今思えば自らの決断について迷う所もあった。
このまま自分で終わらせるよりも、いっそ世界の理に身を任せて全てを白紙に戻す事も良かったのではと
そうすれば過去のしがらみも未練からも解き放たれ、彼女と共に消える事も悪くないと思えた。
だがその迷いは頭の中ですぐに消えた
過去のしがらみ、未練、かけがえのない人物を失った苦しみ
それら全てひっくるめて彼女と共にいた大事な記憶と感情なのだから
何より彼女が、彼女が愛したこの世界を道連れにする必要は無い
彼女という存在がいたという証として、この世界はもう自分にとっても同じぐらい大切な存在なのだから。
銀時は、八雲紫の夫である八雲銀時は
満月が昇る空の中、彼女の待つ屋敷へと帰って来た。
「けぇったぞ~」
普段と変わらぬけだるそうな感じで戸を開けて玄関へ入ると
そこにはずっと待っていたかのように式神の八雲藍が
「お待ちしておりました、銀時”様”」
普段とは口調も態度もガラリと変えた様子で正座しながら出迎えて来た。
そんな彼女に銀時は何も言わずに無言で家へと上がろうとすると、藍がスッと彼に向かって手を出し
「紫様はお庭でお待ちです」
「……ちょっとの間でいいから、家でのんびり話でもしたいと思ってたんだがな」
「残念ながら、あの御方にもう時間が残されておりません」
「……そうか」
ポリポリと頬を掻きながら呟く銀時に藍は深々と頭を下げると
長い袋に包まれたあるモノをスッと彼に向かってさし上げる。
「既に紫様が準備を整えております、どうぞこちらを」
「……オメェが手入れしてくれたんだろ、ありがとよ」
「……」
藍が差し出したそれを感謝の言葉とともに受け取ると、銀時は踵を返して入って来たばかりの戸をもう一度開ける。
「お前も来るか?」
「お二人の邪魔をするつもりはありません」
「余計な気ぃ回すんじゃねぇよったく……まあいいや」
誘いをきっぱりと断る藍の真面目さに軽くため息を突くと
銀時は家を出て傍にある庭の方へと歩いていくのであった。
屋敷の庭にやってくると
そこには質素な椅子に背を預けてのんびりと揺れながら月を見上げる八雲紫がそこにいた
銀時が袋入りの長物を右手に持って無言で歩み寄っていくと
彼女はすぐに気付いてこちらの方へ振り返ってフッと微笑を浮かべる。
「……遅かったわね」
「悪ぃな、ちぃとばかり姉貴が作ったモンを食ってた」
「そう、そういえば彼女、料理作るの上手だったわね」
「昔よりもかなり腕上がってたぜ、ありゃもうプロだな」
「へぇ、私も食べておきたかったわね……」
軽い談笑を交えながら銀時は彼女の傍へと寄ると
椅子に座る彼女の肩にスッと手を置く。
「怖ぇか?」
「ちっとも」
「嘘つくなよ」
「相手があなただから怖くもなんともないわ」
銀時の口調が普段よりもちょっと柔らかくなってる事に気付いた紫はクスリと笑うと
自分の肩に置いた彼の手にそっと頭を預ける。
「最初の出逢いを覚えてる? あなたが雇われの身で私を退治しに来た時」
「アレはお前、人の屍を食らう妖怪が出たから殺して欲しいって言われただけだっての」
「あの時は私と顔を合わせても何も思い出せなかったのにね……」
「……そうでもねぇよ、随分昔にどっかで会ったツラだっけな?ってうろ覚え気味にちゃんと覚えてたわ」
「うろ覚えじゃちゃんと覚えてた事にならないわよ」
銀時の返しに紫は面白そうに笑みを浮かべながら、肩に置かれた彼の手に自分の手を重ねる。
「でも楽しかったわ、あなたともう一度一緒に歩く事が出来て、それに千年という人間の時には想像も出来ない長い時を一緒に送れたんだもの、これ以上望むのは贅沢ってものよね」
「不死者として生まれ変われてよかったよ、人間の時だったら”また”お前より先におっ死ぬところだった」
自分の手に重ねられた紫の手の温もりを感じながら、銀時はフッと笑う。
「おまけに男になれたおかげでこうしてお前と夫婦になれたんだしな」
「あら別に女でも良かったのよ? 夫婦という形じゃなくてもあなたと一緒にいられるのならどんな関係でも構わないんだから」
