蓬莱山輝夜は八意永琳同様謎だらけの人物だ。
銀時や妹紅と同じく不死者であり、ある日突然永琳と共にフラリと幻想郷へやってきた少女であり
そして永遠亭の中、特に自分の部屋を絶対領域と称して滅多に外出する事が無い生粋のニート。
輝夜を部屋から出すのさえトイレや風呂の時ぐらいであり、食事の時間でさえ基本的に永琳が呼ばないと出てこようとしない。
当然、永琳の弟子でしかない鈴仙では、そんな上級ひきこもりの輝夜が張る凄まじく分厚い心の壁を取り除く事が出来ないのであって
「なんでですかーもー! 部屋から出てくるぐらいいいじゃないですか!」
「イヤよ私はこの部屋から一歩たりともでないわよ! きっと油断して出て来た所で私を連れだして! あわよくばハローワークとかいう身も凍る恐ろしい悪魔の施設に連れて行くって魂胆なんでしょ!」
「なんですかハローワークって!? 訳の分からない事言ってないでさっさと出て来てください! それといい加減部屋に引きこもるの止めて下さい!」
「あの女の弟子の分際で私に指図すんじゃないわよ発情兎風情が!」
「誰が発情兎ですか! てかなんでお師匠もあなたも私の事をそんな年中発情期キャラに仕立て上げようとするんですか! 何度も違うと否定するのもめんどくさくなってきましたよ!」
長くて美しい黒髪を掻き乱しながら、ほんの小さな畳部屋から一歩たりとも出ようとしない姿勢を取る少女こそ
永遠亭の主として君臨する蓬莱山輝夜その人である。
そんな彼女を、襖を開けて廊下から必死に声を掛けるのは永琳の弟子である鈴仙。
「いいから早く出て来てください! お師匠に言われてるんです! 姫様が出てこないと今度は私がお師匠に怒られるんですってば!」
「テメーの事だけ考えてるんじゃないわよ! 他者の気持ちをリスペクトして寛大な心を持つ事が一人前ってもんなのよ!! つまり今あなたがやるべき事はこの私のサンクチュアリに触れる事無くやんわりとした笑顔を浮かべながら私の前から立ち去る事ただ一つよ!」
「姫様こそ自分の事しか考えてないじゃないですかー!」
さっきからずっとこの調子で不毛争いを続けている輝夜と鈴仙
このまま部屋と廊下の境界で、二人で永遠とやり続けるのかと思ったその時
「よう、やっぱ出てこねぇのかそいつ」
「あ、旦那様!」
「げ……あなた来てたの……」
廊下の方からズイッと鈴仙の隣に現れた人物に輝夜はバツの悪そうな表情を浮かべて急に声が小さくなった。
口論していた鈴仙と輝夜を見かねてやって来たのは八雲銀時
ついさっき、永琳に許可を貰ってしばらく滞在する事になった、輝夜と同じく不死者である。
なんでもこの八雲銀時と蓬莱山輝夜、そして藤原妹紅の三人で幻想郷では「プー太郎不死トリオ」などと言う当人は全く嬉しくないあだ名で呼ばれているのだとかなんとか
「何しに来たのよココに……」
「紫と喧嘩して家から追い出された、だからここにしばらく厄介になるわ」
「は!?永遠亭の主である私の許しも聞かずに誰がそんな事を勝手に許可したの!?」
「この兎の師匠だよ」
「あ~やっぱりあの女ね、そうよね、そりゃあの女ならあなたの方から出向いて来ればそらそうするわよね……」
やって来た銀時から目を逸らしながらブツブツと小言で呟いた後、輝夜は鈴仙の方へジッと目配せし
「ちょっと席を空けて頂戴、彼と話があるから」
「いや私はお師匠に言われてるからそういう訳には……」
「構わねぇよ、お前の代わりに俺がコイツを部屋から出してやるから」
「旦那様が? わかりました……ダメだった場合はまた私を呼んで下さい」
自分の任を引き受けると言った銀時の言葉を信じ、鈴仙は軽く頭を下げると大人しく永琳のいる方へと向かった。
残された銀時は「さてと」と呟きながら、相も変わらず部屋から出ようとしない輝夜の方へ振り返る。
「で? 話ってなんだ?」
「あーそれは……まあいいわ、とりあえず私の部屋に入ってくれないかしら」
そう言われて銀時は怪訝な反応をしつつも、とりあえず彼女の部屋の中へと入っていく。
中は物という物が全くない殺風景な内装だった。
