アリス・マーガトロイドは人里でひっそりと開いているミスティア・ローレライの八目鰻専門の店で飲んでいた。
「愛するって決めたから~愛して~♪」
「相変わらず騒々しい店主ね」
「お客さん、知りませんか? コレ最近人里で流行ってる歌なんですよ? 小栗なんとかって人から教えてもらいました」
「え、ちょっと待って、その人幻想郷に来ちゃったら色々とマズいんじゃないの? 芸能界にとって大いなる喪失じゃない」
お酒を飲んでる最中でも勝手に歌を歌い続ける店主、ローレライに相槌を打ちながらアリスはふと隣の席へ目をやる。
「今日は家帰らなくていいの?」
「お前は気にしなくていいんだよそんなの」
そこに座っているのは八目鰻をつまみにしてグビグビと焼酎を飲む八雲銀時。
死んだ目はどこか虚ろになっており、顔も少々赤くなっている所から察するにかなり飲んでるみたいだ。
「最近さぁ、妖怪の山に変なのが棲みつくしやんになっちゃうよな~ホント、幻想郷を管理してるこっちの身にもなってくれよ~」
「管理してるのはあなたじゃなくてあなたの奥さんでしょ?」
「俺だってさぁ大変なんだよ色々と、昔の知り合いがスタンド化してクーデターかまそうとするわ、嫁さんの友人がそのスタンドに惚れるわで散々なんだよ、誰でもいいからあの長髪電波バカを成仏させてくれないかな~?」
「誰よ長髪電波バカって……」
酒に飲まれた様子で銀時が愚痴をこぼしながらカウンターにテーブルを頬杖を突いていると、アリスと普通に会話している様子を見てミスティアが「あらあらあら」と呑気な声を上げる。
「お二人さん、前に店来た時より随分と雰囲気変わったみたいだね、前は気まずそうにしてたのに」
「ああもういいのよ、吹っ切れたのよ私達」
「ほうほう」
何やら探り出そうとして来る彼女にアリスは手を横に振りながらシラっとした表情で顔を上げる。
「私達もうこれから周りにオープンしようって決めたのよ、もう誰にも後ろ指差されずに二人で一緒に生きて行こうと決めたの」
「ほほ~」
「待ってアリスちゃん、俺その生き方全く知らないんだけど? 二人で生きて行くってどこで決まったのそれ?」
「結婚してようがそんなの関係ないのよ、大事なのは有耶無耶にして真実を隠す事だったの。だから今後は周りにひけらかすぐらいの勢いで前向きに交際しようと決めたのよ」
「決めたのよじゃねぇよ! 勝手に決めんな銀さんの人生設計を!! んな真似したらマジで紫に殺されちまうだろうが! もしかしてお前また酔ってる!?」
日本酒の入ったコップ片手にはっきりとした口調で決意めいた事をカミングアウトするアリスだが、その顔は真っ赤だ。
どうやら銀時と一緒に飲んでる内に彼女もまた酒に飲まれてしまっているらしい。
身も蓋もない事をあろう事か口の軽い店主に行ってしまう彼女に、酔いも忘れて慌てて銀時が制止する。
「頼むからさ~お友達の関係で行こうよ俺達、一線超えたらもう何もかもパーだよ? ウチのカミさん本当に怖いんだからね? 今はそうでもねぇけど昔は本当に嫉妬深くて凄かったんだぜ」
「何よそれ、そんな事で私が諦められる訳ないでしょ、なんなら今から奥さんここに呼びなさい。あなたに代わって私が別れるようにビシッと言ってあげるから」
「お前会う度にどんどん積極的になってない? ったくカミさんなんて呼べる訳ねぇだろ、もしこんな所で出くわしたら一巻の終わり……」
「はぁ~い、こんな所にいたのねアナタ」
「……」
ふと隣から千年以上聞き慣れている声が飛んできた、その瞬間銀時の酔いは一気に醒めて大量の冷や汗が流れ落ちる。
振り返りたくないと思いながらも体が勝手に動き、プルプルと震えながら銀時がそちらに振り向くと
「私もあの人と同じ奴で」
「へい、八雲の奥さん」
「でぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
いつの間にか自分の隣の席に座り、この状況下でニコニコと笑いながら店主に注文する八雲紫がそこにいた。
今この状況で銀時にとって最もエンカウントしてはいけない相手である。
「なんでお前こんな所に!?」
「あらヤダ、ここ私とあなたの行きつけの店じゃない? よく二人で来てるでしょ」
