「見たまま、“在任期間”だ」
一番上に“在任期間(日)”と書かれ、赤丸がされている欄。しかし、そこに並ぶ数字は“4”や“8”など、1桁ばかり。それにカッコ書きで書かれた“日”の文字。これは……
「要するに、
「……いいえ」
「し、知ってます!」
じっと聞き入っていた美代が声を上げる。
「確か、着任した提督の緊張への強さや危機対処能力を測定する装置があり、最高点を100として評価した数値があると……」
「よく知ってるな。確か君は美代君だね、話は聞いているよ。その通り、測定装置がある。それがこれだ」
恐縮した美代の肩を叩いて笑ったあと、崎矢さんが持っていた鞄から引っ張り出したのは一昔に流行ったバーチャルゲーム機のような、ゴーグル型の測定器。
「適正値が高いと、つまりどういう事なんでしょう?」
「適正値が高いほどより継戦能力、つまり、深海棲艦と戦い続ける能力が高い。ちなみに、適正値10以下が一般人並みで、深海棲艦への恐怖で遭遇前から逃げ出すレベル。30以下が、恐怖に震えながらではあるが、一応深海棲艦と戦闘行為が行えるレベル。60以上でやっと、無理なく深海棲艦と渡り合えるレベル。今日本で戦っている提督は皆適正値65以上だったな。まぁ付けてみろよ、測定は5秒で終わるから」
「はぁ……」
ゴーグルをはめる。視界は真っ暗だ。
「それじゃ、測定始めるわね」
飛龍さんの合図とウィーンというファンを回したような音で、視界が一気に開けた。かと思うと、すごい勢いで様々な映像が頭の中に流れ込んでくる。
それは、見たことのあるもの、ないもの様々で、いつの時代なのかもわからない。ただ呆気に取られてそれらの映像を眺めていると、ぱっと目の前が暗くなった。本当に5秒で済んだようだ。
「お疲れさん。測定終了だ」
「……本当に今ので適正なんてわかるんですか?」
「
「そりゃすごい……で、結果はどうなんでしょう」
飛龍さんに問いかける。
「結果は呉鎮守府にある親機に送られて、数値化されてから本土とここに送られるの。明日には届くから楽しみにしておいてね!」
「ああ、そうだ。美代君、君や他の職員の方にもあとでやってもらうよ。データの母数を増やしたいんだ」
「わかりました。後で事務と軍医の2人には伝えさせていただきます」
すると、ゴソゴソと鞄を漁っていた飛龍さんが二つのものを取り出した。
「はい、これ。階級章と建造ドックの解放キーよ。今日から建造も許可されるから、じゃんじゃん建造して、戦力を蓄えてね!」
「ありがとうございます!」
建造が許可された!これでさらなる戦力増強が出来る。これは嬉しい!
「あの……」
その時、電が控えめに言った。
「護衛の艦娘さん達は何処へ行ったのでしょう? 飛龍さんしか姿が見えないのですか……」
「ああ、彼女達ならここの工廠で艤装のメンテをしてもらっているわ。そろそろこっちに来ると思うけど……」
「丁度良かった。今回はお前に中佐の辞令を渡しに来るのが本来の目的じゃない」
「へっ? まだ何か?」
その時、工廠の方から何処かで聞いたことのある声が聞こえてきた。
「提督〜! メンテ終わったよ!」
「おう、お疲れ様、鈴谷。さ、紹介しようか」
鈴谷と呼ばれた少女……いや、もう同い年くらいの若い女性が、幼い少女を4人連れてこちらへやって来た。
それを見て、崎矢さんと飛龍さん以外の全員が息を呑む。鈴谷が連れてきた四人の少女は……
「紹介しようか。呉鎮守府所属。“航空巡洋艦鈴谷”及び……」
そして彼は、重苦しい声で確かにこう言った。
「“第六駆逐隊”の皆だ」
1列に並んだ、自身の背後に控える4人とそっくりな少女達。4人よりさらに幼いが、着ている制服もほとんど同じ、まさに瓜二つだ。
「暁よ! 1人前のレディーとして扱ってよね!」
「響だよ。その活躍振りから、不死鳥の通り名もあるよ」
「雷よ。“かみなり”じゃないわ! そこの所もよろしく頼むわね!」
「電です。どうか、よろしくお願いします」
* * *
――柱島泊地鎮守府中央棟3階応接室
「さて、何から話せばいいかな」
崎矢さんが応接室の奥で遊ぶ“呉所属”第六駆逐隊を見やって、珍しく神妙に呟く。
「俺はこういう話は苦手だ。お前から頼むよ」
「また……嫌なことはすぐ人に押し付ける」
ため息をつく飛龍さん。しかし、渋々と話し始めた。
「山村君。中佐になって建造許可が降りたあなたには、知ってもらわなくてはならない事があるの。もちろん、艦娘であるあなた達にとっても重要なことよ」
「……何となく、覚悟は出来てますよ」
「その様子だと、もう大体わかってるみたいね」
出された緑茶を一息に飲み干した飛龍さんは語り出した。
「単刀直入に言うわ。あなた達…いや、私達艦娘は、妖精さんと人間によって
俺の背後に控える艦娘達が頷く。その顔は……淋しそうだった。
