ある日、八雲銀時は妖怪の山ふもとにある川に来ていた。
理由はわかさぎ姫との一件が原因で出来なかった釣りをようやく出来る様になったからだ。
「はぁ~、まだ湖では出来ねぇがここなら遠慮なく釣り糸たらせるわ……」
「お、銀ちゃん見てみてまた釣れたアル」
八雲銀時と一緒にここまで来たの神楽だった。
別に彼女は釣りが好きという訳ではないのだが、なんかヒマそうだったので銀時が誘ってみたらあっさりとついて来たのである。
二人は共に岩場の上に腰を落とし、近くで激しい音を立てて流れ落ちる滝を眺めながらのんびりと釣りを楽しんでいた。
「これだけ釣れれば昼飯も豪勢になるかもな」
「おい飯係、飯の準備出来たアルか」
霧の湖へと流れる予定の魚達を釣り上げながら銀時が機嫌良さそうにそう言っている隣で、神楽は背後に振り返って後ろにいる者に声をかけると
「はいはいもう出来てるよ神楽ちゃん。いつでも焼けるからとっとと食べてズラかろう」
彼等と同行するハメになった少年、志村新八が石で囲った木の枝を燃やし、その上に鉄網を敷いて待っていた。
「全くいきなり呼び出したと思ったらこんな危険な場所に連れて来るなんて……僕、アンタ等と違って普通の人間なんですからね、妖怪に襲われたらどうするんですか」
「死ぬんじゃね?」
「死ぬというか食われるアルな」
「冷静に答えてんじゃねぇよ! 人を妖怪の山とかいう恐ろしい場所に連れて来やがって!」
銀時は不死、神楽は夜兎、しかし新八に至ってはごく一般的な市民、つまり正真正銘の何の変哲もない人間である。剣術を少々やっていることは聞いた事あるが、それで妖怪とまともにやり合う事など出来る筈もない。
「もし妖怪が出てきたら退治して下さいよ!」
「だから前に言っただろ、襲われそうになったら眼鏡をぶん投げて……」
「だからそれ助かるの眼鏡だけだろうが!」
「うっせーアルな、そんなに叫んでたら魚逃げちまうだろうが、ん?」
新八のツッコミに神楽がキツイ口調で注意していると、彼女の竿がピクリと反応する。
「おお! また来たアル、しかも今度は大物の予感ネ!」
「おいまた雪美クラスの化け物釣るんじゃねぇだろうな、そん時はわかさぎ姫に顔見てもらって食っていいのかどうか聞いてきてだな……」
「うるせぇ! 私はどんな悲しい過去を背負った魚でも問答無用に食ってやると決めてんだヨ! シングルマザーだろうが大家族の大黒柱だろうが関係ないネ!!」
心配そうに顔をしかめる銀時の忠告を無視して、しなる竿に興奮しながら神楽は思いっきり引き上げた。
すると川から浮上してきたのは
「いででででで! いで! いだいいだいマジでいだい! アレ、痛くない? いでででで! やっぱりいだい!!!」
神楽が釣り上げたのは口の端に針がぶっ刺さった状態で激しく痛がっている少女であった。
川の中から突然と現れた少女に、神楽の傍で立っていた新八が白目を剥いて言葉を失っている中、銀時は冷静にそれを眺めながら
「何かと思ったら河童じゃねぇか、コイツは食えねぇから捨てちまえ」
「えーこんなおっきいのに勿体ないアル」
「止めとけ河童なんて食ったら腹壊すぞ、おらキャッチ&リリース」
そう言いながら川の上で宙ぶらりん状態の河童目掛けて銀時は思いきり蹴りを放った。
「ごふッ!」
その衝撃で口に引っかかっていた針が外れ、再び川の中へと落ちる河童。一度底に沈んだかと思えばプカーッと水面に浮いてそのまま水死体の様に流れて行く。
そんな光景を見ながらようやく新八は震えながら口を開き
「ぎ、銀さんアレって……」
「河童だよ河童、たまに釣れるけど食用にならねぇからいつもああして放すんだよ」
「河童ァァァァァァ!?」
河童と聞いて新八が思いきり驚いていると、彼の背後からヌッと
「その通り私達は古くからこの山に棲む河童の一族さ」
「ギャァァァァァァ!!」
「やれやれ、そう驚くな盟友よ」
先程流れていった者と似たような格好をした少女が腕を組みながら現れた。
