STRAY LORD ――ハグレの王――   作:ポリウー

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 物語はトブの大森林にてアインズがアウラに森の賢王の誘導を頼んだところから始まります。



ハグレの王

 

 鬱蒼と草木の生い茂る森――トブの大森林の南方の獣道を二つの影が疾走する。それらは常人では姿形すら捉えられない速度で並走しており、人類最高峰であるアダマンタイト級冒険者をしてようやくそれら二影が魔獣と呼ばれるものだとわかる。種族はフェンリルとイツァムナー、どちらもこの世界で言うところの難度二百を優に超えた世界を滅ぼしうる神獣だ。そんな桁外れの化け物を駆るのは闇妖精(ダークエルフ)の少女――傍目には少年に見えるが――である。名はアウラ・ベラ・フィオーラ、ナザリック地下大墳墓の第六階層守護者の片割れである魔獣使い(ビーストテイマー)にして野伏(レンジャー)の一〇〇レベルNPCだ。現在彼女は敬愛する主人――アインズ・ウール・ゴウンの命により、森の賢王と呼ばれる魔獣の(ねぐら)へと向かっている。数日前に発見したレアモンスターなのでアウラもよく覚えており、よって最短ルートを進むことなど彼女には造作も無い。結果、三十分もしないうちに目的地へと辿り着いた。標的の魔獣は先日と同じように身体を丸くして眠っている。近づくアウラに気づいた様子は欠片もない。七十近くレベルの離れた野伏(レンジャー)の隠遁を見破ることなど不可能なのが道理だ。だが、アインズの計画を無事遂行できそうだと安心し、いざ特殊技術(スキル)を使おうと思ったところでアウラはあるものを知覚した。

 

(……人間?)

 

 眠る魔獣に包まって人間が一人同じように寝ていた。小柄な少女だ。一応念の為にアウラが前衛としての知覚能力でその強さを測る。

 

(……驚いて損したなぁ)

 

 横にいる魔獣と()()()()()()()()()()()()であることに拍子抜けしたアウラは、当初の予定通り特殊技術(スキル)を使用した。

 アウラの吐息を吹きかけられた魔獣がぶるりと身じろぎする。アウラにより恐怖心を植え付けられたのだ。

 

(さあ後はアインズ様の元まで追い立てるだけ――)

「――キュア!」

 

 残った人間は邪魔だから処分するかと考えていたアウラの耳にその少女の声が届く。すると魔獣が沈静化され落ち着きを取り戻した。

 

「おお! 助かったでござるよ、デーリッチ殿! それがし、何故か急に心が()さくれだってしまい……」

「気にするなでち。それより賢ちゃん、もしかしたら今のは奇襲かもしれないでちよ」

 

 矮小なくせに良い勘をしている、とアウラは内心で舌打ちをする。治癒魔法らしきもので計画に水を差されたことに苛立ちを隠せない。もっとも如何様にでも対処は可能である。デーリッチと呼ばれた少女の装備は、彼女の身を包む伝説級(レジェンド)アイテムより二回りも格が劣る物だ。懐の鞭に手を伸ばす。

 

(先に人間の方から片づけよっと――)

「マジでござるか!? 不味いでござるよ! 早くここから離れねば!」

「落ち着くでち! 私にはこれがあるでち! マーキングも済んでるし、後は二人で跳ぶだけでち」

 

 アウラが手を止めた。〈飛行(フライ)〉や転移魔法を警戒したからではない。視線がデーリッチの手にあるモノに釘付けになる。

 

(……あれは神器級(ゴッズ)!? いや、まさかそれ以上の――)

 

 それは鍵状の大きな杖だった。探知魔法を修めていないアウラにも理解できる。それは自分達階層守護者でも一個ないし二個しか所持を許されない神器級(ゴッズ)アイテムすら超越した――

 

「ゲートオープン!」

 

 ――世界級(ワールド)アイテム相当のデータ量を内包していた。

 

「……これはまずいよね」

 

 標的は少女と共に転移によって掻き消えた。ただの転移魔法ならともかく、世界級(ワールド)アイテムによる転移など今のアウラには止めようもない。急いでアインズにこの事を伝えようにも、魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではない彼女に〈伝言(メッセージ)〉を唱えることはできない。よって取れる手段は一つ。