彼女達は知っていた。己が造られた存在であることを。人類の希望を背負って、戦う使命を負って生み出されたことを。
だが、だから何だと言うのだ。彼女達は艦娘だから、戦う使命を帯びているのは確かな事実。だが、それは彼女達に普通の女性として生きることさえも縛る力はないはずだ。だから、そんな顔をしないでくれよ……
そんな俺の思いをよそに、飛龍さんの話は続く。
「艦娘が建造ドックで生まれることは知っているわよね? それには四大資材……燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトとさらに“開発資材”という資材が必要なことも」
「ええ」
「じゃあこれは知ってる? 実は四大資材は
それに俺が応じるより先に、木曾が返答を返した。
「……つまり、俺達のこの身体はそのような物では出来ていないんだな?」
「ええ、そうよ。それはドロップ艦も変わらない」
ふぅーっと木曾が息を吐き出す。普段弱みを見せない彼女だが、彼女なりに、自分の生い立ちに不安を抱えていたのだろう。特に彼女はドロップ艦だ。正規の、資材を用いた建造によって生まれた艦娘ではない。己の存在について悩むこともあっただろう。
飛龍さんが続ける。
「艤装は四大資材から作られる。それはいいわね。じゃあ、
……彼女達の身体は人と全く同じだ。体の作りはもちろんのこと、体温も全く同じ。結構スキンシップの激しい子達故に何度もその肌に触れたが、彼女達の肌は間違いなく人間のそれだった。
着任祝いパーティーで皆酔いつぶれたことや、数日前、暑いからとアイスを食べすぎた暁がお腹を壊したりしたことから、身体の中身も人と同じだとわかる。
艤装を下ろした彼女達は、普通の人間なのだ。それは実感による裏付けもなされた絶対的な認識……
つまり、彼女達の身体は人間と同じ成分…タンパクと水分、脂肪、その他カルシウム、ナトリウムなどの金属類やイオン等で出来ているはず……
そこまで考えを勧めたところで、一瞬背筋に冷たいものが走った。響の建造を見届け、仲間として迎え入れた時に見た建造ドックは、艦娘1人がギリギリ入れる大きさしかなかった。そして、そこへ投入されるのは、四大資材と開発資材しかない。だが、四大資材は艦娘達の身体の生成には関わっていない。ということは……
「まさか、開発資材の中身が……?」
「正解」
飛龍さんが悲しそうに俯く。
「建造用の開発資材の中身はあなたの予想通り。人間一人分の身体の構成物質なの」
建造用の開発資材……大きな立方体型の、妖精さんにしか開けられないようにロックされた箱。働かなくなってきた頭をぶんぶんと振る。
「でもね、それさえも私たちにとっては大きな問題じゃないの」
「……と言いますと?」
ここで、ずっと黙っていた崎矢さんが突然口を開いた。
「……ここで質問だが、現在世界で発見された艦娘は何人だ?」
「……200人強ではありませんでしたか?」
崎矢さんは頷く。これは世間でもそれなりに知られている事実。
「じゃあ、今日本で戦っている艦娘は何人だ?」
「……」
分かりきったことを彼が聞くはずはない。そういえば彼の鎮守府には艦娘が100人以上いると聞いた。だが、そうなると彼の鎮守府だけに全艦娘の半数が所属しているだなんておかしい。
「ずばり言うと、789人だ」
崎矢さんが吐き捨てるように言う。
ここまできて、ほとんど確信が持てた。
発見された艦娘の数よりも、戦っている艦娘の数の方がはるかに多い。これが意味すること。それは……
「今ここにいる2組の第六駆逐隊。彼女達は、いえ、あなた達はね……互いに全く同じ遺伝子を持っているの」
思わず振り返った。彼女達は泣いていなかった。今伝えられたことのどれも何となく理解していたことなのだろう。その表情は、どれも悲しくて、淋しくて、切ない。
だが、彼女が言うことが正しいのなら……
「でも、それじゃあ艦娘は……」
言葉にしたくない。それは彼女達のアイデンティティを否定すること。でも、口に出して言ってみるでもしなくては、俺自身受け入れることが出来そうにない。
「彼女達は……いえ、艦娘達は……合法化した
目をそらす飛龍さん。それは明らかに、無言の肯定。確かにそれなら、発見された艦娘の数以上の人数が、日本で戦っていることも説明できる。
目の前が真っ暗になったようだ。今、彼女達はどんな気持ちでこれを聞いているのだろう?
己の存在は、いくらでも替えのきく複製体で。今ある自分の意思さえ、誰かに持たされたもので。その意思で動かしているはずの自身の身体も、人工的に合成された木偶人形。どれ一つ、自分のモノだと胸を張って言えるモノがない。
突然無慈悲に告げられたそれら。聞いてるこちらでさえ気がおかしくなりそうだと言うのに、当の本人達はどれほど辛い気持ちなのだろう?
