八雲銀時がまだ坂田銀時として源頼光の家来として妖怪共と戦っていた頃
彼は藤原妹紅と知り合った。
出逢いのキッカケは覚えていないが、お互いに不死者だという事で自然とウマが合い、彼女の住処にしょっちゅう遊びに行くことが増えて行った。
妹紅もまた無下に追い出さずに自分の家に彼を泊めてやり、時にはこっちから誘う事もあった。
周りが変化する中で自分だけ何も変わらないという不死者特有の孤独感
同じく不老不死であり、自分の心情を唯一理解できる存在である銀時に、彼女が徐々に惹かれていったのはそう長い時を要する必要は無かった。
最初の頃は毎日の様に銀時は彼女の家にやって来て会話をしたり食事をしたり、酒を飲み交ったり、一日中二人で寝っ転がってたりと
ずっと一人で生きて来た妹紅にとっては悪くない生活を謳歌していた。
しかしここん所最近、銀時が自分の所へ遊びに来る事がめっきり減ってしまった。
どうして遊びに来ないのだと不満を募らせてつい久しぶりにやって来た銀時に怒鳴り散らした時に彼女は気付く。
最初に彼と出逢った頃から数十年。
孤独だった自分にとって特別な存在だった彼は
同時にまた自分の中に「寂しい」という気持ちを思い出させてくれた大切な人だったという事に
これは妹紅の家に銀時が、”坂田銀時”として最後に立ち寄った時のお話
「随分と久しぶりに寄って来たな、もう来ないと思ってたぞ」
「悪いな、こっちはこっちで色々と忙しい事になってたんだわ」
竹林に奥深くにポツンと建っている小さな小屋が妹紅の寝床。
彼女の家に長い間隔をあけて遊びに来た銀時は、入って早々ため息を突きながら床に胡坐を掻いて座る、
「相変わらず殺風景な住処だなオイ、『週刊鳥獣戯画』とかぐらい置いとけよ」
「私はそういうの興味ないの昔から知ってるだろ、それより今回は何しに来た?」
「お前の家に来る事に理由なんか必要だったか? まあ今回は確かにあるっちゃああるんだけどな……」
顔をしかめながら向かいの壁に背を預けながら座った妹紅に対し、銀時はゆっくりと重い口を開く。
「……結婚する事にした」
「ふーん、相手は誰だ、私も知ってる奴か?」
「前に何度も会った事あるだろ、紫だよ紫、八雲紫」
「へぇそいつは驚いた、てっきりお前はあの妖怪の事を嫌ってると思ってたのに」
「まあ出会い始めた頃は心底ウザったらしくて仕方なかったのは確かだな」
彼が結婚すると聞いても不思議とショックはなかった。こんなにも長い間遊びに来なかったしきっと何処かで自分よりももっと特別な存在と出逢えたのだろうと思っていたからである。
しかしそれがあの自分に対して何かと敵意を剥き出してくる金髪の妖怪だという事を彼の口から聞いた時は、流石に目を丸くさせて少々驚いたリアクションを取る。
「あの妖怪は勝手にお前の家に住み付き、勝手に自分の事をお前の妻だと自称していた痛い奴だった筈、良くあんな奴と結婚しようと思ってたな、何か脅されたか?」
「脅されてなんかいねーよ、俺がアイツを嫁にしたいと思ったのは紛れもなく本心だ」
「……私に対してはそうは思わなかったのか?」
「答え辛ぇ事を聞いて来んな、お前はお前で俺の中では特別だったよ。ただ紫はな……」
遠慮せずに素直に思った事を口にして来た妹紅に対し、銀時はバツの悪そうな顔で髪を掻きむしる。
「アイツの顔見てるとよ、どことなく変な感じがするんだよ、まるで遠い昔に出逢った様なそんな気が」
「おかしな事を言って適当に誤魔化すつもりなら燃やすぞ」
「おかしな事ねぇ、確かに俺自身もなんでアイツに対してこんな感情が芽生えたのか不思議で仕方ねぇよ」
妹紅からすれば自分と別れる為のでっち上げに聞こえるが、銀時自身はそういうつもりではないらしい。
「徐々にアイツといる内に、たまにアイツの姿が違って見える事があったんだ。今のアイツじゃなくて、まるでアイツがガキだった時のような姿によ、そん時のアイツを見ているとこう、護ってやりてぇって思いが不思議と沸き上がるんだ」
「……作り話じゃないよな?」
「正真正銘俺がこの目でハッキリと見た事実だってぇの、多分俺はガキの頃のアイツとどこかで会ってたのかもしれねぇな、記憶はねぇが俺の魂にそう深く刻まれてるのは確かだ」
「記憶には無いが魂に保管されている思い出……全く奇妙な話だな」
聞けば聞く程不思議な話だ、妹紅は腕を組みながら首を傾げた後、はぁ~とおもむろに深いため息を突く。
「そんな事でお前がアイツに惚れたのか? 案外チョロいんだな」
