ある夜の事、アリス・マーガトロイドは人里へとやって来ていた。
目当てはやたらと変な歌を歌う事が好きな店主のいる屋台ではなく、そこから少し近くにあるかぶき町という場所。
本来人里というのは夜であること者は滅多にいなくなり静かになるものなのだがこの町は違う。
昼よりも夜の方が多く人で賑わい、やたらと官能的な店が立ち並ぶ異様な雰囲気の場所である。
妖しい店が立ち並んでいるせいか治安も悪く、ゴロツキや札付きのワルが喧嘩している姿を見る事は日常茶飯事。
賭場場や居酒屋で傷害事件が起きる事も少なくはない。
そんな危ない場所に何故アリスが一人ノコノコとやって来ているのかというと
「……何しにこんな所に来てるのかしらあの人……」
賑わう人ごみに隠れながらアリスは悟られぬよう誰かの後を追っていた。
彼女がここに来た理由は一つ、偶然にも人里で見かけた彼がこの町へ入るのを見かけたからだ。
「ここっていかがわしい店が多くて有名な場所よね、何が目的なの一体……まさか所帯持ちでありながら夜遊びとか……」
家庭を持っている彼が何故かぶき町などという危険な誘惑の多い所へ来ているのだろうか、居ても立っても居られなかったアリスは怪しむ様な目を彼の背中に向けながら何処へ行くのかと必死に追跡する。
だがそこで
「え?」
彼の姿が一瞬にして消えた、そして次に後ろから
「何やってんのお前? 一人でこんな所来たら危ねぇだろ」
「うわぁ!!」
いきなり彼こと八雲銀時は一瞬にしてアリスの背後に立っていた、彼女が両手を上げて驚くと、銀時は仏頂面で見下ろしながら髪を掻き毟る。
「まさかお前、金に困ってこんな所で夜の仕事とかやってるんじゃねぇだろうな? お前糸操れるらしいしアレか、SMプレイ的な?」
「してないわよ失礼ね! 私はただあなたの後を隠れてついて来ていただけよ!」
「ああ、やっぱあれって俺を尾行してたのか、なんで後ろでコソコソしてるのかと思ってたけど。言っておくがこの町入る前からずっとバレてんだよ」
自分の後を追っていた事に薄々勘付いていた銀時は死んだ目で彼女を見つめながら話を続ける。
「別に普通に話しかけりゃぁいいだろうが、なんで黙って俺の後をついて来んだよ? そんなんじゃストーカーになっちゃうよ?」
「誰がストーカーよ、私はもしかしたらあなたが変な店で遊んでるんじゃないかと思って心配で見に来たのよ」
「なんでお前が俺が夜遊びしてるかどうか心配になんだよ、紫ならともかくお前に心配される筋合いはねぇって」
「い、いいじゃない別に!」
頭の上に「?」を浮かべながらアリスの行動にいまいち理解できないでいる銀時に、彼女は不機嫌そうに顔を逸らしつつ、そっと目だけを彼に向けた。
「……それであなたがここに来た目的はなんなの?」
「俺はただ行きつけの飲み屋に行こうと思っただけだよ」
「……まさかそこの飲み屋に凄い美人な人がいるとか」
「いねぇよ、そりゃいたら嬉しいけど、あそこには老い先短いババァと団地妻みたいな猫耳妖怪がいるだけだって、飲み屋というよりほとんどお化け屋敷だなあそこは」
手を横に振りながらけだるそうに否定すると、銀時はアリスに背を向ける。
「まだ疑うってんならついて来いよ、ただし今度は隠れてじゃなくて堂々と俺の隣歩け、この辺物騒だから離れるんじゃねぇぞ」
「た、確かにこの町って変な輩が多いし……一人で帰るのも怖いし仕方ないわね……」
ぶっきらぼうな言葉の中にも一応気遣ってくれているのだろうと悟り、アリスは面白くなさそうな表情をしながらもすぐに彼を追って言いつけ通り隣を歩く。
夜のかぶき町を男女で歩くという事に若干の抵抗感を覚えるも、アリスはふと隣にいる彼の横顔を眺めながら顔をしかめる。
「大丈夫なの私と二人でこんな所にいて? 奥さんが知ったら怒るんじゃない?」
「大丈夫だって、別に今からお前といやらしい場所に行く訳じゃないんだし」
「い、いやらしい場所!?」
「長年連れ添っていれば大抵の事は笑って流してくれるモンなんだよ、あ、でも……」
いやらしいと聞いて思わず変な想像をしてしまって赤面するアリスをよそに銀時は顎に手を当て眉間にしわを寄せた。
「もし”アイツ”と一緒にこの町来てたらキレるかもな……紫はアイツの事まだ嫌ってるし……」
「……アイツ?」
「いやこっちの話だから、気にしなくていいから」