だが、彼女達は笑っていた。
……さっきよりもずっと、ずっと淋しそうな笑顔。不思議と安らかだが、見ていられないくらいに痛々しい笑顔。
「何となくわかっていたよ」
響がぽつりと呟く。
「実はね、見てたんだよ。建造された時、私の身体が形作られていくのを」
「私達も」
「なのです」
「お前達……」
……皆、知っていたのか? それで、あんなに明るく振る舞えるのか? それは、どれほど辛いことなんだ? それに耐えて戦う艦娘が、今どれくらいいるんだ?
「夢だと思っていたけど、今こうして言われると、確かに覚えている」
「……そうね。私も、それを見ている」
飛龍さんが答える。
「艦娘に意識が生まれるのは、妖精さんによって身体が造られている時。でも、その時はまだ知識の刷り込みがなされていないから、何が起こっているのか見えていても理解できない。だから、響ちゃんが言ったみたいに夢のような形で艦娘の記憶に残る」
そこで、彼女は苦しそうな表情をふっと崩した。
「でもね、これだけは信じて。“艦娘は艦の意思が肉体を持ったものである”という認識はあくまで正しいということ」
「……!?」
それだと論理矛盾が起こるのではないか?
艦娘が合法化したクローンである事、それは今彼女から聞いた。だが、それが正しいとするならば、彼女達は人間によって造られた存在であり、これまでの通説だった“艦娘は艦の意思が肉体を持ったもの”という仮説は崩れる。不審げな俺を見て、飛龍さんは笑った。
「人間は材料を用意しているだけよ。製造過程には関わっていない。実際に製造に当たっているのは工廠の妖精さんだけ」
「しかし、それなら……」
しかし、彼女は俺の問いかけを制し、話を続けた。
「妖精さんに聞いたの、“あなた達は何故、艦娘を…クローンを建造し続けるの”って」
「……」
「彼らは答えたわ。“ただ、艦の意思に従うだけだ。艦娘は自ら、生まれることを望んでいる”ってね。つまり、私達が今ここに生きている。それは、確かに私達に受け継がれた意思……かつての艦が生きたいと願ったから。艦の意思が、妖精さんを介して肉体に憑依したということなの。人間は、その意思が宿る肉体を用意しただけ」
なんて無茶苦茶な理屈、いや、もはや理屈とさえ呼べやしない。しかし、その妖精さん達の言が信用に値するのか、だなんて不毛な質問は出来なかった。
妖精さんは艦娘の生みの親。彼らの言葉を信じないというのは、専門家の意見を聞こうとしない素人と同じこと。どうにも信じ難い、通説よりもずっとオカルトじみた話。でも、艦娘と提督にとって、これは曲げられない真理。いや、
「彼女達……呉の第六駆逐隊を見ればわかると思うけど、同じ艦の意思を継いだ艦娘は全く同じ遺伝子情報を元に作られた身体を持っている」
「はい」
「だけど、私達が絶対に譲れないのは、たとえ同じ名、同じ艤装、同じ遺伝子を持って生まれた艦娘でも、
ずっと不安げにしていた第六駆逐隊が強く同意の意思を示す。木曾はただ黙って腕を組んだまま。
そうだ、そうだろう。全く同じ遺伝子を持つと言われている一卵性双生児でも、その後の成長でかなりの違いが生まれる。まして、双子と違って全く違う地で生まれる彼女達だ。たとえ母体となる遺伝子が同じでも、その後の成長、経験による個性の差は大きく出るはずだ。
言われてみれば、崎矢さんが連れてきた第六駆逐隊は、柱島の第六駆逐隊と全然違う。
「私達はね、たとえ同じ艦娘が何人いようと1人の人間として自分を見て欲しいの」
そういった飛龍さんの表情は、普段見せるおおらかな笑顔とは似ても似つかない真剣な表情。
「私達は量産された兵器なんかじゃない。いくらでも代わりのいる兵士なんかじゃない。少なくとも私達は、1人の人間としてこの世に生まれたかった。たった1人の艦娘“航空母艦飛龍”として、戦いたかった」
「飛龍さん……」
「だからね。あなたには、“個人としての艦娘”達と共に戦ってほしいの。もし、それが出来ないのならば、今ここで正式に提督になることを拒否して。実際に前例もある」
妥協を許さない様子の飛龍さん。その隣に座る崎矢さんは先程から身動き一つとらない。彼は、これらの全てを知った上で、彼女達の全てを受け入れた。そして、それを後輩である俺にも求めている。