「いやそうだけども何故この最悪のタイミングで……!」
「妻がいる事に都合が悪いタイミングってどんな時かしらねぇ」
こちらに対して紫は妖艶な笑みを浮かべながら銀時の反応を楽しむかのように見つめて来る。
言葉を失いどう答えればいいのやらと銀時がしどろもどろになって明らか焦っていると、紫とは反対方向、つまり銀時を挟んで座っているもう一人の人物であるアリスが目を据わらせたまま彼女の方へ見を乗り上げる。
「あらあなたの所の奥様じゃない、よくもまあノコノコと私の前に顔出せたわね」
「ちょ! お前何言って!」
「なんならここで決着つけてやるわよ、ほらかかってきなさいよコラ」
「薬に長けた魔法使いが、お酒如きに飲まれてしまうなんて情けないわねぇ」
早速先制攻撃と言わんばかりに噛みついて来たアリスに、紫は特に怒りもせずに淡々とした口調で受け流すと、銀時の方へチラリと目を向ける。
「あなたもあまり飲み過ぎないでね、毎度毎度酔っ払ったまま家に帰って来られると困るんだから」
「お、おう……あれ? 怒ってないの?」
「怒って欲しいの?」
「いや全然……」
「ならいいでしょ別に」
紫は至って落ち着いた態度で咎めもせずにミスティアから酒の入ったコップを受け取ると、心なしか不安そうにこちらを見つめている銀時に話を続ける。
「今の私はあなたがそうやって私以外の女性とこんな飲み屋で密会してる事なんかよりも、もっと大切な事で頭を痛めてるのよ」
「いや別に俺は密会してる訳じゃ……え? 頭を痛めてるってどういう事? まさか慰謝料の計算とかそんなんじゃないよね?」
「密会じゃないわよ、周りにバレようがもうどうでもいいのよ私達、何故ならこの人はあなたなんかよりも私を選んだのよ! どうだ参ったかフハハハハハハ!!!!」
「オイィィィィィィ!! もう完全にキャラ崩壊してんじゃねぇか!! 一旦飲むの止めようアリス! そのコップをカウンターに戻せ! 300円上げるから!」
並々酒が注がれているコップを持ちあげながらゲラゲラと笑い出すアリスの両肩を掴んで必死に抑え込みながら、銀時は疲れた様子で紫の方へ振り返る。
「……それで、なんかお前あったの?」
「あったの?ってあなただって知ってるでしょ? 幽々子と彼の事よ」
「ああ、ヅラとアイツの事か……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!! こんな所で私を抑えつけて何する気よ! 私達の家に帰るまで待てないのこのけだもの!」
「お前頼むから落ち着け! 今大事な話してる所だから!」
西行寺幽々子と桂小太郎の事、紫がその件で頭を抱え込んでると聞いて大体銀時は察した。
ジタバタと暴れ出して変な事を叫び続けるアリスの頭を乱暴にカウンターに抑え込みながら銀時はため息を突く。
「まあ確かにありゃあ惚れる相手間違えてると思うよ俺も、ただ部外者の俺達が止めておけと言ってもあの世間知らずの箱入りお嬢様が聞く耳持つと思うか?」
「変に頑固な所あるからね幽々子は、けど長い付き合いの私でもあの子が異性に興味を持つなんて初めての事だわ」
「まあ生前からずっと箱入り娘だって聞くしな……あの時代の女ってのは男を初めて知るのは嫁いだ時ってのがほとんどだったし」
「そうね、私も知ったのはあなたと結婚してからだし」
「なら私も嫁いだモンよね! 何故なら私はあの日あなたと初めてを……!」
「今のお前は話に加わるな、ややこしくなるから」
西行寺幽々子の時代と言えば千年前だ、その頃の女性の価値というモノは今の時代とは随分と違う。
紫もその時代から生きていたので、生前誰の家にも嫁ぐ事無く死んでしまった幽々子を少々不憫に思っていた節がある。
余計な事を言い出すアリスの首根っこに腕を巻き付けて締めながら、銀時は眉間にしわを寄せた。
「男に対する免疫がねぇせいであんな悪霊なんかに惚れちまったのか? ったくよりによってなんでそれがヅラなんだよ」
「霊同士だからいいんじゃないかとも考えられるけど……私としては素直に応援できないわ、相手が彼だし」
別に恋愛するのは勝手だが相手はキチンと選んで欲しいというのが友人である紫の思いであった。
