暁色の誓い   作:ゆめかわ煮込みうどん

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正しい判断は、正しい情報と正しい分析の上に初めて成立する

ヤン・ウェンリー


4話 抜錨!第六駆逐隊!

 ――鎮守府正面海域

 

 私……駆逐艦響は、妹にあたる二人の駆逐艦娘を率いて、鎮守府正面海域に出現した深海棲艦を搜索している。

 

「全く……あの司令官(山村さん)は何を考えているのだろう?」

 

 思わずぼやく。本当なら、私は旗艦など任されるはずではなかったのだ。

 

「まぁまぁ、なにか考えあっての事じゃないの?」

 

 妹の1人、雷が応じる。

 

「でも、暁は何で今回は待機なのかしらね」

 

 そう、本来なら暁……私の姉が旗艦を勤めるはずだった。特Ⅲ型駆逐艦の一番艦(ネームシップ)である彼女が旗艦になる、というのが自然な流れだったのだ。しかし、現に私は今旗艦として出撃し、暁は鎮守府待機を命じられている。

 

「敵は4隻……用兵の常道から言って、こちらも4人以上で挑むのは当然なのですけど……」

 

 用兵学に詳しい電が遠慮がちに呟く。

 そう、そうなのだ。こちらは3人しかも駆逐艦しかいない、圧倒的に不利な状況。全員を戦闘に出して全力で当たるべきなのだ。おまけに、索敵が得意な暁(これは最初に、誰も気づけなかった敵艦隊を発見したことからわかる)がいない。もう三十分ほど経つが、未だに敵影を捉えられていないのだ。そろそろ見つかってもよい頃なのに……

 その時、電が声を上げた。

 

「敵艦隊、発見したのです! 方角は南西。9時の方向!」

 

 電の指指す先に、悠然と進む深海棲艦が見えた。陣形は……単縦陣!

 敵が見つかった以上、余計な考え事は無用だ。任務に集中するとしよう。連絡用の無線回路を開き、司令官に連絡を入れる。

 

「司令官、敵艦隊を発見した。敵は南西、9時の方向。単縦陣を組んでいる」

「了解。敵はこちらに気づいているか?」

「いや、まだバレてないみたいだね。もう射程内だけど、砲撃するかい?」

「いや、まだだ。旋回して敵艦隊を追尾。出来る限り近づけ。無理はするな。照準を軽巡に合わせておけ。気づかれた時点で砲撃開始だ。いいな!」

постижение(パスティズィ二ェ)(了解)。雷、電。聞いていたね?」

「わかったわ(なのです)。」

 

 緩やかな弧カーブを描いて旋回。音を立てないように、静かに敵の後背を追いかける。丁度最後尾は軽巡だ。気づかれないように、誰も、一言も発さない。

 

 静かに、静かに……

 

* * *

 

……悠に五分はたったであろうか。敵軽巡に触れんばかりにまで接近する。と、その時、ゆっくりと軽巡が振り返った。

 

 慄然とした。その顔はまさに化け物。予期していたとはいえ、一瞬怯む。だが、それも一瞬の事。すぐに我を取り戻して叫んだ。

 

Артобстрел!(アルタヴステル!)(砲撃!)」

 

 私の合図で三つの主砲、六つの砲塔が火を吹いた。立ち上る飛沫、荒ぶる波。それが収まった時、私の前に沈みゆく軽巡が見えた。

 

「軽巡……撃沈」

 

 通信機に向かって呟く。

 

「よし、よくやった!絶対に敵艦隊から離れるなよ!」

 

 司令官から鋭い指示が飛ぶ。

 私は、司令官や電ほど戦術に明るくない。だが、敵艦隊から離れてはいけない、それくらいのことならわかる。敵の重巡の射程は長い。下手に離れると一方的にあの強力な8inch三連装砲で狙われることは疑いない。寧ろ至近距離まで潜り込む事で、機動力に劣る重巡に力を発揮させない事が出来るだろう。

 