……いや、彼だけではない。今日本で最前線を戦っている提督たちは皆、これを知っている。提督という人たちは、こんな過酷な現実を知った上で、あくまでも彼女達艦娘と共に戦うことを選んだ者達なのだ。改めて、先達提督たちの人間的な大きさを感じた。
そして俺も、今その提督達の端くれとなったのだ。それならば……
「俺は……戦います」
複雑な理屈なんて必要ない。だって、彼女達は俺を、
木曾、暁、響、雷、電、明石、大淀。
柱島所属の7人の艦娘達は、短い付き合いながらも苦楽を共にしてきた、まさに同じ釜の飯を食った戦友だ。
「俺は、彼女達と、
飛龍さんが大きく溜息をつき、崎矢さんは深く頷いた。
「その言葉が聞きたかった。今日やって来た甲斐があったよ」
そうだ。もう決心した。俺達はこれまで怯えてきた問題に正面から向き合って、そして乗り越えることを選んだ。
「彼女達は俺個人を信頼してくれています。だから、俺も“艦娘”としてではなく、柱島で戦友になった“友人”として彼女達を信頼します」
それが、今出せる最適解。
* * *
――柱島泊地鎮守府中央棟3階応接室
僕は柱島泊地鎮守府所属、憲兵の美代少尉です。今、鎮守府は凄いことになっています。
「もうダメ……俺が悪かった……」
「何変な声出してるんですか、まだまだ飲みますよ」
「だらしないね、司令官を見習いなよ。そんなので呉の提督なんて勤まるのかい?」
「本当だよ。もっと言ってやって」
「許してくれぇ……」
えーっと、今の状況を簡潔に説明すると、山村提督の中佐の辞令の受け渡しと共に、電ちゃん達艦娘の秘密を伝えに来た崎矢少将。彼は留守をとある戦艦娘に任せ、今日はここで一泊して帰るということで急に宴会を開くことになり、柱島の酒豪である山村提督と響ちゃんの2人と、同じくアルコール耐性抜群の呉所属の響ちゃんの3人が上官を酔いつぶしている……というわけです。
日本海軍No.2ともあろう方をベロベロに酔わせる彼らは一体何なのだろう。上官っていう概念をよく分かってないのではないかな。彼らが飲み始めた時から見ていたが、崎矢提督も決して酒に弱い訳では無い。ただ、彼の部下である3人が強すぎるだけだ。
木曾さんは飛龍さん、明石さん、大淀さん、佐々木さん、回診から帰った坂下さんの6人で盛り上がったかと思えば、皆思い思いにどこかへ行ってしまい行方不明。ちなみに、航空巡洋艦の鈴谷さんはこの付近の水質調査団の護衛ついでに柱島に寄っただけらしく、宴会に参加せずに再出撃してしまった。
仕方なく未成年の僕は、残った柱島、呉両鎮守府の第六駆逐隊の子達6人と一緒に部屋の端っこでジュースと(柱島の子達はいくらかお酒も飲んでいますが)お菓子を食べ散らかしている訳なんですが……
「あら、呉では制服に入ってるラインが赤色なの?」
「これは“暁改二”の制服よ! あなたも練度が上がればこれを着れるようになるわ!」
「はわわ……みんな背が高いのです!」
「私達の方が少し成長した状態で建造されたみたいなのです。呉の電も、しっかり牛乳を飲めば伸びるのです」
「えっと……美代君、困ったら私達に頼っていいのよ?」
「頼っていいのよ!」
なんだか3組の姉妹を見ているようです。
……僕は提督に同席して、飛龍さんのお話、艦娘のルーツについて知りました。
ですが、不思議とすんなり受け入れてしまったのです。“他人事だから淡白に受け止められるのだ”、と非難されれば甘んじて受けますが、本当に僕にとってそれは何も関係がないことなんです。
やや酔って、僕の腕に絡みついて離れない柱島の電ちゃん。それを「やれやれ、なのです」と苦笑して眺める呉の電ちゃん。パッと見同じ容姿だけど、確かに違う人格を持っている。そんな彼女達を蔑ろにするようでは駄目だと思うんです。柱島の皆はなかなか大人びていて同僚として仲良くしてくれるし、呉の皆もまるで妹みたいで可愛い。
……ふと我に返ると2人の暁ちゃん、雷ちゃんと、呉の電ちゃんがニヤニヤしながらこちらを見ています。
「えーっと……どうしたの?」
悪い表情のつもりだろう、可愛い顔で答えたのは雷ちゃんペア。
「いや、電を起こしちゃったら悪いかなって」
「えっ?」
右を見やると、柱島の電ちゃんが僕の腕に絡みついたまま眠っているのが見えました。というか近い! 顔が近い!
