「勇者ヨシヒコと魔王カズマ」の方もよろしくお願いいたします!
松下村塾にある居間にて彼女は布団の上で静かに眠っていた。
筈かにスースーと寝息を立てている事から生きているのがわかってホッとする。
連絡が来てすぐさま様ここへとやってきたメリーは
こちらがどれだけ必死に走ってやって来たのも露知れずに、蓮子は一時の安らぎを得たかのように眠っている。
「あらもう来てたの、早いわね」
自分達しかいなかった居間に襖を開けて女性が気の抜けた調子で入って来た。
八意永琳
八意松陽の妻にして蓮子やメリーの大学で教授を務めている女性。
いつもけだるそうな感じでしてる割には危険な実験を繰り返す常習犯であり、その度に蓮子が実験台として酷い目に遭わされている。
しかし今回ばかりは彼女も神妙な面持ちで震えるメリーの隣にゆっくりと座った。
「彼女の病名は”アルタナ欠乏症”」
「アル……タナ?」
聞き覚えの無い病名にメリーが困惑していると永琳は眠っている蓮子に目を細める。
「地球にはアルタナという大地の生命エネルギーの事、この星では龍脈と呼ばれてるんだったかしら? 彼女は生まれつき大地から発生するアルタナを取り込んで生命活動を維持する特異体質だったのよ」
「じゃあどうして蓮子はこんな風になったんですか……」
「地球のアルタナは今”月”の管理下にある、本来発生するべき地球のエネルギーを牛耳ってよりここの生命体を支配する為にね」
アルタナ、龍脈、大地の生命エネルギー……様々な言葉がメリーの頭の中でグルグルと駆け巡っている。
蓮子は今苦しんでいる、そのアルタナというエネルギーを体に取り込めないから、そして取り込めなくなったのは月が地球のアルタナを統治する様になったから……
「蓮子は……蓮子は助かりますよね? 大きな病院に行けばきっとな助かりますよね……」
「……残念だけど地球の病院でどうこう出来るモノではないわ、だから私がここで診ているんだもの」
「教授が診てくれれば助かるんですか……蓮子は助かるんですか?」
「……助からないわ、私の役目はせいぜい苦しみを和らげる為の治療薬を施す程度よ」
「!」
何度も助かるのかとすがる様に弱々しく呟くメリーに、隠し事もせずにハッキリと辛い現実を突き付ける永琳。
その言葉を聞いてメリーの頭の中は真っ暗になる、震える体が一際大きくグラついた。
「アルタナというのは、月の方達に頼めば提供してもらえるんですか?」
「止めて置いた方が良いわね、連中は地球人の話なんか聞く耳持たないと思うわ、彼等にとって地球は研究所・地球人はただの実験動物に過ぎないんですもの、せいぜい貴重なアルタナ生命体として彼女を死ぬまで実験体にさせるだけよ」
「じゃあ何か! 何か蓮子を救える方法は無いんですか!?」
「……無いわね、この子はもう数日で体内の残り少ないアルタナを使い果たして死ぬ」
「死……」
聞きたくなかったその言葉を聞いてメリーは抗う事の出来ない絶望を覚えた。
目の前が真っ白になり思考も完全に停止
今目の前で静かに眠る少女があと数日で……
自分にとって最も大切な友達が……
「貴女がやるべき事は、この子の最期を見届けてあげる事でしょうね」
「私……私は……蓮子……蓮子……!」
「背筋伸ばして前を見なさい、この子の姿をしっかりとその目に焼き付けてあげて」
不思議と涙は出なかった、深い悲しみに打ちしがれている筈なのに
メリーがただ虚ろな目で求める様に蓮子の名を呟き続けると、永琳がふぅっとため息を突く。
「……ウチの娘も流石に落ち込んでたわ、本人は絶対に認めないだろうけど、あの子にとって貴女達は数少ない同年代の友人だったみたいだし」
見るからに気が狂いかけているメリーを宥める華の様に彼女の頭に手を置いた後、スッと立ち上がる。
「あの子と二人で、彼女の最期の時間を支えてあげなさい、私や夫も出来る限りの事はやってあげるし塾の子達もきっと協力してくれる」
「……」
「頼んだわよ、メリー」
そう言い残すと永琳は静かにその場を立ち去った。
残されたメリーはただ目の前で眠っている蓮子を食い入るように見つめながら
彼女にそう遠くない場所から死が迫っている事を受け入れたくないと全力で拒否していた。
「蓮子は助かる……きっと助かる……この子がそう簡単に死ぬ訳ないじゃないの……」
自分にそう言い聞かせながらギュッと拳を握り
その目から徐々に光が失われつつあった。
松陽に今晩はウチに泊まりなさいと言われたがメリーはそれを断って帰路についていた。
トボトボとおぼつかない足取りをしながらどこへ向かっているのかも正直定かではない状況で
ただどこから何か幸運が巡って来るんじゃないかと淡い期待を寄せながら歩を進める。
「どうして蓮子が……どうしてこんな事で死ななきゃならないのよ……こんなの現実じゃない、ただの夢よ……」
長い髪を揺らしながら首を左右に振って歩くその姿は傍から見ればお化けかなんかと誤解してしまうかもしれない。
しかしメリーは他人にどう見られようがこれっぽっちも気にしてない様子で、ただ頭の中でずっと早くこの悪夢が覚めて欲しいと願い続けていた。
