時は永祚二年(990年)
鬼の四天王と呼ばれし妖怪が人里を襲い暴れていると知った平安の武将・源頼光は
たった四人の腕の立つ家来を率いて鬼退治へと赴いていた。
そしてその家来の一人の名は「坂田銀時」
幼生の記憶は彼自身がおぼろげにしか覚えておらず、どこで生まれ誰に育てられたかは不明。
奇天烈な術を扱うだの、首を斬られても死なないだの、妖怪の娘を連れているだの、おかしな噂が多い謎の青年であった。
素性も知れぬ輩として人々からは畏怖の目で見られ続ける人生を送っていたが、程無くしてしその腕と武勇を武将、源頼光に買われて彼の家来となった。
そしてこのお話はそんな坂田銀時と鬼の四天王の頂点に君臨する酒呑童子こと伊吹萃香との激闘の記録である。
事の始まりと終わりは永祚二年の四月二十八日。
大江山という鬼の巣窟へと足を踏み入れた銀時は、主である源頼光と他の三人の家来と離れ離れになってしまう。
鬼の住む山の中で孤立するという最悪の状況の中で、更なる不運が彼の前に現れた。
「ほう、お前が我等鬼を退治せしめんとはるばる遠い都からやって来たという侍か」
「……」
突如銀時の前に現れたのはなんと酒呑童子と恐れられ、鬼の四天王の頂点に立つ伊吹萃香が自分の方から現れたのだ。
「随分と若いな、しかしただの人間とは思えん覇気も見える。うむ、やはり鬼退治に来る相手はこうでなくてはな、かの桃太郎という男も中々の豪傑であったと聞くし」
見た目は小柄で華奢な女子ではあるが騙される事無かれ、彼女の扱う術は鬼でありながら仙人の如き奇想天外な類の者ばかり。もし彼女と出会ってしまっ場合。そんじゃそこらの人間ではただ泣き叫びながら彼女に食われるという悲惨な最期を遂げる未来しかない。
しかし銀時は違った。
彼はただ曇りのない目で彼女の心を見透かすかのように見つめながら、ただ一言だけ彼女に問いかける。
「あのすみません、ケツ拭くモンとか持ってませんか?」
現在銀時の状態はというと、主君も仲間も周りにおらず孤立状態、そして目の前には倒すべき鬼、萃香。
そして彼自身の状態はというと
茂みの中で腰を沈め、袴を半分下ろしたまま尻を出しているという、完全に野で用を足していた真っ最中であったのだ。
尻を出してしゃがみ込んでいる銀時はただ寂しそうな顔で、相手が誰であろうと構うもんかと言った感じで、鬼である萃香に助けを求める。
「いやあのね、俺もこうして敵地でウンコするとは思いもしませんでしたよ、だけど昨日の夜によ、知り合いの女に珍妙なモンを食わされてしまいまして、その結果朝からずっと下痢気味になるわ、ウンコしてる間に他の連中に置いてかれるわで散々なんですよホント。わかりますお嬢さん?」
「ほう……なんでしゃがみ込んで是が是非にでも腰を上げようとしない態勢を取っているんだと思っていたが……貴様我等の住む山に対してとんでもない土産を持って来てくれたようだな」
「持ってきたつうか、出したっつうか……とりあえずなんかねぇの? ここ近くに丁度いい葉っぱが無くて参ってんだよ、どれもこれもギザギザしてるし、これ使ったらケツ血だるまになるって絶対」
彼の手には鬼の山特有の鋭く尖った葉が一枚。思い切ってこれで拭いてみようと考えたのだが即座に諦めたのであろう、そんな相手を前にして萃香はただ手に持った酒入瓢箪をグビッと一口飲む。
「あ~まだまだ鬼の中では若い私ではあるが、こんなマヌケな恰好で鬼退治にやってきた奴と戦う羽目になるとは思いもしなんだ。さてさてどう料理してくれようかぁ」
「え、何? もしかしておたくこんな状態の俺を殺す気なの? いやいやそれはさすがに洒落にならないって、もしもコレが後々の伝記に記されるとなると大変だよ? 悪名高き酒呑童子様はあろう事か野グソしている最中の気高き武士を騙し討ちにしたって残されるよ? 一生の恥だよ?」
「気高き武士は野グソなんかせんだろ、ここで死ぬのはただの愚か者一人、それだけさね」
「待て待て待てって! 拳振り上げるな拳を!!」
若い鬼は世間をまだ詳しく知らないせいか、容赦というかためらいというモノが無い。
ただ刃向かう者は容赦無く殺すという極めて単純な物事で白黒付ける事を好む性格なのだ。
そして萃香もまた若き鬼、銀時がどれだけ抗弁を垂れても聞く耳持たず、拳を振り下ろしてさっさと殺してしまおうとしたその時
