妖怪の山には数多の妖怪が棲みついているがそれを統率するのは頂に住む天狗だ。
かつて鬼が棲んでいた時は彼等や河童もまた配下となり従っていたが。
鬼が地底に移動してからは、山は今事実上天狗の指揮下にあると称しても過言ではない。
天狗は長命であり生き延びる術に関しても長けており何より非常に賢い、山のリーダーになるには相応しいとも言える。
そんな彼等天狗にも種類という物がある。
天狗のボスである天魔
管理職である大天狗
報道部門を担当している鴉天狗
新聞の印刷担当の犬伏天狗
事務仕事担当、鼻高天狗
そして山の警備隊として働いている白狼天狗と
昨今、妖怪に対して過激な行動をしでかす人間に対しての抑止力となっている鬼天狗だ。
「ったく……なんで俺がこんな事しなきゃならねぇんだ」
そして丁度妖怪の山の入り口付近で不機嫌そうにタバコを咥えて立っている鬼天狗が一人。
鬼天狗が徒党を組んで結成した組織「真撰組」の副長、土方十四郎である。
土方十四郎
天狗でありながら「鬼の副長」という異名を持ち、冷静沈着に隊の指揮を取りつつ自らは鬼の様な強さで対立関係となった相手を容赦なしにたたっ斬る姿からそう呼ばれるようになった。
周りに厳しく、己にも厳しく、そんな性格ゆえに局長からも慕われ部下からの信頼も厚く(一人除く)真撰組にはなくてはならない存在である。
しかしそれほど強い妖怪であっても行った過ちは身をもって清算する事が天狗のルールであって……
「ちょっとタバコのポイ捨てしてボヤ騒ぎしただけじゃねぇか」
「いえ危うく山火事引き起こす所だったんですけど……」
ブツブツ文句を垂れながらタバコの煙を吹かす反省の色なしの土方に対し、隣に立っていた白狼天狗、犬走椛がジト目を向けてツッコミを入れていた。
犬走椛
山の見回りをしている白狼天狗であり、天狗の中では下っ端
下っ端である事を自覚しつつも上の者には結構ハッキリと言う性格であり、その為なのかは知らないが鴉天狗の射命丸文とはあまり仲がよろしくないらしい。
普段は山の警備に勤しんでおり、千里眼という珍しい能力を使って山に来る侵入者がいないか常に厳しくチェックするのが彼女の役目だ。
そして今は、数日前にとある出来事で不祥事を起こし、罰として真撰組から一時的に離されて自分達白狼天狗と同じく山の警備隊として加わる事になった土方のお目付け役となっている。
「土方さん、仕事中は喫煙するの止めて頂きませんかね、というか山に棲んでいるのだからタバコ自体止めて欲しいのですが」
「下っ端の分際で上司に指図するとはいい度胸じゃねぇか、腹切れ」
「切りませんよ、いいから真面目に仕事して下さい」
呼吸するかのように切腹命令されて椛はバッサリ断ると土方はフンと鼻を鳴らして
「そういや総悟から聞いたぞ、お前俺がボヤ騒ぎ起こした時に俺の事ちゃんと見えてたようだな、どうしてそれすぐに上の連中にチクらなかった」
「それはまあなんと言いますか……」
椛はバツの悪そうな顔を一瞬浮かべるとすぐに呆れた様子でため息を突き
「……それなりに私はあなた方の実力を買っているんですよ、あのような事で上の者があなた達の組織を御取り潰しになるのではと危惧したから庇ったまでです」
「アホか、あれしきの事で俺達真撰組が潰れてたまるか、そもそもウチの組織を編成したのはその上の者の一番上に立つとっつぁんだぞ、テメーで作った組織をみすみす潰すわけが……」
そう言いかけた所で今度は土方の方がしかめっ面を浮かべた。
「……おい、侵入者が現れたぞ」
「え!?」
彼の言葉に驚く椛を尻目に、彼女の背後に目をやりながら土方は腰に差した刀に静かに手を置く。
「この山に侵入する奴等はもれなく全員ぶった斬っていいんだよな?」