 

「マーレ、今すぐアインズ様に〈伝言(メッセージ)〉で伝えて! 世界級(ワールド)アイテムの所持者が現れたかもしれないって!」

 

 どんぐり状のネックレスを用いた半身(マーレ)との通信だ。

 

 

 アウラとの打ち合わせが終わったアインズとナーベラルは、ンフィーレアと漆黒の剣に合流し、共に薬草採取をしていた。時間はおよそ三十分ほど経過しているが場所は先程から変わっていない。ンフィーレアによれば森の賢王の縄張りであるこの場所は、普段から人の手が付けられていない穴場なのだそうだ。そろそろアウラが目的地に辿り着いている頃だろう。森の賢王がこの場に誘導されてくるのとこの場の薬草を取り尽くすのはどちらが先か、と頭の片隅で考えながら採取に励むアインズに〈伝言(メッセージ)〉の魔法が届いた。面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の中で周囲に聞こえないよう声を落として返答する。

 

「どうした、マーレ」

『あ、アインズ様! その、お姉ちゃんに、通信で至急アインズ様にご報告してって頼まれたんです』

「アウラが、私に?」

 

 アウラには森の賢王をおびき寄せるよう動いてもらっている。優れた野伏(レンジャー)である彼女には容易な仕事のはずだ。そんな彼女がわざわざ(マーレ)を使ってまで報告することがあると言う。

 

「……トラブルがあったのだな。それで、内容はなんだ?」

『そ、それが、世界級(ワールド)アイテムってお姉ちゃんが言ってて……』

「何――」

「――うわああああ!?」

 

 絶対に聞き逃せない単語を耳にしたアインズが詳しく話を聞こうとするのに被せるように叫び声が轟いた。何事かと顔を上げれば少女を背中に乗せた巨大なハムスターがいる。どこをどう見てもファンシーな心温まる光景だけにアインズには叫ぶ者の気持ちがわからなかった。

 

「おいおい、周囲には誰もいなかったはずだろ! どうしてこんなとんでもねぇのが突然湧いてきやがんだよ!?」

「蛇の尾に白銀の毛皮……これが森の賢王ですか。まさか転移魔法すら扱えるとは……!」

 

 足音も立てずに警戒網を突破されたことによりルクルットが仰天し、ニニャが目の前の事態の正体を暗い面持ちで告げた。それを聞いたンフィーレアと漆黒の剣の顔が絶望に染まる。それに比べてナーベラルは無表情を崩さず、アインズはヘルムで顔が見えないが、その態度は余裕を保っていた。一同の期待が彼の身に集まるのは当然と言えよう。一方、当のアインズはというと――

 

(皆どうしてこんなハムスターにビビってるんだ? 本当にコイツが森の賢王なの? マジで? ……いや、今はそんなことどうでもいい)

 

 激辛と聞いたのに甘口だったような肩透かしをくらいながらも、より優先度の高い問題に向けて思考を切り替えた。

 

「マーレ、詳細を話せ」

『は、はいっ。鍵の形をした杖で、転移魔法の媒介になって、持ち主は人間の女の子だそうです。い、今は森の賢王といっしょにいるはずです』

「……なるほど。ありがとうマーレ、では切るぞ」

 

 通信を切りながら、アインズはマーレが告げた情報を反芻する。

 森の賢王――目の前のハムスターがそれらしい。

 人間の女の子――ハムスターの背中から降りる真っ最中だ。

 転移魔法――突然現れたことの証明になる。

 鍵の形をした杖――少女の手元にある。

 その身が異形と化してから無縁となったはずの目眩を覚えながら、アインズは最後に魔法を発動した。〈道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)〉――無詠唱化させたそれを発動しながら、アインズは今の状態で発動できる五つの魔法のうちの一つをこれに設定した自分を褒めた。

 鑑定結果――そのアイテムの名はキーオブパンドラ。世界を繋ぐ穴の開閉を自在に行えるという代物だ。ユグドラシルに二百ある世界級(ワールド)アイテムの大半を記憶しているアインズでも聞いたことがない。彼がほとんど知らないサービス終了間際に生まれた世界級(ワールド)アイテムか、もしくはこの世界特有のマジックアイテムなのかもしれない。そしてそれが保有するデータ量は当然神器級(ゴッズ)を超越していた。

 

「――下がれ、ナーべ!」

「モモン様!?」

(馬鹿か俺は! なぜ今までこの可能性に思い至らなかった!)

