『侍の国』、私達の国がそう呼ばれていたのはもう昔の話
かつて侍達が夢を馳せた江戸の空には、今は異卿の船が飛び交う。
かつて侍達が肩で風を切り歩いた街には、今は異人がふんぞり返り歩く。
そんな世界で私達は出会った
侍も廃れ月の民達に支配されたこの江戸で
ひっそりと子供達に学を教え、剣術を教え、道を教える。
そんな変わり者な侍と
「蓮子、どう?」
「見えないわね、ガキ共がチャンバラごっこして遊んでるだけだわ」
宇佐見蓮子は大学が休みだという事を利用してマエリベリー・ハーン、通称メリーと共にとある場所へと電車を使ってやって来ていた。
そこは偉そうな月の民から隠れてひっそりと人達が暮らしてるかのような小さな田舎。
そしてそんな時代に置いてかれたかのような場所に、とある男が営む塾というのをバレないよう門の外からこっそりと蓮子は覗き込んでいた。
「教授の旦那がどんなもんかと思ってはるばるここまでやってきたのに、一体何処にいんのよその旦那ってのは……」
「ねぇ、私もう帰っていいかしら? 夏は暑いし外にいたくないのよ」
古い屋敷の中では子供達がキャッキャと木刀を振るっている、しかし探してる人物が見当たらない事に蓮子がイライラしている中、メリーは彼女の傍でしゃがみ込みながら疲れ切った表情でため息を突く。
「あなたの遊びに付き合ってあげるのは別にいいけど、まさかこんなへんぴな所に連れかれるなんて思いもしなかったわ」
「あぁ? 何言ってんのよメリー、隠された秘密を暴くのが私達「秘封倶楽部」のモットーでしょ」
「秘封倶楽部はオカルトやSFの謎を解明するサークルじゃなかったかしら?」
「なんでもいいわよ、とにかくあの教授の旦那であり、あのムカつく女の父親がどんなツラか一度拝んでおきたいじゃないの」
一旦覗くのを止めて蓮子は足元にいるメリーの方へ振り返る。
「だってあんな変人と結婚してなおかつあんな性格の悪いモンスターをテメーの金玉から生み出した男よ、アンタも気になるでしょ?」
「まあ、なくはないかしらね……ていうかあなた今なんて言った? レディーの身でありながら金玉とか言った?」
「それにしてもおかしな話よね、廃刀令のご時世に剣術をガキんちょに教えるなんて」
サラッと少女の口から放つには少々はしたない言葉が漏れた事にメリーがジト目でツッコミを入れるが、蓮子は気にせず自分の話を続けた。
「侍なんてもう時代遅れもいい所でしょ、今更教えてもらってもなんの役にも立たないし、やっぱ変人の旦那は変人って事かしら」
「というか子供に剣術とか教えて大丈夫なのかしら? 下手すれば反逆罪とみなされて月の民にしょっぴかれるわよ」
「いいわねそれ、出来るならば娘の方も一緒に捕まえて欲しいわ、捕まって即処刑でもしてくれたら尚更良し」
「あなた本当にあの教授の娘と仲悪いのね……」
「いけ好かないのよ本当に、はぁ~あ……なんであんな奴と同じ学年になっちゃったんだろ」
そう言いながら蓮子は再び屋敷の方へと目を覗かせる、だがそこで
「おい、そこで何してんだ」
「あん?」
不意に横から話しかけられて蓮子はそちらに振り返るとすぐに目を細める。
そこには今時珍しい着物を着た小さい子供が二人、目つきの悪い短髪と、礼儀正しそうな長髪の少年が怪しむ様に蓮子とメリーを見ていた。
「ウチの塾をコソコソと覗き込むするとは一体どういう了見だ、まさか幕府の役人じゃねぇだろうな」
「落ち着け高杉、この二人は見た所役人ではない、先生の娘さんと同じぐらいの年であろうし、もしかしたら娘さんの学友かもしれない」
「ケッ、あんな冷血女の学友? 桂、お前だって少しはまともに考えてみろ、アレに友達ができると思うか? 俺だったら毎日金貰ってでも遠慮する」
どうやら口の悪い少年の方が高杉という名で、彼をたしなめているのが桂という名前らしい。
蓮子は彼等の話を頭の中でまとめると、物凄い嫌そうな表情を浮かべる。
「私とメリーがあの女と学友? 冗談じゃないわよ、私がこのおんぼろ屋敷を見ていたのはここにうちの大学の教授の旦那がいるって教授本人から聞いたから興味本位で見に来ただけよ、そうよねメリー」