「三人ともよく聞け。西に岩礁地帯があるのが見えるな? そこまで敵艦隊を誘導してくれ」

「誘導? こんな混戦状態でかい?」

 

 駆逐艦に砲撃しつつ叫ぶ。重巡の装甲は、この貧弱な小口径主砲では貫けない。それがわかっているので、全員で駆逐艦を集中的に狙う。

 司令官は柔らかい声で続けた。

 

「それほど難しい事では無いさ。敵艦隊を威嚇射撃しながら併走。ゆっくりでいい、西へ針路を変えるんだ。そこで少し速度を上げて引き離す。奴らは奇襲された怒りを抑えられずに猪突してくるはずだ」

 

 なるほど、先程の奇襲の心理的効果を用いるのか。短時間で目まぐるしく変わる戦術的条件まで作戦に組み込むだなんて、司令官は臨機応変な対応能力に長けた人物らしい。

 だが、他に有効な戦術が少ないとはいえ、もう少し楽な方法は取れないものだろうか?

 

「簡単に言うね、司令官」

「ああ、簡単だろ?」

 

 皮肉たっぷりに言った言葉もさらりと返される。自分で作戦を立てておいてこの言い草なのだ。

 だが、この無責任な物言いは私達を信頼しての事だろう。なら、その信頼に答えなくてはならない。

 

……かつて、Верный(ヴェールヌイ)(信頼できる)と呼ばれた私なのだから。

 

「さて、やりますか」

 

 針路を西に変え、少し速度を上げる。それを見た深海棲艦達も速度を上げた。かかった!

 

「雷! 電! 絶対に当たっちゃ駄目だよ!」

「任せておいて!」

「電の本気を見るのです!」

 

 目を凝らすと、僅かに黒い岩のような物が見える。距離はおよそ2kmと言ったところだろうか。三人で、右へ左へ弾をかわしながら西を目指す。付かず離れず、絶妙な距離感を維持し続ける。

 

 駆逐艦の性能を、防空性能や対潜性能に注目して比較する人は多い。駆逐艦は本来、それを目的として建造されるのだから、当然といえば当然だ。

 だが、今回のように大型艦を用いない水雷戦隊、巡洋艦隊クラスの海戦において、駆逐艦の本源的な長所は群を抜いた速力に支えられた機動力にある。小型な上に小回りが効くので弾がなかなか当たらないのだ。

 

 有名な例で言うと、駆逐艦雪風はその長い戦歴の中で殆ど大きな損傷を受けていない。その事から雪風の事を幸運艦と呼ぶ人は多いが、その幸運の要因として雪風が駆逐艦であり、回避に優れていたが大きく寄与していると思われる。

 

……つまるところ、私達駆逐艦は避け続けることに関してはトップクラスの性能を誇る艦種だ。高練度の駆逐艦娘の継戦能力は下手をすると戦艦娘をも上回ると言う。

まさに、“当たらなければどうということはない”、を地で行くということなのだ。まして、敵の深海棲艦は全て通常種。電探(レーダー)も偵察機も積んでいない。

 電探無しに高速で移動する駆逐艦に攻撃を当てるのは至難の技だ。先程の様子から見ても、無駄に乱射してラッキーショットを狙っていることは疑いない。

つまり、こちらが気を抜かない限り当たることはない!

 

 あえて隙を見せたり、時々急加速したりと、不規則な動きで敵を疲れさせながら航行し、大岩がハッキリと見える距離まで接近する。

 

「大岩まであと500メートル。司令官、どうするつもりだい?」

「……皆、ちょっと無理させるぞ。雷、電は最高速を維持したまま反転攻撃、駆逐艦2隻を何が何でも足止めしろ。倒せなくていいから絶対に響を追わせるな」

「任せておいて(なのです)!」

 

 雷、電が反転する。駆逐艦に砲撃を浴びせながら、挑発するように逆進し、駆逐艦2隻の航行を止めた。だが、重巡洋艦は一人になった私を追い続ける。さらに司令官から指示が飛んだ。

 

