こっちの方が銀さんと上手く会話させやすいので
「何この不気味な生き物?」
「地獄行った時の土産」
ある日の昼下がり、人里にて八雲銀時は偶然出会ったアリス・マーガトロイドと歩きながら彼女にとあるモノを渡していた。
つい先日に八雲紫と共に地獄へ赴き夫婦観光を堪能した時に手に入れたお土産だ。
銀時から受け取ったモノをアリスは訝しげな様子で、手の平でプルプルと震えるその奇怪な生き物を見つめる。
真っ白な体と小さな耳、物凄く細い手足、そして夢に出て来そうな黒い目と黒い口。
どこぞの誰かが適当に描いたというのは不気味過ぎるその生き物はアリスの手の平で蠢きながら
「……にゃー」
「にゃーって鳴くって事は一応猫なのかしら?」
「そうみたいだぞ、名前は確か『猫好好≪まおはおはお≫』つってたな」
「にゃー……」
「なんか異様に声が低くてますます不気味ね……」
猫好好、中国語という事は中国の生き物なのだろうか?と疑問に思いつつ、アリスはそれを手の平から地面に置いてみると、自分の足下へ歩み寄りながら無言でこちらを見上げ始める。
「……なんかこっちずっと見てるんだけど」
「気に入られたんじゃねぇの?良かったな、そいつ気に入った相手なら3日ぐらい絶対に離れないらしいぞ」
「にゃー……」
「え? てことはこの不気味な見た目をした生き物はこれから3日間ずっと私につきまとうって事?」
「にゃー……」
「あのさ、地獄に行った事は良いとして、どうしてこんなモノを土産に寄越すのよ」
自分のブーツにスリスリと頬ずりを始める猫好好に急に寒気を感じつつ、ムスッとした表情で銀時の方へ顔を上げると彼は「あー」と呻きながらポリポリと頭を掻き
「なんか閻魔様が現世の地獄の補佐官に貰ったみたいでよ、なんでも天国に住むとあるアホ神獣が創造した生物らしいんだけど、いらねぇからあげるって閻魔様から貰ったモンなんだよ、そんで俺もいらねぇからお前にあげる」
「いらないモノをたらい回しにされた結果私の所にやって来たって事!? 土産というより厄介払いじゃないの!」
「にゃーご……」
土産と聞いてほんの少しだけ期待した自分がアホらしいと思いつつ、アリスは足元ですり寄って来る猫好好をジト目で見下ろしながらハァっとため息。
「まあ害は無いみたいだから別に良いけど、ていうかその天国に住むアホ神獣とやらはどうしてこんなモノを創ろうと思ったのかしら」
「さあな、偶然の産物か、はたまたその神獣のセンスが壊滅的かのどっちかだろ」
「少なくともコレを創造する時点でまともじゃないのは確かだわ」
銀時とアリスが一緒に歩き出すと猫好好も黙って細い4本の足を使って後ろからついて来る。
本当に付き纏って来るんだ……と思いつつ、アリスは土産の事は置いといて銀時に口を開いた。
「それで夫婦水入らずの観光はどうだったの?」
「基本視界に映るのはお子様には到底お見せ出来ない様なグロデスクな景色ばっかりだったな」
「そりゃ地獄だから当たり前でしょ、そうじゃなくて」
顎に手を当てながら地獄での光景を思い出す銀時に、アリスはバツの悪そうな顔をしながら再度問いかける。
「私が聞いたのは地獄で夫婦で巡って楽しかったのかって意味よ」
「楽しかった? 一応は仕事として行っただけだし場所が場所だし楽しむ所もねぇよ、ただ久しぶりに二人で長々と話す事が出来て良い機会だったのは確かだわ」
「ふーん……家じゃあまり話す機会ないの?」
「いやあるにはあるけどよ」
紫と仲良く話せた事に満更でもなさそうな彼の態度に、悶々とした気持ちになるのを抑えるアリス。
そんな彼女の心情にも気づかずに銀時は話を続けた。
「家にはアイツの式神がいるし外に行っても霊夢とかがいるし基本的に二人っきりの空間を作る事はあんまねぇから、二人だけで話す機会は最近めっきり減ったな」
「それっていわゆる倦怠期って奴かしら?」
「そういう訳じゃねぇって、もうかれこれ千年連れ添ってるから言葉使わずとも大体相手の事はわかるんだよ」「言葉じゃなくて心で通じ合ってるって感じって奴? 私にはわからない領域ね……」
流石、千年もの長い間夫婦の関係を築いて来ただけあって妙に達観している。
こんなちゃらんぽらんな見た目をしているクセに、妻にはキチンと愛情持っているのかとアリスは複座な気持ちで理解しながら顔を背けた。
「それじゃあこうして私と二人っきりで人里を練り歩いてちゃいけないんじゃないの」
「いいんじゃねぇの? 俺が何処で何しようがアイツはとやかく言わねぇからな、俺が数日家空けてる時があっても特に気にしてる素振りも見せねぇし、お前や霊夢とかと飲みに行った事話しても、「あらそうだったの」ってあっさりとした感じで答えるだけだし」
