ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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二章 氷晶霧中
9『九尾』


 

 

 

 

 深い意識の底。冷たい水の感触。

 一面の水面。足首を隠す程度の高さで、流れることなく床中に均等に広がっている。

 ナルトの動きに揺らされ、無数の波紋が伝って、広がっていく。

 白い壁でできた細い通路。

 明るい。光源は見当たらないが、道のずっと先まで見渡すことができる。

 壁伝いで歩いていく。

 水音を立てながら、いくつかの角を曲がると、急に広い部屋にたどり着いた。

 見上げるほどの高い壁。そして門。白い格子が数本ずつ上から下に伸びており、その様相はまるで牢屋のようにも見えた。中は外側と相反して見通せない暗さ。

 不思議なことに部屋から向こう側には光が届いていないようだ。

 ナルトはじっとその門を見上げる。

 足首から輪を広げていく波紋は、格子に反射しながら門を潜り抜け中に進んでいった。

 中で身じろぎする影が見えた。

 

「オオオオオオオオオオオオ………」

 

 人ならざる雄たけび。空気を隔ててびりびりとナルトを揺さぶった。思わず心胆を凍り付かせてしまいそうな、静かで重い音。

 何かが檻の中をぐるりと一周した。大きい。城門にも匹敵しそうな高さの門に見合った巨大な体躯。水が攪乱され、小さな波となっていくつもナルトを押し戻しつつ通路の奥へ消えていく。暗い檻の中には二つの揺らめく光。ゆらゆらと闇の中で不規則に動いているそれが、ゆっくりと静止した。押し寄せてくる波が次第に小さくなっていく。

 

「―――なんの用だ、小娘………」

 

 

 檻の中から、声が響いた。ナルトは思わず、一歩下がった。その声は決して激しさはなかったが、腹のそこにずしんとくる重さ。

 威圧されては駄目だ。ナルトは再び一歩前に進んだ。

 

「―――よお、九尾」 

「忌々しいその顔、ああ、思い出すぞあの人間ども……」

 

 闇に浮かぶ鋭い眼光が、二つ、ナルトを射抜いた。

 

「……ここへ何をしにきた」

「さあな、実はそこんとこオレもまだ決めてない」

 

 体から緊張を抜かずにナルトはそう言った。友好的ではない態度だが、未だ理解出来ぬ化け物に対して警戒は怠らない。

 

「なんだと……どういう意味だ」

 

 巨大な影が揺れる。訝しむ声が大上段から響く。

 

「小娘、何を企む」

「それも決めてねえ。わかんねーんだ、まだ」

「……ぐるる」

 

 苛立たし気に九尾の妖狐は唸った。

 

「ここを開けろ……、ワシを解放しろぉおお……」

「オレらが憎いか? 九尾」

「当たり前だぁああああ! 人間どもが、こんな場所にワシを封じ込めおって絶対に許さんんんん!!!」

 

 絶叫が上がる。九尾から不可視の衝撃のようなものがまき散らされた。水は跳ね上がり、たまらずナルトは両腕を上げてそれを防いだ。檻が壊れんばかりに激しく鳴動する。

 ナルトは目を細めた。

 

「………そうだろうな」

「なにぃいいい?」

「正直、オレはお前が好きじゃねえ。お前のせいでオレがどんな目に遭ってきたか、お前は知らねえだろ。………でもよ、そりゃ狭い場所にこんな風に閉じ込められたら誰だって怒る。そういうのは、理解できるってばよ」

「何が言いたい小娘ぇええ……」

「オレさ、わかんねーんだお前の事」

 

 九尾をじっと見上げる。大きい。比喩ではなくまさしく山のようだ。

 

「今までずっと、お前はオレにとって疫病神だった。九尾の人柱力ってだけで蔑まれ、怖がられて生きてきた。木の葉を襲った化け物を腹ん中に飼ってる化け物ってな。だけど、逆に言えばそれしか知らねえんだお前について」

 

 苛立たし気な九尾の唸り声が空間に響く。

 

「………そんな勝手なことを言いに此処に来たのかぁあああ」 

 

 ナルトは頭を掻いた。

 

「オレもよくわかんねー。なんつうかさ、そう。人に聞いたことばっかりなんだってばよ。それだけで、なんとなくこうかなって、勝手に想像してた。それを何も疑問に思ってこなかった。自分から向き合おうとは思いもしなかった。前はそれでよかったかもしれねえけど」