「私が何時そんな山賊みたいな事教えたんですか! 警告するだけでいいんですよ!」
鬼天狗というのは血の気が多い妖怪だ。他の天狗と違い手が出るのが圧倒的に早く彼等一族の歴史はゆえに血生臭い。
その事は椛も当然知ってはいるが、どうもこの土方という男。他の鬼天狗と比べても数段喧嘩早く、事あるごとに斬るだの、腹切れだのとのたまう始末。
椛は念を押して彼を抑え込みながらすぐ様振り返り、彼が見つけたという侵入者らしき人物の方へと振り返った。
「止まりなさい他の里の者よ! ここは長きに渡り我々妖怪がはびこる山! 命が惜しければすぐに引き返し……!」
出来れば相手を無傷のまま追い返したい椛はそう言いながら前方にいる人物達に向かって叫ぶ。
だがその叫び声は途中から消え入り、彼女はジッとやってきた連中を見つめる。
「……何やってんですか沖田さん?」
「ああチワワは気にしないでいいから、俺等の事はスルーで」
「は?」
やってきたのは椛の後にいる土方の部下の一人、沖田総悟であった。仏頂面をしながらこちらに向かって適当に返事してくるが、その態度に椛がカチンと来たのも束の間、彼の背後から現れたのはこれまたとんでもない者達であった。
「ほらほら見てママー、あんな所に白い犬ッコロと黒いニコチンがいるよー」
「キャー可愛いー、ハハハハハ」
「ってえええ!?」
やってきたのは幻想郷の最重鎮的存在である大妖怪・八雲紫と、その旦那である八雲銀時。
沖田の案内でここまでやってきたのだろうが、何故か上機嫌な様子で銀時の方はこちらを指差して笑っており、紫に至っては何故か何処ぞの鴉天狗が持っている写影機とかいう物を持ってパシャパシャと音を鳴らしていた。
「な、なぜ大妖怪と不死者の夫婦が妖怪の山にノコノコと!」
「んな事ぁどうでもいい」
疑問を浮かべる椛とは対照的に土方の方は既に自分の腰に差す刀にチャキっと手を置く。
「とっととお引き取り願うぞ、テメェも抜け」
「へぇぇぇ!?」
そしてこっちに至っては既に戦闘モードである、観光気分であるとはいえ相手はあの恐るべき幻想郷でも指折りの猛者である八雲紫だ。おまけに何をやっても死なない化け物である銀時まで傍に着いているのにこの男、どうやら引く気は無いらしい。
「来るものを追い払うのが門番の仕事なんだろ」
「いやそうですけど! 相手が悪いというかですね……ってああ!」
頬を掻きながらさすがにあの二人を相手取るのは無理があるんじゃないかなぁと椛が思ってた矢先。
既に土方の方がツカツカと動いて彼等の方に接近を試みていた。
「おいテメェ等、ここを誰のシマだと思ってやがる、のうのうと観光気分で遊びに来やがる所じゃねぇんだよ。火傷しねぇ内にさっさと失せろ」
「あらやだパパ~、私脅されてる~脅されちゃってるわ~」
早速脅し文句を付けながら追い払おうとして来る土方に向かって、紫の方は当然と言えば当然か、全く怖がり素振り見せずにまた写映機を彼に向ける。
「記念に撮っておきましょう~」
「おいちょっと、俺に向けてパシャパシャ音鳴らす奴向けるの止めろ」
「ハッハッハ、火傷するぞだってよママ、この山を大火傷させたテメーが何言ってんだろうねー、ハッハッハ~」
「アハハハハ! やだパパ面白ーい!」
「なんなんださっきからこの林家ペーパー夫婦!? 斬っていい!? もう斬っていい!?」
「わ~土方さんこらえて下さい! 私も確かにイラッときましたけどここで抜いたら幻想郷で戦争勃発ですよ!」
さっきからこっち指差してゲラゲラ笑っている八雲夫婦に土方は抜刀寸前、さすがに椛も少々ムカついている様だがここで手を出してはダメだと止めに入る。
そうしている内に紫の方がようやく笑うのを止めた。