「目が覚めたら蓮子はきっといつも通りに戻ってる……またいつもの様にふざけた調子でバカな事やって……それに私が呆れながら疎めて……そして松下村塾のみんながまたやってるって笑い出す……その後ろで先生が見守るように立ってて、先生の隣にいるあの子が私達を見てけだるそうに髪を掻き毟って……それで最後に教授が変な薬を持って来て蓮子に無理矢理飲まそうとする……ハハハ」
我ながら下らない絵空事だなと思わず渇いた笑い声を上げるメリー
こうして刻々と時間が経つ内に段々と頭の中がハッキリしてきた。
コレは夢ではなく現実なのだと
そして蓮子はもう……
「こんな夜中にフラフラしながら歩いて、まるで幽霊みたいね」
「!?」
いきなり聞こえて来た声にメリーはやっと我に返ってバッと顔を上げた。
そこに立っていたのは長い黒髪を腰まで垂らした自分とさほど年の変わらない少女……
こちらに対して友好的だと言わんばかりに張り付けた笑みを浮かべ見据える様に見つめて来る。
「なにかよっぽどショックな事でもあったのかしら?」
「……」
「警戒しなくていいわ、私は”月の民”、あなた達地球人をよりよい生活を送らせる為に切磋琢磨してる者の一人よ」
「月の……!?」
突然自分が月の民だと名乗り出す少女にメリーは目を震わせる。
月の民、今現在蓮子が苦しんでいる原因を作った元凶……彼等さえ地球に来なければこんな事には……
「……何か目に憎しみが込められている様だけど、まあ地球の人達に誤解されているのは慣れているから別に良いわ」
メリーに睨み付けられながらもさして気にしてない様子で肩をすくめて見せると、少女はあっけらかんとした感じで話を続ける。
「何かお困り事でもあるなら力貸そうかしら?」
「……だったらアルタナを渡しなさい、私達には今それが一番必要なの……あなたを人質にして力づくでも……」
「アルタナ? ああ惑星の生命エネルギーね、構わないわよ、好きなだけあげる」
「え!?」
即答する少女にメリーは思わず口をポカンと開けて目を大きく見開いた。
アルタナを……貴重なエネルギーを個人の考えであっさりと渡すと言ったのかこの少女は?
「でもその代わり条件があるの、まあ凄く簡単な事だから安心して」
「条件……?」
条件と聞いて怪訝な表情を浮かべるメリーに、少女は笑いかけながら首を傾げた。
「蓬莱……八意松陽のいる場所に案内して欲しいの」
「先生の……居場所……?」
「あの男は私達月の民のが近づいたり監視できない様に特殊な結界を張り巡らせているみたいでね、さっきからずっと私この辺を延々と歩かされて疲れて来たの」
「ちょ、ちょっと待って! どうして先生がそんな事を!」
「決まってるでしょ」
急にどういう事だと驚いたメリーが咄嗟に疑問を投げかけると
少女の笑みがスッと消えた。
「松陽は月から逃げて来た脱走者よ、同じく月の民である永琳の手助けを借りて上手く逃げたつもりなんだろうけど私の手からは逃れられない、まあ見つけるのに何十年も費やしたけど」
「先生と教授が……月の民……!?」
「やっぱり知らなかったのね、まんまと上手く騙されたのねアイツ等に、可哀想に」
間違いなく本気で可哀想だと思ってない口振りで哀れみの目を向けてくる少女にメリーは言葉を失う。
あの二人が月の民? 脱走した? どうして? この地球に逃げ隠れている理由は?
様々な疑問が頭の中に浮かんでは消えの繰り返し
ショックで動揺を隠しきれていないメリーに少女はゆっくりと歩み寄っていく。
「私の手を取ってあの男の下へ案内してくれればそれでいい、そうすれば貴女は月の民の為に力を貸してくれた功績者として私達から褒美を授かる権利を貰える、つまり……」
「アルタナを……惑星の生命エネルギーさえもくれるというの?」
「もちろん、あの男を捕まえればその程度の事ぐらいお安い御用」
「……捕まえる、先生を……」
「ええ、あの男だけは許さない、絶対に……」
最後に吐き捨てる様にそう呟く少女にメリーは自分はどうしたらいいのかと混乱し始める。
彼女の話が本当であれば、協力するだけで蓮子を助けられる道が開く。
だがその手を取ったら先生を裏切る事に他ならない、数少ない心許せる恩師を自ら売るという事に……
「迷ってる”フリ”は終わった?」
「!?」
「本当はもう決まってるクセに、あなたが本当に心の底から手に入れたいモノはなに?」
ずっと動けずに震えるだけだった自分に勿体ぶった様子で少女が声を掛ける。
迷ってるフリ……確かにそうかもしれない、何故なら遅かれ早かれ自分がこの決断を下すのは既にわかり切っていた事なのだから……
メリーは手の平を見つめながらスッと目を閉じた。
頭の中で思い浮かぶ多くの人物達に必死に謝り、そして最後に未だ眠りについてるであろう蓮子に対して
ごめんなさい、やはり私にはあなたが必要なの、例えどんな大切なモノを斬り捨てようと……
再び目を開けた時、メリーは少女の手を自然と手に取っていた。
それは彼女を松陽のいる松下村塾へ案内するという意味である。
「賢明な判断をしてくれて礼を言うわ」
遂にこちらの手を取ったメリーに対して
少女は朗らかに笑って見せた
「私の名前は蓬莱山輝夜、短い間だけどよろしくね」
あの日、どうして偶然私が彼女と鉢合わせする事になったのかは今でもわからない。
偶然か必然か、そのどっちもでなかったのか
どちらにせよ私の中の歯車が狂い出すキッカケが生まれたのは間違いない