「霊夢はあなた達の娘みたいなモンだからいいけど、間違いがあったかもしれない私と一緒に飲んだ事を聞いても得に反応しないってのはちょっと引っかかるわね……」
紫の中では自分はどんな存在なんだろうか、自分の旦那とこうして堂々と人里を二人で歩いてる事に何の文句も無いのであろうか……
「もしかして私だったら彼を奪われる心配はないと確固たる自信を持っているのかしら……なんだか少し腹が立ってきたわね」
自分等もはや敵ではないという正妻の余裕という奴かもしれない、そう思うとアリスは段々苛立ちが募り始める。
「いっその事、不義の子を産んで一泡吹かせて……」
「そういう企み事は心の中で呟いてくんない? 流石に俺も薄々お前が俺の事をどう思ってくれてるかはわかってるけど。頼むから変な真似はするなよ」
「ねぇ、不死者と魔法使いって子供出来るの?」
「どストレートに聞いて来たよ、もはや隠す気無いよねそれ?」
どうも一度でも冷静さを失うとなりふり構わなくなるというか……真顔でとんでもない事を聞いて来るアリスに銀時は呆れながら、彼女にその問いに一応答えてあげた。
「少なくとも俺と紫じゃそういうのは出来なかったし、やっぱ種族が違うと難しいんじゃねぇの?」
「つまり不死者は同じ不死者としか子供を作れないって事でいいのね、 それで不死者ってどうやればなれるのかしら、資格とか必要なの? 専門学校はどこにあんの?」
「お願いアリスちゃんいつもの君に戻って、不死者とかそんな就職気分でなれるモンじゃねぇから潔く諦めて下さいマジで」
段々目つきがヤバくなってきた事に銀時は危機感を覚えつつ、彼女の肩に手を置いてなだめながら別の話題に切り替える。
「そういや不死者で思い出したけどよ、基本的に紫は俺がどこの女と遊んでようがなんの文句も言わねぇんだけど、ただ一人の女の事にだけは敏感に反応して俺の事をネチネチ責めて来るんだよな、俺と同じ不死者の女なんだけど」
「え、そうなの? てことはその女は正妻であろうと油断できないという相手って事?」
「昔は俺も紫の事を邪険に扱っていた時があって、そん時にそいつと出会ったんだよ」
あの八雲紫でさえ脅威と思っている人物、一体何者であろうか……
アリスが少し気になり、是非参考がてらにその銀時と同じ不死の存在の女の事を聞こうかと思っていたその時
「……あ」
隣りを歩いていた銀時が突然ピタリと歩みを止めた。
口を開けて何かをヤバいのと遭遇したかのような表情をしている彼の様子に、アリスはおもむろに彼が向いている方向に目をやる。
するとその視線の先にいたのは……
「よ、久しぶり」
白髪の頭に大きなリボンを付けた仏頂面の女性が銀時の方へ近づくや否や、スッと手を軽く上げて挨拶。
そんな彼女に銀時は肩をビクッと震わせた後
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「へ!? ちょっとどうしたのよ急に大声出して!」
隣りにいたアリスが驚くほどの大声を上げながら一歩下がって現れた女性から距離を取ると、慌てた様子で銀時は周りをキョロキョロと見渡し
「来るぞ! 一体どっから紫の制裁が!!」
「落ち着けよ、そもそもお前とこうして顔を合わせることが出来るって事はまだアイツも気付いてないって事だろ。気付いてれば顔を合わせる前に私をスキマを使って別の場所に移動させてる筈だし」
とち狂ったように紫が出てくるのを待つ銀時に対し女性の方は至って冷静な様子で肩をすくめると、ふと彼女はアリスの方へと目をやる。
「ところでそのお嬢さんはどちらさん? もしかしてあのスキマ妖怪と別れてこの女と縁を結んだとかじゃないよな?」
「そんな訳ねぇだろ! 俺と紫は今も昔も変わらず順調そのものだよ!」
「今はともかく昔は違うだろ、少なくとも昔はあの妖怪よりも私の方になびいてた筈だし」
ムキになって否定する銀時に対し女性は長い髪をサラッと手で払いながらはっきりと否定の否定。
それを聞いてアリスは耳をピクリと動かしていち早く反応した。
「どういう事? もしかしてこの女とあなたって過去に色々とあったという事なの?」
「い、いや確かに色々あった気もするけど……ほらさっき言っただろ、紫の奴が唯一俺の傍に近づけたくない不死者の女がいるって、それがコイツだ」
「えぇ!? この女がさっき言ってた人!?」
「なんだ私の話してたのか、やっぱりちゃんと忘れてなかったみたいだな私の事」
「忘れられる筈ねぇだろうが、俺と同じく不老不死にして今じゃ名家の血を最も濃く持つ娘……」