「ごめんなさいねぇ、あなたの所の若い天狗さんにあなた達の事をからかいがいのある連中だって言うからついね」
「総悟テメェ……」
若い天狗といってチラリと脇目にいる沖田を見る紫に土方はすぐに察して彼の方を睨み付ける。
しかし沖田の方は目を細めながら挑発的に
「おいおい番犬如きがこの俺を呼び捨てかぁ土方、犬なら犬らしく上のモンには千切れるぐらい尻尾振るってモンだろうがよぉ」
「そうだよ、せっかくはるばるここまでやって来たお客様である俺達に対してなに刀抜こうとしてる訳? 全くココの犬ッコロは全くしつけがなってないんじゃないの?」
「すみません旦那、責任もって俺が後でしつけておきます」
「いい加減にしろコノヤロォ!! てかなんで仲良いんだお前等!」
二人揃って呆れた様子でこちらを見つめて来る沖田と銀時にそろそろ土方の我慢ゲージもオーバーヒートし始めた中で、紫がさっさと話を続ける。
「私はあなたの所の一番上の者と会う為にやってきたのよ。アポも取ってあるしここを通っても問題ないんじゃなくて?」
「一番上? つー事は相手はとっつぁんか……幻想郷のボスがウチの所の総大将になんの用だ」
「少し話をね、ここん所幻想郷に少々危険な思想を持った連中が増えてきているから、主な目的はそっちの事で話し合う事よ」
「危険思想……攘夷志士の連中の事か」
どうやら紫は攘夷志士の事について話し合う為にここまで来たみたいだ。土方はそれを聞いてしかめっ面を浮かべる。
攘夷志士、幻想郷から妖怪を追い払い人間だけの居場所にしようと目論む思想を持った過激派組織の事だ。
妖怪の大半はそんな妄想に近い企み事など耳にも入れずほったらかしにしているが、土方を始め一部の者は万が一にもあるのではと危険視している。
そしてそれは彼の隣にいる椛も同じである。
「攘夷志士ですか……この所活動が大幅に広まっているのはやはり彼等の中にいる”あの男”が動き始めた事が原因かもしれませんね」
「”桂小太郎”」
不安そうに顔を上げてきた椛に土方は一人の男の名を呟く。
「未だに素性も掴めねぇし何処にいるかも見当がつかねぇ、噂によれば『人間ではなく別の何か』とかも聞いた事あるな」
「人間でないのならならなぜ人間の味方をするんでしょうか?」
「そこん所がどうしても解せねぇ……そもそもその別の何かってのは一体なんだっていうんだ……」
土方と椛がその桂小太郎と呼ばれる人物について頭を悩ませているとそれを傍から聞いていた銀時はボリボリと首筋を掻き毟る。
「……アイツも懲りないねぇホント」
「どこぞの誰かさんと一緒ね、あなたの知ってる事を彼等に教えたら礼金ぐらい貰えるんじゃないの?」
「金には困ってねぇしめんどくせぇからパス、それにあのバカに関わる事はもうゴメンなんだよね俺」
紫と耳打ちしながら銀時が心底つまらなそうにそう返事した後、彼は再び土方達の方へ振り返る。
「まあそういう事だから俺達もう行くわ、邪魔したな番犬共」
「いやちょっと待て」
「あん? まだ何か俺達に用があんのか?」
それだけ言い残して紫と共に行こうとする銀時だがそれをすぐに土方が呼び止めた。
「大妖怪の用はわかった、だがお前は何の用でここに来た」
「は? んなの決まってんだろ、俺はカミさんの付き添いだ」
「あら、そんな事頼んだ覚えないわよ私」
「え?」
サラリと答えて再び行こうとした銀時だがそこで紫がキョトンとした様子で反応する。
さすがにこれは銀時も予想外。
「そういえばあなたどうしてついて来たのか?」
「どうしてってお前! 妖怪の山なんぞとかいう危険地帯にみすみすテメーのカミさん一人送り出す旦那が何処にいるんだよ!」
「その言葉はまあ素直に嬉しいと受け取ってあげるけど、今、この妖怪の山で一番恐ろしい存在って誰かしら?」