「私はあなたに無理やり連れてこられただけだけどね」
同意を求めて来た蓮子にメリーは嫌々顔で返事するが、蓮子は満足げに腰に両手を当てながら少年達を見下ろす。
「そういう事よ、ほらガキんちょ共はさっさとこのオンボロ邸で棒でも振り回して侍ごっこでもやってなさい、それかなんの得にもならない下らない講義でも受けてなさい」
「んだと! おい女! もう一度言ってみろ! 俺は侍ごっこなんてしてねぇ! 俺は先生の下で本物の侍とになる為にここに通ってるんだ!」
「今の言葉は俺も聞き捨てならん、早急に取り消してもらいたい。貧乏人であろうが落ちこぼれであろうが誰であろうと分け隔てなく金もとらずに勉学を教える立派な先生を侮辱されては、さすがに俺も黙ってないぞ」
「おーおーガキンちょ共がマジになっちゃって、もしかしてアンタ達本気で侍になるつもり? こんな時代でなに無駄な事してんのよ、親泣くわよ」
嘲笑を浮かべ小馬鹿にした態度を取って来た彼女に高杉も、そして桂までもが表情を険しくする。
蓮子にとって侍など時代遅れの遺物でしかない、そんなモノになる為にこんな所で稽古しているだなんてちゃんちゃらおかしいといった反応をしつつ、彼女はメリーの方へ目配せ
「ちょっと見たメリー、侍をバカにするとすぐに食ってかかるこのガキンチョ共の反応、この塾の先生の教育の賜物ね、一体どんな奴が教えているのかしら、私ならお金貰ってでもそんな教え受けたくないけど」
「まあ確かにこのご時世でやる事じゃないわね……でも」
全く悪びれない様子の蓮子に呆れつつも、確かに侍としての教育など今の時代では何の役にも立たないかもしれないと思うメリー、しかし彼女はふと考える
「選ばれた子供だけが勉学を学ぶ権利を得られるこんな時代に、どんな子供達にも教えを説くというのは少し興味あるわ」
「はぁ? アンタ何言ってんの!?」
「ほう、どうやらそちらの娘さんはちゃんとわかってるみたいだな」
「そっちのアホそうなネェちゃんと違ってな」
「誰がアホよ! 泣かすわよクソガキ!」
お返しと言わんばかりに高杉に嫌味を言われてキレる蓮子をよそに、桂はメリーの方へ向いて話を始める。
「数十年前に突如月からやって来た月の民に支配された事によって、出生率を低下させ、選ばれた者のみに教育を与え精神的に豊かな国民性を与えるなどという、この国の支配権を持つ月の民が無理矢理行った身勝手な政策をどう思う?」
「まああまり良い気分じゃないのは確かね、私と蓮子もその選ばれた側だけど、正直なんの面白味も感じれない事がほとんどだわ」
この国は豊かであるのは確かであるが、その代わりにこの国はとても大切な物を失ったような気がする。
桂の問いかけにメリーもキチンと子供相手に接するのでなく対等な立場で自らの意見を正直に出した。
「私がたまに面白く感じれるのは蓮子と一緒の時ぐらいね、私にとって蓮子は暗い世界の中で唯一導いてくれる光そのものだもの」
「よくもまあ本人がいる前でそんな恥ずかしげな台詞を堂々と言えるわねアンタ……」
「だって本当の事だし、あなたがもし男だったら異性として好きになってたかもね」
「はぁ~、そりゃようござんしたね……」
いつものほほんとしているメリーだが、たまにとんでもない事をなんの躊躇もせずに言う事があった。
それに対していつもドキッと反応してしまう自分に嫌気を感じつつ、蓮子は気まずそうに彼女から目を逸らす。
「で? ガキンちょは月の民によるその政策が間違ってるって言いたいの?」
「ガキンちょじゃない桂だ、選ばれた者だけが教育を受ける権利をもつなんてそんな不平等極まりない教えなど絶対に間違っている。だから俺達は日々先生の下で本当の教育を受けているんだ」
「月の民にでも知られたらガキ相手だろうが容赦なく反逆罪でぶち込まれるわよ」
「フ、覚悟の上だ」
鼻で笑い小生意気な態度を取る桂に蓮子はハァ~とため息を突いて頭に手を置く。
「なにが覚悟よガキのクセに、もういいわ、目当ての教授の旦那もいないし私達はそろそろ……」
「おや、何かお探しですか、お嬢さん?」
「!?」