「響、お前にはもっと危ないことをさせるぞ」

「問題ないよ、私は艦娘だ。それに、いざとなったら“お守り”がある」

 

 そう言うと、彼は感心したように笑う。

 

「そりゃあ頼もしいね。お前は重巡の誘導を続けてくれ。大岩まで辿り着いたら岩を使って砲撃を防ぐんだ。誘導した後は任せろ」

постижение(パスティズ二ェ)(了解)。でも、それで仕留めきれなかったら恨むからね」

「肝に銘じておくよ」

 

 司令官は神妙に答えた後、声を厳しくしてこう付け加えた。

 

「誘導中に航行不能になったら万事打つ手がない。無茶なのは承知だが、絶対に被弾するなよ」

 

 自分で無茶な作戦を押し付けておいて絶対に被弾するな、というのである。我儘なのか、素直なのか。なんだか急に親しみが湧き、笑いがでた。

 

「ふふふ、作戦が終わったらウォッカの1杯でも奢ってよね」

「3杯は奢ってやるさ……」

 

 彼も笑ったが、何かに気づいたように声色を変える。

 

「ん? まてよ。お前ら未成年じゃねえのか!?」

「さ、そろそろ誘導に専念しなきゃね」

 

 うるさい司令官(おとな)を無視して通信回路を閉じる。ここからは私の見せ場だ。

 

「さぁ、不死鳥の名は伊達じゃない。やるよ!」

 

 電探がないとはいえ、先程より精度が高まった砲撃が飛んでくる。的が二つも減ったのだ、集中的に狙うことが出来るのだから当然だ。しかし、当たるわけにはいかない。もし当たれば一発大破だ。

 海の上を、まるでフィギュアスケートでもするかのように駆け回る。航行装置のスロットルは全開、立ち止まることは即ち死を意味する。右へ左へ、弾幕の雨をかわしながら大岩に接近する。

 

 あと……50メートル!

 

その時右足を鈍い衝撃が襲った。やられたか?

 

 いや、まだ小破だ、大丈夫。砲弾が掠ったらしい。だが、身体にはなんの損傷もない。

 艦娘の艤装は、大破状態になるまでは被害(ダメージ)の殆どを吸ってくれるのだ。中破以前は、出来ても擦り傷程度。だから、身体の一部を失うような大怪我を負って帰投することはほぼない。

 もちろん、その“ほぼ”の字をとることは出来ないのだけれど……

 

 とにかく、身体への被害はない。それはよかったが、それとは別に深刻な被害が出ていた。右足の航行装置がやられたようなのである。もはやほんの僅かな推力さえ生み出さない。平衡感覚に優れる艦娘とは言え、流石に片足の航行装置のみでこの揺れる波の上を航行し続けるのは困難だ。バランスを崩し、波の上に投げ出される。

 

「あと……5m……」

 

 逃げきれなかった……

 

 重巡級深海棲艦(ル級)の主砲が、ゆっくりと私に向けられる。その時だ。

 

「よくも妹達を傷付けてくれたわね! もう許さない、許さないんだから!」

 

 耳に飛び込んできた姉の声。それは、これまでに聞いたどの声よりも頼もしく、力強く、私の耳に響いた。

 

 最高速まで加速した暁の魚雷発射管から、61cm三連装魚雷が打ち出される。重巡洋艦(ル級)も、かなり加速していたため回避行動が遅れた。

 巨大な水柱が上がり、その中心に立つ()の姿は、夕陽に美しく照らし出された。

 暁が通信回路を開き、私も慌ててそれにならう。

 

「重巡洋艦、撃沈したわ!」

「よくやったぞ暁!」

「流石ね(なのです)!」

 

 嬉しそうに報告する暁と、歓喜の声で埋め尽くされる通信回路。

 

……唖然として立ち上がれない。

 

 完全に忘れていた。まだ暁が控えていたことを。まさか、こんな形で出撃させていたなんて……

 耳元に添えた無線機から、何処か気の抜けたような、でも何処か私を安心させる声が流れ出した。

 

