釣り師達が集まる魅惑のスポット霧の湖。
今日もまた危険を顧みず、大物を釣り上げるようと釣り人達が集まった。
「お、また釣れた」
普通の魔法使いこと霧雨魔理沙は中々の良いペースで順調に釣り上げていた。
ピチピチ跳ねる10センチ程の魚を糸から取って脇に置いたバケツにほおり投げる、かれこれもう6回ぐらいこれを繰り返している。
「いやー、どうやら釣りに関しちゃ私の勝ちみたいだなー」
「バカヤロー、雑魚ばっか釣って浮かれてんじゃねぇよ」
機嫌良さそうに再び針にエサを引っ掛けて湖にポチャンとほおり投げる魔理沙に少々苛立った様子で返事をするのは
先日ここで見事な大物を釣り上げた八雲銀時であった。
さっきからうんともすんとも言わない浮きを虚空の目で見つめている。
「前に俺が釣り上げたビッグフィッシュを見せてやりたかったぜ。ったく天狗の野郎、ああいう時に限ってスクープ撮りに来ねぇんだよな」
「デカい魚が出るのが新月の夜だって決まってんだぜ? 月すら出てないこんなまっ昼間じゃもう不可能だって」
「いや、俺の超特性のエサなら不可能を可能に出来る」
そう言って銀時は試しに竿を引っ張ってみた。
すると湖の中から激しい水しぶきを立てながら、腰に巻かれた糸に吊るされた少女が浮かび上がって来た。
「この特性博麗印の巫女餌ならアーロンだって釣り上げてみせらぁ」
「だぁぁぁぁぁ! 全然大物いない! 次よ! 絶対デカいの取って来てやる!!」
「コイツも食べ物の事になると見境ないなぁ」
現れた少女は博麗の巫女、博麗霊夢。
どうやら先日、銀時から霧の湖で大物を釣った事を聞いて、ならば自分も捕まえて数か月分の食料にしてみせると決意してここまで来た様だった。
しかもその捕まえ方は自らエサとなり素手で魚を掴みあげるという成功性の薄いやり方で
「もういい加減諦めたらどうだ。並の魚なら簡単に釣れるんだしそれでいいだろ」
「そんな小魚1匹じゃ腹の足しにもならないわ!! 狙いは一攫千金! ほらもう一度私を沈めなさい! 次こそ獲る!!」
「へーい」
「おい霊夢……せめて服脱いでから潜れよ」
血走った目で湖に沈めろと言うので銀時は遠慮なく霊夢を再び湖の中に落とす。
沈んでいく彼女を見送りながら魔理沙はポリポリと頬を掻き
「アイツそんなに食い物に困ってたのか?」
「紫から貰ったイナゴを前にテンション上がり過ぎて数日で全部食っちまったみたいでよ、ここ最近はなんとか支給されたコオロギで食い繋いでるけど、もう道端に生えてる雑草に手を出しそうな勢いなんだわアイツ」
「おたくがもっといいモン与えてやれば解決するんじゃないか」
「我が家の方針は例え巫女でも決して甘やかさない方針なんだよ、人の家のやり方に口を挟むな」
死んだ魚の様な目をしながら呟く銀時に魔理沙が「うへぇ」と声を漏らした後、今度山で採って来たキノコでもおすそ分けしてやろうかなとか霊夢に対して珍しく同情の色を浮かべていると。
「お」
銀時の竿がグイグイと反応する。すぐに気づくと彼は一気に竿を引っ張り始める。
「遂にやりやがったなアイツ」
「げ! マジで獲ったのかアイツ! うおぉ凄い竿がしなってるな!」
「ったくこんな面倒事に付き合わせた分、分け前はたっぷりと頂かねぇとな」
「いや出来ればちょっとだけにして欲しいぜそこは」
重たいモノを一気に引き上げるかのようにふんぬと竿を引っ張っていく銀時。
すると糸の先に巻かれた霊夢が再びザバァと現れ
「やったわよ!! 見なさい魔理沙! 正真正銘の大物よ!!」
「まさか本当にやるとは、大したもんだなお前……って」
「……おい」
霊夢が絶対に離さぬようにガッチリ両腕ホールド決めている”大物”も湖から浮かび上がって来た。
しかしそれを見て魔理沙と銀時は愕然とする。
「や、止めて! 乱暴しないで下さい! 私食べれませんから!」
「獲ったどぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
霊夢が湖の中から引っ張って来たのは
まさかのおとぎ話に出て来そうな人魚であった。
わかさぎ姫
普段は歌を歌ったり、石を拾ったりして暮している大人しい妖怪であり、
人間には敵対心を持たないおっとり系の淡水人魚である。
ちなみに水中では力が増すという特性があるのだが