「………………………ぐるる」

「知ってどうなるって話じゃねえかもしれねえし、大して意味がある行為じゃねえかもしれない。でも、オレはこれからそういうのから目を背けていられないんだ。

 ――ちゃんと知らなくちゃいけないって、そう思うんだってばよ」

「何を知るぅうう?」

「もう流されるのだけはご免だ。自分で決めたい。お前を憎めばいいのか、それとも許すべきなのか、それすらオレはよくわかってねえんだから」

「…………………ゆるす、だとぉ………?」

「ちゃんと、お前のこと知りたいんだってばよ。そうすれば、もしかしたら、もしかしたら、……………お前とだって友達になれるかもしれねえ」

 

 揺らめいていた影が、止まった。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………」

「だからよ、話をしようぜ」

 

 そう言ってナルトは水面の上に立つとそのまま座り込んだ。九尾は身動きをせず、ただ黙ってナルトを見下ろしていた。

 音が消え、二つの眼光が何度か瞬く。

 沈黙が下りる。わずかな間。

 

「く、くくくくくくくく……………」

「………………?」

「ぐははっはっははははははははっはははははははっはははは!!!」

 

 狂乱したかのように九尾は哄笑した。その声に現れた隠す様子もない侮蔑の感情をナルトは敏感に察知した。

 

「なにがおかしいんだってばよ」

「―――くくくく、これが笑わずにいられるか小娘」

 

 狂ったように笑っていたのが嘘のような落ち着いた声で九尾は答えた。

 そのまま檻へゆったりとした動作で顔を寄せる。その表情は静かで、微笑んでいるようにも見えた。

 

「――どうした、怯えているではないか?」

「…………!」

「業腹なことだが、ワシとお前の心は繋がっておる。隠すことなどできんぞ」

 

 心を射抜かれたかのようだった。隠しきれなくなった震えで微かに体が揺れる。

 九尾の嘲笑が辺りに響き渡った。

 ナルトは静かに目を瞑った。心臓が高鳴っているのを感じた。それは高揚ではない。

 恐れ。

 敵として相対するならば、ナルトは九尾を恐れはしなかっただろう。忍としての精神が恐怖に打ち勝つこともできたはずだ。しかし、そうはせずに素のままで接するにはあまりに九尾は強大過ぎた。その圧倒的なチャクラが、存在感が、ナルトの心を竦ませていた。相手は檻を挟んでいなければ簡単にナルトを殺すことができる力の持ち主。その威容は、未だナルトには重すぎる。

 敵としてみる方が遥かに楽なのだ。

 しかし、そうはしないと決めていた。そうしなければ、ナルトと九尾の関係は前とまったく変わらないとそう思ったからだ。

 ナルトは目を開けた。変わらず、恐れは消えていない。

 

「なあ、『人間』よ」

 

 九尾の声は優し気ですらあった。

 

「友とは対等な者同士のことだ。鎖につなぎ、檻に閉じ込め、果たしてワシらは対等と呼べるのか? お前の怯えた心がよい証拠だ。ワシらは絶対にわかり合えぬし、そうする必要もない………」

「…………」

「うせろ人間。次に会う時はまた同じように憎しみ合う。それだけで十分だ」

 

 九尾は間違ってない。ナルトはそう思ったが、同時に反論していた。

 

「オレはそうは思わねえ」

「………なに?」

「確かにオレはお前が憎いし怖いし、嫌いだ。嘘を吐くつもりなんてないし、絶対にわかり合えるなんて口が裂けてもいえねえ。今だって怖くてたまらない。お前の言う通り友達になるなんて一生無理かもな」

「ならば」

「でも、逆を言えば絶対に無理ってわけでもないだろ?」

 

 ナルトは手を広げて九尾を見上げた。

 

「試してみてどうしても駄目だったならしょうがない。お前とオレはずっと憎しみ合う関係だった、そういう風にどうしようもないこともあるかもしれねえ」

 

 一瞬サスケのことが脳裏に浮かんで消えた。

 

「………ま、オレは諦めがわりーけどな!」

「………………なんなんだお前は」

 

 奇妙な生物を見る目で九尾がナルトを見下ろした。

 

「じゃあ最初は定番の自己紹介から始めるか。オレの名前はうずまきナルト! 将来火影になる漢だ!」

 

 ナルトは叫んだ。

 

「……………お前は人間のメスじゃないのか?」

「…………う、うるせーっ、どうでもいいだろ! ――で?」

「で、とはなんだ………」

「いや、九尾って名前じゃねえよな、多分。お前の名前はなんなんだよ?」

「ワシの名前、だと……?」

「そうそう、まずはそこからだろ?」

 

 そう言ってナルトは笑った。九尾は理解できぬとばかりに何度も唸り声を上げる。

 ナルトは少しだけ楽しくなっていた。

 

 

 

 

 

 


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