「アイツって誰? 女の人? 八雲紫が嫌ってるって事はあなたとその人何かあったの?」
「急に怖い顔してどうしたんだお前……あー紫と結婚する前にな、ちょくちょく会ってた奴がいたんだよ」
何故かこちらをキツく睨み付けながら尋問するかのように尋ねてくるアリスに少々ビビりながらも、銀時はちょっとした昔の話をしてあげる。
「俺と同じ不老不死で、似たような境遇だから何かと話が合う間柄の女でな、そいつに会う度に紫の奴が機嫌が悪くなる一方で大変だったぜホント」
「もしかしてその人ってあなたの……」
「…………」
「ちょっとなんでそこで目を逸らすのよ、私の目をちゃんと見れないの? 真実を話しなさい真実を」
「あ~もう! いいだろうが別に! お前には関係ないだろ! 一体何なんだよ急に!」
意を決してアリスが彼女について尋ねようとした時、銀時が気まずそうにゆっくりと目を逸らしたのをハッキリと確認した。いよいよもってコレは怪しいと、アリスは彼の袖を何度も引っ張りながら答えさせようとするが、銀時は声を荒げながら袖を引っ張るのを止めさせる。
「もしかしてお前、まだ例の件引きずってんの? だからちょっと意識しちゃってるんじゃないの? もういい加減忘れようよ、忘れた方が俺とお前の為になるから、これからは過去を振り返らずに未来へと羽ばたこうやお嬢さん」
「な! あなたにとっては忘れた方が為になるかもしれないけど! 私の場合はそうはいかないのよ!」
例の件というのはちょっと前に酒で酔い潰れた銀時とアリスが一緒の布団にいたという事件の事だ(その時何があったかは不明)。
しかしそれを忘れろと安易に言ってしまった銀時に、アリスは歩くのを止めて立ち止まると突然怒鳴り声を上げる。
「こちとらあなたのせいでずっと眠れない夜が続いているんだからね! 責任取りなさいよ! 自分には家庭があるからとかいって私から逃げないでよ!」
「い、いやちょっと待ってアリスちゃん、別にお前から逃げようだなんて人聞きの悪い……俺はただお前に重荷を背負わせたくないと思った上で忘れた方がいいんじゃないの?って言っただけであって……」
「いいやあなたは私にやった事を逃げようとしているわ絶対! 奥さんとか過去の女を出して私を遠ざけようとしている! 何よもうあなたにとって私は用済みだっていうの!? 使い終わったら捨てる! それがあなたのやり方なの!! そうやって一体あなたは何人の女を泣かせてきたの!」
「ちょっとぉアリスちゃん!? 酔っても無いのに急に暴走モード入るの止めて! しかもこんな人気の多い場所で!!」
徐々に目を濡らしながらこちらを激しく責め立てるアリスに銀時はあたふたしながら周りを見渡すと、案の定通行人がヒソヒソと話しながらこちらを注目している事に気付いた。
「わ、わかった俺が悪かったから! ちゃんと謝るから! だからちょっと場所移そう! ここは人目多いし周りに迷惑だから! もうちょっと人目が付かない場所に! な!」
「……じゃああそこ行きましょう」
「へ? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
とにかく事態を早く終わらせねばと場所を移す事に提案する銀時に対し、アリスは目を腕でこすりながらある方向を指差す。
指差した先にあるのはこのかぶき町でもかなりの大きさを誇る宿泊施設、名は『ガンダーラ・ブホテル』
「却下! あそこには銀さん行けません! アレルギーなんでホント!! ホテルと名の付くモンに近づいたら死ぬって医者に言われてるんで!」
「ほらやっぱり! あなたはただ私から逃げようとしか考えていないんだわ!」
「逃げてんじゃねぇよ! あんな所行ったらもう完全に奥さんに殺される!! あーもういいから俺について来い!!」
このままじゃ埒が明かない、そう思った銀時は彼女の手を取って無理矢理走らせる。
「こうなったらあそこに避難だ!」
「私を何処へ連れて行く気!? まさかどこぞの店に私を売り飛ばそうという算段じゃ……!」
「お前の中で俺ってどんだけ外道な存在なの!? もうこっちが泣きそうなんだけど!?」
手を持ってもまだ泣き声を上げながら喚いているアリスを銀時は人目を避けつつ必死に走るのであった。
数十分後、銀時はとあるスナックの横から2階へと続く階段を昇った先にある家へと辿り着いていた。