「あなた~お弁当持ってきたわよぉ~」
「うん?」
「ってオイ! なんつうタイミングで来てんだあのバカ女!!」
不意にこの様なタイミングでやって来るとは思えない様な呑気そうな女性の声に、萃香は思わずピタリと拳を止めてそちらの方へ振り向く。
銀時の方も物凄くバツの悪そうな顔で顔だけ振り向いた。
「も~あなたったらせっかく私が用意したお弁当持って行かずに戦に出掛けちゃうなんて酷いわぁ」
「誰があなただ! 前々から奥さんヅラで接してくるの止めろっつったろ! 周りが変に誤解するんだから普通に呼べ!」
「あら、あなたが私についてこいって言ったのよ? 男が女に対してそういうセリフを言うって事はもう求婚よね? それに私が応じたんだからあなたと私はもうその時点で結婚よね?」
「どうなってんのお前の思考回路!? ちょっと前に死体食ってウロウロしてるお前をただ拾ってやっただけだろうが! 新婚夫婦ごっこなんてしてる暇ねぇんだよさっさと帰れ!!」
突然と萃香と銀時の前に現れたのは長い金髪を優雅に流し、片手に布袋を持参している謎の女性。
この者、以前銀時が露頭を彷徨っていた時にうっかり拾ってしまった妖怪なのだが
それ以降何故か好意的に銀時の後をついて回り、おっ払おうにも払えぬ状態なのだ。
なぜ彼女がこうまで自分に懐いてしまったのかは銀時自身は知らないというのもおかしな話である。
ちなみに彼女の名は「八雲紫」というらしく、その名もまた誰が彼女に付けたのかわからないらしい。
「はいコレ、パンデモニウム」
「キシャァァァァァァァァ!!!!」
「だぁぁぁぁぁぁぁ!! 弁当ってそのグロテスクな化けモンだったのかよ! いらねぇよそんなの!」
紫が布袋から取り出したのはこれまた奇怪な生物、パンデモニウム。
何本の長い触指をガサゴソと動かす姿は虫にも見えるのだが、その顔面は地獄に堕ちた罪人の如く恐ろしい。
紫が両手で抱えなければいけない程の大きさを誇るそのパンデモニウムを見て、銀時はしゃがみ込んだ状態で指を突き付けながら怒鳴りつける。
「つーか俺が腹壊したのってお前が無理矢理俺にそれ食わしたのが原因だったんだろうが!! なんでそんなの持ってきたんだよ! また俺のナイーブな腹を下させるつもりか!」
「ええそうよ」
「ええ!? この子まさかの確信犯だったの!? だからあんな嬉しそうに俺の口にパンデモニウム突っ込んできたの!?」
こんな奇怪な虫を食べさせられたら誰だって腹を壊す、というより命の危機さえ覚えであろう。
だがそんなものを紫は嬉々とした表情で敢えて銀時をそんな目に遭わせるように無理矢理食べさせたいらしい。
驚愕する銀時に紫は話を始める。
「だってあなた、ここ最近夜の内に屋敷から抜け出してどこぞの女の所へ遊びに行ってるみたいじゃない? それって浮気よね? 絶対浮気よね? もしくはゲス不倫よね?」
「ゲス不倫って何!? 俺がどこぞの女と会ってようがテメェには関係ねぇだろうが!! 浮気も何も俺とお前は付き合ってもねぇんだし!」
「ひどいわぁ、もう随分と一緒にいる仲なのに……」
はっきりと交際を否定する銀時に紫はショックを受けたかのように顔を手で覆い悲しそうな目。
しかしすぐにケロッとした表情を浮かべて隣にいた萃香の方へ
「あなたはどう思う、鬼のお嬢さん?」
「全く酷い男だな、こういうのは抹殺するのが世の為だ、あ、そのパンデモニウム、食わないなら私によこせ」
「お前食うのそれ!?」
「ああ、妖怪にとってパンデモニウムはおやつみたいなものだからね」
蠢きながら金切り声を上げている不気味な生物を紫の手からヒョイとかすめ取ると、萃香は平然とした様子でそれを頭からガブリと噛みつき食べ始める。
バリバリと口の中で何度も噛み砕きながら萃香は改めて紫の方へ振り返る。
「それで、お前は何者だ?」
「この人の嫁です、夫がお世話になってまぁす」
「だから嫁じゃねぇって!」
「ああ、そうだわ。これつまらないものですけどどうぞ」
「お、酒かぃ?」
「あぁそれは俺が大事に蔵に隠してた!!」
萃香に丁寧に挨拶すると紫はニコニコ笑ったままパンデモニウムだけでなく別の物も萃香の方へ差し出した。
それは何の変哲もない酒の入った一升瓶なのだが、銀時はそれを見て顔を青くさせる。