ほぼゼロ距離でその……美少女の顔なんて見せられてしまうとちょっと……いや待て待て! 僕にロリコン志向はないはずだ、落ち着け、こういう時は……
「あの、電ちゃんをソファに寝かせたいんだけど……」
「あら、そのままでいいじゃない」
「ごゆっくりどうぞ」
「そ、そんな!」
笑って提督達の方に走っていく5人。2人残された僕達。いくら宴会とはいえ10代前半(と思われる)少女とベッタリ張り付いたままと言うのはマズイ。憲兵という職業上ますますマズイ。
「えへへ……電のホンキを見るのです……」
でも、これはこれで悪くないな、なんて電ちゃんの寝言を聞きながら思ったり。僕は駄目な憲兵です。
* * *
――母港
「すまないな、突然連れ出して」
「ンン、夜風に吹かれるのは嫌いじゃない」
「……お前は飛龍の話を聞いていなかっただろう。隠すのは良くない。話しておこうと思う」
「ふーん……秘密ってのは隠しておいてこそ、カミングアウトした時にありがたみが出るんだがねェ」
「……それは冗談か?」
「半分本気」
「ふん……」
俺……木曾は今日の会議に業務で不在だった軍医の坂下を連れて母港へ出ていた。
「クローンなんだってよ。俺たち」
さり気なく、ただはっきりと伝えるべきことを伝えた。最低限必要な言葉しか口にしていないが、軍歴の長い彼なら十分伝わるだろう。
「そうか」
「……驚かないのか?」
「知ってたよ」
「……」
そうか。知っていたか。
膝から力が抜ける。が、倒れはしなかった。隣から優しく支える手が伸びてきたから。
「よっ。さっき雨降ったから、地面はドロドロだぞ」
「……」
この男は、俺達のルーツを知っている。それなのに……
「……気持ち悪くは無いのか?」
「何がさ」
「俺達は人じゃないんだ。何人も、何人も同じ存在がいる」
それを、この男はただニヤニヤと見つめるだけ。
「ふーん、木曾ちゃんはそう言うけどね」
この俺をちゃん付けして完全に子供扱いだ。
「俺は軍歴が長い。素行が悪いせいで何度も何度も飛ばされた。もちろん行く先ざきで艦娘達にあった」
「……」
「そこにはキミと同じ艦の意思を継いだ艦娘……つまり木曾ちゃんもいたね。だけど、間違いなくキミとは別人だった」
「……」
「外見だけで人を見定めちゃいけないって習わなかったかい?」
「……いや」
「んじゃァ今教えておこう。人はちゃんと付き合って、もっと奥を見てやらなきゃ駄目だ」
……ああ、この男もか。
提督といい、憲兵といい、軍医といい、俺達をなんのしがらみも無く受け入れてくれる。憎たらしいはずのいつものニヤニヤした笑顔が、優しく微笑んで見えたのは気のせいだろうか。
「ちなみに、悠ちゃん……佐々木軍属もその事は知っている。ま、提督も憲兵も態度が定まったみたいだし、キミ達はこれまで通りでいいよ」
「……ありがとう」
彼らしくない、包むような優しい言葉に思わず礼の言葉が出た。だが、それに応じた彼の顔は既に冗談で満ちていた。
「おっ、これまでで1番可愛い顔したねェ」
「なっ! ばっ馬鹿!」
「くはははは」
思わず平手打ちを食らわそうとした俺の左手を軽くバックステップでかわす。
「おいおい、俺は提督や憲兵じゃねェんだ。本気で殴りかかってくるのはやめてくれよな」
「今かわしたじゃないか! 絶対格闘戦得意だろ!」
「まぐれだよまぐれ。これは冗談じゃねェ。それに、仮に俺がそこそこ戦えたとしても、提督か憲兵位のレベルじゃなきゃ艦娘達の身体能力を上回ることは出来ねェさ」
言われてみれば、跳びずさった彼の足はややふらついていた。
「ったく……もしかしてこいつは俺たちを受け入れないのではないか、だなんて一瞬でも思った俺が恥ずかしい」
「おっ、褒め言葉かい? 嬉しいねェ」
「褒めてねえ!」
本当に、この鎮守府には不思議な奴が多い。
* * *
――翌日、柱島泊地母港
「おはようございます、飛龍さん」
「あら、美代君じゃない。美代君も散歩?」
「ええ、まぁそんなところです……あの、昨日の測定結果はもう届いたのでしょうか?」
改めて彼を眺める。背は成仁程ではないがかなり高い。パッと見185位はありそうだ。身長でいえば山村君もそれなりにあるはずだが、どちらかと言うと細身な山村君と違って均整のとれた筋肉質とも言うべき肉体が、実際よりも彼を大きく見せている。