アリスに指を差されながら銀時が自分の事を話していたと聞き、満更でもなさそうに後頭部をかく彼女に銀時が冷や汗を掻きながら呟く。
「名は藤原妹紅、似たような境遇だったせいですっかり気が合って長い間つるんでた事のあるお前には、紫と結婚してからは色々と複雑なモンがあるんでね……」
「他人行儀みたいにフルネームで呼ぶな、気分が悪い。昔みたいに妹紅で良いって」
「そうだったな、もこたん」
「その呼び方は止めろ、燃やすぞ」
腕を組みながらこっ恥ずかしい昔のあだ名で呼んできた銀時に即座に訂正を促しつつ、妹紅は顔をしかめて腰に手を当てて睨み付ける。
「こっちは何度もお前の顔でも見に行こうとしていたんだが、毎回の如くあのスキマ妖怪に邪魔されててな。なんとかアイツの隙を突いて会うことが出来たけど、どうやら昔と変わってないみたいだな、いつも通りの腑抜けた顔だ」
「ったりめぇだろうがこちとら年取らねぇんだよ、オメェだって何も変わってねぇじゃねぇか。どうせ昔と変わらずタケノコばっか掘り当ててんだろ」
「私は私でちゃんと変わってるさ、ちょっとばかり前に初めて友人が出来たしこうして人里に赴く機会も増えたしな」
「友達って何? もしかして竹林に住んでるあの引きこもりの事?」
「私がアレを友人と称する機会があると思うか? アレは昔と変わらず私の敵のまんまだよ、今も定期的に殺し合ってる」
久しぶりに再開できたのを機に、二人で長々と語り出す銀時と妹紅。
そんな光景を目の当たりにしたアリスは、自分がすっかり蚊帳の外にされている事に気付きムッとした表情を浮かべる。
「いやちょっと待って一体なんなのこの女、あなたが昔この女とつるんでた事があったのはわかったけど。要は元カノみたいなモノでしょ? 今はあなたちゃんと所帯を持っているんだし、そんなあなたにどうしてこの女は馴れ馴れしく話し掛けることが出来るの?」
「なにを嫉妬してんだか、私がコイツと仲良く話してようが他人にとやかく言われる筋合いは無いだろうに。そもそもお前こそ本当になんなんだ、コイツの愛人かなんかか?」
「あ、愛人じゃないわ……アリス・マーガトロイド、森に住む魔法使いよ」
銀時との話の途中で脇からブツブツ呟く彼女に気付いて、妹紅がぶっきらぼうにこちらに向かって言葉を投げかけると、アリスもまた不機嫌そうな顔をしながら負けじと名を名乗った。
すると妹紅は目を細めながら彼女の足下にまだいた奇怪な生き物・猫好好を見下ろして
「魔法使いねぇ……そんでその足元にいる気持ち悪い生物がお前の使い魔かなんかか? 変な趣味してるなホントに」
「んにゃー……」
「違うわよ! コレはただこの人が地獄からのお土産として持って来てくれたのよ! この人が直接私の為に贈ってくれたの! 羨ましいでしょ! どうだ思い知ったかこの元カノ!」
「いや全然羨ましくもなんともないんだが? それとさっきから私の事をコイツの元カノ扱いしてるみたいだが、それは大きな間違いだとこの場で言っておく」
どうだ参ったかと言わんばかりに胸を張って答えるアリスに、低い声で鳴いている猫好好を見下ろしながら妹紅は静かに首を横に振って見せた後、銀時の元カノ扱いしてくる彼女に訂正を促した。
「私は元カノじゃなくて今カノだから」
「い、今カノ!? ちょっとあなた奥さん一筋だと言っておきながらそんなふしだらな関係を!!」
「違う違うコイツとはもうそういう関係じゃねぇって! ホント今は何も無いから!」
「確かに今は何も無いな、「今」は」
問い詰めて来たアリスに銀時が必死に手を前に出しながら激しく否定すると
意味ありげな事を言いながら妹紅はズボンのポケットに両手を入れながらニヤリと笑って見せる。
「だがいずれは私の下へコイツは帰って来るんだ、不死者である限り私達はその運命からは決して逃れられないのさ」
「おい妹紅、お前まさかまだ昔の事を……」
「へ、私はあのスキマ妖怪にただちょいとばかりの間「貸してる」だけさ」
きっと銀時は自分の下へ戻って来ると確信した表情を浮かべながら妹紅は顔を上げる。
「なあ銀時、久しぶりにお前と出会えた事をお祝いに、たまには昔話にでも花を咲かしてみるか? そこの愛人候補にも是非聞いてもらいたいしな、私とお前の話を」
半ば楽しげな様子でそんな事を言い出す妹紅に、銀時は頬を引きつらせながら無言で固まってしまうのであった。
今明かされる、二人の不死者のお話
猫好好のデザインが知りたい人は名前で画像検索してみて下さい。
ただし、その画像を見て呪われようとも自己責任でお願いします。