新八が悲鳴を上げる中、自らを河童と名乗った少女はそんな反応されても平然としている。
河城にとり
妖怪であるのに人間好きという変わった妖怪であり、危険な所へ行かせまいと無謀な人間達を止める為に立ち塞がる事もある。
河童の一族は皆手先が器用で技術面に関しては妖怪の中でもトップクラスであり、幻想郷随一のからくり技師とうたわれている者も河童だ。
好きな食べ物は河童らしくやはりキュウリ。河童である以上頭の上には皿があるはずだが、常に帽子を被っているため詳細は不明。ちなみに着ている服は光学迷彩スーツであり、手段は不明だがこれで姿を隠すことができる。
「それにしてもこんな所で河童釣りとは見過ごせないな、罰として食べてやろう」
「いやぁぁぁぁぁぁ!! 僕じゃない僕じゃないんです!! やってたのはあの畜生妖怪共だけです!! お願いですから食べないで下さい!!」
「いや俺妖怪じゃねぇから、おい新八」
口元からじゅるりと垂れた涎を袖で拭く様な動作をする河童こと河城にとりに新八が腰を抜かして必死に叫んでいると、釣りを止めていた銀時がめんどくさそうに彼等の方に歩いて来た。
「河童は少なくとも今のご時世には人間食わねぇよ、むしろ妖怪の中では比較的人間に対して友好的だ」
「え、そうなんですか……?」
「はっはっは、すまないね盟友。久しぶりに驚かれたもんでついからかってしまった。」
そんな事も知らないのかと言った感じで銀時が呆れながら言うと、戸惑っている様子の新八に笑いながら手を差し伸べるにとり。
「案ずる事は無い、八雲の旦那の言う通り私達河童は君達盟友に対しては敵意は無い。むしろ今後は友好的な関係を結びたいと思っている」
「ありがとうございます……人間に対してそう思ってくれる妖怪もいるんですね」
「妖怪にもそれぞれさ」
その手を握って立ち上がって信用してくれた新八ににとりは肩をすくめる
「盟友の中でも色んな考えを持つ者がいるであろう? 近頃幻想郷の妖怪を追い払おうとする者達がいるとか」
「ああはい、最近ではそういった思想の人達は”攘夷志士”とか呼ばれてますね」
「攘夷……外から来た敵を追い払うという意味だったかな、我々は彼等がいる前からここにるというのにおかしな言葉の使い方をするんだな」
「まあどっちが先にいたかどうかなんてどうでもいいんですよきっと、とにかく危険な妖怪を全部追い払って人間達が安全に暮らせる理想郷を造る事を目的とした集団だって事です」
新八は緊張した面持ちで攘夷志士について説明する、彼等の事を妖怪達が快く思わない事は明白だ。もしかしたらこの場でにとりが怒り狂って攘夷志士と同じく人間である自分に襲い掛かるかもしれないと危惧していたが、にとりの方は意外にも感心してるように頷き
「なるほど、随分と壮大でお粗末な野望だな、しかしそれもまた盟友らしい」
「え、怒らないんですか? あなた達妖怪を幻想郷から追い出そうとしているんですよ?」
「どうしてそんなちっぽけな事で私が起こる必要があるのかな。彼等が一致団結して妖怪達と戦争起こすのは少々ショックではあるが、どうせすぐに鎮圧されて終わりだ。何せそんな血気盛んな者達なら地底に住む鬼様達も喜ぶだろうしな」
「ち、地底に住む鬼って……」
「暇を弄んでいる鬼様達にとっては良い暇つぶしになるだろうね」
とどのつまりにとりは人間達が妖怪に勝利する事など万に一つもないと考えているのだ。
それもその筈、人間の中で妖怪と対抗できる者などほんのひと握り、更に地底に住むと言われている大昔に人間達と熾烈な戦いを繰り広げていた鬼達はきっとお祭り気分でその戦いに加わるであろう、そうなってはもう人間達が勝利する事など想像すら出来ない。
「攘夷志士達に伝えておいてくれ、我々河童や天狗殿の済むこの山ではなくいっその事地底に出向いたらどうかと。そしたら攘夷などというふざけた考えはすぐに諦めてくれるだろうよ」
「あの、鬼って本当にいるんですか銀さん?」
「いるよ」