何の気配も無く突然背後から話しかけられ、蓮子はビクッと両肩を震わすとすぐに後ろに振り返る。
メリーもまた彼女と一緒に後ろの方へと振り返ると、そこには着物を着た一人の男が静かに笑みを浮かべて立っていた。
「そろそろ来るんじゃないかと思ってました、私の妻の予想通りですね」
「妻!?」
「こんにちわ先生、今日はどこかへお出かけしていられたのですか?」
「先生!?」
目の前に現れた男に軽く会釈する桂を見て蓮子はすぐに気付いた。
ようやく探し人と遭遇できたことに
「もしかしてアンタがあの変人の旦那!?」
「はい、その変人の旦那です」
「てことはあの性格の悪い性悪娘を生み出したのはアンタの金玉!?」
「はい、私の金玉です」
「律儀に言わなくて良いのに……」
またしても蓮子が卑猥な単語を口走るにもかかわらず、男は微笑みかけながら肯定。
そんな彼にメリーはボソリとツッコミを入れる中、蓮子は出会ったばかりの相手をジロジロと眺めながら首を傾げる。
「そっかそっかアンタが侍という名の反乱分子を生み出している悪の親玉って訳ね、へぇ~」
「蓮子、あなたさすがに失礼すぎるでしょ」
「ハハハ、いいですよ別に」
蓮子というのは思った事をすぐ口に出してしまう悪い癖がある、その為他者と喧嘩に発展する事もしょっちゅうある。
それを知っているのでメリーはすぐに彼女をたしなめるのだが、男は別に気にしている様子はなかった。
「ですがお嬢さん、私は別に世に仇名すテロリストを育成する為にこの塾を開いているわけではないんですよ」
「じゃあ何の為にこんなへんぴな場所でガキ共に勉学教えてんのよ」
「さあ、なんででしょうね」
「はぁ!?」
こちらの問いかけに誤魔化すつもりもなく、本当にわからないような口振りで男は苦笑する。
「実の所、ここで子供達に教えを説くというも私の気まぐれから始まった事でしてね。最初は生徒は娘一人だったんですが、いつの間にかこんなにも増えてしまって正直私も驚いてるんですよ」
そう言って男は高杉と桂の方へ目を向けると微笑みかけ、そしてまた蓮子の方へ振り向く。
「ただ強くなりたいと望むやんちゃな子と子供でありながら立派な志を持つ子、教える側としてはこれがまた大変なんですよね、色んな子が相手となると教え方もそれぞれなので、その点に関しては私よりも妻の方が得意だと思うんですが、どうなんですか?」
「いやいやアレも大概よ、いきなり講義中に訳のわからん薬を出して生徒を実験台にするのよ、私なんか何度被害に遭ったか」
「そうですか、いかにも彼女らしい。私と娘もしょっちゅう飲まされます変な薬。厠で虹色のウンコが出た時はさすがに困り果てました」
「身内も巻き込むとかとんだマッドサイエンティストね……」
笑顔を浮かべながら末恐ろしい体験談を語る男に蓮子は頭を抱えながらも話を続けた。
「アンタのウンコが虹色になったのは置いといて、実際の所アンタは何者なの? ガキンちょを侍にする為に剣術を学ばせたり、アンタ自身はその侍なの?」
「さあどうでしょう、そもそもあなたの知る侍とはなんですか?」
「侍は侍でしょ、武士道だのなんだの建て前つけて、刀とか振って敵を斬り殺すとかそういう野蛮で古臭い生き物の事でしょ」
「フフ、確かにそういう輩もいますが、私が思うに武士道とは侍というのは刀を使うからとか忠義を貫き人に尽くすとかだけでないと思うんです」
蓮子のストレートな回答に笑いつつ、男はふと自分の屋敷内で木刀を振るって稽古している少年達に目をやる。
「弱き己を律し強き己に近づこうとする意志、自分なりの美意識に沿い精進する、その志を指すんだと思います」
そう言って男はまず桂の方へ目をやり
「だから勉学を歩み少しでも立派な志を本物に変えようと努力するこの子も」
続いて高杉の方へ目を向け
「少しでも強くなりたいと思い、この道場へと赴き何度も私の娘に挑み続けるこの子も、もう私にとっては立派な侍です」
そう言ってくれた男に対し桂と高杉が少々照れ臭そうに目を背ける。
侍というのは見た目だけで表せるモノではないという事だ。