「4人とも、良くやってくれたね。一旦母港へ帰投してくれ。補給とドック入りを行う」

 

……こうして、私達の初陣は幕を下ろした。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――柱島泊地鎮守府母港

 

 作戦が成功した。

 小破が2人出た上、駆逐艦2隻を取り逃したので、完全勝利とはいかないが、艤装に内蔵された戦術コンピュータの判定ではA勝利。正直言ってとても嬉しい。特にする事もないので、母港まで敢闘してくれた艦娘達を迎えにいった。

 先頭の暁が大きく手を振りながら、響は少し怒ったように腕を組みながら、雷は、大声で俺を呼びながら飛び跳ねて、電は被弾した左手を抑えて、少し元気が無さそうに、それぞれ帰投した。

 

 日本海軍では、出撃の度に艦娘達の中から、特に敵に被害を与えた者をMVPにする、という決まりがある。まるで幼稚園や小学校のような発想だが、思いの外これのために頑張る艦娘達も多く、戦闘のモチベーション向上効果が出ているようなのだ。また、何故かMVPを取った艦娘は成長…つまり練度の上昇が速い。案外馬鹿に出来ないシステムである。

 

……そして今回のMVP、重巡を仕留めた暁が、帰投するなり自慢する。

 

「どう考えても、暁が一番って事よね!」

 

 無邪気に喜ぶ暁に思わず笑みを漏らす。

 

「皆、本当によくやってくれた。この後響と電は入渠、暁と雷は補給に入ってくれ。三時間後、再出撃し、掃討戦に移る。本当によくやってくれた!」

 

 まず暁に向き直る。

 

「暁、お前が今回のMVPだ。響が引き付けていたとはいえ、魚雷を全弾命中させたのは見事だったよ」

 

 頭をなでる。

 

「えへへー……って! 頭をなでなでしないでよ! もう子供じゃないって言ってるでしょ!」

 

 おっと、お子様(レディー)の扱いは難しい。次に響と向き合う。

 

「響、MVPは暁だったが、あの危険な重巡を誘導した功績はMVP()にも勝る。旗艦も立派に勤めてくれたし、文句ナシだ」

「司令官、それはいいんだけれど……」

 

 なんだか怒っているようだ、仁王立ちの様な格好で響が言う。

 

「何で作戦を教えてくれなかったんだい? 大岩に暁が来ていたなんて……」

「そうよ! 私もあそこに重巡が来るなんて聞いてなかったわ!」

 

 やっぱりそれに怒ってたのか……なんとなく予想はしたたんだけどね。

 佐官の制帽を脱いで、長めの黒髪をかき回す。この制帽は、かつて日本海軍が海上自衛隊と称していた頃のデザインとほとんど異ならない。

 

「それはあのー……ほら、敵を欺くにはまず味方から、と言うだろう?」

 

 苦し紛れの言い訳に聞こえただろうかだが、実際そのつもりだったのだ。

 もし、暁が大岩に待機している事を響に伝えていたら、響は最初から魚雷を当てる補助としての誘導を行っただろう。俺自身が元々強襲揚陸部隊所属の白兵戦闘員だったからわかるのだが、相手を誘うおうと頭で考えて動いていると案外その思惑はバレる。

 だから、あえて響にただ逃げる事だけに集中させることによって不規則な誘導進路をとらせ、魚雷で狙われているということを気づかせないようにした、という訳である。

 

 こうして詰め寄られると威厳を保って答えることが出来なかったが、結局重巡は暁に気付かず、ほぼ最高速で響を追いかけた事で魚雷を回避出来なかったのだから、なかなか効果があったのではないかと思う。

 そう俺の考えを伝えたが、響は不服なようだ。

 

「だが、正直言って響一人に重巡の誘導をさせたのは危険だった。引き受けてくれて本当に助かったよ、ありがとう」

 

 響にも言った通り、MVPを取ったのは暁だが、働きでは響の方が勝るとも言えなくはない。それ程、危険な命令だったのだ。

 