そう言って紫は優しく微笑む。その問いに対して銀時は「あ……」と察した。そして彼の代わりに沖田が小指で耳をほじりながらゆっくりと口を開く。
「そいつは間違いねぇよ、今現在妖怪の山に踏み込んでいるアンタだ。アンタがダントツで一番ヤベェ」
妖怪の山というより幻想郷の中でもその危険度はトップクラスと呼んでも過言ではない。
何せこの幻想郷で彼女とまともにやり合えるような者はほとんどいない。更に遊びでなく本気で彼女が動くとなれば……とにかくまともな思考を持つ者なら彼女と戦おうだなんてまず思わないという事だ。
「それは当然あなたもとっくにわかっているはずだと思うんだけど」
「バカ野郎そういう油断が命取りになるんだよ、いくらお前が敵無しの最強妖怪だってもしかしたらって事もあるだろ? だからこうして銀さんがお前の為に身を張って……」
「何が狙い?」
「家では妻が夫を支え外では夫が妻を支えるとか言うだろ? 言わない? まあどっちでもいいけど、とにかく俺はお前の事が心配だから……」
「何が狙いって聞いてるんだけど?」
「……」
なんだか読めた気がする周りにいる者がそう察した所で紫が笑顔で尋ねる。
すると銀時の表情が強張るとすぐに頭から冷や汗をかきながら恐る恐るスッと着物の裾からある物を取り出す。
「……妖怪の山に棲んでるお前の”友達の鬼”の角また取っちゃったから……謝るに行く時傍にいてくれない?」
「あらあら……」
「いやまた一緒に飲みに行った時についまた取れちゃって……」
銀時が取り出した物は紫もよく知るとある鬼の立派な角であった。可愛らしいリボンが角の先に結んである。
しかも今回は前回と違い2本だった。怯え切った表情で銀時は2本の角を両手で抱えながら紫に助けを求める。
「今度こそマジで殺されるかもしれないし、いざとなったらお前が俺を……」
「本当に懲りないわねあなたも」
「お願いします」
ニコニコと笑顔を浮かべる紫に銀時は深く深呼吸した後。
キリッとした表情を彼女に向けてゆっくりと口を開く。
「銀さんを助けて下さい」
その潔く情けない訴えに対し紫はやんわりと微笑んだまま
「無理」
その言葉と共に銀時の両端から紫の力である禍々しいスキマが現れ
「行ってらっしゃいダーリン、私の友人によろしく。殺されないよう”一応”祈っておくわ」
「ハニィィィィィィィィ!!!」
真顔を崩してすぐに泣き顔でこちらに手を伸ばそうとする銀時だが、彼女のスキマが瞬く間に彼を飲み込んで消してしまったのであった。
「さてと」
夫が消してしまった事も気にも留めず、紫は沖田の方へ振り返る。
「引き続き案内お願いするわね、山頂までに色々と巡ってみたい所もあるし」
「へーい」
気のない調子で沖田は返事すると、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま彼女の前を歩いて山頂へと歩き出した。
「さすが天下の大妖怪様だ、旦那の手籠め方もしっかり心得てるご様子で。とっつぁんがアンタを敵に回さないよう気を付けてる訳だ」
「あら大妖怪だろうがなんだろうが関係ないわよ。情けない夫のケツをひっぱ叩くのはいつだって妻の役目なんだから、どこの夫婦も同じ事やってるわよ」
「な~るほど、勉強になりまさぁ」
そんな談笑を続けつつ沖田と紫は寄り道しつつ山頂へと赴く。
そしてその場に残され何も言わずに紫の背中を見送っていた土方と椛はしばらくして。
「……俺、絶対結婚しない」
「だ、大丈夫ですよ、人それぞれですから……多分」
断固たる決意で呟く土方に苦笑交じりにフォローする椛であった。
妖怪の山は今日も平和だ。
しばらくして山の何処かでとある男の悲痛なる阿鼻叫喚が木霊したのは言うまでもない。