輝夜がいなければ、ここはただの空き部屋だと言われても信じてしまう程ひどく寂しい部屋だった。
「茶菓子もなにも無いけど、そこで適当に胡坐掻いて座ってて」
「なんにもねぇなここ、お前こんな所に一日中いて退屈にならねぇの?」
「随分と長い時を生きてると、退屈なんて概念はさしたる問題じゃなくなるわ、あなただってわかってるでしょ?」
人間は限りある命の中で悔いのない人生を送りたがる為、退屈という時間の無駄を怖れる傾向にある。
だが不死者に命の限りなど存在しない、故にいかに退屈な時間を過ぎようとそれに危機感を覚える必要も無いのだ。
「こうして安心したスペースでゆったりしながら、一人天井のシミを数えながら過ごす事が今の私の楽しみよ」
「随分と空しい人生満喫してるなオイ、不死身なんだからもうちっと好きに生きてみろよ」
「好き勝手に生きたわよ昔はね……ただ今はちょっとそんな気分じゃないの」
輝夜の言う通りに畳の上にドカッと胡坐を掻いて座る銀時と向かい合う様に、輝夜はやや緊張した面持ちで正座になる。
「久しぶりに会ったけどあなたは相変わらずみたいね、その……八雲紫とは仲良くやっていけてるの?」
「仲良くやっていけてたらここに厄介になろうとは思わねぇよ、さっき言っただろ、追い出されたんだよアイツに」
「そう、まあ彼女の事だから本気であなたを追い出したつもりはないだろうから安心しなさい」
「なんでお前がそんな事わかるんだよ」
「……」
目を細めて尋ねて来る銀時に対し、輝夜は目を逸らしてしばし無言になった後
「そんな事より」と呟いて無理矢理別の話題に切り替える。
「あの女とは、八意永琳とはなんか話したの?」
「なんか話したってなんだよ……別にいつも通り普通に会話はしたけど?」
「ホントに? なんかこう……大事な話とかしなかった?」
「してねぇよ、相も変わらず死んだ魚の様な目をしながらけだるそうに話しかけて来ただけだよあの女は」
「それはあなたも一緒でしょ」
永琳とは特に気になる事は無かったらしい、輝夜はそれを聞いて小難しい表情を浮かべながら考え込んだ後
「やっぱりいくらあの女でも言い辛いのかしらね……この人相手になるとそりゃためらいも起きるわ……」
「それよりお前の方はどうなんだよ」
「え、私?」
つい考えていた事をボソッと口に出していた輝夜に、銀時が肩を掻きながらふと尋ねる。
「お前この幻想郷で上手くやっていけてんの? ずっと部屋に引きこもってばかりじゃやっぱ不死者と言えどつまんねぇんだろ、たまには外出してハメ外そうとか思わない訳?」
「そうね、極々まれにそういった事も考えるけど……やっぱりこの小さな部屋こそが私にとっての理想郷だから外出とか絶対イヤね、外なんて危険ばかりだし家の中にいるのが一番安全だわ」
「まあ俺がとやかく言う筋合いはねぇけどよ」
断固拒否するという構えで左右に首を振る輝夜に、呆れながら銀時は口をへの字に曲げる。
「あの兎の言う通り、家から出なくてもいいけど流石に部屋からは出てきた方が良いんじゃねぇの?」
「ダメよ、外は魔物共の巣窟よ、十分な装備が無い限りすぐに恐ろしい目に遭うのは明白だわ」
「魔物ってなに?」
「労働者よ、連中は日々汗水たらして生活賃金を稼ぐという優越感に浸りながら、無職で一銭も稼ごうとしない私達を嘲り笑い見下してくるのよ。資格の一つや二つ装備してない限り絶対に近づこうだなんて思わないわ」
「いやそれただの真面目な社会人だろ、どんだけ働くという言葉に恐怖を感じてるんだよお前!」
思わずツッコミを入れる銀時に輝夜は両腕をさすりながらブ怯えた目つきでブルルッと肩を震わせる。
「あの連中が目を輝かせて笑顔を浮かべながら日々労働に励みながら、自分や家族が食べていく為の金を稼いでいる……なのに私達はこうして一日中ダラダラ過ごしながら安息の地を得ている……その事に対して私はとてつもない罪悪感を覚えて、連中を見るだけでも心が激しく痛むのよ……」
「なら働けよ! 働いて自分で金稼いでみろや!」
「それはイヤ、だって私にとって働いたら負けだから、ニート万歳、これからも一生周りに寄生して日々堕落した日々を過ごすわ」
