ミスティア・ローレライ
種族は夜雀、歌う事と人間を襲う事が大好きな、自他ともに認めるお気楽妖怪。
調子が良く激しい歌を好んで歌い、古参の歌妖怪からは煙たがられる一方、里の若者には人気がある。
だが「歌で人を狂わせる程度の能力」を持ち、更に人間を鳥目にするということも出来、これらの能力を使って夜道を一人で歩く人間を襲撃する事もよくある。
そんな彼女だが実は夜、人間の里で屋台を営んでいる。
幻想郷でもよく食されている焼き鳥……を撲滅させる為に開いた、八目鰻を専門とする店であり、その味はとある鴉天狗が絶品と称する程のものであり、少なくとも妖怪や人外の類からは普通の飲み屋として客も入ってきている。
「あなたは~もう~忘れたかしら~♪」
そして今日の夜もミスティアは人間の里でひっそりと人間を襲う算段を立てながら、屋台を開いて適当に歌を歌いながらお客の相手をする。
「赤い~手拭、マフラーにして~♪」
「その歌止めて欲しんだけど」
そして網の上で八目鰻を焼きながら歌っている彼女に、たった一人のお客さんが迷惑そうに顔を上げる。
気まぐれでこの店にやって来ていたアリス・マーガトロイドだ。
彼女がこんな所に来るのは滅多にない、この所色々悩み事を抱えていてたまにはこういった所で酒でも飲んで色々忘れたいと思い来てみたらしいのだが、店主の歌がやや胸に突き刺さる内容ばかりなので早速イライラしていた。
「二人で、行った~横町の風呂屋~一緒に出ようって、行ったのに~♪」
「ちょっといい加減にして、なんか知らないけどそれ聞いてると妙な気分になるのよ」
「ああこりゃ失敬、こっからがいい所なのに」
コップに注がれてる日本酒を飲みつついい加減にしろとアリスが声を大きめにして注意すると。ミスティアは反省する素振りも見せず平謝り
「いや~珍しい客が来たモンだからついテンション上がっちゃって」
「だからってなんで女視点の悲しい歌を歌い出すのよ急に」
「じゃあ別の歌にしよっか~。あなたが、好きだからそれでいいのよ~♪ 例え一緒に~街を歩けなくても~♪」
「その歌はもっと止めろ!」
これまた結婚してる男性を愛し続ける愛人の歌を歌い始めようとするミスティアに、アリスが遂にバンッとテーブルを叩いて黙らせていると
「あれ、なんだ客来てたのか。どうせ俺ぐらいしか来ねぇと思……」
「おや常連さん、ほらお客さん、左に詰めて詰めて」
屋台ののれんから顔を覗かせ中を伺う男が一人。ミスティアは見知った顔が店に来たと気付くとすぐにアリスに席を開けてくれと指示。
アリスは無言で振り向かずに左にどく。だが男は何故か固まってその場から動こうとしない
「どうしたの常連さん、せっかく可愛い女の子が席開けてくれたんだから入った入った~」
「お、おう……」
男は戸惑いつつもミスティアに促されて仕方ないと言った感じでアリスの隣に座った。
彼が座ると同時にアリスは日本酒を飲みながらチラリと横目でそっち方向を見ると。
銀髪天然パーマの男、八雲銀時がそこに座って頬を引きつらせながらこちらに手を振っていた。
「よ、よう久しぶり……最近見てなかったけど何してた?」
「ブゥゥゥゥゥ!!」
「うわ汚! 何するんだテメェ!」
思わず飲んでた酒を銀時目掛けて噴き出してしまうアリス。
会っていきなり酒ぶっかけられた銀時はミスティアから赤い手拭を借りて濡れた顔や服を急いで拭く。
「ったく、何もそこまで過剰に反応しなくてもいいだろうが、気まずいのはわかるけどさ。もうあの事はお互いキチンと忘れた筈だろ?」
「あの事ってどんな事~? もしかして私が気になる事~♪」
「お前は黙って酒持って来い」
カウンターの奥からまた歌い出すミスティアを黙らせる為に酒を持ってこさせると、銀時はアリスの方へ向いたまま話しかける。
「変な空気になるのは止めようぜ。こんなんだと周りにますます怪しまれちまうよ俺等」
「わかってるわよ……」
「紫もこの事にはちゃんと俺の事信じてくれたしさ」
「……」
とりあえず頷いてはみるものの、銀時の口から八雲紫の名が出た瞬間黙り込むアリス。
銀時は知らないのであろう、あの日紫は去り際にアリスに意味深な台詞を残して行った事を……