とっとと諦めて妖怪に対して牙を剥くのは諦めろとやんわりと言うにとり。
それを聞いて新八は声を震わせながら銀時の方へ振り返ると彼は平然した様子で
「俺が昔退治した鬼がそこに住んでるしな」
「は!? む、昔退治したって! 銀さん鬼退治なんかやった事あるんですか!?」
「まあ時代が時代だったからな、あん時は鬼と人間の争い事なんてスポーツ感覚でやってたし、ちなみに俺自慢じゃねぇけどMVP獲った事あるから」
「なんでその時代にMVPとかあんの!?」
首をコキコキと鳴らしながらあの頃の事を思い出す銀時に新八がツッコんでいると、銀時の所へ釣りを中断した神楽も歩み寄って来る。
「鬼なら私も見た事あるネ、地底で私等夜兎としょっちゅう喧嘩してるアルからな」
「喧嘩してたって……神楽ちゃん怖くなかったの?」
「全然怖くねぇヨ、子供の頃よく遊んでもらってたし。むしろ地底で一番恐れられていたモンはもっと別の妖怪アル」
「そうなの? 鬼や夜兎よりも怖い妖怪って一体……」
鬼と夜兎と言えば人間にとってはとてつもなく恐ろしい存在だが、神楽曰くそれよりも恐ろしいモノが地底にはいるらしい。
気になって新八が神楽に尋ねてみようとするが、彼女を見てにとりの方が先に身を乗り上げた。
「む、先程の話といいその白い肌といい、そちらのお嬢さんは夜兎なのかな?」
「そうだヨ、なんだお前、夜兎見たの初めてアルか?」
「それはそうだろ、なにせ夜兎は太陽に弱い為に大昔から地底に住むと聞いている。私達河童の中で夜兎に出会った者など恐らく最年長であり色んな所を旅してきた平賀源外様だけだ」
地上に住んでいれば夜兎と出会う事など滅多にない、たまに変わり者の夜兎が地上に出て遊びに来る事はあるが、基本的に身内だけでひっそりと山の中で暮らしている河童の所へ赴く事は無いのだ。
「我々の盟友と鬼様と同列の強さを持つ夜兎、八雲の旦那は相変わらず人間であろうが恐ろしい妖怪であろうがお構いなしに連れてくるな」
「……この人、前にもここに人間連れてきた事あるんですか?」
「博麗の巫女と奥方と来ているのを見かけた事がある」
「ああ、あの巫女さんですか。それなら妖怪に襲われても問題ないですね、むしろ妖怪が逃げますねそのパーティだと」
それなら納得だなと新八が頷いているとにとりは更に言葉を付け足し
「そん時も我々の仲間を釣り上げて食えるか食えないか論争してたな、奥方が食えない派、博麗の巫女が食べれる派だったかな?」
「妖怪さん逃げてぇぇぇぇぇぇ!!! 攘夷志士より恐ろしい人間が今ここに存在すると確認されたよぉ!!」
相手が河童であろうが食おうとした人間がいる……その恐ろしい事実を他の妖怪にも聞こえるぐらい大きな声で新八は叫んだ。
「ちょっと銀さん! アンタ巫女さんにどんな教育してんですか! あの子の保護者なんでしょ!!」
「あん? 太くたくましく生きるように育てたつもりだけど? それが幻想郷でどれだけ大事か知らねぇのお前?」
「河童食おうとしてる娘育てた時点でアンタの教育法明らかに間違ってるよ!!」
「うるせぇな、そん時はさすがに俺も止めたよ」
なんでそんな事に突っかかって来るのかとしかめっ面を浮かべる銀時。
やはり彼も幻想郷に住む者だ、きっと常識からかけ離れた教育法で博麗の巫女を育てていたのだろう。
「僕等人間にも好意的に接してくれる河童達を食べようだなんてあんまりですよ! ですよね河童さん!」
「ふむ、残念だ。あの時私はその一部始終を影から観察していたが」
新八に尋ねられてにとりはアゴに手を当てながら
「我々河童をどの様にして捌き、どの様に食うのかを見る事が出来なかったのが非常に残念だ」
「おい河童! テメェ仲間食われそうになってるのになに考えてんだゴラァ!!」
「博麗の巫女が食べる派に1票、八雲の夫婦が食べない派に2票入れてたから思わず私は手を上げて「食べる派に1票!」と叫ぶ所だったよ」
「コイツ等やっぱ妖怪だよ! 少しでも僕等人間とわかり合える種族なのかもしれないと思った僕がバカだったよ!」