「な、なんでこの人こんなに力が凄……! ダメ! 全然引き離せない!! 誰か助けて!!」
「これぞ長きに渡る貧困生活の末に辿り着いた火事場のクソ力よ! 目の前に食料があるのにそれをみすみす逃す訳ないでしょ!」
そう言いながら意地でも離そうとしない霊夢に涙目になるわかさぎ姫。
泣いてる妖怪に向かって歪な笑みを浮かべながら抱きしめている霊夢をしばし眺めていた銀時は、手に持った竿を一気に真上に振り上げて
「キャッチ&リリース!!!」
「ぐぎゃ!!」
糸にしっかりと繋げられていた霊夢はわかさぎ姫ごとまた湖の中にダイブ。
霊夢の短い悲鳴が聞こえた後、しばらくして水死体の様にプカーと浮かんできた彼女の姿が
「……今度人里に連れて行って飯でも奢ってやるか」
「ああ、時には甘やかしてやるのも悪くないと私は思うぞ」
「あんな悲しいモンスターには二度と遭いたくねぇしな」
「貧乏が時に人を妖怪よりも恐ろしい存在に変える、勉強させてもらったぜ霊夢」
湖に浮かぶ彼女をそっと竿を引っ張って救出すると、銀時と魔理沙は哀れみの表情を浮かべながら白目を剥いて気絶している霊夢を地面に寝かせる。
「しばらく寝てりゃあ直に回復するだろ」
「ほんじゃ、霊夢が起きたら帰るか」
「別にお前一人で帰れよ、つうか帰れ」
「相変わらず冷たいな銀ちゃん、さすがに私でも傷付いちゃうわ」
「誰が銀ちゃんだシバくぞ」
わざとらしく言いながら笑いかけてくる魔理沙に銀時が仏頂面で睨み付けていると、湖から再び何かが浮上してきた。
先程霊夢と一緒に湖に沈められたわかさぎ姫だ
「あの、先程の巫女はもう大人しくなりましたか……?」
「お、さっきの人魚だ」
「一緒に叩きつけてやったのにもう動けるのか」
「意識失いかけましたけど水の中だったのでなんとか……」
浮上してきたわかさぎ姫に特に驚きもせずに魔理沙と銀時が薄い反応をしていると、彼女はこちらに向かってぺこりと頭を下げる。
「危ない所を助けていただいてありがとうございます」
「いやいいって、その危ないモンを何度も湖に沈めてたのも俺だし」
「何かお礼をと言いたい所なんですが……生憎今は何も持ち合わせておりませんので……申し訳ありません」
「だからいいって、元々ウチの娘が悪いんだし」
重ね重ね頭を下げて来る彼女に銀時がめんどくさそうにしていると、横から魔理沙が首を突っ込んで来る。
「ああ、そういや人魚の肉って食べると不老不死になるとか霖之助から聞いた事あるな。だったらそれ貰ったらいいんじゃないか」
「へ!?」
「いやもう間に合ってるから俺」
「よし、じゃあ私が代わりに貰っておこう」
「ええ!?」
いきなりの魔理沙の提案に素っ頓狂な声を上げるわかさぎ姫。
「私の肉は駄目です! それに伝説上の人魚ならともかく、妖怪の人魚の肉を食べて不老不死になるのかどうかはわかりませんよ!!」
「あーまあ確かに妖怪の肉を食うってのは抵抗感あるな。けど不老不死には興味あるから一口だけかじっていいか?」
「だから駄目ですってば!」
「先っちょ、ほんの先っちょだけでいいから頼むよネェちゃん。なるべく痛くしないから」
「おいなんか卑猥な意味合いに取れるぞそれ」
ニヤニヤしながらいじめっ子の顔でわかさぎ姫に交渉し始める魔理沙にツッコミを入れながら銀時は目を細める。
「それにしてもお前……えーと」
「わかさぎ姫です」
「わかさぎ姫さんよ、湖の中で住み着き自由に泳ぎ回れるお前がどうしてただの人間にとっ捕まったんだよ」
「それが少し前にとても悲しい事があって……それで湖の底で落ち込んで泣いていたら上から女の子が降って来て捕まってしまったんです」
「ラピュタ水中版だな」
「つうか霊夢の奴湖の底まで潜ってたんだな、ここ結構深かった筈だぜ……」
それも貧困故に身に付けた能力なのかと魔理沙がまだ倒れている霊夢に向かって頬を引きつらせていると。銀時は後頭部を掻きながらため息を突く。
「まあ何があったのか知らねぇけどさ、今回は相手が相手だったとはいえ人間相手に捕まる様な真似はもう避けるんだな、活け造りなり刺身にされても知らねぇぞ?」
「はい、そうですよね。落ち込んでちゃダメですよね……」
小指で耳をほじりながら説教口調でそう言ってあげると、わかさぎ姫はシュンとした表情で目を瞑り