無言で黙々とお酒を飲み始めるアリスをよそに、銀時の所にもミスティアがコップに注がれたお酒を持ってきた。
「今日は一人? いつも連れてる奥さんは」
「もう寝ちまってるよ、ちょいと口喧嘩したら拗ねちまった」
「ありゃりゃそりゃ大変」
「いいんだよ別に、アイツとはもう長いから、そんなの慣れっこだって」
気にして無さそうな素振りでミスティアとそんな他愛もない話をしながらグビッと酒を一口飲む銀時。すると彼女はチラリとアリスを見た後また
「寂しさに~容易く、恋に落ちた~♪ 二人の夜を重ねる事に、躊躇う事もなく~♪」
「お前そのいきなり歌い始めるの止めろよ」
「僕のもう一つの、愛の暮らしにふれないように~♪ 逢う度ふざけてばかりいた~♪」
「おいその歌はマジで止めろ」
妻子持ちの男性が不倫相手の女性に切ない想いを綴った歌だと気付いた銀時はすぐにその歌を中止させた。
「今日のお客さんは普段より過剰に歌を止めさせてくるね~。いつもなら一曲ぐらい歌わせてくれるのに」
「どうせ歌うならドラえもんみたいな明るい歌にしろ」
「そうよ、どうしてさっきから悲恋っぽい歌ばっかチョイスしてんの」
「そりゃたまたまですよたまたま~」
二人揃って文句を垂れる銀時とアリスにミスティアはニコニコしながら銀時に出す為の八目鰻を焼こうとする。だがそこで銀時が
「ああ、俺今日はいいわ八目鰻、なんか適当につまみ出してくれ」
「ええ~八目鰻の屋台で鰻食べないってどういう事ですか?」
「いいだろたまには、前にちょっと色々あって魚系のモノはしばらく食えそうにねぇんだよ」
「へーい、でも本当にいいんですか?」
「は?」
せっかく用意したのにと渋々鰻を引っ込めながらミスティアは銀時に尋ねる。
「鰻食べたら精力凄いつくんですよ」
「いやそりゃ知ってるけど」
「隣の彼女は鰻食べてますよね」
「だからどうしたんだよ」
「今鰻を食べれば彼女もセットで食べ放題に」
「「いい加減にしろお前!!」」
客に対してとんでもない下ネタを吐こうとするミスティアに遂に銀時とアリスが同時にキレて立ち上がった。
「なんなんだお前さっきから! 誰からの指図だ!」
「そのツラ焼き網に叩きつけて焼き鳥にしてやるわ……!」
「いやいやそれはマジ勘弁して~お客さん」
すぐにでも襲い掛かって来そうな二人に対し、ミスティアは枝豆の乗った皿を銀時に差し出しながら呻き声を上げた。
「二人共なんかぎこちなかったから場を和ませようとしただけですって~」
「どこが和むか! なお居心地悪くなってるんだよこっちは! 緊張して身体固まりそうなんだよ!」
「おおっと、そんな事言って固くなってるのは身体じゃなくて股間の方……」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!! なんだコイツ、どうしておっさんみたいな下ネタをなんの恥ずかしげもなく言えるんだ!!」
「おっさんばかり相手にする屋台の店主なら下ネタぐらいノリノリで言えますよ~」
笑顔でそう言いながらアリスの方にも枝豆を差し出すミスティア。
「はい枝豆どうぞ」
「私頼んだ覚えないけど」
「あちらのお客様からです」
「いや俺もそんな事させた覚えないんだけど!?」
勝手に自分名義で枝豆をアリスに差し出すミスティアに銀時が叫んでる中、アリスは出てきた枝豆を一つ剥いて食べ始める。
「まあ確かに私もこのままだとマズイなとは思ってたのよ。魔理沙の奴もいきなり家に来たと思ったら「お前あの日からほとんど家に引きこもってるけどどうしたんだ」とか聞きに来るし」
「おいその枝豆俺が買ってやった訳じゃねぇからな、ちゃんと金出せよ自分で」
「とにかくこのまま引きずって、どこぞの鴉天狗にでも聞かれて変な噂を周りに広められたら終わりよ」
枝豆を次から次へと剥いて食べながらアリスはジト目でこっちを見ている銀時に話を続ける。
「正直あの夜何があったのかははっきりと明確にする方法は無いわ、けどだからといってこのままそれを引きずって周りに「あの二人の間にはいつも変な空気が流れてる」と勘付かれない為にも一度整理しておいた方がいいわ」