「とにかく、今後はちゃんと相談してよね。これ、返しておくよ」

 

 少し照れくさそうに響が言う。

 

「覚えておくよ」

 

 手渡された装備を受け取る。

 

「司令官、何それ?」

 

 それを見ていた雷が聞いてくる。

 

「ああ、これかい? “お守り”だよ」

「お守り? 確か、戦闘中も通信でそんな事言っていたわよね」

 

 手にした装備を雷に手渡す。雷は何か理解できない様子だったが、後ろから見ていた電が息を呑んだ。

 

応急修理要員(ダメコン)……」

「そ、練度1の響1人に誘導させるのは危険すぎるからね。まぁもしこれを使う事になったとしても響の傍には誰もいなかったから、ほんの少し轟沈を遅らせる事しか出来なかったろうけど……」

 

 笑いを収める。

 

「ほんの少しでもいい、生存率を高められるというのなら積まない理由はない。そうだろう?」

「でも……いつの間に?」

「出撃の直前だよ。駆逐隊の編成任務があったから受注したんだ。達成報酬がダメコンだったって訳」

 

 ダメコンは艦隊で最も大破する可能性の高い者に持たせるのがセオリーだ。今回の作戦では意図的に響を囮役としていたので彼女の大破率が最も高かった事になる。現に足を砲弾が掠っている、足の速い駆逐艦に弾が当たるということからも、激しい闘いぶりが思われる。

 

「つまり、最初(ハナ)から轟沈の可能性まで考慮に入れていた訳だ」

 

 つくづく皮肉に思う。彼女達を沈めるかも知れない前提で動いたのだ。

 本来、こんなものを積んで出撃しなくてはならないような作戦など辞退するべきだ。例え大本営(うえ)からの命令だろうと、評価が下がろうと、世間からの非難を浴びようとも、避けねばならない事。

 

 何故出撃させた?

 あの時、もう同じ過ち(ヘマ)はしないと、心に誓ったというのに。出撃を命じた時、俺の心はこの上なく高ぶっていた。

 

 ふざけるな

 

 何故それで平然と、今笑っていられる

 

 彼女達は死んだかもしれないというのに

 

 殺したのは自分かもしれなかったというのに

 

 彼女達はそれに気づいていない。落日に煌めく綺麗な瞳が4対、こちらをのぞいている。

 彼女達は知らないのだ。一歩間違えれば、目の前にいる、今日会ったばかりの男に殺される結果となっていたことを。

 

「何故そんな顔をするんだい?」

 

この年齢の女の子にしては低めの声が耳に入る。

 

「まるで嬉しくないような……何か深刻な問題でも見つかったかい?」

「いや……何でもないさ」

 

 ぞくりとする。この子には、昼に何度も胸のうちを見透かされ驚いたものだが、まさか今の思いまで読まれているのか。

 そう思ったけど響は肩を竦めてこう言った

 

「今の司令官の表情からは、何も読み取れないよ。強いて言うなら、嫌悪……かな」

「……」

 

 そう、当たっている。闘うことが好きでたまらない自身に対する、言うなれば自己嫌悪。そんな俺に、響がかけたのはこんな言葉

 

「私達は闘った。そして勝った。それだけでは駄目なのかい? 私達の闘いは無駄だったのかい?」

 

 違う。頭を振った。

 

「そんなことない。大戦果だ。巡洋艦隊の無力化など、駆逐隊だけで出来るものじゃない」

「それなら笑いなよ。私達の闘いを否定しないで」

「そうよ、私達は勝って今ここにいる。それでいいじゃない!」

 

 響と雷がそういった。暁と電は何も言わないが、同じ思いなのだろう。戦果を挙げたにも関わらず俺の表情が優れないのが気に食わないようだ。

 

 気付かされた。そうだ、違う。自分の落ち度ばかりに目がいっていたがそうじゃない。

 

 そもそも艦娘とは、かつての艦船の魂の海を、人々を、世界を守りたいという強い意志から産まれていると言う。その彼女達が自らの生命を投げ出して、自らが生まれた意味(ワケ)を肯定するべく、そして人々を守り、海を取り返すべく闘って、そして勝ったのだ。