「どんな事であろうと観察して知識として吸収し、それを技術に変えて新たなからくりを作る。河童というのはそういう生き物なのさ」
彼女もまた河童という古参の妖怪。人間の一般的な常識とはやはりかけ離れていた。
それを理解してもらおうともせず、にとりはただうんうんと笑みを浮かべながら新八に頷いて見せる。
「そして河童といえばやはり相撲だ、どうだ盟友よ、ここで会ったのも縁。一勝負しないか?」
「いやいきなり相撲やろうと言われても困るんだけど……ていうか人間の僕が勝てる訳ないでしょ」
「心配するな、別に負けたら食ってやろうだなんて考えていないよ、尻子玉は抜くがね」
「尻子玉ぁ!? なんですかそれ! 何か知らないけどすっげぇ怖いんですけど! 絶対にやりませんからね相撲なんて!!」
唐突に腕を回し始めながら相撲をやろうと誘って来るにとりだが、彼女の口から放たれた尻子玉という言葉に新八は身の危険を感じながら後ずさりすると、ふと「あれ?」とにとりを眺めながら彼は疑問に思う事があった。
「そういえば今更なんですけど、河童って頭に皿乗っけてる筈ですよね? でもアンタ頭に帽子被ってるからお皿見えないし……本当に河童なんですか?」
「……」
「すみません疑っちゃって、いや信じてない訳じゃないですよ、でも証明する為にチラッと帽子を脱いで見せて頂ければ……」
「アホかお前」
「痛ッ!」
河童の特徴と言えばよく聞く頭の上にあるお皿であろう。しかし目の前にいるこの河童と名乗る少女は頭に帽子を被っていてその皿があるかどうかわからない。
そう思って興味本位で新八が帽子を取ってほしいと頼んだ時、突然後ろから銀時が彼の頭を殴った。
「な、何するんすか銀さん!」
「お前こそ今何言ったかわかってんの? 河童に皿見せて下さいとかよくもまあそんな破廉恥な事をこんなお昼時に言えたもんだな、一体どんな教育受けて来たんだお前」
「破廉恥!? どういう事ですかそれ!? 河童のお皿ってそんな人前に見せちゃいけない恥ずかしいモンだったんですか!!」
「人間の女に例えるなら、さっきのお前の発言は「服脱いでおっぱい見せて下さい」と言ってる様なもんだぞ」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
妖怪についての知識に乏しい新八らしい失敗だった。まさか河童の皿がそこまで隠さなければいけないモノだったとは……。
驚きで頭を抱える新八に対し、銀時と神楽は軽蔑の眼差しを彼に向ける。
「ったく思春期はこれだから、妖怪とはいえ女相手によくもあんな事言えたもんだぜ」
「マジ最低アル、もしかして私の皿も見たいと思ってたのかコラ、私のおっぱい見てみたいとかずっと思ってたのかこの変態眼鏡」
「いやいやいや! 待ってくださいよ二人共! 本当に僕知らなかったんですよ! 引かないで下さい! 僕は至って純情で奥手な少年です! おっぱいには興味持っても初めて会った女性に見せろだなんて死んでも言えませんよ!!」
ゴミを見るような目でこちらをジーッと眺めながらゆっくりと後ずさりしていく銀時と神楽に必死に弁明する新八。
すると彼の背後に立っているにとりはハァ~とため息を突き
「まあ仕方ない、君ほどの若い人間というのは年々発情期みたいなものだと聞いた事がある。だがいきなり皿を見せろなどというのは、それはいささか我々に失礼だぞ」
「い、いや違うんです河童さん! お願いだから僕の話を……!」
「今更いい訳とは見苦しいぞ盟友よ、いや……」
赤面させながら必死に否定しようとする新八に対し、にとりはキッと鋭い目つきをしたままビシッと指を突き付け
「このエロがっぱッ!!」
「いや河童はそっちぃ!!」
しばらくして天狗達の新聞にとある記事が載せられる。
妖怪の山にある川で、河童に対して「皿を見せてくれ」と強要した若い人間の眼鏡男が出没すると。
かくして志村新八の妖怪の山デビューは散々な結果に終わるのであった。