「それだけじゃねぇよ、なんつうかアイツはずっと俺の後をウロチョロしながらついて来たり、色々とテメーなりに考えて一生懸命俺に尽くそうって頑張ってたしな、ここらで褒美の一つでもやろうと思ってよ」
「褒美ねぇ……こんなにもウマが合う私を差し置いてあの女と結婚か」
「オメェと俺は結婚するって感じじゃなかっただろうが、狭い家の中でダべりながら愚痴を言い合ったりする関係が丁度良いんだよ、俺とお前は」
「まあな、私も冗談で言ってみただけだよ」
そういう銀時に妹紅も肩をすくめて苦笑する。
彼の言ってる事に関してはどうも信憑性が無いが珍しくふざけた態度ではない、つまり本気であの八雲紫とかいう胡散臭い妖怪と所帯を持つと腹をくくっているらしい。
「わかったよ、あの妖怪と結婚するというなら勝手にするがいいさ」
「お前には悪いと思ってるよ」
「気にするな、どうせ相手は妖怪といえど寿命は存在する、つまりあの八雲紫もいずれは死ぬ」
「へ?」
あっさりとした様子で銀時の結婚を認める妹紅ではあるが、彼女の口から何やら不吉な言葉が……
「アイツが死んだらまた私の所に戻って来い、そん時は同じ不死者として、またこうして二人で語り合おう」
「おいおいどんだけ先の事を考えてんだよ……言っておくがアイツは妖怪の中でもかなり特別だからな、寿命も相当長ぇぞ」
「それでも長い時を生きる私達に比べれば些細な時間だ、だから待ってるよ、それまではしばらくお前の事をあの妖怪に貸しておいてやる」
「いや貸される覚えはねぇんだけどこっちは」
意地の悪い笑みを浮かべる妹紅に対し、銀時はしかめっ面を浮かべながらボソリと呟く。
それからしばらく二人で談笑した後、銀時は妹紅の家を後にした。
そしてそれから銀時は、彼女の所へ赴く事は二度となかった。
しかし妹紅は彼が来なくなっても不思議と寂しさは感じなかったのである。
何故ならもうしばらく時が経てば、彼が必ずここへ戻って来ると信じていたからであった。
「っとまあそんな訳で、つまり私はコイツをただあの妖怪に貸してやってるだけだという事だ」
そしてそれから千年後。
幻想郷に移り住んだ妹紅が銀時と再び再会する事となった。
事の顛末を銀時と一緒にいたアリスに長々と語り終えると、話を聞いたアリスの方は眉間にしわを寄せてボソッと
「なんか色々と長ったらしい回想流してたけど、要するにこの人にフラれたって事でしょ」
「違う断じてフラれてない、貸してるだけだ」
「まずその貸してるって表現が何処かおかしいわよね? ただの負け惜しみにしか聞こえないんですけど」
「負けてない、最終的に私が勝つ」
アリスの冷静な指摘に対し妹紅は表情は仏頂面のままだが声からして少しイラついている様子。
それをすぐに察した旧姓・坂田銀時、八雲銀時は頬を引きつらせながら慌てて二人の間に入った。
「ま、まあまあその辺にしておこうよお二人さん達~。アリスちゃんもどうしたの急に~? そんないきなり噛みついちゃ相手に失礼でしょ?」
「噛みついてないわよ、妄想へ逃避している失恋女の顔面に現実叩き付けてやってるだけ」
「だから少しは言葉選べってつってんだろが!」
腕を組みながら冷めた視線を向けてくるアリスに銀時は叫んだ後、クルリと踵を返して妹紅の方へ
「お前もさぁ、えーそのなんというかその……いや久しぶりに会えた事は俺も素直に嬉しいよ? でも言いにくいんだけどこっちはもうかれこれ千年近く夫婦生活を営んでおりまして……だからその~いい加減俺の事は諦めてくれないでしょうかねぇ……」
「諦めたらそこで試合終了だってどこぞの偉い神様も言ってたらしいぞ」
「いやそれ神様じゃなくてデビル!」
シレっとした表情で答える妹紅にツッコミを入れながら、銀時は辺りをチラチラと伺った後、そっと彼女の方に顔を近づけで小声で話しかける。
「それに紫の奴がそろそろお前に気付くかもしれねぇだろ? 面倒事になる前にさっさと俺から離れろ、もしお前と一緒にいる所をアイツにバレたら、俺まで巻き込まれんだから」
「私よりまず自分の保身を考えるのは相変わらずだな、流石二人の女を天秤にかけるようなゲスの極みは格が違う」
「そんな酷い事言わないでここは昔のよしみとして銀さんの頼みを聞いて……」
眉一つ動かさず冷たくそう言い放ってくる妹紅に銀時は胸にグサリとキツイ一撃を浴びせられた様な感覚を覚えつつも、そこはなんとか堪えて頑なに動こうとしない妹紅を説得しようと試みる。
だが
「あら、昔のよしみとして一体何を頼もうとしているのかしら? 久しぶりに会えた事をお祝いにどこぞの宿で休憩しようとか? 妻たる私の目の前で?」
「いやいやそんな事頼む訳ねぇだろハニー、紫の奴が俺達が一緒にいる事に気付いてブチ切れる前にさっさと……」