「そうだな、じゃああの日の前と同じぐらいの関係に戻るべきだな」
「……いやそれはどうかしら」
「へ?」
頷きながらあの日以前、つまりあまり会う機会の無い、いつも通りの間柄であった頃にリセットしようと提案する銀時だがアリスは急に彼から顔を反らして小声で
「だってもう何人かは私とあなたの仲を怪しんでるのもいるんでしょ、それでいきなり私達がバッタリ会わなくなったらますます不審に見えて来るじゃない。だから出会った頃より少々仲良くなったってぐらいの関係に修正した方がいいと思うかなと……」
「いやいきなりそんな事言われてもよ」
「た、例えばそうね」
ミスティアが用意した日本酒のお代わりを一気に飲み干しながら、アリスは銀時に一つ提案する。
「これからは週一のペースで私の所に遊びに来るとか……」
「そんぐらいなら確かに周りも「アイツ等普通に仲良いんじゃね?」と思えるぐらいにはなるわな」
「待って、ここはいっそ週二にした方がいいかも……」
「いや週二はさすがにマズイんじゃねぇの? 俺もそこまで頻繁にお前の所にツラ出せる余裕ねぇし」
「そうね……」
週一はともかく週二はさすがにキツイと言う銀時にアリスはしばし黙り込むと
「じゃあこれからは週五ペースで私の家に来て」
「なんでそうなるんだよ!!」
「これなら文句ないわね、念の為に着替えと歯ブラシも持って来るのよ」
「しかもお泊りコースじゃねぇか!! ぜってぇ周りから怪しまれるだろそれ!!」
いきなりとんでもない事を言い出すアリスに銀時は素っ頓狂な声を上げると共にある事に気付いた。
そういえば先程からアリスの顔がどことなく紅潮している
「お前さては酔ってんだろ! さっきから日本酒ハイペースに飲みまくってたし! お前酒そんな強くないんだから飲み過ぎるなって!」
「酔ってないわよ、いいから早く決めなさいよ。自分の家に帰るか私の家に住むのか……」
「遂に住む所までいっちゃったよ!」
どうやら本格的に酔いが回ってきているらしい、舌の回ってない状態だし目も据わっている。頭をグラグラさせながらアリスは銀時に対し妙に色っぽい喋り方で
「選びなさいよ、家庭がいいのか私がいいのか……あなたが優柔不断だから私はいつも家で待ちぼうけなのよ……」
「いや止めてそういう事言うの! 酔ってるんだよね!? 酔い潰れてるからそんな戯言抜かしてるだけなんだよね!?」
「選びなさいよ、東軍がいいのか西軍がいいのか……あなたがいつも優柔不断だから陣地に鉄砲撃つわよ」
「アリスちゃんそれ関ヶ原の戦い! 小早川秀秋じゃないからね銀さん! アリスちゃんも徳川家康じゃないから!」
もはや言ってる事さえ訳が分からなくなってきたアリス、見てられなくなった銀時は遂に立ち上がり
「ダメだコイツ、このままだとまともに家に帰る事も出来ねぇ状態じゃねぇか、おい店主勘定だ、コイツの分も頼む」
「あいよー」
懐から財布を取り出してアリスと自分の分の代金をカウンターに置くと、そのまま彼女の腕を自分の首に回させて無理矢理立たせる。
「しゃあねぇ、このまま放置するのもアレだし家に送って行ってやるか……誰かに見られたら即アウトだな」
「お客さんお客さん」
「あ? なんだよ金ならキチンと二人分払っただろ」
「そうじゃなくて耳寄りな情報を一つ」
のれんを潜って出て行こうとする銀時を呼び止めると、ミスティアは楽しげな表情で
「人里にあるかぶき町って所で男女がいい感じになれる宿屋があるらしいですよ……」
「行く訳ねぇだろうがボケ!! どこが耳寄りだ! ただの悪魔の囁きじゃねぇか!」
「大丈夫ですよ~使いたい器具があるならその宿屋に置いてあるみたいですし、気にせずズッコンバッコン……」
「串焼きにして食ってやろうかコラァァァァァ!!!」
ここはミスティア・ローレライが営む八目鰻の屋台。
店主からの特定の相手の心を抉る歌と過度な下ネタに耐え切れるのであれば足を運んでみてみるのも悪くはない。
上手くいけば絶品の八目鰻と他の客の隠し事を好き勝手ベラベラと店主が喋ってくれるのだから。
とある鴉天狗がこの店を高く評価しているのは味だけでなくそういう所だったりもするのだ。