「おら着いたぞ、とりあえずここで一旦落ち着け」
「……どこなのここ?」
「俺が下の階でスナックやってるババァから借りてる部屋だ、基本ここで酔い潰れた時や紫と喧嘩した時はよくこっちで寝泊まりすんだよ」
部屋の中へと案内されて、アリスは若干腫れている目元をこすりながら周りを見渡す。
二つのソファ、事務机、壁に掛けられている掛け軸には『糖分』。あまり豪華な家具も置いてない所からして銀時の隠れ蓑みたいな場所なのであろう。
「なるほど、愛人を連れ込むにはもってこいの場所って訳ね、理解したわ」
「ううん全然理解してないから、銀さんの気持ち全然わかってくれてないから」
まだおかしな事を真顔で言うアリスに銀時は即ツッコミを入れると、台所から持ってきたコップに入った水を彼女に渡す。
「いやまあ忘れろとはもう言わねぇけどよ、悪いけど俺にはカミさんもいるからそこん所はキチンとわかって欲しいんだよ」
「……わかったわ」
「わかってくれたか」
「で? いつあの女と別れるの? 来年? 来月? 来週? 明日? 今?」
「わかってねぇじゃねぇか! ってか目怖ッ!」
銀時から受け取ったお水を一気飲み干すと、よどんだ目でこちらをジーッと見つめてくるアリスに寒気を覚えながらも、銀時は彼女をソファに座らせて、自分も隣に座る。
「はぁ~……どうしたもんかねぇ……」
「……そもそもあなた本当になんで八雲紫と結婚したのよ、相手はあの大妖怪よ、よく決心着いたわね」
「あ? なんでって言われてもな……コイツと一緒にいれば一生退屈しねぇかもなとか思っただけだよ、それに」
「それに?」
「……俺はアイツとは初めて会った時に初めて会ったような気がしなかったんだよな」
急におかしな事を言う銀時にアリスは「は?」と口をへの字にしながら首を傾げしばらく考えた後
「病院行く?」
「酷くないお前?」
「いやだって言ってる事意味わかんないし」
「だからなんつうかこう……現世じゃなくて前世の頃に会ってたような的な?」
少々照れ気味に銀時が言いずらそうにそう呟くと、アリスはしかめっ面を浮かべながら何言ってんだコイツといった感じで見つめる。
「前世? 前世って何? あなた前世の事覚えてる訳?」
「覚えてねぇよ、でもなんつうかこうたまにおぼろげに思い出す事はあるんだよ、こことは違うどっか別の場所で今とは違う姿でアイツと一緒にいたような……とにかくそういう事含めて俺はアイツの事ほおっておけねぇっつうか」
「はぁ~こりゃ相当重症ね」
「んだよ、また病院行けってか?」
「行かなくていいわよ、あなたの病気は病院じゃ治せないし」
言ってる事は相変わらず訳が分からないが、アリスはなんとなく彼が紫に対してどう思っているのかわかった。
それを知って更に彼女は面白くなさそうにため息を突く。
「あなた随分と八雲紫に骨抜きにされちゃったみたいね、そこまであの人の事を想ってるなんて。千年経っても冷めぬ恋とは恐れ入ったわ」
「別にそこまでアイツの事想ってねぇし、千年経っても一緒にいるのなんて、ただ離れる理由が無いから一緒にいるだけだし」
「素直じゃないわね、ま、そういう事にしておいてあげる」
フンと鼻を鳴らしながら言い訳する銀時、千年経っても未だこの感じである彼によく紫は付き合ってあげたモンだとアリスは内心感心した。
そしてアリスは水の無くなったコップを指でなぞりながらおもむろに呟く。
「前世に会ってました、だから一目見てすぐ好きになりましたなんて言い方されたら大抵の女の人はドン引きするもんなんだけどね」
「……いやアイツは多分、俺の前世の頃を覚えてると思う、だから最初から俺に妙に懐いてたんだろ」
「え?」
「アイツ自身はそんな事一言も言ってねぇが、たまに表情に出るんだよ、そういう時は俺を見てどこか懐かしむような顔で笑うんだアイツ」
銀時は合う前の紫の過去をよく知らない、何度か尋ねた事もあったが適当にはぐらかされるだけで彼女は多くを語ろうとしなかった。今になってはもう聞くだけ無駄だと察して、彼女の過去について気にはしてるものの追及する事は無くなった。
「俺の中で一番見ててつれぇのはあの顔だ。なんか腹ん中にあるモン全部ぶちまけたいのに吐きだしたら、俺が俺でなくなると思ってる様なそんな悲しい笑い方するのさアイツは」
我ながら何言ってんだという感じで銀時は頭をクシャクシャと掻き毟ると、改めてアリスの方へ振り返った。