背後から聞こえたとても長く聞き慣れた声が聞こえたのでつい反射的に返事をしながら振り返る銀時であるが……
そこに立っていたのはこちらに菩薩の様に優しく微笑みかける八雲紫の姿が
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! オボロロロロロロロロロォ!!!」
「奥さんの登場にいきなり吐いた! どうしたのよ一体! そこまで怖れていたというの!?」
一番この状況を目撃して欲しくない彼女が既に現れていた事に、銀時はショックのあまり突然自分の足下に向かって嘔吐。
明らかな彼の動揺っぷりにアリスが思わず驚いていると、紫はゆっくりと彼等の方へと歩み寄り
「ちょっとばかりお昼寝してたせいで監視を怠っていたわ、まさかこの人に直接接触するまで近づいて来るなんて、余程未練がましいみたいね」
「監視? もしかして常日頃から私が何処にいるのか能力使って調べていたのか? はん、昔から本当に気持ち悪い趣味してるな」
「趣味じゃないわ、誇り高き幻想郷の管理人としての立派なお仕事よ、既婚者の男に近づく危険な輩は徹底的に排除するのは常識でしょ?」
「そこの魔法使いはどうなんだ?」
「彼女はいいの。どこぞの女狐と違って可愛げがあるから」
「まさか嫁さん公認の愛人候補か? なら私もエントリーしていいだろ?」
妹紅は変わらず仏頂面で、紫はニコニコ笑ったまま言葉を突き返すという光景を見せつけられてアリスが額から汗を流しながらどうすればいいのか困惑していると
ニヤリと笑って余計な事を言ってしまった妹紅に対し、紫は笑顔を浮かべながら両目を開ける。
その目は決して笑っていなかった。
「ほざくな白髪頭、不死者なのを良い事にその五体を那由他の数まで千切り食ってやろうか」
「ようやく本性を現したな妖怪、それにしてもお前いつになったら死んでくれるんだ? そろそろ借りたモンを返して欲しい所なんだがね、なんなら今ここで私が直接殺してもいいってんなら」
「……やってみろ、この人里で血を流す行いをすればそれだけで重罪、例え元人間といえど幻想郷の管理人としてその罪に制裁を加えることが出来る事を、一度やられた貴様がゆめゆめ忘れた訳ではあるまい」
「え、前にも一度会ったの……!?」
いつものおっとり口調ではなくドスの低い声をしながら挑発的な妹紅を軽く脅して見せる紫。
彼女の口から放たれた言葉に、アリスはつい声を出して目の前で項垂れている銀時の方へ歩み寄った。
「……もしかして前にもこんな事あったの?」
「……す、数百年前に妹紅の奴がフラリと幻想郷に引っ越してきた時の話だ……あの時はマジで死ぬかと思ったぜ、俺が……」
「なんであなたが!?」
「必死にコイツ等を止めようとしてたら何度も巻き添え食らって……」
「不死者のあなたが死にかける戦いってどんなレベルよ……!」
予想だにしていたことが起きてしまってすっかり元気のない銀時の話を聞いてアリスは戦慄していると
その過去にとんでもない大喧嘩を始めた二人がジリジリと歩み寄る。
「あの時はこっちがやられちまったが次はどうなるかはわからないぞ?」
「夫の温情によって竹林の隅に住まわせてやることを許可したというのに二度も私に歯向かうつもり? 親子そろって恥さらしも良い所ですこと」
「……相変わらず人が一番頭に来る事を平然と言えるんだな」
「そっちこそ、見てるだけで頭に来るわ」
「ちょ!ちょっと待ちなさいあなた達! まだこんなに人もいる中であなた達が戦いでもしたら巻き込まれるじゃないの!! 少しは頭冷やして落ち着きなさい!!」
激突間近の雰囲気がピリピリと伝わってくる中で、アリスがなだめに入ろうとするもやはりまともに話しを聞いてくれる様子はない。
どうすればいいのかと彼女はチラリと助けを求めるかの様に銀時の方へと振り返るが
「じゃあ俺ちょっと一人で飲み行ってくるんで、後はお好きにどうぞ」
「ってコラァ八雲銀時! なにこの不穏な空気漂う中で一人だけトンズラかまそうとしてるのよ!」
「うるせぇコイツ等の喧嘩に巻き込まれるのはもうゴメンだ! 銀さんは平和に生きたいんだよ!」
「元はと言えばあなたのせいでしょうが! 逃げるな無責任男!!」
こちら手を振りながら背中を見せると、一気に駆け出して逃げようとする銀時の後襟を、間一髪のタイミングで掴んで見事彼の逃亡を阻止するアリスであった。
次回、修羅場編・夜の部、開幕
遂に顔を合わせてしまった妹紅と紫
自分を取り合う二人に銀さんが出した答えとは……?