慧音からゲンコツ食らってから数時間後、桂、坂本、高杉はようやくこの場を後にした。
結局あれから一緒にどんちゃん騒ぎして既に午前零時を回っていたので、流石にもう眠いと銀時は布団も敷かずに畳の上で寝ようとするが
「ちょっといいかしら?」
「あん?」
閉めきった襖の向こうから聞こえて来た声に、銀時はめんどくさそうにしながら開けると
「なんだお前か、こんな時間に何の用? 俺もう眠いんだけど?」
そこにいたのはこの永遠亭をし切っている八意永琳であった。
今度は一体何の用だと銀時がけだるく問いかけると、彼女はやや険しい表情を浮かべながら
「さっき報せが入ったわ、”あの子”がいよいよ動いたって」
「あの子ってどこの子?」
「流石にそこまで把握はしてないか……この話は近い内に話す事にしてたんだけど……どうやら今日がその時みたいね」
「は?」
あの子だのその時だの訳の分からない事を口走る永琳に銀時が顔をしかめていると、彼女はしばらく迷う様な仕草をした後
「急用で悪いけど、今ここであなたに大事な話があるわ」
「……その大事な話、数時間後とかに出来ねぇの? ちょっくら眠らせてくれよ」
「安心なさい、眠気も吹き飛ぶ元気になる薬を処方してあげるから」
「あのそれ、大丈夫な薬だよね? 普通に人が飲んでも問題ないお薬なんだよね?」
是が是非にでも話を聞いてもらおうとする永琳に銀時は上手く状況を掴めないまま困惑していると
「話ぐらい聞いてあげなさいよ」
「姫様」
「その女もあなたに話すべきかどうかずっと悩みに悩んで、最終的に腹をくくったのよ。ここらで優しくしてあげなさい、その女に」
永琳の背後から眠たそうにまぶたを掻きながら現れたのは永遠亭の主である蓬莱山輝夜。
「お前、起きてたのか?」
「どうも寝付けなかったのよ今日は、ドタバタ誰かが大騒ぎしてたせいで」
皮肉交じりにそう言うと輝夜は腕を組んで傍の柱に背中からもたれた。
「八意永琳、あなたの話を私にも聞かせてくれないかしら? 私だって無関係じゃないんだし」
「……そうですわね、姫様にも聞いてもらいましょうか」
「おいおい、二人揃ってなんなんだ一体、なんの話が始まるんだホント」
輝夜と永琳が目配せしている中で一人だけ理解していない様子の銀時に永琳が振り返る。
「あなたも薄々わかって来てるんじゃないかしら? この世界の事を」
「は? 世界っていきなりデカく出たな、薄々わかってるって何が?」
「彼女の事よ、あなたにとって最も大事な人」
「紫? アイツは別に何も変わっちゃ……」
首を傾げながら眉間にしわを寄せる銀時に永琳は彼の目を真っ直ぐに見据えながら
「八雲紫に残された時間はもう無いわ」
大きからず小さからず、ハッキリと聞き取れる声でその言葉を呟く永琳に対し
銀時はふと顔を背けながらフッと笑った。
「知ってる」
場所変わってここは人里からほんの少し離れた土地。
真夜中の人が通る様には出来ていない道を一人トボトボと歩くのは志村新八。
不安そうに周りを見渡しながら新八は小さな紙を手に持ちながら進んでいく。
「ホントにここで合ってるのかなぁ……それにしてもこんな用事ぐらい自分で済ませればいいのにあのおっさん……」
新八が手に持っているのは今日、自宅のポストに入っていた一通の手紙であった。
宛先は自分で送り主は銀時と書かれており
何でも嫁さんにやべぇモンがバレそうだとかですぐその場所へ行って処分して欲しいと書かれていたのだ。
「カミさんに隠してたエロ本バレそうだから燃やしてくれとか、救いようのないアホとしか言いようが無いよホント」
数少ない男の知り合いである自分だからこそ頼って来たのだろうが、とんだ迷惑な頼み事である。
愚痴を言いながらそのまま進んでいると、新八は手紙に書かれていた目的地にようやく着いた。
「えと、確かあそこの誰も使われてない井戸の中に、大量のエロ本が隠されているんだっけ」
何故にそんな所に隠すのだと内心呆れながらも、新八は目の前にあったその古びた井戸にゆっくりと近づこうとする。
だが
「こんな夜中に一人でコソコソと何をしているのですか」