「そうね……そろそろ届いてる頃だと思うけど、管理権限は私じゃなくて成仁にあるの。今から行きましょうか?」
「そうですね。是非お願いします」
ぱぁっ、なんて効果音を付けたいくらいに眩しい笑顔。結構楽しみにしているらしい。
「ところで、飛龍さんも適正値を測ったことはあるのですか?」
「ええ、もちろん。呉の整備兵達がやれやれってうるさくてね」
「それで、適正値は?」
「軽く100を突破して“測定不能”だったわ」
「そ、測定不能!? それでは飛龍さんは今すぐ提督になる事も出来ると言うことですか?」
「一応ね。私は提督になるつもりはないけれど、実際今の提督に元艦娘もいるわ。でも、そんなに驚くことじゃないのよ」
「それはまた何故?」
「艦娘達は全員、人間とは比べ物にならないくらい適正値が高いの。実際に戦闘行為をするんだから当然といえば当然だけどね」
「そうなのですか……あっ、もう着きますね」
柱島鎮守府の3階、応接室の戸を押す。
「あ、飛龍さん。おかえりなさい」
「あら、早かったわね……って、美代君が連れてきたの?」
「ええ、まあ」
迎えてくれたのはまだ寝間着姿の山村君と軍属の佐々木さん。
「艦娘の皆はどうしたんですか?」
「ああ、ちょうど今皆でメシに行ったところだよ。すれ違ったんじゃないかな? 飛龍さん、見てません?」
「いや、私は見てないけど……」
今ここにいない艦娘達……柱島鎮守府所属の木曾、明石、大淀、第六駆逐隊。さらに、私が連れてきた呉の第六駆逐隊。彼女達は現在食堂のようだ。確か、今日のメニューはアサリの味噌汁と目玉焼きの朝定食だっけ、美味しかったなぁ。
そこでふと、1人の所在が分からないことに気づいた。
「あれ、成仁は?」
そう、あの人の姿が見えない。私が部屋を出た時には居たはずなのに……
「ああ、崎矢先輩なら」
クククッといつもの独特な笑い方で応じたのは山村君。
「さっき二日酔いで真っ青な顔して出ていきたしたよ。今頃トイレか給湯室の流しでしょうかね」
「全くもう……」
あの人は決して酒に弱い訳では無い。ただ、山村君と飲むと、部下に負けじと張り合っていつも酔い潰される。いい加減自分の酒量をわきまえて欲しいのだが、未だにやめる気配はない。
まあ、“どこへ”行ったかは分からないけど、“何を”しに行ったかが分かったので一安心。探せばすぐ見つかるし、最悪帰ってこなければ彩雲を飛ばそう。
そう思った時、執務室の戸がやけにゆっくりと開いた。
「あああああぁぁぁぁぁ……気持ち悪ぃ」
のっそりと執務室に入ってきたのは、山村君が言った通り真っ青な顔をした成仁。すかさず山村君が彼をからかった。
「お帰りなさい。気分はどうです?」
「最悪だ」
「それは良かった」
「お前、一応俺の部下だよな? な?」
山村君はすまし顔で紅茶をすすっている。
「そろそろ俺達の提督適正値の測定結果が出た頃じゃないんですか? 早く教えてくださいよ」
「上官使いの粗いやつだ……まぁ心配しなくともお前の適正値は高いよ。それは測定前から知っている。既に充分艦隊戦で戦果を挙げたからな……っと」
ふらふらとよろめきながら、タブレットを拾い上げる成仁。
「んーと……これだこれだ。さて、適正値は…………えっ」
「「「?」」」
* * *
飛龍さんに連れられてやって来た執務室。崎矢提督に昨日測った提督適正値を聞いたのですが、“えっ”の一言を最後に、一言も発さない提督。一体何が……
「あのー……何か不具合でも?」
まるでそれまで大理石製の石像のように固まっていた崎矢提督がゆっくりと振り返る。その顔からは、さっきまでの青ざめた表情は吹き飛んでいた。
「信じられん……全員65オーバー、しかも美代君は87だと……!?」
さっきまでの二日酔いはどこへやら、厳しい表情で崎矢さんが尋ねてきた。
「君、海軍へ転属する気はないかい?」
「えっ」
「海軍としては、君くらいの適正なら少佐まで特進させてでも提督をやらせたいのだが……」
「ええええええええええ!?」
僕が!? 少佐!? 海軍!?
いやいやいやいや、落ち着け僕!
う……うろたえるんじゃないッ! 日本軍人はうろたえないッ! 僕は陸軍にちゃんと目的を持って入ったんだ。それを成し遂げずして海軍に転属なんて有り得ない!