「新月の夜に友達が突然姿を消してしまった事でいちいち落ち込んでたら世話無いですよね……」
「友達?」
「ええ、と言っても私みたいな人魚ではなく大きめのお魚なんですが」
「大きめのお魚?」
「もしかしたらその日、湖の上で騒ぎ声が聞こえたから誰かに釣られてしまったのかもしれません。陸の者には決して釣られないとあれ程勇ましかった雪美がどうして……」
「……」
何か少々引っかかる話、新月の夜に釣られた可能性のある大きな魚。それを聞いて銀時が暗い表情で黙り込んでいると隣にいた魔理沙も勘付いて
「……おたくが釣った魚だよな……雪美釣ったんだよなアンタ」
「……いや違うって、変な事言うなよ、それじゃあまるで俺がコイツの友達を誘拐した張本人みたいじゃねぇか……雪美なんて知らねぇよ」
「いやだって前におたくから聞いた話とガッチリ噛み合ってるし……」
わかさぎ姫に聞こえぬようヒソヒソ声で喋っている魔理沙と銀時。
するとわかさぎ姫の方はふと魔理沙の傍に置かれていたバケツに気が付く。
「それは……」
「え? ああこれはさっき釣った私の魚で……まさかこの中にもお前の友達が」
「いえいいんです、この世界は弱肉強食。弱い方が強い方に食べられるのは極当たり前の事なんですから。でもせめて……」
バケツを両手に持って彼女に中を見せつけながら魔理沙が怪訝な表情を浮かべていると、わかさぎ姫は寂しげな表情を浮かべながらそっとそのバケツの方へ近づき
「別れの挨拶だけはやらせてくれませんか。さようなら真司、麻也、弘嗣、圭佑、夢生、元気……」
「……お父さんもしかしてサッカー好き?」
「仲の良いあなた達兄弟の事だからきっと一人で逝かせまいとみんな仲良く釣られたんでしょうね……」
「やけに当たりが多いと思ってたらそういう事だったのか……」
自分の弟に話しかけるかのように優しく魚達に語りかけるわかさぎ姫、仕方のない事だと自分で言っておきながらその目からはうっすらと涙が……。
それを見ていた魔理沙はさすがに自分がとんでもない酷い奴なのではと罪悪感を覚え始め
、バケツを傾けてザバーッと中にいた魚を全部湖に流す。
「……キャッチ&リリース」
「ええ! みんなを助けてくれるんですか!」
「いやだって目の前でそんな真似されたらさすがにこっちも食う気無くなるぜ……」
ジト目でそう呟くとわかさぎ姫は目に溜まった涙を拭いながら嬉しそうに頭を下げる。
「ありがとございます! コレで妹の雪美もきっと浮かばれると思います!!」
「雪美の兄貴だったのかよそいつ等……」
意外な血縁関係を知れて銀時が戸惑った表情を浮かべている中。
「それでは本当にありがとうございました! このご恩はいずれ必ず、では!」
嬉しそうに手を振りながらわかさぎ姫は雪美の兄達を連れて湖の中へと潜って行った。
残された銀時と魔理沙は無表情で固まっていると、傍で横になっていた霊夢がタイミング良く「う~ん」と目を開けて目覚める。
「あれ、ここは……は! 私の獲物はどこ!?」
目が覚めて早々すぐに自分の周りに捕まえた筈の人魚がいない事に気づく霊夢。
そしてこちらに背を向けて突っ立っている銀時と魔理沙に気づいて
「ちょっとアンタ達、私の食いモン何処へやったのよ! まさかもう食べたんじゃないでしょうね!!」
そう叫びながら起き上がる霊夢の方へ銀時はゆっくりと振り返って彼女の肩に手を置き
「もういいから、今日は人里で飯でも食おうぜ……奢ってやるから」
「え、なんでいきなり優しくなってんの!? 気持ち悪ッ!」
自分の左肩に手を置いて優しく笑みを浮かべる銀時に霊夢は両腕から鳥肌を立たせる程引いていると、今度は魔理沙が右肩の方にポンと手を覆いて
「くじけるなよ霊夢、雪美と違ってお前には未来があるんだからな……」
「雪美って誰よ!!」
訳のわからん励ましを貰って霊夢は混乱しながら「えーと」と呟き、銀時と魔理沙に対して小首を傾げると
「要するに何か奢ってくれるのよね」
「ああ、なんでも奢ってやるよ」
「私も奮発してやるぜ」
「怖いんだけどその笑顔、それじゃあ」
普段絶対に見せないであろう笑顔を向けて来る二人に困惑しながらも霊夢はしばらく考えた後チラリと目の前にある湖を見て
「刺身料理」
「「それはダメだ!!」」
思い付きで霊夢が言った提案に、銀時と魔理沙は仲良く同調して叫ぶのであった。