 彼女達にとって“闘い”は、皮肉な事ながらそのまま彼女達の生きる意味(ワケ)となっている。それに勝利して、言わば自らの負った責任を立派に果たして帰投したのだ。

 俺の心情はともかく、彼女達は満足している。

自らの“闘い”に、背負う責任に

 

「……そうだね。申し訳ない」

 

 素直に恥じて、思い切り笑った。自分の事しか見えない己が酷く小さく思えた。

 

 でも、寧ろ嬉しいな。きっとこの子達は。いやこの子達に限らずこの先出会う艦娘達は、俺の視野を広げてくれる。その時、控えめに電が声をあげた。

 

「あの……とりあえず艤装への補給と入渠をしませんか? それとご飯も……」

「あっ、私もうお腹ぺこぺこー!」

「あっ、暁も!」

 

 雷と素早くアイコンタクトをとる。“こっちは任せろ”との事。

 

「よし、んじゃあ被弾した響と電は一番ドックと二番ドックを使って入渠、暁と雷は補給、入渠組の2人も後で合流するように……雷、頼んだよ」

「安心して。私がいるじゃない!」

「ちょっと、何を雷にお願いしてるのよ! レディーは補給も完璧なのよ!」

 

 突っかかる暁を苦笑しながら受け流す。

 

「はいはい……俺は今から報告しに行くから、レディーは大人しく補給しててね」

 

 そう言いつつ頭を撫でる。

 

「うぅ……また子供扱いして……」

 

 埒が明かないので暁を雷に預け(押し付け)て、俺自身は執務室へと足を向ける。崎矢さん(先輩)に連絡を入れなくては。今回の戦術について評価も欲しい。

 彼は俺の戦略、戦術の師匠でもあるのだ。実は今回の作戦も、彼がかつて指揮した殲滅戦を応用したのであって、俺のオリジナルではない。多少、スパイスを、それも苛烈な奴を加えたが。

 執務室に入り、受話器を上げる。深海棲艦の通信撹乱が続いている現在、このような旧式の固定電話もまた、情報伝達の中枢を担うようになった。スマホや、最近開発された次世代型の通信機器もあることにはあるが、高価格な上に、電波が安定しない。

 

「もしもし、こちら柱島泊地鎮守府です」

「もしもし、山村君? 飛龍よ」

 

 電話に出たのは、またも飛龍さん。

 

「その様子だと、深海棲艦の撃退に成功したのね?」

「ええ、先程艦隊が帰投した所です」

「第三艦隊からの報告で聞いたわ、巡洋艦2隻撃沈で被害は小破2ですって? 凄いじゃない!」

 

 ありがとうございます、と型通りに例を述べて、本題へ移る。

 

「戦果報告をしたいので崎矢さんとお話したいのですが……」

「わかった、かわるわね」

 

 3秒ほど、受話器からゴソゴソと人の動く音が漏れ聞こえてくる。

 

「あいよ、こちら呉鎮守……うぉあちっ! も、最上! 幾ら何でも熱々コーヒーひっくり返すのは不味いぞ!  ………ああ、俺は大丈夫。それよりお前の制服にベットリだ。落ちねぇぞこれ〜……」

 

 第一声から騒々しい、このどこか眠たげな声の主……

 

「……ご無沙汰してます。崎矢少将」

「ん、ああわりぃ取り込み中だった。久しぶりだな、山村」

 

 そう、この人が崎矢 成仁(サキヤ ナルヒト)少将。日本で最も若い将官であり、2番目の戦力規模を持つ実力者である。

 

「さて、報告はすでに聞いている。だが巡洋艦隊を小破以下で撃破するとは、用兵家として非常に興味深い。早速だが是非話してもらおう……あ、鈴谷拭いてくれてありがと。もう大丈夫だよ……いや、もういいって! 後ろの飛龍がスゲェ睨んでるからッ!」

「……」

 