「今じゃ絶対に入らない幻の名酒! 「幻想ごろし」じゃねぇか!! なんてもん鬼に上げようとしてんだクソアマ!!」
「どうせあのけだるそうな白髪女と一緒に呑もうとか考えてたんでしょうけど残念だったわね。あの女に呑ませるくらいならここで鬼にあげたほうがマシだわ」
「止めろぉ! その酒は! 伝説とまで呼ばれているその幻の酒だけは飲まないでくれぇ!!」
ここまで必死になっているという事は相当大切なお酒だったらしい。そんな半泣きの状態で叫んでいる銀時を無視し、萃香は「ほほ~」と機嫌良さそうに紫からその一升瓶を受け取る。
「聞いた事のない酒だが幻の酒とは興味深い、我々鬼は酒に目が無くてね。もしこれが私の舌を満足させる事の出来る上物であれば命だけは見逃してやらんでもない」
「命とかそんなんどうでもいいですから! どうか! どうかその酒だけは飲まないで下さい!!」
「はっはっは、もう遅いよ馬鹿め」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
珍しい上物の酒と聞いては、それを吞まぬなど鬼にとってはもってのほか。萃香は泣き叫ぶ銀時の声を肴に、意気揚々とその一升瓶に口をつけて一気にグビッと飲み干す。
そして次の瞬間
呑む体勢のまま萃香は後ろにバタン!と思いきり倒れてしまった、すると……
「Zzzzzzzzzz……」
口から寝息を立て、目を開けたまま完全に寝てしまった。酒を浴びる様に飲むことで有名な鬼が一升瓶一本で完全に熟睡するに至ってしまったのだ。
そして萃香が完全に眠ってしまった事を知ると、先程まで泣き顔だった銀時が「はぁ~あ……」とため息を突きながらけだるそうな表情を浮かべると、脱いでいた袴を履き直してスクッと茂みから立ち上がった。
「この程度の策も見抜けねぇたぁマヌケな奴だぜホント、ま、所詮鬼の中では新参者だからなコイツも」
「随分と長い芝居だったわね、これもあの人が考えた作戦なの? 源頼光さんの?」
「ああそうだよ、アレも物好きというか遊び好きというか……」
自分の主君をアレと呼ぶものの別に嫌悪が混じった感じではなく、少々呆れた様子で銀時は後頭部を掻きながら寝ている萃香の方へ近づくと、自分の腰に差していた刀を鞘からスッと引き抜く。
「さてと、パパッと終わらせるか」
「殺すつもり?」
「んまぁ殺した方が良いんだけどなぁ、けど痛い目に遭ったコイツを鬼の住処に帰した方が、鬼もビビッて人を襲う事無くなるかもしれねぇって頼光の奴が言っててよ」
「復讐でもされないかしら?」
「心配ねぇよ、そん時は」
紫との会話の途中で突如銀時は刀をヒュンっと縦に一振り。
しばしの間が置かれた後、萃香の赤い布切れが付いた方の大きな角がポロッと綺麗に取れた。
「鬼より恐ろしい夜叉が全員まとめて討伐してやるよ」
「あた頼もしい、さすがは私の旦那様」
「だから旦那じゃねぇって、俺はそういう所帯とかめんどくせぇの持ちたくねぇんだよ」
萃香の角を拾い上げて懐に仕舞うと、未だ寝息を立てて寝ている萃香の事など気にも留めずに、銀時は紫連れてさっさと山を下りて行く。
「ところであの白髪女の話なんだけど? 今度いつ会いに行くの? 私も連れて行って欲しいんだけど」
「ぜってぇ言わねぇ、それに言っておくけどお前の考えてる様な事はしてねぇぞ、俺はただお互い似たような境遇の身だから身の上話に付き合ってやってるだけだっての」
「あなたの口からだととても信じられないわ、だからその女に会わせて頂戴」
「しつけぇな本当に、何もねぇって言ってんだろうがコノヤロー」
疑り深そうにジト目でこちらを睨んでくる紫に、銀時は素知らぬ顔で流す。
山から下りても都に戻っても、二人が延々とこの件について話を続けるのであった。
しかしこの議論もすぐに何事も無かったかのように収まるであろう。
何故ならやがて時が過ぎ、なんやかんやあって二人は晴れて夫婦となるのだから
めでたしめでたし
「っという悲しい話が合ったんだよ、私に……」
「そら災難だったわね、てかなんでアンタが寝ている間のアイツと紫の会話までわかんのよ」
「後々紫から聞いたんだよ」
そして時は再び現代に戻る。
萃香の昔話を渋々聞いていた霊夢は腕を組みながら適当に答えてあげている中、一緒に聞いていた神楽とチルノは不思議そうに萃香を見つめる。