 

 今までこの世界の実力者に警戒していた。カルネ村で屠ったニグン程度が強者扱いされていると判明しても気は抜いていないつもりだった。六大神のような自分達と同じ百レベルの存在がきっと何処かにいる、と。だが真に警戒すべきは人ではなくアイテムだった。これが相手ではたとえ一〇〇レベルNPCでも分が悪く、まさしく反則(チート)なのだ。かの悪名高き「二十」の一つ、使用者と対象を諸共に消滅させる聖者殺しの槍(ロンギヌス)などを考えれば、危険性は枚挙に暇がないほどである。もはや形振りなど構っていられない。ンフィーレアも漆黒の剣も無視してナーベラルと転移魔法で撤退すべきだが、その転移魔法も相手のキーオブパンドラの世界の穴を塞ぐ力がどのような効果を齎すか不明な以上、使用は極力避けるべきだ。

 アインズが想定外の事態を前に逡巡している間に、魔獣の背から降りた少女が彼らの下にとてとてと近づいてくる。金メッキ製まる出しの玩具の王冠を被った幼さの残る可愛らしい少女だ。自分達を前に無邪気な笑顔を見せる彼女に対し警戒心を緩めた漆黒の剣に反比例するように、アインズの中の警鐘はけたたましく鳴り響いていた。カルマが(マイナス)をぶっちぎった者が獲物を前にしてこういった顔をするのを、既にアインズはアルベドやシャルティアから学んでいたからだ。見た目に騙されてはいけない。何故なら彼女は世界級(ワールド)アイテム保持者なのだから。アインズは意を決する。どうせこの間合いでは逃走も敵うまい。ならばせめて対話によって活路を見出すべきだと。

 

「失礼。私の名はモモン。見ての通り冒険者をやっていてね。ここには薬草採取のために来ているのだが、君たちが煩わしく思うのなら今すぐにでも発とう。だからどうか穏便に済ませてはくれないだろうか?」

 

 自分の主が下手に出たことにナーベラルが過剰反応しないか心配しながら、アインズは相手の反応を待つ。先に口を開いたのはげっ歯類だった。

 

「ふむ……そなたたちは恐らく先の侵入者とは別であろうし、ならばそれがしも深追いはせぬでござるよ」

 

 “先の侵入者”というフレーズにアインズは肝を冷やすが、深追いしないという言葉を聞いて安心した他の者達にはそのことを気にする余裕はなかったようだ。これで因果関係を疑われずに縄張りの主から帰ることを許されはしたが、当然アインズは納得がいかない。こんな吹けば飛ぶような小動物――図体だけはデカイが――ではなく、少女の方の素性を知りたいのだ。さてどうしたものか、とアインズが考えていると、ハムスターと少女の会話が聞こえてきた。

 

「賢ちゃん、それで終わりじゃ私が困るでち。用があるのはこっちもなんでちから」

「おっと、そうでござったなデーリッチ殿。これは失敬」

「……賢、ちゃん?」

 

 森の賢王と称される強大な魔獣と親しげに会話する少女――デーリッチの特異性にアインズ以外の面々もようやく気が付きはじめる。だがもう遅い。先程以上の期待の視線を浴びるのを自覚しながら、アインズは少女へと話しかけた。子供相手とは思わず、先程よりも丁寧に。

 

「デーリッチさん、でよろしいでしょうか。どうやら私たちに御用がおありの様ですが、それを伺っても?」

「えーっと、モモンさん、でちたよね。『ハグレ王国』というのを知らないでちか?」

 

(『ハグレ王国』……ギルド名か? 少なくとも俺は知らないし、他の奴らにも振ってみるか)

 

「申し訳ありませんが私に聞き覚えはありませんね。皆さんはどうですか?」

 

 話を振られた彼らの顔には困惑の表情が浮かんでいる。なぜなら『ハグレ王国』という国などこの世界に住む彼らですら聞いたことがないからだ。ンフィーレアが代表して告げる。

 