 なんだがよくわからないけど、幸せそうだからいいか。

 

* * *

 

 崎矢さんは戦術に関する話になると、教師のような話し方になる。

 

「それで、どのような戦術だったんだ?重巡洋艦を落とすのは並の努力じゃすまないはずだ」

 

 何とか艦娘達をなだめた崎矢さんが問う。

 

「そう言って……先輩なら昼戦だけで全敵艦隊撃沈まで出来たと思いますよ」

「まあな、だが、俺は言わば別格だ」

 

 さらりと自分を別格だ、と言う先輩。このような豪胆さは、俺が真似出来ない所である。勿論、それに伴う実力と実績が、それを可能にしているのだが。

 

「3年前のインド洋艦隊決戦。覚えていますよね?」

「ああ、勿論だ。西アジアの叛乱勢力が起こした大規模な艦隊戦だったな」

 

 それは、その名の通り世界を束ねる連合国軍とそれに服従する事をよしとしない叛乱勢力が、インド洋で戦った海戦だ。

 この頃、俺は仕官学校を卒業して一年ほどの新米中尉で、当時中佐だった崎矢さんの元で副官を務めていた。当時、深海棲艦は出現初期の勢力を落ち着かせ、活発には活動しておらず、同様に艦娘もほとんど戦っていなかったのだ。

 それまでの深海棲艦による圧力が収まったことにより、それに対する不満、怒り、悲しみが、はけ口を失って連合国軍に向けられたのだと、俺は解釈している。俺は副官という立場上、その作戦案に触れる機会があったのだ。

 つまり、この時崎矢先輩が指揮したのは艦娘ではなく実際の艦隊。しかし、艦娘を擬人化した艦と捉えれば、深海棲艦にも有効な作戦だと思ったのだ。

 

「あの時先輩が実行した作戦を少し、艦娘向けに改変したんですよ」

「へぇ、どんな風に?」

 

 崎矢先輩は楽しそうだ。

 

「あの時、崎矢先輩はわざと敗走したように見せかけ……勿論被害を最小限に抑えてですが、敵の慢心と、油断を誘い、敵艦隊を岩礁まで誘き寄せました。そして、岩礁の影に隠していた艦隊で勢い余って猪突してきた敵艦隊を包囲殲滅……回避の出来ない敵艦隊は壊滅しました」

「懐かしいねぇ。そんな作戦立てたっけなぁ?」

「今回は、艦隊を艦娘に置き換えて考えた訳ですが、そうなると4人では戦力が少なすぎました。先輩があの時敗走のフリを出来たのも、岩礁で迎撃出来たのも、多数の艦艇あっての事です」

「確かに、艦娘達に敗走のフリをしろったって無傷では済まないからな。その後の戦闘を考慮すると被弾は避けたいところだ」

 

 先輩の察しの良さに、受話器を持ちながらつい頬が綻ぶ。この人はやはり天才だ。

 

「ええ、だから今度は敵の慢心を誘うのではなく、その逆の思考回路を利用しました。深海棲艦だって感情の様なものは持っている。そこを利用したんです」

「具体的には?」

 

 間髪入れない質問に少し冷や汗がでる。容赦ないなぁ。呼吸を整え、再度説明する。

 

「敵艦隊の針路を予測して響、雷、電の三人を背後に回らせたんです。彼女達には伝えませんでしたけどね。それで背後を取った後は至近距離まで近づいて軽巡級を攻撃、不意打ちを食らって、激昂した化け物(深海棲艦)達は、彼女達を全速力で追い回した……でもまぁ正直、この一回目の砲撃で軽巡を一発撃沈に持っていけたのは、単なる幸運(ラッキー)でしたけど」

「なるほど、怒り狂った奴らを誘導して、その先で“切り札”が待ち構えている訳か」

 

 やはり、暁を切り札として控えさせていた事までお見通しだ。

 

「流石、お察しがいい。その通りです。駆逐艦二隻を雷、電の二人に足止めさせて、ダメコンを詰んだ響はそのまま重巡を岩礁まで誘導。飛び出した暁が四連装魚雷を叩き込んで重巡撃破(チェックメイト)、です」