「オメェが良くてもこっちはダメなんだよ、テメーの女を護るっつうなら男の方が様になるだろ?」
「それ男女差別よ」
「最期ぐらい細けぇ事気にすんな」
一々細かい事に突っかかるなと言うと、銀時は懐に手を入れてあるモノを取り出した。
「姉貴の奴から貰って来た」
そう言いながら紫の前に差し出したのはお猪口二つと安っぽい酒瓶
紫に一つを渡すと、自分はもう一つを手に取ってそこへ酒を注ぐ。
「祝宴挙げた時とおんなじ酒だ」
「あら懐かしい、でもよく彼女持ってたわね」
「もしかしたらこうなる事を予測してやがったんじゃねぇかアイツ」
紫の方へも酒を注いでやると、銀時は彼女の方にゆっくりとお猪口を突き出す
「フフ、乾杯」
無言で突き出す笑いながらお猪口をカチンと合わせると、二人仲良く注がれた酒を一気に飲み干す。
飲み終えると銀時はふとずっと右手で握っている長物に視線を見下ろす。
「……」
「大丈夫、あなたは何も気負う必要はないわ」
無言で持っている物を見下ろす銀時を見て、紫は咄嗟に彼が考えている事を理解して優しく声を掛ける。
「こうなる事は最初からわかってた事なのよ、これは私の夢の物語……夢はいつか覚めるモノなんだから」
「……夢なんかじゃねぇさ」
視線を上げて紫の方へ振り向く銀時。
「この夢はもう現実だ、オメェは夢の世界を現実に変えちまったんだ」
「あ……」
そう言って銀時が微笑を浮かべると、紫は”彼女”と交わした最期の言葉を思い出した
夢は現実に変わるもの
夢の世界を現実に変えるのよ
「俺の願い、叶えてくれてありがとよ」
珍しく目を見開いて少し驚いた反応を見せる紫に銀時は約束を守ってくれた礼を言う。
「この世界は俺がいる限り夢じゃなくて現実に存在する、俺はここでずっとお前の帰りを待ってる、ずっとな」
「……礼なんていらわないよ、だって私は何もやってないわ、全部あなたが導いてくれたおかげ……」
紫は力なく微笑むと、銀時の姿をまじまじと見つめる。
「あなたはちゃんと自分が言った通り、誰にも負けない強い力で私を護ってくれた、私だけでなく私の大切な世界も護れる位の強いお侍さんになって戻って来てくれた」
「そんなあなたの妻になれた事が私の長い人生の中で一番の誇りです」
裏表のないまっすぐな言葉を紫が嬉しそうに伝え終えると
銀時もまた何処か安心した表情で手に持った長物の袋の紐を解く
中から現れたのは
綺麗に手入れをされた立派な一本の刀
「ガラにもねぇ事言うなよ、本気にしちまうだろうが」
そう言いながら銀時は刀を鞘から抜き、刀身をさらけ出す。
月の光に照らされたその刀は、今まで見た事のない程の美しい輝きを見せていた。
「まあ俺もムカつく事もあったし嫌な事もあったけど、お前との人生は悪くなかったよ」
静かに銀時は紫の背後へと移動し、彼女の後ろ姿を見つめる。
その姿をもう二度と忘れぬ様にとハッキリと頭に刻みながら
「だから俺はまたもう一度必ずお前を迎えに行く、約束だ」
「そう、期待しないで待ってるわ」
紫は空に浮かぶ満月をしばし見つめた後、銀時の方へと振り返り
「あなたと逢えて本当に私は幸せでした、ありがとう、銀時」
眩しい程に輝く笑顔を浮かべてそう言ってくれた紫に
銀時は一瞬、寂しさと哀しみが込み入った様な表情を浮かべながらフッと笑った後
右手に持った刀を鋭く光らせ
彼女の首が飛んだ
その瞬間、彼女の身体と首は青白い光の粒状になっていき
それらは全て天高くにある満月の彼方へと飛んで行ってしまった。
彼女の首を刎ねた刀を握ったまま銀時は、力のない笑みでそれを見守る様に静かに見上げる。
「俺もお前と逢えて幸せだったよ、紫」
紫は作中、銀時の事は基本的に名前ではなく「あなた」としか呼んでませんでした
それは彼女にとって銀時は銀時だけの存在ではなくもう一人の彼女も含んで「あなた」と呼んでいたんです。
最期の最期に銀時の事を名前で呼んだ時、彼女は一体どんな心境だったんでしょうね。
次回からは真相解明編です、この歪な世界の理が徐々に明かされていきます