「……そうですね。僕も王国といえば、僕らのいるリ・エスティーゼ王国と東の聖王国、南東の竜王国の三つしか知らないので、すみませんがお力には……」

「謝る必要はないでち。……はぁー、なんとなく予想はしてたんでちけどね」

 

 ンフィーレアから告げられた言葉により、デーリッチは見るからに落ち込んでいる。アインズは彼女の地雷を踏まないよう慎重に問いを続けた。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)みたいな名前だな、なんてのは以ての外だ。

 

「その『ハグレ王国』というのを教えていただけませんか?」

 

 アインズはこの時点でデーリッチがギルドからはぐれて転移したユグドラシルプレイヤーだと考えていた。現地の誰も知らない団体名や超位のマジックアイテムがその推理を裏付けているし、ついでに言えば奇妙な語尾はロールプレイの一環だと思っている。

 もっともその予想の大半は後に裏切られるのだが。

 

「ハグレたちの国でち! 私がその王様でち!」

 

 誇らしげに語る少女に一同は呆気にとられる。子供の世迷い言を、と笑おうにも森の賢王の存在が危ぶまれたためだ。一方アインズはギルド長ということか、と勝手に納得していた。だがそれでも疑問は尽きない。

 

「そのハグレというのは?」

「召喚術で勝手に別の世界から連れてこられて元の世界に帰れなくなっちゃった人たちでち。人間だけじゃなくて獣人や悪魔、さらには神様までいろいろといるんでちけど……もしかしてこの世界にはいないんでちか?」

 

 自分達プレイヤーがまさにそれだ、とは言い出せないアインズが口を閉ざしていると、代わりにンフィーレアが答えてくれた。

 

「召喚魔法は確かにどの位階魔法にも存在しますが、召喚されるのはモンスターですし、そのモンスターが長期間この世界に留まるという例は僕も聞いたことがありませんね。創造(クリエイト)系の魔法で作られたゴーレムなんかは違いますが、そもそも根本的に魔法の種別が異なりますし」

 

 位階魔法への造詣が深い彼の言葉に同じく魔法詠唱者(マジック・キャスター)のニニャが頷く。アインズは自身の特殊技術(スキル)であるアンデッド創造が贄を使わない場合はその名と裏腹に召喚系に分類されるのではないかと考え始めた。そんな中デーリッチはこの場の全ての者たちの常識を覆す爆弾を投げ込んだ。

 

「……位階魔法ってなんでち?」

「――――は?」

 

 アインズはこの少女がユグドラシルのプレイヤーだと思っていた。だが、位階魔法を知らないということはそれの否定を意味する。アインズは混乱した。

 アインズ以外の者たちも彼とその意味は違えども同様に混乱した。彼らからすれば魔法とは即ち位階魔法だ。それを知らないということはよほど魔法に疎い存在だということに違いない。

 

「どうやらデーリッチさんは魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではないようで――」

「魔法なら使えるでちよ。ヒールとかリカバーとかの回復魔法が得意でち」

「〈大治癒(ヒール)〉ですか!? ま、まさか伝説の第六位階の治癒魔法を使える最高位の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)だなんてそんなはずが……!」

「第六位階とか信仰系とか知らないけど、大物扱いされるのは悪くない気分でちね……!」

 

 調子に乗りはじめたデーリッチを尻目に冷静になったアインズは思考を巡らす。彼女はヒールとリカバーを回復魔法と言った。確かにユグドラシルにも〈大治癒(ヒール)〉という治癒魔法は存在するが、リカバーなどという治癒魔法は存在しない。このことから鑑みるに、彼女はユグドラシルとは別の常識をもった世界から現れたということになる。彼女の言を借りればまさしくハグレだ。未知の世界の技術、ナザリックの増強という目的を掲げるアインズにとってこれほど蠱惑的且つ危険な題材はあるまい。アインズはメリットとデメリットを慎重に秤に乗せ――前者を選んだ。

 

「デーリッチさん。詳しい話を聞かせていただけませんか?」

 

 




 初っ端から〈キーオブパンドラ〉が世界級というオリ設定ぶち込んでますが、あれの成り立ちを考えればまさしく世界そのものだと言っていいレベルなので世界級に設定しました。
 デーリッチがこの世界ではどれくらいの実力の持ち主なのかは後々描写する予定です。
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