桂小太郎という男は自分を討ち取って幻想郷を支配せんと企んでいる超危険な悪霊だ、あんなのと結ばれては後々面倒な事になるのは確実、下手すれば友人同士で対立する事だってあり得る。
紫が悩んでいるのはまさにそこであった、桂が幻想郷で革命を起こそうと企まずにただなんの事件も起こさずにひっそりと暮らしてくれるのであればそれでいいのだ。彼が改心して恨みを撒き散らす悪霊としての生き方を止めさえしてくれば、素直に幽々子の背中を押してやってもいいのだが……
「そうはならないでしょうねぇ、相手はあの外の世界でも有名な性質の悪い悪霊だもの」
「無理無理、幽々子に負けじとヅラも昔から筋金入りの頑固モンだからな。とりあえず今は様子見で見守っていようぜ、もしかしたらその内、ヅラのあの痛々しいキャラに愛想尽かしてくれるかもしれねぇしよ」
「そうなってくれれば幻想郷の管理者としても、西行寺幽々子の友人としても喜ばしい事なんだけどねぇ」
こうしてただ悩んでいても何も変わらない、今はとにかく長い目で彼女達を見届けてやろう。
銀時のその意見に紫は素直に頷いていると、彼女の前にミスティアがつまみの八目鰻をスッと差し出す。
「なんだか随分と込み入った話してますね~、ただ私から言わせてもらうとですね、男と女の関係なんてそんな小難しく考えなくてもいいと思いますよ? 今後どうなるかなんて神様だってわからないんですから、大切なのは今その人にとっての幸せとはなんぞや?って事ですし」
「鳥妖怪はシンプルな頭してて羨ましいわ、確かに彼女が幸せになってくれるならそれはそれでいいけど……」
彼女から受け取った八目鰻を箸で口に入れながら紫はチラリと銀時に抑えつけられているアリスの方へ目をやる。
「例えばこの子が幸せになるにはまず私という邪魔者が消えればいいって事でしょ? でも私にとってそんな事は絶対にごめんだわ、私はこの人と別れるつもりなんか出逢った時から一度たりとも考えた事すらないんだから」
「……嬉しい事言ってくれてありがと」
「なんでよ別れなさいよ! あなたがいなければ私達は幸せになれるのに! いつまで正妻気取ってんのよ!」
「死ぬまでよ、いや死んでもだけど」
あっけらかんとした感じで結構恥ずかしい事を平然と言う紫に、銀時が頬を引きつらせながら苦笑していると、彼に拘束されているアリスが真っ赤な顔を出して抗議してくる。
それに対して紫はあっさりとした感じで返事しつつ、話を続けた。
「つまり誰かが幸せを得るには、他の誰かが不幸な目に遭う必要も時にはあるって事、幽々子だけの幸せを願うのであれば、今後危険分子となり得るあの男を野放しにするというリスクを幻想郷の管理人である私が背負わなきゃいけない。人生とはそう簡単に物事を判断してはいけないのよ鳥妖怪さん」
「へへ~、八雲の奥さんも苦労なされてるんですね~、旦那さんとは大違い」
「ああ? 俺だって苦労してるわ現在進行形で」
ピシャリと紫に言われて後頭部を掻きながらどさくさに自分の事をディスるミスティアに、銀時は未だ興奮気味のアリスを押さえながらしかめっ面を向ける。
「こちとらオメーが呑気に鰻焼いてる間にもずっとコイツの介抱してやってんだぞ? 嫁さん隣にいる状態で別の女の面倒も見なきゃいけないというこの緊迫した緊張感の中でそれを行う事がどれ程大変なのかわかってんのか?」
「ねぇ~今日はもう遅いから帰りましょ~? 私とあなたの愛の巣へ、ウヘヘヘヘ……」
「絡み酒の次は甘え酒かよ……コイツも忙しい奴だな全く」
さっきまで紫に対して敵意むき出しでいたにも関わらず、今度はこちらにベッタリと体を密着させながら甘ったるい事を言い出すアリス。
完全に我を失っている様子の彼女に銀時はやれやれと思いながら、彼女の肩に手を回して席から立ち上がる。
「紫、俺ちょっとコイツ家に帰してくるわ」
「あなたとその子の愛の巣へ?」
「ただ家に送るだけだっての!」
「冗談よ、けど念のために言っておくけど間違いは起こさない様にね」
「当たり前だろうが、ったく……送り終えたらまたこっち戻って来るからな、それまでここにいろよ」
「ええ、待ってるから」
トロンとした目でずっとこちらを見つめているアリスを立たせてあげながら、銀時はちゃんと紫に報告と確認を取った後、おぼつかない足取りで彼女の家のある魔法の森へと歩いて行ってしまった。