「!?」
井戸に手を伸ばそうとしたその時、ふと背後から突然女性の声
新八が慌ててバッと後ろに振り返ると
そこには銀髪の女性が、俗にいうメイドの恰好でこちらを見つめて立っていた。
気配も前触れもなく、突然現れたその女性に新八はギョッとさせて言葉を失っていると、彼女は怪しむ様に目を細めながら
「ひょっとしてそこに隠すように入ってたいかがわしい本の持ち主だったんでしょうか?」
「え!? ちょ! 違いますって! 僕が持ち主じゃないんです! そこに隠したのは僕じゃなくて銀さんです!」
「いいですよ別にしらばっくれなくても」
慌てる新八にメイド姿の女性はあっけらかんとした感じで肩をすくめる。
「年頃の男の子は皆エロ本を持っているのが当たり前なのですから、持ってない方が異常ですので、昔一緒の道場にいた男の子も普段は堅物キャラを演じていましたが、川の流れる橋の下で人妻のエロ本を無我夢中で読んでいる事を何度か目撃した事ありますし」
「いや流石に人妻に目覚めるの早過ぎだろその男の子! いやいや本当に違うんです! 僕はただ頼まれただけなんです! カミさんにバレるとマズいから燃やしてくれってコレを……え?」
真顔でいきなりどこぞの少年の性癖を暴露してくる女性に後ずさりしつつ、新八はなおも必死に持ち主は自分ではないとアピールしながら彼女に背を向けて井戸の中を覗き込む
だが
「中に何も入ってない……」
「そりゃそうですよ」
「!」
井戸の中は既に埋められており、泥臭い土しかない
その事を新八が確認していると、突如女性の言葉がさっきよりも大きく聞こえた。
そさっきまでは数メートルは離れていたのに
今はすぐ自分の真後ろに立った所から話しかけてるとハッキリと感じられるぐらいに
「そもそも最初からそこにいかがわしい本なんか置いてませんし、あの男もあなたに手紙なんて書いていません」
「ど、どういう事ですかそれ!?」
「おやおやここまで言わせておいてまだわかりませんか?」
すぐ真後ろにいた女性の方へ半ば混乱した様子で新八が振り返ると同時に
女性手元から小さなナイフをスっと取り出す。
「あの男の振りして手紙を書いたのも、あなたに送ってまんまとここに誘い込んだのも、全て私がやった事です」
「あ、アンタは一体!?」
「申し訳ありませんがあなたには」
何も得物を装備していない新八にジリジリと歩み寄りながら
少女はナイフを空に浮かぶ月に照らしながら怪しく輝かせる。
そしてその少女の目はまるで
「目的を叶える為の贄となってもらいます」
死んだ魚の様な目をしていた。
「紫様」
「……何かあったのかしら?」
自宅の寝室に従者の八雲藍が急に入って来たので、八雲紫はただならぬ事が起きたのかとムクリと上体を起こす。
「紫様が懸念していた通り、例の館の主が私達に宣誓布告を唱えました」
「そう、やっぱりね……」
起きたばかりの状態でなんとか頭を上手く回転させながら、藍の伝令を耳に入れて理解していく。
「どうせ上手く”彼女”に担ぎ上げられてまんまと乗せられただけでしょうけど、喧嘩を売るなら買うしかないわね」
「紫様直々に出るのですか?」
「私はもうまともに戦える体力も残ってないわよ、それに彼女に合わせる顔も無いわ」
「……」
自虐的にそう呟く紫に藍が俯いていると、そんな彼女に紫が振り向く。
「早朝、博麗の巫女にこのことを伝えなさい、異変の解決はあの子の役目だし」
「わかりました」
「それと恐らく永遠亭にいる、あの人にも伝えておいて」
「……いいのですか?」
永遠亭にいるであろうあの人、それが恐らく銀時の事であろうと勘付いた藍は戸惑いの表情を浮かべるも
紫は静かに笑みを浮かべたまま縦に頷く。
「藍、もうこの残り少ない時の中でどうして彼女がこんな事を起こしたのかわかるかしら?」
「……それはやはり紫様を」
「それもあるかもしれないわね、だけどそれだけじゃない気がするのよ、私」
「と言いますと?」
神妙な面持ちで尋ねて来る藍に紫はそっと囁くように
「最期にもう一度……あの人と思いきり喧嘩したいのよきっと……」