「例え氏や素性が知れなくても、例え護る主君も地位も無くても、それぞれの武士道を掲げ、それぞれの侍になる事は出来る」
こちらに向かって一歩前に進む男に蓮子は思わず身構えるが
「そんな彼等を一人でも多く見届けるのが、もしかしたら私の掲げた武士道なのかもしえれない」
男はただ彼女の肩に静かに手を置いた。
「侍というモノをもっと知りたいのであればこの門をくぐってみて下さい、もちろん強要はしませんよ」
「へ、誰がそんな勧誘なんか……」
「あ、そういえばもうすぐウチの娘が帰って来るんでした、どうですかお嬢さん。彼女の稽古を間近で見てみるというのは? もっとも彼女は木刀ではなく別の得物を使うんですがね」
「ゲ! アイツがここに来るっていうの!?」
「そりゃあ彼女の家はここですから」
「なるほどねぇ……」
最初はやんわりと断ろうとする蓮子であったが、彼の娘がもうすぐ到着すると聞いて目の色を変えると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「アイツの稽古の見学なんて興味無いわ、けど直にアイツと直接やり合わせてくれるなら一回ぐらいここに入ってもいいわよ?」
「おいお前! あの女と真っ先にやるのはいつも俺だって決まってんだよ! 横入りしようとすんな!」
「黙ってなさいクソガキ、アイツを負かすのはこの私よ、それで先生さんよ」
「はい、どうしました?」
駆け寄って来た高杉の抗議を無視して、蓮子は男に向かって口を開いた。
「私剣術とかそんなの一回もやった事ないから、アイツが帰って来るまでにちょっと教えなさいよ。こう見えて物覚えが早くてね、5分で免許皆伝の域にまで到達してやるわ」
「ほほう、そうですか私に教えてもらいたいと……ではまず一つ目」
得意げに楽勝だと言ってのける蓮子に、男はニコニコと微笑んだまま彼女の頭上で拳を掲げると
「半端者が出来もしない大口を叩くなど100年早い」
「ぶべら!」
彼女の頭をコツンと叩いたと思った瞬間、突然地面に深々と突き刺さってしまった蓮子。
頭だけ地面から出した状態で、頭にぷくーと大きなたんこぶを作ると彼女はそのままガクッと項垂れて気絶する。
それを見てメリーは慌てて蓮子の方へ駆け寄る。
「だ、大丈夫なの蓮子!?」
「あなたはどうしますか?」
「え?」
「彼女は私の娘とやり合いたいという目的があるようですが、あなたには何かここで得たいモノがありますか?」
「私がここで得たいモノ……」
急にそんな事を言われてメリーは口をごもらせる。
しかし先程桂という少年の話を聞いたからか、メリーは少々この男に対して興味が湧いて来ていたのは確かだ。
どんな人間にも教育を受ける権利がある、一昔前はそんな事が当たり前だったのに、今では自分達の様な才能ありと認められた者しか教えを受ける事が出来ない。
メリーは知りたかった
こんな下らない世の中にまだまだ興味を持てるモノがあるのかを
「蓮子と違って剣術には興味はないわ、けどあなたの授業なら聞いてみるのも悪くないかもしれない」
「そうですか、ならコレを……」
男はスッと懐からある物を取り出す。
それは今の時代とは思えない妙に古ぼけた本……
「松下村塾へようこそ、私はあなた方の先生となる八意松陽≪やごころしょうよう≫です」
これが私達と先生との出会い
先生は彼女が後に彼となるキッカケを作り
私が後に人間を捨て長い時間を駆け巡る事になった原因を作った人。
けどその事については私は先生を責めるつもりは毛頭ない。
何故なら先生がそうせざるを得ない状況を作ったのは
他でもない私のせいなのだから
第二章はこれにて閉幕です、最後の最後にこういったエピソードを書かせていただきました。
この話だけタイトルがバラバラになってないのはまだ世界が歪んではいなかった頃の話という意味です。
そして次回からはまた歪みに歪んでしまった世界からスタート。蓮子ではなく銀さんの物語が再度展開されます。
次回からはなんでしょうね、とあるスタンド使いやその主であるスタンドとかが出てきたり、妖怪の山でおかしな神社があるみたいなので銀さん達が出向くみたいです。
それでは