「俺のつまらねぇ話はここで終わり、それでいい加減もう落ち着いたか? 丁度行こうと思ってたババァの店はこの下だし飲みにでも行くか?」
「そうね水飲んで少し頭も冷静になって来たわ、今更人の集まる場所で泣き出した事に後悔し始めた所よ」
「そいつは良かった、今度はババァの前でも泣かれたら俺が何かしたんじゃないかってあのババァにどやされちまう」
「したじゃない、現に」
「それはどうだかわからねぇだろ? もしかしたら何もして……あーもう何度もこの話繰り返すの飽きたわいい加減……」
そういえば会う度にこんなやり取りを繰り返してたなと銀時は思い出し、無理矢理話を切って立ち上がった。
「面倒事は酒飲んで綺麗さっぱり忘れましょうや、行くぞ」
「忘れる……? 私の事を……」
「おいまたメンヘラモードになるの止めろ、頼むから、300円分奢ってあげるから」
また彼女が虚ろな目をしてこちらに向かってブツブツと呟き始めたので銀時が焦り出す。
しかしアリスは先程とは違いフッと笑うとソファから立ち上がった。
「フフ、冗談よ、行きましょうあなたの行きつけの店とやらに」
「なんだ随分と機嫌よくなったじゃねぇか」
「まあね、あなたの秘密や恥ずかしい所をちょっと知れたからかしら?」
「誰にも言うなよ、霊夢にもこの事は言ってねぇんだから」
「さあ、どうしようかしらね」
からかう様にそう言いながらアリスは鼻歌交じりに歩きながら銀時と共に彼の隠れ蓑を後にした。
時刻は真夜中、空に昇るは半分の月。
玄関を出て戸を閉めると、銀時は真上に浮かぶその月を遠い目で眺めた。
「半月か……」
「そういやアイツがぼんやりと空を見て月を眺めている時はいつも半月だったな……」
「半月ね……」
銀時が月を眺めていた同時刻、八雲紫も自宅の屋敷の庭にてそれを眺めていた。
彼の言う通りぼんやりと、今にもその月を手で掴もうとするかのように、右手を月に向かって伸ばしながら
「……今夜はあの男は帰りそうにないですね」
さっきからずっと月を眺めている紫の下に背後から式神である八雲藍がやってくる。
「全く何処ほっつき歩いているんだか……少しは紫様の旦那だという事を自覚して欲しいモノです」
「いいのよ、たまには私から離れて羽を伸ばしたい事だってあるでしょうあの人も」
返ってこない銀時に呆れている藍に対して、紫は以前月を眺めたままの状態で返事をする。
「千年以上あの人に枷を付けて一緒にいてもらってるんだもの、たまには外して自由にさせてあげないと可哀想だわ」
「そうなんですか? 昔紫様とあの男が結婚する前は、あの男が別の女の所へ行く度に紫様はえらく激昂なされていたとあの男から聞きましたが?」
「まだ私が余裕を持ってなかった頃の話よ、気が気がじゃなかったのよあの頃は……」
我ながら未熟だったなと愉快そうに笑うと、紫は月に伸ばしていた手をスッと下ろして藍の方へ振り返る。
「寝床の準備して頂戴、今日はもう寝るわ」
「承知しました」
彼女の命令に藍は頭をささげるとそそくさと屋敷の方へと戻って行く。
それを見送った後、紫は再び天に昇る月の方へ顔を上げ
「……まあ今でもそんなに余裕持ってる訳じゃないんだけど、あの白髪女は見ててたまに腹立つ事あるし、けどあの人形師との戯れぐらいは許してあげるわね」
月に向かってそう言うと紫はクスッと笑う。
「半月が昇るとつい語りかけたくなるのはどうしてかしらね、私にとって月は複雑な感情しか抱かないのに、半分が黒に覆われ半分が輝くその見た目がそういった気持ちにさせるのかしら?」
尋ねる様にそう呟く紫だが月は当然答えない。ほとんど彼女の独り言ではあるが、彼女は更に言葉を付け加える。
「月は私から一番大事なモノを奪ったと同時に、私にとって一番大事なモノを贈ってくれた」
「そしてもう絶対に手離さぬようにと、あの人を鉄の鎖と枷を付けて傍に置きたがる私」
「やってる事はただの自己満足、けれど今度こそは二度と同じ過ちを犯したくないのよ私は……」
「マエリベリー・ハーンはもう二度と宇佐見蓮子を見殺しになんかしない」
実写銀魂のドラマの方(ミツバ編)観ました。
観た感想は実写化大成功だなと思います、いやもう再現度も凄いけど小ネタも面白かったし何より熱演してくれたキャストの皆様が素晴らしかったです。
近い内に是非映画の方も観に行こうと思います。