「その……本当に申し訳ないですけど、僕は憲兵という職から離れるつもりはありません」
「そうか。では、あなた方は?」
「私達も」
「遠慮させて貰おうかな」
2人ともはっきりと答えた。
「俺たちは戦闘指揮なんて出来ねェ。いくら素質があってもそれじゃ提督は勤まらんだろう。それに、俺らは今の職を気に入ってるしな」
「そうか……」
彼の表情は明らかに“もったいない”と言っていた。確かに、持って生まれた素質を捨てることになるかもしれない。でも、これは絶対に譲れない事情があるのだから仕方がない。
「崎矢さん、俺の適正値は?」
「えっ、あ、ああ、忘れてた。お前の適正値は96だ」
えっ? 96? それって僕達よりもずっと高い。しかし、崎矢提督、飛龍さんは特に表情を変えない。
「僕より山村提督の方が適正値が高かったのに、何故僕達の方にそんなに驚かれるんですか?」
僕達の結果には声も出ないほど驚いているのに、それよりも高い山村提督の適正値に驚かないのは不自然だ。もっと驚くなり、喜ぶなりしてもおかしくないのに。それに対して山村提督をつつきながら答えたのは崎矢提督。
「こいつが高適正者だってことは最初から分かっていたんだ」
「それは何故?」
「高適正者は大抵、過去に深海棲艦に対する恐怖を上回る恐ろしい体験をしている。だから、1度撃沈されるという艦時代の最も恐ろしい記憶を持つ艦娘達は適正値が軽く100を超えるんだ。そしてこいつも……」
「崎矢さん。その話は」
「うむ……」
山村提督は先程のおちゃらけた雰囲気が嘘のような程真剣な面持ちで崎矢提督が言おうとしたことを遮った。きっと、彼は口にするのも嫌なくらい恐ろしい体験をしたのだろう。そして、崎矢提督自身も。
僕にそんな体験があるとすれば……あれしかない。
「確かに、僕にもそのような体験はあると思います」
「やはりそうか……」
「話した方がいいですか? サンプルデータとして」
「え、ああいや、必要ないよ」
慌てて崎矢提督は答えた。いい人なんだな。やっぱり、山村提督が慕うだけはある。
「でもまあ、職員全員が高適正者ってのも悪くないな。
納得したように、坂下さんが唸る。
「なるほど、俺達はこの鎮守府が攻撃されていてもいつも通りに動けるって訳だ」
「良かったわ。ここは離島だからいちいち内地に戻るのが面倒なのよねぇ」
そう、僕達の強みは今ここにいる職員全員で深海棲艦に対抗できるという事。確かに崎矢提督は素晴らしい提督だ。だけど、彼はいざ深海棲艦の襲撃に会えば、人間からの助けは何一つ得られない。もちろん艦娘達はいるが、彼女達は戦闘要員だ。
それに比べて、ここ柱島は僕達も山村提督を手伝うことが出来る。例えそれがどれだけ些細な力であろうとも、あの提督なら何倍にも増幅して吐き出してくれるだろう。それが、この鎮守府だけの強み。
僕は海軍に転属するつもりは無いし、今後もこの気持ちは変わらないと思う。でも、“この鎮守府を守りたい”という思いは何処の所属だろうと変わらない。だから、
「ここは本当に素敵な鎮守府ですね」
心からそう思った。
* * *
――午前10時……ヒトマルマルマル、柱島鎮守府母港
「それじゃ、俺達は帰るよ。達者でな」
「ええ、わざわざありがとうございました」
「山村君、“建造は計画的に”ねっ! あんまりやりすぎるとあっという間に資材が消えるわよ!」
「わかってますよ。気を付けます」
私達は崎矢提督一行を見送りに母港へ出ていた。
「柱島の皆も頑張って欲しいのです!」
「でも、危なくなったら呉の艦隊に頼ってもいいのよ!」
「本当に危険になったら私たちに任せてくれ。私達は……信頼してくれていい」
「だって暁達は1人前のレディーですもの!」
呉の第六駆逐隊達も彼女達の母港へと帰る。既に練度90を超えているという彼女達だ、自分達より幼いからと言って甘く見ていてはならない。もし私達だけで鎮守府が守れなくなったら、彼女達の力を借りることになるのだから。私達よりさらに小さい胸を張る姿はこの上なく頼もしかった。
「よし、そろそろ行くぞ、お前ら」
「「「「はーい」」」」
沖には昨日同伴で来ていた航空巡洋艦の鈴谷さんもいた。ここからだと顔は流石によく見えないが、手を大きく振っているのが見える。崎矢提督の乗ったディーゼル船のエンジンがかかった。それに続いて、飛龍さん、第六駆逐隊が海へと滑り出す。今回は母港からの出撃。というか、出航。
本来、任務などで出撃する時、艦娘は地下にある出撃施設から
私達駆逐艦は関係ないけれど、航空母艦は艦載機発進のためにある程度母艦となる艦娘の航行速度が必要らしく、出撃した瞬間から既に加速しきっているカタパルト出撃はすぐに艦載機の発進が出来て良いのだとか。さらに言えば、低速の艦娘になると加速に時間がかかるため、出撃直後の隙が小さくなる。
そんないいことずくめのカタパルトだけれど、今回は周囲に敵は全く探知されず、さらに敵を殲滅することが目的ではないため、普通に母港から海へと降りる形での出撃となったという訳。
「またな! 気が向いたら顔出すよ!」
「今度会うときは演習よ! 友永隊の練度、見せてあげるんだから!」
崎矢提督と飛龍さんが朗らかに笑うと、彼らの艦隊は速度を上げ、大きな白波を立てて走り出した。
「こっちは任せてください! お元気で!」
司令官が帽子を振って叫び返す。もう聞こえていないだろうけど、その様子から何を言っているのかは伝わったらしい。崎矢提督はニヤッと笑うと、船室へと姿を消した。
* * *
「“私達の誕生日を決めたい”ですって!?」
「うん、ダメかな?」
――ヒトマルイチニー…午前10時12分、柱島泊地応接室
崎矢提督を送り出して戻ってきた、まだ片付けの済んでいない応接室。司令官が大事な話があると言うので、鎮守府一同が集まっていた。
で、彼が一同を見回して発した言葉が“艦娘達の誕生日を決めたい”だったという訳。
「決めるって……何のために? 年齢付きで名簿でも作るの?」
私を含め、艦娘たちはキョトンと突っ立っているだけ。後ろの人間3人は微笑んでこちらを見ている。一体何なのだと言うのだろう。それに済まして応じる司令官の答えはあきれたもので。
「だって、誕生日がなかったら祝えないじゃん」
……祝えない?