「なんなんだよお前! 働いてる連中に罪悪感覚えてたんじゃないの!? 結局無職のまま過ごしたいだけならグダグダ言い訳してんじぇねぇよ全く!」
「あなたはどうなのよ! 私と同じニートのクセに!」
「俺なんか罪悪感とか全く感じてないから! 働かずとも飯が食えるこの俺こそが真の勝ち組だと誇りすら覚えてるね!」
自分の生活改善については全く考えておらず、むしろこのまま永遠に現状維持出来ればそれで満足だとぶっちゃける輝夜
額に青筋を浮かべながら銀時がそんなまるでダメな女に怒鳴っていると、閉ざされていた部屋の襖がバッと開く。
「随分と二人で盛り上がってるみたいね」
「永琳!」
襖を開けた人物は、この永遠亭を切り盛りしている八意永琳であった。
彼女が現れた直後、輝夜はバッと立ち上げてすぐに指を突き付ける。
「あなたこの人がここに泊まりに来る事どうして私に言わなかったのよ!」
「言おうとしましたわ、けど夕食の時間があったので後回しにしました」
「私と夕食どっちが大事なのよ!」
「夕食です」
「即答!? 私よりもご飯が大事なの!?」
輝夜に問い詰められながらも心底めんどくさそうな態度で髪を掻き毟りながら適当な感じで答えると
永琳は彼女の向かいに座る銀時の方へ視線を下ろす。
「へぇ、案外仲は悪くないみたいね。こうして二人で同じ部屋で仲良く語り合えるんですもの」
「多少はムカつきもするが別に仲悪くはねぇよ、どうして仲悪いと思ったんだ?」
「気にしないで良いわ、単に私がそう危惧していただけの話だから」
そう言いながら銀時から顔を背ける永琳
(……色々と因縁がありながらも、やっぱりあの人の下で繋がってるのね二人共……)
しばしそんな事を頭の中で考えた後、永琳は改まった様子で二人の方へまた振り返る。
「そうそう、もうすぐ夕食出来るから二人揃って広間に来て頂戴」
「私はいいわ、ご飯は部屋に持って来て」
「わかりましたわ、なら鈴仙にワサビの盛り合わせ持ってこさせますので、姫様唯一の安住の地でゆっくりとご堪能下さいませ」
「なによそのどストレートな嫌がらせの方法は! わかったわよ! 部屋から出ればいいんでしょ!」
部屋から出るのを案の定拒む輝夜に軽く脅しを入れる永琳。
仕方なく輝夜は彼女に従って渋々と立ち上がると、あまり歩き慣れてない様子でフラフラと部屋から出て来た。
「それにしてもあなたが夕食の準備をするなんて珍しいじゃない、余程彼が来た事が嬉しかったの?」
「フフ、”初めて”ですから、彼と食事をするのは……」
「……そういえばそうだったわね」
輝夜の問いに微笑を浮かべて永琳が答えると、彼女の笑顔に輝夜は直視できずに目を背けて廊下を歩き出す。
「愚問だったわね、ごめんなさい」
「あら珍しい、姫様が謝るなんて、空から月でも降って来るかもしれませんわね」
「止めてそのジョーク、割と洒落にならないから」
自分達にとっては全く笑えない冗談を言い出す永琳に一瞥した後、輝夜は一人で夕食の置いてある広間へと向かっていった。
それを確認して銀時も立ち上がって、輝夜の部屋を後にする。
「んじゃ、俺も行くか。サンキューな飯まで用意してくれて」
「お安い御用よ、沢山作っておいたから好きなだけ食べなさい」
「お、悪いねー、実は朝から何も食ってねぇんだよ俺。遠慮とかしない性質だからあるモンだけ食わせてもらうわ」
「構わないわよ、その為に作っておいたんだから」
自分がずっと空腹状態だったことを思い出したように、好きなだけ食べろと言われてつい顔をほころばせてしまう銀時に、永琳はフッと微笑んだ。
「小さい頃のあなたに何もしてあげれなかった分、これぐらいするのは当然ですもの……」
「あん? なんか言った?」
「デザートはいる?って聞いたのよ」
「おいおい、アンタ俺を誰だと思ってるんだ、幻想郷の糖分王と言われた男だぜ? 甘いモンなら大歓迎に決まってんだろ」
「はいはい、でも出来るだけ糖分は少なめにしないとね、あなたこれ以上甘いモン食べ過ぎるとホントに糖尿病になっちゃうから」
様々な人達の思惑が交差しながら
永遠亭での夕食会が始まった。