「結局お前、銀ちゃんに騙されて角取られてからどうなったアルか?」
「おめおめと命よりも大事と呼ばれている角を失くした私を、同志達が快く迎え入れてくれると思ったか? 鬼の里から追放されてそれから私は一生日陰者さね」
「あれ? でも今は角戻ってるじゃん? どうしたのそれ? 生えたの?」
「鬼の角は生えんよ、角を奴に奪われて数百年後だったかね……一人ぼっちでブラブラしていた私に紫の奴がひょっこり現れて取られた角を返しに来てくれたんだよ」
リボンの付いた方の角をさすりながら萃香は懐かしむ様に呟く。彼女にとって、否、鬼にとって角は命よりも大事と呼ばれている。
それを幾度も折ってしまっている銀時はまさに鬼より恐ろしい夜叉とも呼べるかもしれない
「でもアンタの話聞いて少し意外だったわね、アイツって昔は紫に対してツンツンしてたのね」
「私の悲劇の話よりもそっちの方が興味おありだったのかお前は」
「いやどっちも全然興味ないけど、まあアイツの昔の話とか全然知らなかったから」
自分の事より銀時の事に関心を持つのかと萃香は寂しげにガックリ首を垂れる中、霊夢はボソリと呟く。
「アイツってば昔から謎だらけなのよ、アイツだけじゃなくて紫もだけど」
「私がどうかした?」
「ってうおわぁ!!」
突如霊夢の背後からなんの前触れもなく現れたのは、先程話していた中で登場していた八雲紫本人であった。
萃香の話に出ていた時は安っぽい着物姿であったらしいが、今はすっかりきらびやかな服装に身を包ませている。
「いきなり出てくんじゃないわよアンタは! ったく何度も言わせるな!!」
「あらごめんあそばせ、呼ばれたような気がしたから」
「呼んでないわよ!」
現れた紫に対して霊夢はシッシッと手で追い払う仕草をするが、萃香は彼女を見て愉快そうに笑みを浮かべる。
「おお~懐かしき友よ、コイツは奇遇だ、一緒に呑まんかね?」
「あらあなたまたこっち来てたの、だったらまたあの人連れてくるから三人で飲みましょうか」
「ああ!? 私はあのバカに角を何度もへし折られたんだぞ!」
あの人、アイツと呼ばれているのは当然銀時の事であろう。
何百年経ってはいるがそれでもここ最近で二度も奴に角を折られているのだ。
萃香が嫌がるのも無理はない。
「酔ったアイツと一緒に呑むのはコリゴリだ!」
「まあまあそう言わずに、私がちゃんと真ん中に入ってあげるから」
「約束だぞ、アレがへらへら笑いながら私に近づこうとした時は間髪入れずにアイツを止めろ、息の根を」
「はいはい」
紫がブレーキ役を買って出ると萃香は案外あっさりとした感じで銀時を交えた飲み会を了承した。
すると萃香は重い腰を上げて立ち上がると、紫の方へ歩み寄る。
「それじゃあアイツの所へ案内してくれ、じゃあな霊夢、夜兎に妖精」
そう言い残すと萃香の前に紫の用意したスキマがぽっかり開き、彼女は何の躊躇も見せずにその中へと入って消えていった。
しばらくしてスキマの先から「げぇ! なんでお前が! 前の件はもう済んだだろ!」と聞き慣れた声が聞こえてくる。
「それじゃあ霊夢、虫ばかり食べてないで野菜とかお肉も食べなさいよ」
「食べようにも食べれないから虫食ってんでしょうが、今度あんたの所の式神に持って来させてよ」
「気が向いたらね」
「持ってこさせる気0でしょアンタ……」
こりゃまた当分虫だけの生活になりそうだなと、霊夢が諦めている間に、紫は最後に神楽とチルノに笑顔で手を振ると萃香が潜った隙間に入って消えてしまった。
それと同時に「紫ぃ! 俺謝ったのにコイツまだ根に持ってんだよ! なんとかしてくんないマジで!?」と先程の声が聞こえてきた。
「やれやれ、千年前は殺し合いする関係だったのに今ではすっかり飲み仲間って……」
ポリポリと髪を掻き毟りながら呆れつつも、あの三人が飲んでる姿を想像して思わずフッと笑ってしまった。
「ま、現代のおとぎ話は多少展開がマイルドになっていると聞くし、こういう結末もありなのかもね、どーでもいいけど」
長きに渡り深き因縁を持っていた鬼と夜叉は、一人の妖怪が仲裁役となった事で仲直り。
口論はするし時には殴り合いをするも、そこにはもう種族とか関係なくただの飲み仲間としての関係を築いていたのであった。
これで本当のめでたしめでたし