私達は艦娘だ。一部の人々の努力によって人権獲得にまで漕ぎ着けたが、それでも偏見のカーテンは未だに厚く、私達と人間達を遮っている。
私達は誕生日がわからない。したがって、普通の人間たちのように誕生日を喜ぶことも、嘆くことも叶わない。しかし、それを何故、彼が祝う必要がある?
私達はほとんど人間と変わらない存在だ。艤装との同期がなければただの一般人と違わない。しかし、艤装を装備できるという圧倒的な力を持っている。
そして、力を持つものは恐れられる。今でこそ、艦娘と人間の、いわゆる“普通の交流”が実現しているが、一昔前までは私達を人間兵器と見なす人も多かったと言う。私達はそれを知っている。それに、私達は己が
……それを、本人達さえ諦めて考えるのをやめてしまったものを、彼は祝いたいと言うのだ。
「お前達は人間なんだろう? それとも、深海棲艦の殺戮のために作られた兵器だと自分から認めるのかい?」
この2週間で見慣れた、おちゃらけた笑顔。でも、その笑いはいつもの無邪気なものではなく、その中に否定を許さない硬さを持った笑顔だった。
「違うわ。私達は……」
「間違いない、人間だ。深海棲艦と戦う使命を帯びただけの、
木曾さんが尻すぼみになってしまった私の語を継ぐ。その目はしっかりと、司令官の目を見据えている。司令官は大きく頷いて、まるで遠くを眺めるように目を細めてこちらを覗いた。
「
「……」
「今でこそ、人権も認められて、戸籍も作れるようになって、結婚だって出来るようになった。けれども、まだ差別は無くなりきっていない。その代表が……」
「誕生日……という訳なのね」
司令官は大きく頷いた。
「艦娘の迫害は、ある意味
ああ、やっぱり彼は……
「それなら司令官は……私達を、人間として扱ってくれるの?」
それはずっと、聞けなかった問い。
彼とは秘書艦任務の時などに色々な話をした。彼は優しくて、面白くて、ちょっと不真面目な所はあるけれど、誠実に私たちに接してくれた。だからこそ、今までそれに甘んじていたのだけれどいざ彼の旗色を問うとなると怖くて言えなかった。
彼は艦娘たちに優しい。それはここにいる艦娘なら皆肌で感じていること。でも、もしかしたら。
もしかしたら彼は“兵器”として私たちを大切にしていたのではないのか。あくまで“軍の機密”として接していたのではないのか。そう思うと、彼に会うのが怖くなった。
でも、彼は今真剣な、やや怒ったような表情ではっきりとこう言ってくれた。
「当たり前だ、馬鹿。そうじゃないとでも思っていたのか」
……最初から、最初にあった時から、いやそれ以前から、彼は艦娘を人として、一個人として見てくれていた。それだけでも泣きそうなくらいうれしいことなのに、そう思ってくれていたのは司令官だけじゃなかった。
どかっと私たちの隣に座り込んだ3人の“人間達”。
「ちなみに、俺達も同じ考えなんだぜェ? 勘違いしないでくれよ?」
「僕も、忘れないでね」
「もちろんおばちゃんもだよ」
後ろで微笑むばかりだった“人間”の3人組。中年の男女と若い青年の一見異色な組み合わせ。
そうなんだ……彼らも私たちの理解者になってくれるんだ。
「この鎮守府に配属になった時点で、そいつはもう俺の、柱島艦隊の“仲間”だ。それでも満足できないって言うのなら“家族”でもいい。老若男女は関係ない。だからさ」
にっこり笑って立ち上がった司令官が言った。
「そんな泣きそうな顔するなよ。当たり前だろう?」
わしゃわしゃと私の頭を撫でてくる。あれだけ辞めてくれと言ったのに、もう子供じゃないって言ったのに。
「私達は、“仲間”…………?」
「そ、“仲間”。それに加えて“家族”って訳だ。柱島ファミリーってのも中々いい響きだな」
“家族”
たった二文字の言葉。
“人間”にとっては当たり前の言葉。
私たちには認められなかった当たり前。
ありふれた綺麗事。
普通なら鼻で笑ったであろう馬鹿みたいな綺麗事。
……それでも、今の私たちにとってこれほどまでに素敵な言葉はなかった。
「お前たちは2週間前、俺が柱島の港についた時点で……」
司令官は今日、この馬鹿みたいな綺麗事を、私たちが憧れても得られなかった幸せを、
「俺の家族になったんだ」
私たちに与えてくれた。