あっさりと彼がアリスを家まで送る事を許した紫は一人、店主から渡されたおかわりの焼酎を受け取る。
「いいんですかー? 旦那さんを別の女と行かせちゃってー? 下手すれば朝まで帰って来なかったりして」
「……別にそれはそれで構わないわよ」
「え?」
「言ったでしょ、人が幸せに得るには誰かが不幸になる事だってある」
注がれた酒を一口飲むと、コップをカウンターに置いて紫は静かにミスティアに呟いた。
「私はね、あの人があの人なりの幸せな生き方があるならば、その贄としてどれ程の不幸のどん底の突き落されようと構わないのよ」
ほんの少し寂しそうな目をしながら、紫はフッと笑う。
「それぐらいの事をあの人にしてあげないと、私は何時まで経っても”教授”に顔向けできないわ」
「……教授?」
「……口を滑らせたわね忘れて頂戴、どうやら私も少々酔いが回ってきたみたいね」
首を傾げるミスティアにポロッとつい余計な事を言ってしまったと紫は反省しつつ会話の流れをそこで止めた。
「とにかく私が旦那が幸せに生きてさえいれればそれでいいのよ、その為なら不祥事の一つや二つ見逃してあげるって事」
「うへー、歌舞伎役者の奥さんみたいですねー。大事な人が幸せに生きてさえいればそれでいいか……そういや前にこの店に来てくれたお客さんも似たような事をご友人に語ってましたねー」
「へぇ、なんだか私とウマが合いそうね、どんなお客だったのかしら?」
「えーとですね~、この店には極まれに足を運んでくれるお客さんなんですけど」
お客の事を平気で他のお客にも言ってしまう事でどこぞの鴉天狗からも気に入られてるミスティア。
そんな彼女がいつも通りの様子で紫に対してそのお客の事を教えてあげた
「アレですよアレ、おたくの旦那さんと同じく不老不死だとかで有名な”藤原妹紅”さんです」
「……」
ヘラヘラと笑いながらミスティアがその”名前”を出すと。
紫の表情からは笑みが消え、そして目にあった光も消え去り、八目鰻を取ろうと伸ばしていた箸がピタリと止まった。
「……あの女が私と同じ事を?」
「ええ、寺子屋で先生やってるご友人に対して酒飲みながら言ってましたよ~」
「……あの女、あの女が……」
「あり? どうしたんですか奥さん?」
その名前を聞いた途端、急にブツブツと呟きながら項垂れる紫に、ミスティアがどうしたんだと思ってると。
紫は突如バン!と両手でカウンターを強く叩きながら立ち上がると、向かいに立っているミスティアに対して無理矢理作ったかのようなぎこちない笑みを浮かべた。
「大事な事を三つ教えてあげるわ、一つはあの人が未来永劫私の傍にいてくれれば、彼がどこぞの女と遊ぼうが構わない。二つ目、けどこんな私でもただ一人だけどうしてもあの人に近づいて欲しくない女がいるのよ……」
「あーそれってもしかしてー?」
「三つ目、私の前であの忌々しい女の名を口に出さないで頂戴……」
常に陽気なミスティアでも思わずゾクッと身震いしてしまうぐらい、今の八雲紫はまさに幻想郷の支配者が持つオーラを纏っていた。
何があったか知らないが紫にとってその女の名前を出すだけでもタブーであるらしい。それを彼女の作り笑顔から察したミスティアは恐る恐る頷く。
「へ、へぇ~わかりやしたー。次からは気を付けまーす」
「ありがと、理解の早い店主で助かるわ。それと一つお願いがあるんだけど」
紫はまだ黒い笑みを浮かべたまま彼女に対して警告する様にジッと見つめる。
「もし今の私の事を他のお客に言ったら……二度とその口が開かなくなるよう縫い付けるわよ? そうなりたくないならその小さなおつむにちゃんと刻んで置きなさい……」
「ラ、ラジャー!!」
額から汗を流しながら慌ててビシッと敬礼するミスティア
幻想郷の支配者として君臨する大妖怪・八雲紫。
彼女の恐ろしさの片鱗をその身でしかと感じ、絶対に言わないと心の底から誓った。
怖いモノ無しの大妖怪でも、絶対的に相性が悪い人物はいるという事である。
最近暇さえあれば年甲斐もなくポケモンのアニメ観たりしてます。
サトシも好きですけどやっぱりロケット団が一番好きです、特にコジロウ。