 

 受話器の向こうで、提督がうーん、と唸り声をあげているのが聞こえる。小さく笑い声が聞こえてくるのは、さっきの鈴谷とかいう艦娘だろうか、飛龍さんの声も聞こえるので、まだ言い争いをしているようである。

 

「なかなか良く出来ている。ただ、響が1人で誘導したという所が気になるかな。ダメコンを積んでいるとはいえ、危険極まりない」

 

 わかっている。それは自分でも気づいていた。

 

「どのように改善すれば良いでしょうか」

「そうだねぇ……お前の策は凝りすぎだ。俺だったら単純に軽巡轟沈の後敵艦隊を真っ直ぐ横切って、全速力で逃げるね。横切る時に駆逐艦を落とせたら尚良い。駆逐艦の速力があれば、重巡が反応する前に射程外へ逃げ切れるだろう」

 

 成程……それならこちらの被害は0だ。しかし……

 

「重巡を生かしておいては後々厄介では?」

「いや、そうでもないさ。例え巨大な戦艦だろうと、強力無比な空母であっても、随伴艦がいなくなってしまえばそれ程大きな脅威では無くなる」

「……“将を射んとせば先ず馬を射よ”ということでしょうか」

「そういうこと」

 

 確かに、強力な艦になるほど、いざ随伴艦を失った時の弱体化は激しい。軽量艦の支援あってこその主力だ。

 

「それに、長期戦を見越すとしたらこの戦法は更に有効性が増す。これもわかるな?」

「……敵の燃料ですか?」

「正解」

 

 そう答えると満足そうな肯定の声が返ってきた。

 つまり、随伴艦を落とす事で、主力である重巡への補給ラインを断ち切り、孤立させるのだ。そして、航行を続けて燃料が無くなれば、深海棲艦は撤退しなくてはならない。また、ノーマル級の重巡リ級は水偵を積んでいない。援軍を呼ぶことさえ叶わなくなるだろう。

 流石は崎矢さん。その作戦は、雑に立てられたように見えて恐ろしく緻密で、正確でそれでいて合理的だ。彼はあえて、最も強い敵である重巡と相対しないと言うのだ。

 大抵の提督は、“どうやって相手を倒すか”を考える。それは俺も例外ではない。しかし彼は、“どうすれば敵を無力化出来るか”を考える。

 

 発想が根本から違うのだ。

 彼は完全な勝利にこだわらない。敵は、徐々に徐々に削り取られ、気づかないうちに闘えなくなり、敗北する。その手腕はまさに魔術師。

 

「ありがとうございました。とても勉強になります」

 

 改めて自分の師の知略を目の当たりにし、感嘆を禁じ得ない。それでいて普段はあんなに飄々としているのだから、そのギャップにもまた驚く。

 

「おうよ、今度時間が出来たら柱島(そっち)に顔出すよ」

「極上の酒を用意しておきますよ」

「有難いねぇ……あ、そうだ山村」

「何でしょう」

 

 ちょっと間を置いて、崎矢さんが言う。

 

「何だかとても腹が痛いんだが、何かを心当たりないかな? それと、何故か昼の記憶が飛んでてな」

「気のせいですよ、飛龍さんにでも聞いてみてください。切りますよ」

 

 笑いをこらえながら受話器を置く。そりゃ飛龍さんの渾身の一撃を喰らえば痛いだろうね。その時、胃が盛大に抗議の声を挙げた。

 

「そういや昼から飯食ってなかったなぁ……」

 

 そう呟いてみると、様々な、現実的な課題が見えてくる。だが、さしあたって今は、この空腹を満足させることにしよう……

 

 執務室の鍵をかけ、食堂へと足を向けた。

 

 

 

 




戦闘回です。前回は3話ほどに分割していましたが、一話にまとめました。

春イベが始まりますね!しばらくはイラスト制作もほっぽり出してそちらに専念しそうです。
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